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304-31 久しぶりの顔と新しい顔

 ある日の朝。

 朝食で使ったお皿も洗い終わったあと、一息つきながら何気なくエイラちゃんを見ていた。

 真っ白で柔らかそうな髪が、頭を動かすたびに肩を撫でている。

 ここに来たばかり頃のベリーショートだった時のことをふと思い出して、伸びたなぁ、と思うと同時に、やっぱりエイラちゃんの透き通るように柔らかそうな髪は、繊細に流れるような長さがあったほうが綺麗だ、とも思う。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、さらにもうひとつ、浮かんだことがある。


「……エイラちゃん。ちょっと髪も伸びてきたみたいだし、そろそろ髪留めとか欲しくない? 良かったら、このあと買いに行こうよ」


 髪留め自体は、わたしも使っているからうちにもいくつかあるのだけれど、せっかくだから可愛らしいのを買ってあげたいと思ったのだ。

 でも、エイラちゃんは一瞬だけ悩んで、首を横に振った。


「……いえ、今のところ髪留めは、まだ。……ところで、買い物と言いましたら、大きな桶を買いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「桶? 大きな?」

「はい。……このところ練習していた《ストレングス(筋力強化)》の魔法が、ようやく多少安定して使えるようになってきましたので、一度の水汲みでより多くの水を運びたい、と」

「おぉ、ついに満足いくようになったんだね! 二月からずっと頑張ってたもんね。おめでとうー」


 わたしも嬉しく思いながら、頑張っていたエイラちゃんの真っ白な髪を()くように軽く撫でて褒めてあげる。

 恐れ入ります…… とくすぐったそうにするエイラちゃんは、実は去年のレド平原への遠出から帰ってきて以来、月にひとつを目安に魔法の練習を続けていた。

 遠出の道中でマリューに手ほどきを受けて、まずは生活魔法から、《ライト(照明)》だったり《ティンダー(点火)》だったり、毎月使いやすそうな魔法を見繕っては、目安通りに一ヶ月を掛けて習得していた。

 ただ、今回の《ストレングス(筋力強化)》はちょっと勝手が違って難しかったみたいで、半端な状態で使っても危ない、とエイラちゃん自身で判断して二ヶ月かけてじっくり練習していたのだ。

 ……わたしはあんまり意識してこなかったことなのだけれど、そもそも魔法っていうのは実は難しくて、習得できるまでも個人の才能の差がとても大きいらしい。

 わたしは気が付いたら〝不死の魔法使い〟というすごい存在になっていた、なんて特殊な境遇があるからか、比較的簡単とされているらしい魔法なら一日もあれば使えるようになって、マリューからは、嫌味なほどに異様に飲み込みが早い、と言われたくらいなのであんまり参考にならないのだけれど…… 普通なら、簡単な魔法でも掛かる人なら習得までに一年くらい掛かるらしい。

 でも、才能がある人なら同じ魔法でも一週間で習得できるのだとか。

 そしてエイラちゃんはまさに才能ありな人で、一ヶ月にひとつを目安に、とは言っているけれど、家事の合間の時間の練習で、それも見ている限りでは一週間やそれくらいでもう普通に使えているように見えるから、さすがはマリューも一目置いていた魔法使いのおばあさんの血を引いているだけはあると思う。

 ちょっと感覚が違って難しい、と言って時間を掛けていた《ストレングス(筋力強化)》も、一ヶ月が経った頃にはなんの問題もなく使えているように見えていたから、二ヶ月も掛けていたのはエイラちゃんの真面目さや堅実さの現れだと思うのだけれどね。

 そんなエイラちゃんの才能はわたしまでも誇らしく思えるものであり──でも、このままだとあっという間にわたしなんかより魔法使いとして立派になるだろうから、その時はうちにいるよりもより相応しい世界に巣立っていくのだろうな、と思うと…… ちょっと寂しかったり。

 まぁ、それはそれ、今考えることではない。


「となると、家事用だからその桶はわたしが買うね。どれくらいの大きさがいいか、あとで買いに行く時に教えてね?」


 せめてエイラちゃんがより働きやすい環境はわたしが整えないと、と思いつつそう宣言する。

 ちょっと、エイラちゃんは納得がいかなさそうな顔をするけれど。


「ですが……」

「いいから、ね?」


 まぁ、そんなことを言いつつもまだお財布に余裕があるわけではないので、仕事を頑張らないといけないのだけれど、一応、雇い主としての面子的なことも考えてみるのである。



 桶を買った数日後のこと。

 朝食後にお茶を飲みながらゆったりしていたら、水を汲みに行っていたエイラちゃんが、玄関の前で誰かと話している声が聞こえてきた。

 相手は男性のようだけれど、はて誰だろう、と出てみると、そこにはずいぶんと久しぶりに見る顔があった。


「あれ、ウェデルくん? わぁお久しぶりです。少し背が伸びました?」


 そこにいたのは、クライアさんの息子さんで、マリューが教鞭をとっている王都の魔法学院で学んでいるウェデルくんだった。


「あぁ、ご無沙汰しております、不死の魔法使い様。もう一年と半年くらいになるでしょうか」


 久しぶりに見るウェデルくんは背も少し伸びていて、心なしか手足もすらっとしつつ体格が良くなったように見えて、ちょっと大人っぽくなっていた。

〝男子三日会わざれば刮目して見よ〟なんて言葉が前世ではあったけれど…… まさに、といった感じで時の流れを感じる。

 ──とせっかく来てくれたのだから、立ち話も何かな、と思い至った。


「あ、えっと、せっかくだから中でお茶でも如何ですか?」


 相変わらず傷みの激しい我が家ですが…… と言う前に、ウェデルくんはにこやかなまま手を上げつつ首を横に振った。


「いえ、久し振りに実家に帰ってきたご挨拶に寄っただけですので、どうぞお構いなく」

「……そう、ですか?」


 にこやかなウェデルくんの笑顔は、ちょっと慣れ切らない社交辞令的な固さもあるような気がしたけれど、それよりももっと単純に、久々にこちらに帰ってこられたからか楽しそうな様子もある。

 そんなウェデルくんにわたしも微笑み返すと、ウェデルくんが指をひとつ立てた。


「あと、ひとつご報告がありまして。──実は数ヶ月ほど前に、私は王国軍の魔法部隊の方と知り合ったのですが、その方が部隊の実戦訓練の滞在地の選定に苦心していると言っていたもので、私がこのミフロを紹介し、今日にもその部隊がこちらへ訓練に来ることになっているのです」

「……ん、ええぇ? 魔法部隊、の実戦訓練……?」


 なかなか突然のお話に、思わず軽く身を仰け反らせて驚いてしまった。

 対するウェデルくんは、なんだか嬉しそうにしている。


「……え、んっと、それは──危なかったりはしませんよね?」

「ええ、勿論。こちらで実戦訓練をするとは言いましても、何も人里で攻撃魔法の訓練をするわけではありませんから。実際に攻撃魔法を伴うような訓練はこの山を越えた向こう側の少し離れた人気のない場所で行なって、ミフロでは寝泊まりと身体的な基礎訓練のみを行う予定となっています。私から、村長にもこの話は既に説明をして好意的に受け取っていただいていますから、不死の魔法使い様は何も心配されることはありませんよ」

「そ、そう……? あ、変なことを言ってすみません、それならなんの心配も要りませんね」

「はい」


 安全性の配慮に疑問を付けるようなことを言ってしまったことに、あとから気付いたのだけれど、ウェデルくんは全く気にする様子もなくにこやかに──なんというか、楽しそうにしたままで、ちょっとほっとした。


「部隊の皆さんは午後にはミフロに到着して、訓練は明日以降に始められるかと思います。その、知り合いの部隊長殿には、勿論〝不死の魔法使い〟であるノノカ様のことはお伝えしておりますし、ご挨拶にいらっしゃるでしょうから、どうぞよろしくお願いします」

「ん、はい。分かりました」

「ありがとうございます。それでは、私はまだ少し部隊の方を受け入れる準備が残っておりますので、これにて失礼致しますね。それではご機嫌よう」

「あ、ご機嫌よう……」


 そこまで話し終えると、ウェデルくんは一礼をした後、さっと踵を返して山を降りていった。


「なんだか…… 終始楽しそうだったな、ウェデルくん」


 あいにくわたしにはよく分からないけれど、ウェデルくんも王都の魔法学院で学ぶ学生だし、王国軍の魔法部隊という存在には憧れとかがあるのかもしれない。

 大人びてしっかりしてそうで、でも可愛いところもあるな、なんてちょっと微笑ましく思いつつ…… 軍隊の人が来る、という話も思い返してちょっと複雑な気持ちになる。


「……おや、デリーナ様はお帰りになられたのですか」


 玄関先でちょっと立ち尽くしていたら、家に戻っていたエイラちゃんが出てきた。


「あー、うん。用事があるから、って。あ、お茶の準備してくれてたかな、ありがとうね、エイラちゃん」

「……いえ、お構いなく」


 ひとまず家に戻って、エイラちゃんが淹れなおしてくれていたお茶をふたりで飲む。

 その間もわたしは、午後には来るらしい軍隊の人のことを思いながら、ちょっと怖いと言うか、どう接するべきか思い悩みつつ、とりあえずお茶をたくさん出せるように準備しておくべきかな、なんて考えていた。



ちょっと駆け足だったかな、と思うような、でもこれくらいのテンポがいいかな、とも思うような……

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