304-11 ゆったりと始める
季節はめぐり、三年目の春が来た。
春といってもカレンダー的に四月が来た、というだけなので、まだまだ気温は低い日が続いているけれど。
ともあれ、わたしもこちらの世界で──ミフロで迎えるのは二度目の春ということもあって、肌でまためぐってきた季節を感じて、心でまた帰ってきたという安息を感じながら、叶うだけゆったりを目指して毎日を過ごしていた。
そんな平穏を吹き飛ばすような出来事が近づいていることには、もちろん気づかないで。
◇
四月の始め。
机上の便箋に向かい、マリューへ宛てた手紙を書いていた。
こちらの世界で目が覚めたときから、どういう訳か理解できるようになっていた未知の言語の読み書きも、もうすっかり手慣れたものである。
まぁ、手紙の書き方まではまだ慣れていないから、ちょっとぎこちないかもしれないけれど。
手紙を送ること自体は、王都の魔法学院でマリューのお世話になっていたときに帰ったら手紙を寄越すように言われて以来、何度か出してはいたのだけれど、この前のレド平原遠征のときに、少ない、と言われてしまったので、今は大体季節が変わる頃を目安に送るようにしている。
手紙の内容は簡単に、わたしたちの近況のこと。
今回に関しては主に、良い家を建て替えることを目標に仕事を頑張ります、ということの報告とか、あとはエイラちゃんの魔法の勉強の状況とかである。
ちなみに、その仕事のことなのだけれど──あんまりいい感じじゃない。
もっと具体的にいうと、つい昨日、三月分の帳簿をまとめてここ半年のお金の状態を確認したのだけれど…… 払うべき税金のことを考えると、支出と収入がほとんどとんとんなのだ。なんなら、このままの収入が続くと赤字になるし、ここにハルベイさんのところの商会からの借入金をきちんと含めれば、完全に赤字である。
「冬の間に薬の材料が値上がっちゃったり、そもそも仕入れが無くなっちゃったりするってところまで気が回ってなかったからなぁ……」
手紙を書く手を止めて、つぶやく。
頑張ります、と書いた通り、この冬に足踏みしてしまった分、春が来た今から挽回しないと。
生活費諸々に加えて、税金を用意して、借金も返して、さらに家を建て替えるための資金も貯めるのだ。ちょっとどころか、かなり大変になりそう。
「とにかく、今から頑張ろう。薬作りと…… あと他にも、できることは色々とやっていきたいな」
とりあえず、手紙には簡単に近況をしたためたので、手紙を書くのは切り上げて、これからやっていくこと、やっていきたいことを考える方向にシフトしていく。
「今までは咳止めの薬とか、解熱の薬とか、胃腸の薬とか、割と簡単で需要の多い薬を中心に作ってきたけれど……」
椅子にもたれかかって、天井を仰ぐ。
ちなみにハルベイさん曰く、わたしの作った薬の質の評判は良いらしい。
今はまだぽっと出の薬師が作った薬として扱われているみたいだけれど、他の薬師──特に不死の魔法使いのように、有名な人の作った薬なんかだと、ブランド力みたいなのが付いてより高値で取引されることもある、なんて話も聞いたので、今後ともより丁寧な薬作りを続けていけば、もしかしたら売値も上がって、わたしの生活はもっと安定するのかもしれない。
でも──それは、なんだか違うのだ。
別に儲けることを否定することはないのだけれど、不死の魔法使いという看板は、わたしには大きすぎる、というか、嘘に等しい、と思うのがまず一点。
普通、不死の魔法使いというのは、長年に渡って魔法を究めた末に、とてもとても難解で膨大な魔力を繊細に扱い、不死化の魔法を成功させた、すごい魔法使いがやっとなれるもの……らしい。
なんか知らないうちに不死者になっていたわたしがそれを名乗るなんておこがましいし、あまつさえその肩書を商売に使うことはしたくない。最近はハルベイさんには無理を言って、薬の製作者が不死の魔法使いであることは伏せてもらっているし、今後もそうしていくつもりである。
あと、もう一点。
これはわたしの好みの問題なのだけれど、病気になってから使うような薬より、病気にならないために使うような──ただ、ワクチンとかそういうのではなくて、簡単にいうと栄養剤とかビタミン剤とか、サプリみたいなものを作りたい、と思っている。
でも──
「……ものすごく難しそうだけれど」
棚に並んだ何冊かの本を眺めながらつぶやいた。
視線の先にある本は、クライアさんに貰った野草の本と生薬の本や、あとは調薬棟を整備するときに一緒に揃えた薬草や薬に関する本たちである。
だから、薬を作るときには重宝しているのだけれど、あいにく、栄養剤を作るのに有用な情報というのはあんまり多くないのだ。
というか、そもそもの話、例えばミフロの村の人たちを見ていて、わたしは漠然と、そういう栄養剤があった方がより健康に過ごしてもらえそうだ、と思ったからそういうものを作りたいと考えたのだけれど、本当にミフロの人たちにはそういう栄養剤があった方が好ましいのかは、実は分からない。
前世で栄養士の資格でも取っていれば分かったのかもしれないけれど、とても今更な話である。
ひとまずはわたしの感覚を信じて、栄養剤はあった方がいい、という前提で話を進めるけれど、その栄養剤を作るにしても、皆に必要な栄養がなんなのかがよく分からないし、必要な栄養が分かっても、その栄養がどんな薬草や食品に含まれているのかがまたよく分からないし、さらにそれが分かっても、どうやって抽出したものかがまたまた難しいし……
もっというと、そんな栄養剤を飲むなんていう文化がこちらにはなさそうなのだ。栄養剤を作れる作れない以前に、そこから啓蒙していく必要があるかも知れない。
やってみたい、と思っても、これはまたなかなか前途多難となりそうだ。
それでも、目標としては悪くない、と思える。
お金がない、と悩んでいる今考える目標なのかは怪しいけれど……
まぁ、それはそれとして、まずこれからやっていくことは、今までと変わらないかな。
第一に、今まで通りに薬作り。
でももちろん、今までと全く同じというわけにはいかない。今までは需要が安定していて、作るのも簡単な薬が中心だったけれど、これからは新しい薬──もっと難しい薬作りにも、どんどん挑戦していこう、と思う。
丁寧に質の良い薬作りを目指して、不死の魔法使いという看板なしに良い評価をもらえる薬を作ることも目標にしよう。
そして第二に、栄養剤作り──のための研究、かな。
まずはどんな栄養が、どんな薬草や食材に含まれているのか、というところから調べていって、次はそれぞれに相応しい抽出方法なんかも確認しないと。
余裕が出てきたら、マリューにお願いして王都から関係する本を送ってもらいたいな。
ちなみに野菜に関しては、実家が農家でわたしも手伝っていたから、どんな野菜にどんな栄養が含まれているか、大体はなんとなく分かっていたのだけれど──あいにく、こちらの世界と前の世界の野菜がどこまで似通っているのか分からないので、全部調べて把握しなおしていく必要がありそうだ。
一応、こちらの世界で見かける野菜はほとんど、前世でも見かけたことがあるようなものばかりなのだけれど、品種が違えば栄養も違うだろうし、やっぱりそのあたりの前世の知識をあてにするのはやめておくべきだ、と思う。
そして調べるべきは野菜に限らず、果実や薬草や、植物に限らず動物性のあれこれも…… 食べられるものならありとあらゆるものを調べていかないと。
そこまで考えて──遠いなぁ、と思った。
まぁでも、なにも全てを調べ上げてからどうこうしよう、という話でもないし、万能栄養剤が作れると思っているわけでもないわけで。
もっと簡単に、冷えにはショウガのハチミツ漬け、とか、そういうものから作っていければ、と思う。
……残念ながら、ショウガみたいな食べものは、まだ見たことがないけれど。
「……あ、なんかショウガとかハチミツ漬けとか考えてたら、ちょっと食べたくなってきちゃった」
この辺りは気候的に寒い期間がとても長いし、ショウガ湯を飲んだ時のあのぽかぽか感が恋しい。
いつか、身近では見かけない食材・素材を求めての遠出もしてみたいな。
「温まるといえば、やっぱりお酒も良いよね…… そっか、自分で作るっていうのもありなのかもしれないね…… ふふふ……」
いくつかの目標を見つけながら、でも焦らずゆったりと構えつつ、今年も春が始まる。
不穏ではない、はず。




