211-50 伝聞:マリューの仕事
本編は今しばらくお待ちくださいませ。
十一月の半ば、夕刻。
研究室の机の前で、椅子にもたれかかって、うんと伸びをする。
マリュー・トタッセンは、長い出張とその事後対応をしている間に溜まりに溜まっていた教師としての仕事をようやく片付けて、大きく息を吐きながら椅子の上で溶けた。
相変わらず人使いが荒い、と内心でぼやく。
重要な仕事を任されていることにやりがいや誇りは感じているし、経済的にも権利的にもそれ相応の対価は貰えているとは思うものの、いかんせん魔法の絡む厄介ごとと言えば自分に回ってくるものだから、もう少し負担を減らしてくれても良いのに、とも思うのだ。
国としても、あれやこれやと色々と対応できる魔法使いで、なにより信頼の置ける人材というと限られてくるのは分かっている。
そういう意味では長くこの国に住んでいる不死の魔法使いなど適任なのだが、大変な仕事なのが分かっているからか、どうにもやる気になってくれる不死者は少ないし、国も、あまり不死者に頼りすぎると西の方の国からの印象が悪くなるから、と積極的に勧誘はしてくれないので、結局お仲間はなかなか増えないまま、自分の仕事もなかなか減らないまま、なのである。
今回、連れて帰ってきたラタリクさんについても望みは薄いだろう。
たとえ本人にやる気があったとしても、戦前戦中の思想を持った不死者というだけで、当時の陣営などあまり関係なしに西の方の国から注意するように釘を刺されるだろうし、そうなると国としてもそれなりに重要な職位には起用はできないだろう。
以前、新たな不死者として知らせを受けて少し期待したサクラは、穏やかな性格でこういう仕事には向かないし、やたら魔力が多くて魔法の適性も高いようだが、なにぶん境遇が特殊すぎたものだから、ひとりのかわいい後輩としてゆったり静かに暮らしていてもらいたい気持ちが大きい。
そういえば、サクラにはまた遊びに行くと言っておいたし、この冬はミフロでサクラたちとゆったり過ごすのもありだな──とそれはそれとして……
まぁ、誰か良い人がいないかなぁ、と思ったところで都合良く適任者が現れるなんて滅多にないことは長い人生でよくよく分かっているし、かと言って本気で探しに出て行くつもりもないので、あれこれ考えても詮無いことである。
仕事用になっていた頭を適当に落ち着かせて、書類の散らかった机の上を片付け始める──とちょうどその時、研究室のドアがノックされた。
もうまもなく終業の時間だろうに、と思いながら応えると、学院の事務員が入ってきて連絡事項があると言う。
「学院長から、ちょっとした相談がある、とのことです。ちなみに、眉間のシワはさほど深いものではありませんでした」
「ふむ…… じゃあそこまでの厄介ごとじゃなさそうかな…… ありがとう。早めに行くよ」
とりあえず机の上を簡単に片付けてから、学院長室に向かった。
ノックして、名乗って、応答を待ってから入室する。
「で、相談とは?」
「うむ。先程バデナのトナレスから報告がありましてな。なんでも、怪しい人物を見かけたので留意されたし、と。……曰く、その人物は〝ホノカ・サクラ〟なる新顔の不死の魔法使いを探していた、とのことでしてな」
「〝ホノカ・サクラ〟?」
脳裏に真っ先にサクラの顔が浮かんだ。
サクラの姓はノノカだったので、姓と名がひっくり返っていることを無視すれば〝ノノカ・サクラ〟と並べると音は近い。異世界の生まれと言っていたように、あまり聞かない語感なので、全く関係ないとは言えないと思うが……
「たまたまその人物がそのような質問を市民にするところをトナレスの衛士たちが見かけたそうでしてな。ローブを目深に被り顔はよく見えなんだそうじゃが、背格好や声色からするに、どうも年端も行かぬ、幼いと形容するのが相応しいと思える少女だったらしい。そして、それに加えて──なにやらただならぬ雰囲気をまとっていたとのこと」
「……?」
マリューは片眉を上げて首をひねる。
慣れたもので、学院長はそのまま言葉を続けた。
「その場に居合わせた衛士のひとりが魔導士で、ある瞬間に不気味なほどの魔力の揺らぎを感じたらしい。それこそ、見た目のような子供とは思えないものだったそうで、怪しんだその魔導士が後をつけようとしたものの──忽然とその姿が失せたらしい」
「……その人物が見た目を偽っていた可能性は?」
「そのような気配はなかったらしいの」
嫌な感じがしてきたなぁ、と思う。
とは言えそれだけなら、ただの不審者情報だ。魔法なんかで姿を欺瞞していたわけでもないようだし、サクラに絡みそうな話である可能性のあることを除けば、マリューとしてはわざわざ動こうとはまだ思えない話である。
果たして学院長はこの件に関して、ここまでの情報を踏まえてただ私の助言が欲しいだけなのか、あるいはまだ話の続きがあるのか……
そんなことを考えながら小さく唸っていたら、あいにく後者だったらしい。
「現地の衛士隊長が、先の冬の中の国での不審人物との関係を思ったらしくてのう。それでわざわざ報告を上げて来たらしい」
「先の冬の…… って、あぁ、なんかあったね。魔王の封印墓に侵入して魔法を行使した不審者がいたとかなんとか……」
今年の初め、年が明けて少ししてから速報としてそんな話があったことを思い出した。
まぁ魔王を信仰するカルトめいた人というのは、昔に比べればかなり減ったとはいえ今でも時々聞こえる話だし、対応だってしている話なので、封印墓に入り込むというのは一線飛び越えている感じはあるがこんな東の果てでまで気にするような話ではないだろう、と軽く流していた。その点は学院長も同じであるようで、今回の話もそれほど大事に思っている様子はない。
とは言え、全くの無視というわけにもいかないのだろう。
「先の話では確かに、小柄な人物による事案と報告はされておったし、関連する可能性のある不審者の情報が東へと移り、海を渡った可能性がある、とまでは続報があったがのう。遥か西の話じゃて、関係ないとは思うが、かと言って何の反応もせんのもな」
「なるほどねぇ」
格好だけでも動いておきたいらしい。
ともあれそこまで大事だとは思っていないので、人選は誰でも良く…… 強いて言えば〝ホノカ・サクラ〟とかいう人物と関係がありそうなサクラと親交のある私にまず声を掛けてみたのだろう。
私が調査に動けば、仮に西の方から問い合わせがあってもちゃんと調査していると言えるのだろうし、まぁ実際、サクラが絡みそうとなると私も気になる。
問題があるとすれば……
「トナレスって、西の端の国境に近いところだったよね……」
調査地が遠いのがつらい。
記憶があっていれば、ここ王都からだとレド平原よりも遠かったはずだ。
「この冬はミフロでゆっくりしようと思ってたのに……」
「ま、そのノノカ殿の絡む話やもしれんのでな。頼みましたぞ」
サクラの絡む事案なこともあって、できないことはない以上自分で調べておきたい、と思う。
ただ、それでも、せめて誰か補佐に欲しいと思えて仕方がない。
サクラがエイラちゃんを雇ったように、自分も誰か良さそうな人材を見繕って雇うことを真剣に検討しようと考えながら、マリューはまた早々に望まずとも手慣れてしまった様子で出かける準備を始めるのである。




