211-52 隙間風をどうする
洗いものを終えて、食後のおしゃべりもそこそこに、わたしはいそいそと自宅に引き上げてきた。
エイラちゃんには、ゆっくりしてから帰ってきてくれていいよ、とは言ったのだけれど、構いません、と言って結局は一緒に引き上げてきたので背後について来ている。
とりあえず寝室の現状を見てどう手を入れるか考えるつもりなのだけれど、その前にまず、エイラちゃんをあのボロボロの部屋で寝かせてしまっていた状態をどうにかしないといけないと思って、家に入る前に振り返ってエイラちゃんに声を掛ける。
「ねぇ、エイラちゃん。その、エイラちゃんの部屋の隙間風をどうにかしようと思うんだけれど、多分、今日明日では終わらないと思うから…… なんとかなるまで、いつもわたしが寝泊まりしてる調薬棟の小部屋で寝てもらっても良いかな?」
今日のうちに作業に取り掛かれるとは思わないけれど、ぎりぎりになってからお願いしても悪いと思って一番初めに訊ねておく。
するとエイラちゃんは、なぜかほんの少し目を丸くしてから頷いた。
「……承知いたしました。……となりますと、しばらくはサクラ様と同じ部屋で寝起きするという理解でよろしいですか?」
「……ん? あ、あぁ、大丈夫だよ。とりあえず作業が落ち着くまでの間は、わたしが入れ替わりで母屋で寝るから……」
何に驚いたのかと思ったのだけれど、一緒の部屋で寝泊まりするのかと思って驚いたのか、と納得した。
エイラちゃんはすごく優しくて気配り上手だし、同じ部屋で寝ることになっても受け入れてくれそうだけれど、やっぱり気を張らせることになってしまいそうで悪いから、すぐにそこははっきりさせておく。
「……そう、ですか。……ですが、サクラ様にあのような部屋でお休みになっていただくのは──あ、いえ、その……」
なんだかちょっと落胆したような反応に続いて、別のことを言い掛けたエイラちゃんは、今度は困ったようにして口籠ってしまった。
まぁ、何に落胆したのかはともかく、『あのような部屋で』とは、だいたい何が言いたかったのかは察しがつくのだけれど……
「ごめんね、エイラちゃん。元はと言えばエイラちゃんにこっちの部屋を使うように言っちゃったわたしのせいだし、気にしないで。だから、わたしのことは構わないであっちの小部屋で寝てくれて良いよ。……ちょっと狭くて雑然としてるから申し訳ないんだけれど」
「……いえ、そのようなことは。しかし、そうは仰いますが、サクラ様に作業途中のお部屋でお休みいただくのも気が引けますし、その…… サクラ様さえよろしければ調薬棟のお部屋で一緒に寝るのも、わたくしは構いませんが……」
「ん、んー…… エイラちゃんの気持ちは本当に嬉しいけれど、あの部屋は本当に狭くて、寝台も小さいのがひとつしかないんだよね。だから気を遣わせちゃいそうで悪いよ……」
「…………そうですか。……承知いたしました。でしたらせめて、わたくしにお手伝いできることがありましたら、なんなりとお申し付けくださいね」
「うん、ありがとう、エイラちゃん」
ひとまず、そんなこんなでエイラちゃんには一時的に退避してもらうことで話をつけることができた。
結局、エイラちゃんに気を遣わせないでおこう、と思いつつ気を遣わせた感じになってしまって申し訳ない気持ちだけれど、そんなエイラちゃんの優しさに感謝しつつ、母屋の寝室、エイラちゃんの私室として使ってもらっている部屋の状態を確認しにかかる。
先にエイラちゃんに入って良いかしっかり確認してから、調薬棟の完成以来、久しぶりに母屋の寝室に足を踏み入れた。
当然かもしれないけれど、部屋自体は特に何も変わってはいない。
まずはぐるりと室内を見回してみると、綺麗に整えられたベッドと、その側の部屋の片隅にエイラちゃんの荷物が丁寧に整理してまとめられている。
今日この部屋にやって来たのはほぼほぼ思い付きで、先んじてエイラちゃんが部屋を片付けに入ったなんてこともないのだから、常日頃からこんなに綺麗にしているんだなぁ、と改めてエイラちゃんの真面目さに感心してしまう。……でも今回はそういうところを見に来たわけではないし、あまりまじまじと見ていたら悪いので、本題に入ろう。
とりあえず部屋に入って右手の、窓のある外に面した壁の様子を観察してみる。
わたしたちが自宅としているこの家は、もともと簡素な小屋だったそうで、実際作りもシンプルに、柱に板を渡して打ち付けただけの構造になっている。
その壁板も下見板張りとか羽目板張りみたいな板の張り方はしていなくて、ただの板材をただまっすぐに積み上げて柱に打ち付けただけみたい。板材自体は厚さが二センチくらいあって結構しっかりしているのだけれど、もう結構年季が入っているものだから、板が痩せてきて板同士の隙間がそれぞれ一ミリとか二ミリくらい空いている。
これはもう…… 見たまま隙間風は入り放題、気密性なんてほとんどなくて、室温はほとんど外気温と変わらないと思う。
……もともとここで寝ていたわたしが言うのもなんだけれど、冬に、こんな部屋で寝てちゃダメだと改めて思った。本当にごめんねエイラちゃん……
ま、まぁそれはともかくとして、じゃあ、この隙間風をどうしよう。
上から重ね張りできるような板はないし、そういう板を買う余裕もない。
一度壁板を剥がしてしまって、少しずつ重ねるように下見板張りに張り替えるのも手かもしれないけれど、それも板を買い足さないといけないし、板を割っちゃったり釘を再利用できなかったりしたら、結局出費が嵩んでしまいそう。
となると、なにかでちまちまと隙間を埋めてしまう方法しか思いつかないのだけれど……
「んん…… 土…… 粘土かな……?」
いつだったか、土と粘土に藁や石灰を混ぜて土壁の材料にする方法を、フゲール親方さんに教わったことがあるのだけれど、うろ覚えだし、やったことがなくて自信がないので今回はやめておく。
改めて聞きに行くのもいろいろと気が引けるから、それも自重する。
だったら単純に、ただの粘土をただ隙間にぎゅっと詰めて塞いでしまおう、と考え至った。
簡単そうで仮に失敗なんかしてもダメージは少なそうだし、いずれは崩れ落ちてしまいそうだけれど、一冬でも持ってくれればそれでも良いやと思って、その方法で行くことにした。
そうして方針も決まったところで、ずっと後ろにいたエイラちゃんにも説明する。
「んーと、ね。この壁の隙間なんだけれど、粘土で埋めようかと思うんだ。だからこの後、粘土取ってきて試しにちゃんと埋められるかやってみるね。エイラちゃんは、とりあえずはいつも通りの仕事をしててくれる?」
「……承知しました」
「うん。ありがとうね、エイラちゃん」
エイラちゃんがこくりと頷いたのを認めて、わたしはまず中途半端に放置したままの調薬棟の作業部屋を片付けに戻ってから、粘土のありそうな場所を探して、適当な桶を抱えて麓の沢まで下って行った。




