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211-51 薄衣の寒さ

 ほとんどとんぼ返りだった割に、ものすごく色々あったような気がする遠出から帰ってきて二週間くらい。

 帰ってきてからなんだかんだと忙しくしているうちに、ミフロでは初めて迎える本格的な冬の気配を肌で感じ始めた折、ぼろぼろで普通にしていたら冬を越せそうにない我が家を見て、今更ながらなんとかしようと思い至る。

 とは言え余裕もないので、自分たちで手を加えることになるのだけれど。



 マリューに連れ出されて、片道一ヶ月のレド平原へと遠出して、色々となんだか難しい話を聞かされてから、都合、ひと月半が過ぎた。

 もちろんこの間に何も考えなかった、ということはないのだけれど、あれこれ考え過ぎて一度思考が悪い方へ傾いてしまうと、とことん悪い方へとばかり考え込んでしまう自分の性分は重々理解していたものだから、結局、難しいことは考えずに、今をいい感じに生きることだけを考えるようにしていた。

 そして、その今なのだけれど──わたしはちょっと悩ましいことに見舞われていた。

ライト(照明)》の魔法で照らされた調薬棟の作業部屋で、本とノートに書き記した内容とを確認しつつ薬草から成分を抽出する作業をしながら、わたしはため息混じりに唸る。

 帰宅してからこちらは、しばらく仕事ができていなかった分を取り戻すように、わたしは薬作りに精力的に取り組んでいた。

 それは、余計なことを考える暇をなくす、という意味も少しはあったけれど、経験を積むために色々と試行錯誤してみたいことが溜まっていたこともあったし、なにより、帰ってきてから改めて計算してみたお金のことで、ちょっと不安要素が出てきていたことが大きかった。


 まず収入のこと。

 遠出をしていた二ヶ月の間は、当然仕事はできずに収入がない状態だったわけだけれど、一応マリューから調査のお手伝いの報酬として、二ヶ月分の見込みの収入分くらいを貰っていたから、別に懐が寒くなったわけではない。

 でも、かといって暖かいわけでもなかった。

 わたしはちょっと作業の手を止めて、暖炉を見て少し薪を足して、また作業に戻る。作業中はこうしてこまめに暖炉を確認して、吐く息が白く漂わない程度には作業部屋を暖めていた。

 相変わらず《ウォーム(加温)》の魔法は常時掛けっぱなしの状態なので、わたし自身はそんなに寒くはない。

 でも作業部屋が冷え過ぎると、調薬作業に支障が出てしまう。具体的にいうと、薬草や液体が凍ってしまうのだ。

 まだカレンダー上は十一月の下旬なのだけれど、ミフロはもうかなり寒い。

 ましてわたしの家は小山の上にあるものだから、もうこの時期で、日中でも日の当たらないところは氷が張ったまま溶けないくらいには寒い。

 だから仕事中は作業部屋をしっかり暖めて、それ以外の時は凍るとまずそうなものは地下倉庫に避難させている。部屋全体に《ウォーム(加温)》の魔法を掛ける手もあるのだけれど、わたしとエイラちゃんに常に《ウォーム(加温)》を掛けっぱなしにしたまま、更に作業部屋にまで《ウォーム(加温)》を掛けて、わたしにどれくらいの負荷がかかるのかが分からず不安だったので、今のところは薪を買ってきて部屋を暖めているのだけれど──その分、ちょっと薪代がかさんでいる。

 おまけにまだこれからも寒さは厳しくなる、とクライアさんから聞いているし、じきに地下倉庫も含めて一日中火を焚き続けないといけなくなるかもしれないから、薪代は今後もっとかさむことになる予感もある。

 さらに、冬が近づいてきたことでハルベイさんのところで買える材料の薬草の種類が減って、値段は上がってきていた。

 当然この時期のミフロでは自給もできないから、材料費もかさんでいる。その分売値も多少上がっているのだけれど、今のわたしの技量だと材料の種類が減った分、作れる薬のバリエーションも限られてきて似たようなものばかりになってしまうから、供給過剰気味になってしまって、売値も材料費の値上がりを相殺できるまでは上がっていない。

 こうなるなら、冬に入り用な薬の材料をあらかじめ買い込んでおけばよかったのだけれど、今更だし、来年に生かす経験としてノートの片隅に書いておこうと思う……

 そんな感じで、冬が迫ってきてコストがかさんでいて、利益がちょっと圧迫されてきている。


 次に税金のこと。

 実を言うと、ちょっと甘く見ていたことが発覚していた。

 レド平原に向かう直前、収税官さんに税金を納めに行った時に、細かく話を聞いたのだけれど、思っていたより税金の負担が大きかったのだ。

 去年税金を納めた時は、まだこちらに来て日も浅くて収入も少なくて、状況からしてよく分かっていなかったのだけれど、結構大目に見てくれていたらしい。

 帰ってきてから、細かく確認した税金のことを踏まえて帳簿を見直してみたところ、もろもろの出費も考えると、ほとんど手元に残らないことに気がついた。

 一応、黒字にはなっている。けれど、この調薬棟を整備するときに融通してもらったお金の返済を考えると──余裕はなさそうだった。


「んんんんー……」


 唸ってどうにかなるものでもないし、今はとにかく薬を作って売るしかできないから手を動かし続けるのだけれど、それでもどうにも気になってしまって唸らずにはいられないでいた。

 そんな感じのままで作業を続けて、そろそろ小腹が空いてきた頃合いに、作業部屋の戸がノックされた。

 答えると、失礼します、とエイラちゃんが入ってくる。


「……お忙しいところ失礼します。そろそろお昼ですので、クライア様のお家に伺おうと思うのですが──」

「あ、うん、分かった。すぐにキリのいいところまでやっちゃうから、ごめん、ちょっと待っててね」


 答えるなり、やりかけの作業をひとまず放置しておけるところまで進めてから、暖炉に少しだけ薪も足しておいて、わたしとエイラちゃんは一緒に麓のクライアさんの家へと向かった。

 レド平原から帰ってきてから、特に一段と寒さが増してきたここ一週間くらいは、わたしたちはお昼になるとクライアさんのところにお邪魔して、昼食を一緒にするようになっていた。

 きっかけというか、クライアさんが時期的に仕事が減って暇な時間ができたという話を聞いたので、主な目的はわたしとエイラちゃんに料理を教えてもらおう、と思い立ったのが始まりだった。

 わたし自身があんまり料理をしないので気にしていなかったのだけれど、エイラちゃん的には自分の料理のレパートリーが少ないことを気にしていたようだったから、主にエイラちゃんに、たまにわたしも一緒になって、料理を教わってから三人で他愛もないおしゃべりしながらお昼ご飯を食べる。

 それがここ最近の日課になりつつあった。

 そして今日もクライアさんの家に食材を持ち込んで、ひと通り料理を教わって皆で食卓を囲んだ後に、わたしとエイラちゃんはお皿を洗いながら三人でおしゃべりをしていた。


「いつも悪いねぇ。この寒いのに、ふたりに洗い物を任せちゃって」

「いえいえ、料理を教えてもらってるお礼ですし、水も冷たいからこそわたしたちに任せてください」


 洗い物にまでなかなかお湯を使っていられない以上、当然相応に水は冷たいのだけれど、その点わたしとエイラちゃんは《ウォーム(加温)》の魔法があるお陰で、さほど苦にならない。

 さすがに全く冷たくないとは言えないけれど、それでも魔法がないよりずっとずっとましなので、洗い物はずっとわたしたちが引き受けているのだ。


「まぁ確かにそうなんだろうが、それにしても、なんだね。……ふたりとも着物からして寒そうなもんだから、やっぱりなんだか気後れしちまうねぇ」

「そうですか?」


 言われて、エイラちゃんの服を見てみる。

 エイラちゃんの服装は厚手のチュニックにスカート姿。わたしも大体同じような感じだけれど、対してクライアさんの服装は、家の中だけれど厚手のワンピースにコートとストール…… 確かに見比べてみると、わたしたちの服装はかなり軽装かもしれない。


「……わたくしもサクラ様も、サクラ様の魔法のお陰で非常に暖かく過ごさせていただいておりますから、ご心配には及びません」


 とエイラちゃんが微笑む。

 その微笑みがほんの少しだけ得意げに見えた気がしたけれど、実のところはと言えば──


「……でも、エイラちゃん。最近ちょっと寒くない……? わたしはここ何日か、朝方に肌寒くて目が覚めちゃうんだけれど……」

「…………そう、ですね。否定はできないかも、しれません……」


 わたしの技量か、はたまた魔法の限界か、《ウォーム(加温)》の魔法があってしてもここのところ寒さを覚えることが出てきた気がしていたのだ。

 一応、魔法を掛けるときにもっと魔力を込めれば多少温度は上がるのだけれど、あんまりやりすぎてしまうと低温やけどをしてしまう心配もあって、またこれもなかなか悩ましい問題になってきていた。

 服や寝具をもっと良いものにできればいいのだけれど、なかなか余裕がないもので、どうにかなってしまっている今のところは購入に踏み切ることができないでいる。織物とか洋服って、すごく値が張るのだ……

 ごめんねエイラちゃん……

 なんて心の中で謝っていたら。


「それはいけないね…… 毛布はちゃんと冬用のを使えてるのかい? 着物ももっと暖かいものを着ておいた方が、やっぱりいいと思うんだけどね、あたしは……」

「んぐぅ……」


 思ったところをずばり指摘されてしまったけれど、全く持ってその通りです……


「……毛布や着物は、今のところは大きな問題は感じていませんが」

「そうかい? でも、なんだ、サクラちゃんの家は確か、なかなか古いからね。隙間風なんかもありそうだから、その分その辺りはしっかりしといた方が良いと思うよ」

「そうですね!」


 思わず叫んでしまった。

 そうだった、わたしは最近は新築した調薬棟の方で寝泊まりしていたからすっかり失念していたけれど、エイラちゃんが寝泊まりしている母屋の方はおんぼろだから隙間風とか少なくなかった!


「……以前住んでいた家より、少し気になる程度ですが」

「いや、いや、うん…… まずどうにかしないといけなかったね……」


 本当に、本当に今更なのだけれど、これは急いで対応しないと、いつだったかの私の二の舞になりかねない。

 エイラちゃんは不死者じゃないし、あまりの寒さにさらされてしまえば…… あぁ考えるだに……

 でも、家を建て直したり、手を入れてもらったりするような余裕は本当にない。

 となるとここは……


「久々に、DIYをやろうか……」

「……でぃーあいわい……?」


 思い立ったら、即行動だ。



ちょっとのんびりフェーズ。

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