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210-59 時は毒で薬で 2

 毛布にくるまり、ランタンの灯りを消してしばらく経ったけれど、わたしはどうも落ちつかずに寝付けないでいた。

 不安が頭の中で渦を巻いて、疲れているのに、目を閉じたくないような気持ちだった。

 一度悪いことを考えてしまうと、どんどんはまって悪い方へばかり考えてしまう性格は自覚しているから、あんまり考えないようにしたいとは理解していても、一度そちらへ向いてしまった気持ちを、簡単にコントロールはできない。

 なんだか、胸の辺りが痛い。

 比喩的な話じゃない。不安が胸に実体をもって主張しているような、きりきりとした痛みがあった。

 眠れない中、ふと暗闇にエイラちゃんの白い頭が見える。

 つい声が出た。


「……エイラちゃん」

「はい」


 即答だった。

 びっくりしたけれど、せっかく返事をしてくれたから、と少し訊ねる。


「エイラちゃんは、不死の魔法使いがやっちゃいけないことって、聞いたことある……?」

「…………いえ、不勉強で、わたくしも詳しくは……」

「あ…… いや。ううん、気にしないで……」


 わたしはそこではっとして、そんな問いかけをしたことを後悔した。


「……わたしのことなのに、わたしの方こそ不勉強だよね。わたしが──自分がしっかりしないといけない話なのに……」


 ついつい口に出してしまった言葉で、いたずらにエイラちゃんを困らせてしまったのだ。

 わたしのことに──わたしが考えて、わたしがどうにかするべき話に、エイラちゃんを巻き込んでしまって……

 優しいエイラちゃんに、迷惑を掛けてしまった。

 ……ちょっと、だめ。


「ごめんね、エイラちゃん……」


 これ以上喋っても考えても良くない、と思って、エイラちゃんに背を向けて目を閉じて、無理にでも眠ろうとする。

 その直後にエイラちゃんが身を起こす気配があって、どうしたのだろう、とさすがに改めて振り返った。

 すると、暗い中、エイラちゃんが毛布の上に座って、こちらをまっすぐに見下ろしているように見えた。


「……サクラ様。どうか謝らないでください。どうか、おひとりで抱え込まないでください。わたくしは、サクラ様に拾っていただけて──サクラ様と共に暮らし、支えさせていただけて、とても嬉しく、とても感謝しています。ですから、そのご恩返しとしてももっとお力になりたいのです。……わたくしばかり助けられていては面目が立ちません。……微力ではありますが、わたくしもお役に立てるように精一杯頑張ります。頑張りますから……おひとりで抱え込んで悲しい顔をなさらないで…… お力になりますから、どうかわたくしのことも、もっと頼って欲しい、です……」


 最初、いつものように決然としていた口調が、みるみる勢いをなくして最後には少し震えていた。

 暗いテントの中で、エイラちゃんの白い輪郭にほのかに浮かぶ赤い瞳が、潤んでいる気がした。


「……すみません、差し出がましいことを。ですが……」

「ううん。……ありがとう、エイラちゃん」


 また漏らしかけた謝る言葉を飲み込んで。


「頼りにさせてもらうね……」


 わたしのことを大切に思ってくれているエイラちゃんの気持ちを、このわたしが蔑ろにするわけにはいかない、と思った。

 わたしは微笑みながら、エイラちゃんの手を取り優しく抱きしめて、頭を撫でてあげた。



 次の日、目が覚めると隣にエイラちゃんの姿はなくて、もう毛布も綺麗に畳んで片付けられていた。

 どこに行ったんだろう、なんて寝ぼけた頭で思いつつ、その姿を探すようにテントの外を見てみると、空はもうすっかり明るくて、太陽も少し見上げるような位置にまで昇っているではないか。

 そこでようやく、寝過ぎた、ということに気がついて飛び上がったのだけれど、ちょうどそうしてわたしがテントの骨に頭をぶつけたところへ、エイラちゃんが朝食を抱えて帰ってきた。

 まず打ち付けた頭のことを心配されたけれど、大したことはないのでそこは適当に流す。


「……おはようございます、サクラ様」

「うん、おはようエイラちゃん。ごめんね、寝すぎちゃったみたいで……」

「……いえ、ぐっすり眠っていらっしゃったので、あえて声をお掛けしませんでした。……ゆっくりお休みになれましたか?」

「あ、うん。お陰でよく寝れたみたい。ありがとう、エイラちゃん」

「……それはなによりです」


 ひとまずエイラちゃんが持って来てくれた朝食を頂きながら、あれこれと話を聞いてみると、帰り支度はもうエイラちゃんがやってくれていたらしい。

 いちおう、食後にも簡単に荷物を一緒に確認して帰郷の準備は整えてからは、時間も迫っていたし、お世話になった調査隊の人たちに挨拶をして回った。

 短い時間だったから、頂くばかりで返せなかった分、せめてもとひとりひとりにお礼を言って回る。それでもそこまでたくさんいるわけでもないから、一巡してからは特にお世話になった女性の隊員さんと話し込んだりしていたのだけれど、しばらくしたらどこかからマリューがわたしたちを呼び声が聞こえてきた。

 そろそろ出発だと言うので、荷物を抱えてマリューのところに集まる。来たときにも乗っていた客車と幌馬車が待機していて、幌馬車の荷台にはラタリクさんがすでに乗り込んでいた。

 ラタリクさんは革の手錠のようなもので一応拘束されていたけれど、簀巻きからは解放されたみたい。


「ところで帰りは、サクラとエイラちゃんはこのまままっすぐミフロへ向かってもらうんだけど、私はラタリクさんを王都に届けなきゃいけないから、三つ目くらいの集落でお別れになる予定。それまでは皆で一緒に幌馬車の方に乗っててもいいけど、そのつもりしててね」

「……うん。分かった」


 思っていたより早々にまたお別れになるみたいだったけれど、昨日ラタリクさんの監視

をしなければいけないと言っていた時から、なんとなくそうなるような予感はあったと思う。

 だから何と言うわけではないのだけれど──ちょっと、わたしの表情は晴れなかったかも。

 それに気が付いたのか、マリューが笑ってわたしの肩を軽くたたいた。


「まぁ、帰ってゆっくりすることを考えて。私も落ち着いたら手紙も出すし、そう遠くないうちにまた遊びに行くから準備でもしといてね?」

「あはは。うん」


 わたしたちは、最後に改めてトルベイさんたち調査隊の人たちにお別れの挨拶をしてから、レド高原を後にした。



 後ろに流れていく外の景色を眺めながら、わたしはもやもやを持て余す。

 マリューやエイラちゃんのやさしさがあって、大分と楽にはなったのだけれど、まだ完全にすっきりとまではいかない。

 ……この世界に生まれ変わって、最初は何も分からなかったけれど、わたしは幸いにも出会いに恵まれて、良い友達と、家族に等しい人たちと出会うことができた。

 慣れないことばかりでもちろん大変だったし、それは今もだけれど、大切な人たちに出会うことができた新しい生活は、とても心地よいものだった。

 でも、いろいろと話を聞いて、それを保っていられるのか、ちょっと心配になる。

 また、胸が痛んだ気がした。


 ──やっぱりわたしは、暗いことを考え始めるときりがないな……


 だめだめ、と首を振ってなんとか気分を切り替えようとする。

 いま不安に思ったって仕方のないことなのだから、できることをこつこつ続けていくべきなのだ、と努めて意識し続けながら、わたしたちは馬車に揺られていた。



 ちなみに、マリューと別れてからの帰り道は、酔い止め代わりの《パララシス(麻痺)》の魔法も掛けて貰えなくなったものだから、またエイラちゃんともども馬車酔いですっかりダウンしてしまっていた。

 結果的に、酔って不安にとらわれる余裕もない帰路になったから、ひと月経ってミフロに帰り着くころには、いい感じに暗い気分も霧散してくれていたのだけれど。

 不安に効く薬は、やっぱり日にち薬に勝るものはないのかもしれない。



※ひにちぐすり【日にち薬】:時間の経過が薬になること。主に関西地方とその周辺で用いられる言葉。

 一話目を投稿する時点でなぜか出てくる人の会話を標準語に直してしまってたんですが、じつはノノカは京都の山の方の出身なのです。

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