210-57 戦前の魔法使い
「……む、うん? つまり、どういうことなんだ……?」
わたしの言葉を聞いたラタリクさんが、戸惑ったような調子で首を傾げた。
同時にマリューも腕を組んで、眉間にしわを寄せながら唸る。
つい口を挟んでしまったのだけれど、やってしまった、とまたわたしは萎縮した。
「うーん…… これもまた色々と経緯があったものですから、順を追って説明します。いかんせん、200年も経っていますからね」
てっきりマリューの機嫌を悪くしてしまったかな、と思っていたのだけれど、どうもそんな様子ではなかった。
腕を組んで困り顔のまま、マリューはわたしの方もちらりと見つつ話を続ける。
「魔大戦の終結の直後から、中の国を中心に不死者の排斥を叫ぶ声が現れ始めました。中の国は特に不死者を絶対上位者とする魔王の支配下にあり隷属を強いられ酷烈な扱いを受けていた、いわば一番の被害者でしたから、不死の魔法使いのみならず、魔法使いや、さらに一部では魔法そのものさえ否定しに掛かったのです」
「……魔法そのものまで? と言うなら、まさか……?」
「……そうですね。一部の過激な思想に至った人たちには、始祖様さえ排斥の対象とされました。創造伝承や始祖信仰まで否定したのです」
「なんと不敬な!」
ラタリクさんが大きな声を出して、椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで前のめりになったものだからびっくりした。
もし簀巻きでなかったのなら、その両手で机を殴っていそうな気迫だったから、簀巻きになっていて良かった、とちょっとだけ思う。
一方で直接大声を向けられたマリューはその表情を変えることなく、腕だけ解いてラタリクさんをなだめる。
「お気持ちは察しますが、落ち着いてください。確かに、特に私たち不死の魔法使いからしてみれば、その声は容認し難いところもあることは認めます。しかし彼らも、自身や大切な人の命と財産を直接的な危機に晒され、現に奪われもした人たちなのです。行き過ぎているとは思いますが、そのような考えに至るのも、道理といえば道理です」
ラタリクさんの表情はどう見ても納得のいっていない様子だけれど、それ以上声を荒げることもなく、大人しく身を引いてまた話を聞く態勢に戻った。
マリューもそれを認めて、頷く。
「……さすがに始祖様さえ否定する声は限定的ではありましたが、魔法や不死の魔法使いの排斥を求める声は、程度の差こそあれ、世界中から上がりました。その声の主は不死の魔法使いが有する膨大な魔力と、それを破壊に用いた時の恐ろしさを身をもって実感した人たちです。そしてその恐怖は、魔王軍のゲリラ活動によって、世界中に満遍なく振りまかれてしまったものでした……」
マリューの表情が曇る。
ラタリクさんも眉間にしわを寄せていた。
「魔大戦終結から数年後、国として最低限まで建て直した中の国は、各国の代表者を招集しました。……ラタリクさんはご存知でしょうが、中の国は創造伝承の始まりの地を擁し、また数多くの不死の魔法使いが集い、世界で最も繁栄してきた名実共に世界の中心の国でした。一時は魔王に国を掌握され消滅していたものの、なおその発言力や影響力は大きく、それに加えて暴走した不死の魔法使いにより最も大きな被害を受けた国として中の国は各国に対し、国の中枢から不死の魔法使いを追放することや、始祖様と不死の魔法使いの同一視の禁止、さらに不死の魔法使いを念頭に使用できる魔法の規制を行うようになど、不死の魔法使いに対して様々な制限をかけるように求めたのです」
互いに眉間にしわを寄せたまま、マリューが淡々と説明する言葉をラタリクさんはただ聞いている。
ちなみにその時のわたしはといえば、にわかに難しくなってきた話に早くも耳が滑り始めていた。
でも、マリューにも、是非聞いておくように、と言われていたお話だから、唇を噛んでなんとか頭に叩き込もうと踏ん張る。
……最終的に、あとからどれだけ思い出せるか怪しいとは思うのだけれど。
「……これには中の国の隣国である西の近つ国が真っ先に、追って、東の近つ国、南の近つ国と南の中つ国も同調しました。その他の国からは、魔王に対抗できたのは不死の魔法使いの貢献も大きかった、と反対する声も当然上がりましたが、そこにいる皆は、敵方であろうと味方であろうと不死の魔法使いの力を思い知った者たちです。それに加えて、十四国を二分し両者間に亀裂を生むことを嫌ったことにより、結果的に十四国は不死の魔法使いへ多くの制限を課すことに大筋で合意しました。……人同士の不和や争いは、始祖様が直接窘められたことでしたから」
最後はため息混じりに嘆くような調子で、マリューは一旦そこで言葉を区切る。
沈黙が訪れたけれど、わたしはともかく、ラタリクさんまで静けさに飲まれていて、少しの間、風がテントを揺らす音だけが聞こえていた。
マリューは、ラタリクさんとわたしとエイラちゃんの方を順番にちらりと見てから、またラタリクさんへ視線を戻す。
「そのような経緯で、不死の魔法使いには多くの制限が課されました。具体的に一例を挙げますと、国から集落までを含む統治組織に参加することの禁止や国の要職に就くことの禁止、また再編された魔法分類に於ける攻撃魔法や治療魔法など一部の魔法の無許可での使用の禁止や、無届で三人以上の不死の魔法使いが集会することの禁止に、結婚や子を成すことへの制限など、かなり多岐に渡ります。それに加えて制限とは別に、戦前とは変わったことも沢山あります。……始祖教会が、不死の魔法使いをいたずらに神聖視させる、として万物教会と名を変えたり、ですね」
「……! 教会もか……! あぁ、あぁ、なるほど…… 確かに生きづらそうな話だ。それを全て、受け入れろと言うのか……」
「まぁ、一通りでも知っておいてはいただきたいですが……」
「……あ、あの、わたし、その辺のこと全然分かってないんだけれど、あの、大丈夫なのかな……?」
話を聞くことに集中していたのだけれど、さすがに不安になってそう訊ねていた。
そもそもの話、やっちゃいけないことがあるという話は聞いたことこそあったけれど、そんなに色々と制限があるなんていうのは初耳だ、と思う。
わたしがこちらの世界に来てから、一年と半年弱……
その間、そんな制限があることなんて全く気にせずに生きてきたのだけれど、もしかすると、実は結構危うい感じに生きてきたのではないか、と思い至ったのだ。
そんなわたしの方を、ラタリクさんが訝しげに見てくる。
色々と気をつけないといけないことがある、という話をしているところで、当事者なのにさっぱり分かっていないと宣言したのだから、呆れられたりしているだろうか……?
「トタッセン導師。彼女は…… 大丈夫なのか?」
案の定だった。
なんだか申し訳ない……
「……先ほど少し言及しましたが、今説明した数多の制限についての取り決めは、全て魔大戦が終結して数年後に同意されたことです。当時はあらゆる制限が徹底され、不死の魔法使いもいらぬ火を起こさないように甘んじてきたのですが──今現在はその決定から200年が経っています。200年というのは、不死者にはまだしも普通の人からすれば非常に長い歳月であり…… いろいろと忘れられて形骸化するには十分な年月です。さすがに中の国などでは未だに厳格な制限や排斥運動が根強く残ってはいますが、遠方の国──特に、不死の魔法使いへの制限にもあまり乗り気でなかった、ここ東の遠つ国などでは、もとよりその辺りの制限は緩いものでした。まぁ、中の国を筆頭とした大きな被害を受けた国の目がありましたから、相応に制限はありましたし、今でも継続していますが、それでも一部の制限を除けば、それほど神経質になるほどのことではなくなりました。
ずっと困ったような顔をしていたマリューだったけれど、ここに至ってようやく少し表情が砕けた。
それを受けてか、ラタリクさんの表情も少し和らいで、場の雰囲気もちょっとだけ軽くなったような気がする。
難しい話が続いていたから、わたしもちょっと緩んだ空気に緊張が緩んできた。
「つまり、制限はあれどこの国ならば今となっては気にすることはない、ということか? 随分と大袈裟に言ってくれたものだが」
「いえ、そうは言いません。大袈裟に説明したのも、実際に大袈裟だった時期があったことをラタリクさんには知っておいていただきたかったからです。今を生きるにあたっては、大きく変わったことを知っておかないと、いらぬ諍いを起こしかねません。……まして、ラタリクさんは戦前を知る──いえ、いわば〝戦前の不死の魔法使い〟なんですから、厄介ですよ、いろいろとね」
「……そうか」
と思ったのだけれど、ちょっと気が早かったみたいで、またなんだか少し雰囲気が重くなった気がする。
でも、もうわたしの集中力は持たなさそうだった。ちょこんと座って話を聞くだけなら良いのだけれど、話の内容を覚えていられる自信は、全くない……
「……さて、取り急ぎお伝えしておきたかった魔大戦の結末と不死の魔法使いの現状についてはこんなところでしょうか。より細かい規則や世界情勢については、王都への帰還の道中にでもゆっくりお話しするとして、今日はこれでお開きにしましょう。……サクラの集中力も限界みたいだしね」
「ん、はい……」
しっかりバレていたらしい。
でも良いタイミングだった。
恥ずかしく思いつつも、もうついて行けなさそうなのは事実なのでマリューの気遣いはありがたい。
早々に休むと良いよ、と言うマリューのお言葉に甘えることにして、ラタリクさんとも軽く挨拶を交わしてから、席を立つ。マリューとラタリクさんはまだ少し話をするとのことだったので、わたしとエイラちゃんだけでテントを出ると、まだ太陽はかなり高いところで燦々と輝いていた。
少しの間、その明るさにたじろいでいたら調査隊のお姉さんに声を掛けられて、お昼ご飯をいただけることになった。
パンとスープとドライフルーツをいただいて、寝泊まりしているテントに戻り、せっかくいいお天気だからとテントの横で陽の光と風を受けながら、エイラちゃんとふたりして黙々とお昼ご飯を食べる。
今日は一日いろいろなことがあって、いろいろなことを聞いた。
知らないこと、分からないこと、未だにこちらの世界の常識に馴染みきっていないわたしには、いまいちうまく飲み込めないことがたくさんで、もう今日の思考力は全部使い切ってしまったと思う。
ちょっと風は強いけれど、《ウォーム》で暖まった頬にはひんやりと心地良い。
遠くの山並みを眺めながら、わたしの頭の中では、今日聞いた話がぐるぐると掻き混ぜられていた。
もうちょっとふわっとした路線にはやく戻ってほしい。いや、戻したい……




