210-56 決着とそれから
「……は?」
と大きな疑問の声を出したのはラタリクさんだ。
思わず疑問符が口をついて出てきてしまう気持ちは、わたしでも分かった。
だって今しがたのマリューの説明は、ちょっと飛躍しているようで、よく分からなかったから。
「それは…… 討ち取った、ということか? 暗殺が成ったのか…… あるいは、敵方に寝返った者がいたのか?」
「いえ、違うのです。ある日唐突に、魔王は死んだのです。何者かに殺されたわけでも、自ら命を──死に取り憑かれたわけでもなく…… あえて死因を明示するならば、突然死、となるでしょうか……」
「……」
マリューの説明を聞いてラタリクさんは絶句していた。
わたしだって言葉が出てこなかった。というか、よく分からなくなっていた。
魔王は確か、不死の魔法使いだったはず。不死の魔法使いは、丸焦げになったり、文字通り細切れになったりしない限りは死なない、と他でもないマリューにいつだったか聞いた気がするのだけれど……
わたしの聞いていない死の危険が、不死の魔法使いにはあるのだろうか?
「……不死者の突然死など、聞いたことがない」
と思ったのだけれど、ラタリクさんの反応を見るに、わたしの認識が大きく間違っていたりするわけではなさそうだった。
「そうですね。……あれから200年が経ちますが、私自身、不死者の突然死など、後にも先にもその一度の例しか聞き及んでいません」
「それは…… どういうことなんだ……?」
ラタリクさんがそう言って首をひねる。
わたしはわたしでさっぱり話が分からないので、何も言えずにマリューの方を見ていることしかできなかったのだけれど、そのマリューはといえば、困った顔をしてラタリクさんを見ている。
そして少しの沈黙のあと、マリューが口を開いた。
「……魔大戦終結後に、捕らえた魔王軍の幹部や側近から聴取したところによりますと、抵抗軍が中の大陸に橋頭堡を築いて間もないある日の朝、彼らが本拠地としていた城の臥所から魔王が出てこなかったそうです。そこで一部の幹部らは違和感を覚えたようですが、厳然たる主従関係の下、魔王の行動に疑問を持つことなど許されず、またその身を案じることさえ不敬とされていたようで、すぐには状況の確認はなされなかったとのことです。そしてそのまま数日が経過したころに、魔王の臥所から異臭が漂い始め、さすがに異常と判じた幹部らが、その時初めて臥所を確認したところ、魔王の肉体の腐敗が進行していたらしく……」
そこで、ラタリクさんが息をのむ気配が伝わってきた。
マリューはちょっと渋い顔になっている。
「結果、魔王軍の指揮中枢は大混乱に陥り、それは末端へも伝播。私たち抵抗軍は突如統率を失った魔王軍の様子を訝しみつつも一気に進軍し、魔王軍を制圧することに成功したのです。……つまり『一応』と言うのは、魔王軍を制圧し魔王がいなくなったことこそ事実なのですが──私たちが直接手を下したのではないのです」
「そう……なのか…… ……いや、しかし、本当に奴は死んだのか?」
思いもよらなかったのであろう話を聞かされて戸惑った様子のラタリクさんだったけれど、やはり簡単には納得がいかなかったらしくて、眉間にしわを寄せた懐疑的な表情で、うねっ、とマリューの方に少し身を乗り出した。
椅子から落ちてしまわないか、ちょっと心配になった。
「……魔王の死体の確認は、各国軍の上級指揮官や医官、私も含めた多くの不死の魔法使いが寄ってたかって行いました。……多少腐敗は進行していましたが、その人相などから、魔王ヤーマス・ダルサルである、という認識で一致しました」
「……替玉の可能性は?」
「そうですね…… 確かに、その可能性の排除はできませんでした。ですが、現に魔王を崇拝し支えていた魔王軍は大混乱に陥って瓦解し、以降、今に至るまで200年以上、真にその生存を疑わせる徴候もありません。……結果論的ではありますが、当時のその死体は魔王で間違いなかった、と判断して良いと思います」
「そうか…… 確かに200年経って何事もなかったのなら、それ以上の証拠もなし、か。……それで、亡骸はどうしたんだ?」
「魔王の死体は十四に解体ののち、それぞれを完全な灰になるまで焼いて器に封印し、中つ国の十四の墓に分けて今なお厳重に管理しています」
「んぇ……」
わたしは結局、重くて難しい話題に、ついていけないとまでは言わないけれど口を出すこともできず聞くに徹していたのだけれど、十四に解体、というのをつい想像してしまって、声が漏れてしまった。
あっ、と思わず口を手で塞ぐ。
「あ、サクラ、大丈夫? ごめんね、ちょっと生々しい話を…… 吐き気がするとか気分が優れないようだったら、少し休憩を取るから外の空気を吸ってきても良いよ? エイラちゃんも」
「え? ……あ! いや大丈夫! ごめんなさい気にしないで……」
「……わたくしのことは、どうかお構いなく」
紛らわしくも口に当ててしまった手は太ももの下敷きにした。
話の腰を折ってしまって、すごくいたたまれなくなってしまったのだけれど、聞いて覚えておくように言われた話である以上、中座もできないのでとにかく小さくなっておく……
「そう? なら続けるけど…… えっと、まぁ、腑に落ちないところはあるかもしれませんが、結果的にこのような経過で魔王は死に、魔王軍も消滅したことで魔大戦は終結しました。以降は亡き魔王を崇拝する小規模なカルトが散発的に湧くことはありましたが、それも時を追うごとに減少して近年ではそのような話もごく稀です」
マリューが静かに深呼吸をした。
「……我々は、平和を勝ち得たのです」
そして微笑みながら、ラタリクさんにそう告げた。
それを聞いたラタリクさんは、ゆっくりと目を閉じ、俯いて、小さく、そうか、と呟いた。
そして、ひとつ大きく息を吸って──
「まぁ、良かった」
──と言いながら仰け反って、だらりと椅子にもたれかかった。
それはとても感慨深そうな声色で、その脱力感と合わせて、大きなプレッシャーから解放されて、安堵しきった様子を体現していて、ただそれを見ていただけの昔を知らないわたしでも、なにかひとつ大きな区切りを迎えられたような、そこはかとない安心感を共感することができた。
ラタリクさんにしてみれば、体感はともかく、200年越しの戦いの終わりとなったのだ。
……ただ、それはそれとして──ラタリクさんが簀巻きのままなのが、なかなか違和感を漂わせている。
そんな簀巻きのまま安堵しているラタリクさんに向かって、マリューが微笑みかけている状態なのだけれど、それがなおのことシュールさを助長していて、すごく気になる。
──解いてあげないのかな……?
とはすごく思うのだけれど、野暮なことを言える空気ではないし、指摘もできずにふたりの様子を見ているしかできない。
それからしばらくして、脱力していたラタリクさんが、もぞもぞと椅子に座りなおしてまた話を聞ける体勢になったところで、マリューも引き締めた。
また話が再開する気配を見て、わたしも少し居住まいを正した。
「以上のように、魔大戦は勃発から十年程度で終結し、その残党も数年内に全て掃討され、魔王とそれに関連する動乱は決着しました。……しかし、この出来事は特に私たち不死の魔法使いという存在の在り方に、とても大きな変化をもたらしたのです」
先程とは打って変わって、マリューの表情が深刻なものになる。
さらに声のトーンも少し低くて、その話の重要さを伺わせていた。
ラタリクさんもわたしも真剣な表情で、固唾を飲みながらマリューの言葉に聞き入る。
「……単刀直入に申し上げますが、当時最も権威ある不死の魔法使いのひとりであったヤーマス・ダルサルの蛮行により、同じ不死の魔法使いへの人々の信頼が失墜し、結果、多くの権利の制限や制約を受けることになってしまったのです。……人々の尊敬を集めていた不死の魔法使いは過去になり、今や不死の魔法使いは、その強い力でもっていつ反乱を起こすとも知れない、恐怖の念を抱かれる危険な異物なのです」
そのマリューの宣告を聞いて、ラタリクさんがまた言葉を失っていた。
少し天を仰ぐように、もし今その手が自由なら額にでも当てていそうな様子で、口を半開きにしたまま反応に困っているみたいだった。
わたしは昔の不死の魔法使いが世間からどのように扱われていたかは分からないけれど、でもいくつもの制限が課されて、信頼のあった関係が崩れてしまったのだと知れば、言葉を失う気持ちもわかる気がする。
そしてわたしもマリューの言葉を聞いて困惑していた。
ただその困惑は、ラタリクさんのそれとはかなり違ったものだった、と思う。
わたしがその時思っていたのは──
「不自由だとも、怖がられてるとも、思ったことはないけれど……」
ということだった。
ちょっとシリアスめのお話が続いて疲れてきたので、早く抜けたいです……




