210-55 魔大戦の結果
ふわり、ふわり。
波間に漂っているような感覚があった。
目を開けたのか、あるいは、見よう、としたのか。
眩しい視界と、自分がうつ伏せに寝そべっている、という体感。
見えてきたのは、真っ青な空と、緑の草、青い花。
ここはどこだろう、という考えに至る前に──
視界が暗転した。
◇
「……んぁ?」
「よし、起きたね。大丈夫、サクラ?」
わたしが目を覚ますと、マリューがわたしの顔を覗き込んでいた。
目を覚ました瞬間は、自分が今どんな体勢なのか分からなくて目が回りかけたけれど、すぐに椅子に座らされているらしいことに気がつく。
曖昧な返事をしながら、ふと左を見ると、わたしの両肩に手を回して支えてくれていたらしいエイラちゃんと目が合って、安堵したような微笑みを向けてくれた。
記憶がぼんやりしていて、何があったのか、ちょっとよく思い出せない。
そんな混乱気味のわたしの様子を見てか、笑いながらも眉尻を下げたマリューが一歩下がって、視界が開けた。
ここは、大きなテントの中らしい。会議用なのか、大きな机と椅子が見える。
──そして、その机を挟んで正面の椅子に、ラタリクさんが簀巻きにされて椅子に座らされていた。
「──!」
ラタリクさんの姿を見て、無意識のうちにわたしの手が喉元に触れていた。
それと同時に、マリューが眠っていたラタリクさんを治療して、それからなぜか爆発があって、ラタリクさんにナイフで刺されかけたところまでを一気に思い出した。
「大丈夫だよ、サクラ。サクラは怪我もなかったし──ラタリクさんも、もういきなり飛びかかってきたりしないから」
「んぇ…… んん……?」
マリューもそう言うし、わたしもつい喉に手をやってしまっただけで、もとより怪我をしたとはそんなに思っていなかったから、その点は安心した。
でも、今のここの状況はよく分からなくて、首が傾く。
「……それにしても、まさか私ではなく、サクラの方にまっすぐ突っ込んでいくとは思いませんでしたよ、ラタリクさん」
「……その件についてだが──ノノカ導師には、誠に申し訳ないことをしたと思っている」
マリューの言葉を受けたラタリクさんは、先ほどのような殺気を纏ってはいなかった。
表情は穏やかで、そこに申し訳なさと戸惑いを加えて、落ち着いた声で謝罪の言葉を口にしている。
──簀巻きの状態で、だけれど……
「ん、あ、いえ、そんな……」
「言い訳にはなってしまうが、目の見えていなかった状況で強い魔力の流れを感じたものでな。つい、敵か、と思ってしまい……」
「……」
わたしの肩を支えてくれているエイラちゃんの手に、少しだけ力が籠った気がした。
見てみると、エイラちゃんはちょっと険しい顔でラタリクさんの方を睨みつけている。
わたしはひとまずエイラちゃんをなだめてから、またラタリクさんに向き直った。
「幸い、わたしも怪我はありませんでしたし、お気になさらず」
「……しかし──」
「まぁまぁ、ラタリクさん。この話はこの辺にしておきましょう? サクラも気にしないで、と言っているんですから。……エイラちゃんもね」
「……はい」
ラタリクさんとエイラちゃんはそれぞれまだちょっと不満げな感じもあったけれど、とりあえずはマリューの言葉でこの場は収められた。
落ち着いてくれたふたりを見て、マリューが頷く。
「それじゃあ、そろそろ〝おはなし〟を始めていいかな?」
「……ん? 〝おはなし〟って?」
「あぁ、えっと、主にはラタリクさんへの諸々の説明のことなんだけど、サクラにも聞いて欲しいって言ってたことだよ。魔大戦のこととか、私たち不死の魔法使いの今について、ね」
「あぁ、なるほど……?」
なるほど、とは呟きつつ、はて……
そういえばいつだったかに、そんなことを言っていたような気が、するような、しないような……
わたしが目線を泳がせているうちに、マリューが席について、エイラちゃんにも座るように促す。
真面目なお話が始まりそうな雰囲気を感じ取って、わたしはちょっと気後れしながらも、居住まいを正して話を聞く体勢になった。
同じタイミングでラタリクさんも居住まいを正してマリューの方に向き直っていた。もちろん、簀巻きのままだけれど……
「おほん。まず最初に…… これからお話しするのは、魔大戦の結果と、そこから現在に至るまでの、特に私達不死の魔法使いを取り巻く状況の変化について、です。……小難しいし心苦しい話もあるかもしれないけど、今を生きるなら是非知っておいて欲しいな、と。そういう訳で、サクラ大丈夫?」
「……んぇ、え、わたし? な、なんで……?」
ただただマリューの話を聞く態勢になっていたら、思いもよらず声を掛けられてびっくりした。
メインはラタリクさんへの説明だろうに、どうしてまたわたしの方に声を掛けてきたんだろう、と思っていたら──
「だって、ほら。サクラってちょっと難しい話をすると、ついて来れずに呆然としちゃうことが多いからさ」
「そ、そんなことは、な…… あー…… いや、話は、聞いてるよ。うん……」
そんなことはない、とはっきり否定しようとしたのだけれど、ちょっと思うところがあって歯切れの悪い返事になってしまった。
振り返ってみると、生まれ変わってからこちらは、わたしの理解を超越したような話が少なくなくて、まっすぐに受け止めようとしても頭が追いつかないことも多かった。だからいつの頃からか、話は聞くだけ聞いて、ちょっと難しそうだと思ったら、あんまり深くは考えないようにする癖がついちゃったような気もする。
良くない癖な気はする。
でもわたしの場合は、考え過ぎても良い方向に行くわけじゃないんだよね……
……うん。やっぱり、深く考えるのはやめておこう。
「あはは……」
「……大丈夫? まぁ、無理はしないでね。……ただ、ミフロで静かに暮らせてるうちはまだしも、今後もうちょっと表に出る、というか、広い付き合いをしていくなら、身の振り方とかもあるし、是非知っておいて欲しいことだから。……出来るだけ覚えててね」
「あ、はい……」
なんだかマリューには気を遣わせてしまって申し訳なくなる。
とちょっと複雑な気分でいたら、隣に座っていたエイラちゃんがこちらを覗き込んできたことに気がついた。
「……サクラ様。わたくしも一緒にトタッセン様のお話は聞いておりますから、ご心配なさらず」
「あ、ありがとう……」
いつも通りといえばいつも通りなのかもしれないけれど、エイラちゃんにまで心配をかけてしまったみたいで、輪をかけて申し訳ない気分になってしまった。
とりあえず、いつも以上にマリューの話をしっかり聞こうと気合を入れ直して話を聞く態勢に戻る。
ちなみにその間、ラタリクさんはただ静かに話が始まるのを待ってくれていたみたい。
「……それでは、本題に入りますね」
全員の視線が集まったのを見計らって、ラタリクさんへ目線を向ける割合を多めに、マリューが話し始めた。
「まず魔大戦の結果ですが、一応、私たち反魔王派──現在に当時を振り返って言うところの、人類軍の勝利となりました」
「失礼。……一応、と言うのは?」
マリューが話し始めてすぐに、ラタリクさんが口を挟んだ。
まぁ確かに、当時──というか、本人的にはつい先日まで命を懸けて戦っていたラタリクさんにしてみれば、その言葉はわたし以上に気になって然りだ、と思う。
マリュー自身「一応」という言葉は意識して言っていた気がするから、意味のある言葉なのだろうけれど……
ラタリクさんの指摘を受けたマリューは、困ったように眉尻を下げてラタリクさんを見つめたあと、目線を移してわたしの方に向いた。
「……ねぇ、サクラ。魔大戦も後半になると、最初は押されてた反魔王派の十三国側が逆に魔王軍を押し返し始めて、その結果として魔王軍が各地でゲリラ攻撃を仕掛け始めてきた、って話は覚えてるよね」
「ん、うん」
「うん。そしてラタリクさんもその頃に行方不明となって今に至る訳ですが、反魔王派はそのような戦力の喪失にも挫けることなく抵抗軍の組織化と練度の上昇に努めました。その間も南と東の大陸を中心に魔王軍のゲリラ攻撃は散発的に発生し続けていたのですが、練度の向上に従い徐々に抵抗軍が制圧していったのです」
マリューがひと呼吸を置いて、ラタリクさんが静かに話を聞く態勢になっていることを認めて頷き、話を続ける。
「そして組織として魔王軍に対抗し得る十分な戦力を得た抵抗軍は、魔王派を彼らの支配下にあった中の大陸に封じ込め、さらに南と東の大陸から同時に中の大陸の攻略を開始するに至りました。魔王派の本拠地でしたから相応の損害を出しつつも、なんとか中の大陸にふたつの橋頭保を築き、そこを起点に少しずつ魔王派を切り崩し、中の大陸の支配地域を解放していったのですが」
そこでまたマリューがひと呼吸を置いた。
ラタリクさんに向いていた目線を一瞬だけこちらに向けてわたしと目が合って、またすぐにラタリクさんに目線を戻す。
そして、不思議なことを言った。
「……ある日、魔王が死に、魔王軍は統率を失って瓦解したため、一気に決着し抵抗軍の勝利となりました」




