210-54 戦時の魔法使い
本作は、とある女性がのんびり静かに暮らしたい、というだけのお話です。よって、魔法使い同士の熱い魔法バトルなんてものはありません。ないんです。ないはずなんです。多分……
短い金髪の、生気はないけれど、整った顔立ちの美男子。
まるで死んでしまっているようだけれど、曰く、彼は不死の魔法使いとのことで、今はただ眠っているのだろう、と思う。
わたしはそんな彼の顔を見て言葉を失っていた。
それからマリューの方に向き直っても、どうも言葉が出ないまま、しばらく見つめ合っていたのだけれど、さすがにマリューも絶句したままのわたしの様子が心配になってきたらしい。
眉をひそめたマリューが、ちょっとだけ申し訳なさも含めたような心配げな顔で覗き込んできた。
「さすがにちょっと衝撃的すぎたかな……? ごめんね、驚かしちゃったみたいで……」
「あー…… うん──」
まぁ、確かにわたしも話についていけていない感は否めないし、びっくりしていることに間違いはない。
びっくりしていることも、ひとつではなくていくつもある。
そう、例えば──
「マリューって、200歳超えてたんだね……」
「……ねぇ、ちょっと、ねぇ? 私の話聞いてた? ねぇ、サクラ、ねぇ?」
「あぁ! ごめん、聞いてた! 聞いてたよ、ごめん! あぁ、揺らさないで! 落ちちゃう、落ちちゃうから!」
不安定な細い足場の上だというのに、両肩を掴んでめちゃくちゃに揺らされてしまった。
まぁ、確かに言ってしまってから、ちょっと不躾なことを言っちゃったかな、とは思ったけれど、戦争のこととか魔王のこととか、その辺りのことは、わたしにはちょっと縁遠いような気がして、あまり積極的に触れようと思えなかったものだから、つい印象的だったことを口に出してしまったのだ。
そして、わたしがそんなことを言ってしまってマリューが急に揺らしてくるものだから、直接揺らされたわたしだけじゃなくて、他のふたりも慌ててしまっていた。
トルベイさんは慌ててしゃがみこんでいるし、エイラちゃんだって、わたしの腰を両手でがっちり掴んでしゃがみこんで、微動だにしていない……?
──あ、違うかも。
微動だにしていないどころか、むしろわたしの腰をがっちり固定してくれているし、エイラちゃんは自分が落ちないようにわたしに掴まっているんじゃなくて、逆に、わたしが落ちないように押さえてくれているのかも。
エイラちゃんは、本当にいい子だなぁ……
なんて、わたしが密かに感動していたら、マリューが小さくため息をついてトルベイさんたちの方に振り向いた。
「とりあえず、じゃあ、彼の乗った板を足場に固定してもらえる?」
「了解です。おい、道具取って手伝え!」
「はい!」
マリューの言葉に応じて、トルベイさんと、クランクを回していた調査員のお兄さんが協力して、眠ったままの不死の魔法使いの彼の乗った板を、足場に掛けて釘を打ち付けて、てきぱきと固定していく。
最後に、板を吊るしていたロープも外して、調査員のお兄さんがそれも片した。
「トタッセン先生、固定できましたよ」
「うん」
軽く板に触れて状態を確認したマリューは、大きく頷いてからこんなことを言い放った。
「よし。じゃあ、予定通り私とサクラ以外は退避して」
「「えっ?」」
わたしとエイラちゃんの言葉が、綺麗に重なった。
どちらかというと、エイラちゃんの声の方が大きかったかもしれない。
「退避って…… わたしとマリュー以外が、ここから離れるの?」
「うん、そう。危ないかもしれないからね」
「あ、危ないって……?」
わたしの戸惑いをよそに、あらかじめ話を聞かされていたらしいトルベイさんたちは手早く撤収作業を始めている。
わたしだけが聞かされていなかったのかな、と置いてけぼりになったような気になるけれど、エイラちゃんもどこか戸惑ったような表情でわたしのそばから動けていなかったから、わたしと同じように何も聞かされていなかったみたい。
そんな、どうすればいいのか困惑したエイラちゃんの様子に、マリューも気がついたらしい。
「エイラちゃんも退避してね」
「…………しかし──」
マリューの声に、ハッとしたようなエイラちゃんだったけれど、それでもやっぱり戸惑いの表情を浮かべて、わたしの方を見上げてきた。
「ほら、主人に心配かけてたら駄目でしょ。サクラなら大丈夫だから」
「……ん、え、わたし? まぁ、マリューが危ないって言うなら危ないんだろうし、確かに心配だし、わたしなら大丈夫だから……」
「……承知いたしました」
マリューに諭されても、どこか不満げなエイラちゃんだったけれど、結局は渋々といった風ながらも頷いてくれた。
そして、それを確認したマリューに呼ばれた調査員のお姉さんが、エイラちゃんに付き添ってくれるらしい。
「じゃ、じゃあ、エイラちゃんのこと、お願いしますね」
「はい、お任せください!」
そんな流れで、エイラちゃんを含めて、同行していた調査隊のメンバーの皆は、馬車に乗って元来たキャンプの方向へと退避していった。
遠ざかる馬車と、その上からずっとこちらを見つめ続けるエイラちゃんが、ある程度小さくなるまで見送ったわたしたちは、改めて大テントに戻る。
そしてテントの彼のところに戻ったマリューは、終始ゆったりした調子で彼を包んでいた布を剥がし始めた。
その様子をただ見ながら、わたしは訊ねる。
「ねぇ、マリュー。危ないからって、わざわざ皆を退避させたけれど、なにするつもりなの? それって、このままわたしがいても大丈夫なの……?」
「うん? あぁ、サクラなら大丈夫だよ、多分。何をしようってのも、そんな難しいことじゃないよ」
「あ、ん、多分……」
ちょっとだけ不安が湧いてきたけれど、マリューはそれに構うそぶりはない。
マリューは作業の手を止めず、慎重というよりはただ単にのんびりと、彼を包んでいた布を全て剥がして、こちらに振り返った。
「今から彼を治療するんだよ。ね、何も難しいことないでしょ?」
黒づくめの服にマントを羽織っていたらしい彼の方に軽く触れながら、なんてことはないというようなマリュー。
わたしは、なるほど、と一瞬納得しかけて、すぐに疑問が解決していないことに気がついて、首を傾げた。
「治療するだけなら、退避してもらう必要はないんじゃ……?」
「あぁ、まぁ、普通に考えたらそうなんだけどね…… なんと言うか、まず彼のことなんだけども、当時の戦闘記録を照会した限りでは多分、コール・ラタリクっていう、当時の軍の魔法兵として従軍してた不死の魔法使いだと思うんだよ」
「うん」
「で、その記録上、彼は戦闘中に行方不明になったみたいなんだよね。……つまり、ボロボロになってるこの状況と合わせると、彼は戦闘中に意識を失うような強い攻撃を受けたままに、この辺りの永久凍土に埋まって凍ってしまって自力復活できなくなっちゃったんじゃないか、と思うのよ」
そういえば、わたしも以前、冬場に防寒不足で就寝中に凍死状態になっちゃってた、なんてことがあったけれど、その時は朝になって気温が上がってくれたおかげで自力で目を覚ませていたらしい。
逆にいえば、一旦体温が下がりきったまま周囲の温度も上がらなければ、彼みたいにずっと凍りっぱなし、なんてことにもなるのか、とわたしは背筋に冷たいものを感じた。
「──となると、彼の主観的には、戦闘中に意識を失ってしまったわけで。治療して目が覚めた瞬間も、まだ戦闘中だと思えば突然暴れ出す可能性もあるからね。実際見てみて、なんか嫌な予感もするし、対策は万全にね」
「なるほど……」
「でも、まぁ、ここまでボロボロになった身体じゃあ、治療するとはいえ直後にそんなに派手に動き回れるとは思わないけどね!」
はっはっは! とマリューは笑いながら彼──ラタリクさんの胸のあたりをべちべち叩く。
ボロボロだって言うのに、そんなにべちべち叩くのはやめてあげてほしい……
「……はぁ。じゃあ治療魔法の詠唱するから、サクラはちょっと耳塞いでてくれる?」
「ん、分かった」
言われるままに、わたしは両耳に指を入れて完全に塞いでしまって、ついでに小さく唸って完全にマリューの詠唱が聞こえないように構えた。
治療魔法は特別な資格なしに使ってしまうと厳罰があるらしいから、そもそも知らなければまかり間違っても使ってしまうこともないだろう、というスタンスで、余裕があるならこうやって、そもそも詠唱を聞かないようにしたのである。
わたしが耳を塞いだのを確認したマリューは、早速何事かを詠唱する。
少しして、マリューの両手と、その両手をかざされたラタリクさんの身体がほのかに光り出して、マリューがこちらに首だけ向けて頷いた。
それを見て、まだ魔法は発動させ続けているようだけれど、詠唱は済んだのだろう、とわたしは耳から手を離した。
「あぁ、そうそう。今も一応張ってるとは思うけど、念のために全力で《ディフェンス》の魔法、張り直しといてね」
「……ん、《ディフェンス》を、全力で……?」
「うん、全力で!」
なぜか心なしか楽しそうなマリューに疑問を抱きつつも……
まぁ、マリューの言うことならその通りにしておいて間違いはない、と思うし、もしかしたら攻撃魔法なんておっかないものを使われる可能性があるのだから、そのことも考えて張り直しておく。
……攻撃魔法を防ぐのに《ディフェンス》だけで足りるのかよく分からないし、全力で、と言われたし、ちょっと念には念を入れていこう。
「……よし。『見える力、見えざる力、我が身に害なすあらゆる力。己が力を纏いて呼応し、害なす力、相殺して我が身を守れ』……わたしの纏う己が力は、強く、強く…… 強く…… 強く…………」
とにかく、込められるだけ、どんどん追加で魔力を込めていく。
正直なところ、魔法の効果を高める方法には詳しくないから、他に良い方法があるとは思うのだけれど、とりあえず魔力を込めておけば大概の魔法は効果が上がる気がする。
あんまり魔力を込めすぎると扱いが難しくなってしまうから、きちんと自分で扱える程度に、いい塩梅の魔力を込められるように、集中して……
「──、──ラ。サークラー?」
「…………ん? え、あ、なに……?」
気がついたら、マリューに呼びかけられていた。
魔法が暴発しないように細心の注意を払いながら、何事かを訊ねる。
「いやぁ…… もうそのくらいでいいよ?」
「え……? ま、まだもうちょっと、いけそうだけれど……」
「みたいね…… でももう充分。そこまでやったら大概防げるから大丈夫だよ……」
「……そ、そう?」
不安になってとにかく限界を目指していたけれど、マリューが大丈夫と言うから、発動させることにする。
「あいかわらずめちゃくちゃだなぁ……」
「《ディフェンス》! ……ん、何か言った?」
「なんでもないよ」
ちょっと呆れたような顔で笑ったマリューがそっぽを向く。
そのマリューの反応はよく分からなかったけれど、それはそれとして、さっきからマリューは普通に話をしているけれど、その手元とラタリクさんの身体はぼんやり光ったままだ。
「ねぇ、マリュー。さっきから普通に喋ってるけれど、魔法は大丈夫なの?」
マリューほどの腕なら、喋りながらでも魔法を使うことくらいできるのかもしれないけれど。
「あぁ、これは一度発動させた魔法に魔力を流し続けてるだけだから、全然大丈夫だよ」
「あぁ、なるほど……」
「サクラも《ウォーム》とかで当然のようにやってるのと同じだよ」
「そ、そうなの……?」
「…………」
全然意識していなかったことだから、改めてそう言われて少し戸惑ったのだけれど、そんなわたしの様子を見ていたマリューはなんだかちょっと呆れ顔になる。
「……サクラってば、どうも自覚してないみたいだけどさ。サクラみたいにちょっと魔法の説明と、発動のレクチャーを受けただけで、すぐに大抵の系統魔法を自分で使えるようになるのって、相当すごいんだからね? まぁ、境遇も特殊だし、世の中には魔法に愛された子ってのがいるもんだから、私もそんなもんだと割り切ってたけどさ……」
「……え、わたしってそんなにすごい感じだったの……?」
「まぁ、そうね。魔法の習得まで、普通よりかなり早いよ。それが生来の才能なのか、境遇の影響なのかは分からないけど」
「そ、そうだったんだ……」
「うん。ついでに言うと、才能だとしてもサクラの場合、理解力や想像力も良いんだろうけど、それ以上にそのだだ余らせてる──あっ」
「え?」
突然、目の前が真っ白になった。
軽い衝撃と浮遊感のあと、気がついたらわたしは地面にひっくり返っていた。
全身にほのかな痛みを感じながら身を起こすと、ほんの一瞬前まで薄暗いテントの中にいたはずなのに、わたしがいたのは明るい真っ白な空間だった。
そこが煙に包まれた屋外だと気づくまでにはそれほど時間はかからなかったけれど、そのことに気がついた直後、
「くっ…… 目が……」
という聞いたことのない男の人の声がして、思わず身体が強張ってしまった。
急に不安になって、わたしは無意識のうちに、発動済みの《ディフェンス》にさらに魔力を込めて、魔法を強化していた。
さらにその直後、煙の向こうにちらりと人影が見えた──かと思ったら、
「そこか……ッ!」
と続いた声と同時に、なにかがわたしに突っ込んできて、胸に衝撃を感じた。
また、一瞬の浮遊感のあと、背中に軽い衝撃。
なにがなにやら、理解が追いつかないまま、閉じてしまっていた目を開けてみると──わたしは、金髪の美男子、ラタリクさんに馬乗りになられていることに気がついた。
ここに至っても、まだ状況を理解できなかったけれど、わたしの目に飛び込んできたのは、ラタリクさんの手に握られた小さなナイフと──
「お前らの、軍門には──下らん……!」
と言いながら、両手で握られたそのナイフが、わたしの首元へ振り下ろされる様だった。
「ひっ……!」
トラウマを逆撫でするような光景に、全身が強張るような感覚を覚えながらも、わたしは反射的に、《ディフェンス》に回す魔力をさらに増やして、とっさにラタリクさんの両手を掴んでいた。
「……なっ、離せ!」
というラタリクさんの言葉を聞き終えるよりも早く、このままだとこの手を振りほどかれて、またナイフを突き立てられるかもしれない、とわたしは思う。
「《ハードニング》!」
余っている魔力を全部使い切るような思いで、叫んだ。
魔法の発動と同時に、わたしの全身が指の先まで石のように固まって、ラタリクさんが腕を振りほどくのは阻止できた。
でも、なんの調整もしない全身硬化になってしまったものだから、いつかみたいに呼吸すらできなくなってしまって…… 早々に意識が遠のき始める。
「くっ! は、離せ……! はなっ…………?」
徐々に遠のいていく意識。
ぼんやりと、このままじゃいけない、とは思いつつ、声もろくに出せないから他の魔法も使えないし、かといって《ハードニング》を解いてしまったら、刺されてしまうかもしれないし……
頭も回らず、どうしようもできなくなったとき。
「──っ《エピスタティック・パララシス》!」
「なっ! あっ……」
遠くでマリューの声が聞こえて、ラタリクさんが脱力してわたしが前に出した腕の上にぐったりと倒れ込む。
助かったのかな、と思ったけれど、魔法を解除する、という発想は失念したまま、ついに意識は闇に飲まれていって──
サクラ様! という叫び声をずっと遠くに聞いた気がしたのを最後に、わたしの意識は途絶えた。
やっと先週世界に闇を取り戻してきたんですが、ストーリーとても良かった……
最後の盛り上がりとかほんと凄かった……
語彙力……
(続きはなるべく早く投稿しますね……)




