210-52 マリューの昔話
案内されたのはキャンプの隅っこにある、結構大きな三角形のテントだった。
とりあえず中に入ってみる。
生地が厚いので暗いテントの中には、ランタンと毛布の山だけが置いてあった。
広さは床の面積なら、ざっくり四畳半くらいはありそうで、荷物を置いていても、三人が並んで寝るのに狭いということはない、と思う。
「こちらがお三方のテントです。かなり手狭となってしまって恐縮なのですが、なにとぞご容赦ください……」
「あ、いえ、そんな! 思ってたよりも広かったので、大丈夫ですよ!」
荷物をテントに運び入れてもらい、何度となく申し訳なさそうに頭を下げるお姉さんにお礼を言って見送る。
それからわたしとエイラちゃんは、とりあえず長旅の間に乱れた荷物の中身を整理することにして、手分けをしてあれこれカバンの中身を整理していたのだけれど、しばらくして、さっきのお姉さんがまた訪ねてきた。
こちらへの呼びかけのあと、なかなか入ってこないものだから、何事かとこちらから出入口を開けると、お姉さんが大きな桶を抱えて立っていた。
「あっ、す、すみませんっ」
お姉さんが両手で抱える桶からは、もくもくと湯気が立ち上っている。
「ご不便をおかけすることへのお詫び──と言うわけではないのですが、せめて身体を拭くのに使っていただければ、とお湯を沸かしてまいりましたので、よろしければ……」
「わぁ、ありがとうございます!」
お姉さんの気遣いにお礼を述べつつ、たっぷりとお湯の入った桶を受け取る。
かなり重くてよろめきかけたけれど、なんとか堪えて地面に置いた。
「お湯が冷めちゃうといけないから、先に身体拭かせてもらおっか」
「……そうですね。お背中はまたわたくしが拭かせていただきます」
「ありがとう。わたしもエイラちゃんの背中拭いてあげるね」
わたしは整理途中の荷物の中から小桶と肌着を出してそばに置いておいて、布切れを取って桶に沈めた。
服は脱いだそばから畳んでおいて、下の肌着だけになって顔から順に身体を拭く。
エイラちゃんも同じように服を脱いで、とりあえず上半身の自分で拭ける範囲を各々で拭いていく。
上半身を拭き終えたらお互いに背中を拭きあって、あとはまた各々で足から拭いていって、終わり。
このルーティーンもこの一ヶ月の旅路ですっかり板に付いたものだ。
最初のうちは、お互いちょっと恥ずかしかったり、エイラちゃんがわたしの背中を拭く力が弱すぎたりとか、エイラちゃんの絹のような白い肌にわたしが見とれちゃったりとか、エイラちゃんは背中を拭いてもらうのを遠慮したりしていたけれど、旅慣れたマリューの言う通りに何度かやっているうちに、慣れた。
お互い身体を拭き終えたら、服を着なおして使ったお湯は捨てさせてもらって、とりあえず荷物の整理を再開した。
それからしばらくして荷物の整理も終わったのだけれど、マリューはまだ戻ってきていない。
お姉さんが案内してくれるはずだから、場所がわからない、ということはないと思いつつ、たまにテントから顔を出して辺りを見てみるけれど、マリューの姿はやっぱりない。
話が長引いているのだろうか。
だんだん風が出てきたみたいで、たまにテントが緩やかに波打つ。
他にこれといってやることもないから、膝を抱えてぼーっと眺めていたのだけれど、長旅の疲労がある中で何もしないと、やっぱり睡魔が襲ってくる……
先に睡魔に負けかけたのはエイラちゃんで、わたしの隣で座りながら寝落ちかけて、わたしの肩に頭をぶつけて、びくりと跳ねた。
「ちょっと、横になろうか」
「…………そう、ですね」
わたしとエイラちゃんで、テントの隅に積み上げられていたウールの毛布を崩して並べる。
間に挟まっていた防虫用の小袋を回収しつつ、マリュー用の毛布はまだたたんだままにしておきながら、布団を敷く要領で並べたら、エイラちゃんの手を引っ張って一緒にそこへ倒れ込んだ。
厚手で硬い毛布の寝心地は、正直、あんまりいいものでもないけれど、《ウォーム》の魔法がメインで薄い毛布にくるまって寝ていたここ一ヶ月のことを思うと、まだ寝床に入っている感じがして良い気もする。
ちょっとうとうとして、それから、ふとエイラちゃんの方を見てみたら、もう寝息を立てていた。
少しあどけなさの残る寝顔を微笑ましく思いながら、起こさないようにそっと毛布を掛けてあげて、ついでに《ウォーム》の魔法も掛けなおしてあげる。
「……おやすみ」
小さく声を掛けて、わたしは仰向けになった。
マリューはまだ戻ってこない。
マリューのために残しておいたお湯も、じきに冷めてしまいそうだ、と思う。
まぁ、マリューなら自力で温め直せるだろうけれど。
それはそれとしても、これからの予定も聞いておきたいし、早くマリューが帰ってこないかな、とぼんやり考えながら──
いつのまにか、わたしも眠りに落ちていた。
◇
ふと目を覚ますと真っ暗だった。
もともとテントの中は暗かったけれど、昼間は薄ぼんやりと外が明るいことは分かったから、いつのまにか夜になっていたらしい。
「あら、起きた?」
もぞもぞしていたら、マリューの声が聞こえた。
寝返りを打つように声のした方を見ると、マリューも自分の毛布を設えて横になっていたみたいで目があった。
「ちょっと昔話で盛り上がってたら結構時間が経っちゃって、戻ってきたらふたりとも寝ちゃってたね」
「んー…… ごめん」
「あはは、べつにいいよ」
マリューが上を見上げて、少しの間静かな時間があった。
たまに風が草を撫でる音だけが、ちょっとくぐもって聞こえてくる。
「……そうそう、明日には色々と新しいことを知ってもらうつもりだから、予備知識としてまずひとつ、昔話をしてあげよう」
「ん? うん」
「「…………」」
「あ、昔話って私の実体験の話じゃなくてね? 私の生まれるよりももっとずっと昔の昔話だからね?」
「え、あ、うん」
何も言ってないのに……
と思ったけれど、一瞬マリュー自身の話だと思ったのは本当なので、ちゃんと頷いておいた。
「うんとね、ずっとずっと昔のこと。この星には人は存在しなくて、ただ大自然だけが広がる、知恵なきものの世界だったんだよ」
そう言って、マリューはちょっとした世間話の延長くらいの感じで話し始めた。
「でもね、その世界にはたったひとりだけ、知恵あるものがいたの。その知恵あるものは、遥か太古の開闢以前から存在したのか、あるいは知恵なきものの世界だったこの星に、ある日突然現れたのか、それは分からない。でも最初、〝彼女〟はそこにたったひとりでいた」
「そして彼女はある時、ここよりもずっと西の地で、あるものを創造したの。そのあるものは、他のあらゆる知恵なきものに比して、彼女に似た頭を持ち、彼女に似た身体を持ち、彼女に似た長い手足を持ち…… そして、彼女の持つ知恵を分け与えられた──すなわち、私たち、人。……人は、彼女によって作られたの」
「最初に彼女に作られた人々は、彼女にこう問うた。『あなたは、何者か?』と。その問いに彼女はこう答えた。『我は魔法を使うものなり』と、ね。すなわち彼女は、〝始祖たる真なる不死の魔法使い〟。単に〝始祖〟あるいは、〝不死の魔女〟とか〝創造神〟なんて呼ばれてたこともあったんだよ」
「私たち、この世界を生きる人々は皆、〝始祖〟によって作られた、知恵分け与えられしものの末裔ってことね」
「…………」
「……ここまでが、〝誕生の伝承〟っていわれてる昔話。そしてここからまだ話は少し続いて、〝始祖〟に作られた最初の人々は、少しの間〝始祖〟とともに国を作ったんだけど、ある時〝始祖〟がこう言ったの。『汝ら、あまねく世界に散りて、国を興せ』と」
「〝始祖〟の言葉にはもちろん皆従って、世界各地、五つの大陸に散って国を作った。それが今の世界の十四国。これが〝建国の伝承〟。ちょっと細かいところはかなり省いちゃったけど、これらが合わせて〝創造の伝承〟っていわれていて、まぁ、だいたいそんな感じなんだな、とでも思っておいてもらえればいいかな……?」
「……ん」
「まぁ、なんだろう…… サクラの故郷の創造伝承とは結構違うかもしれないし、戸惑うかもしれない、と思ってなかなかタイミングを計りかねてたんだけど、まぁサクラもこっちに来てある程度時間も経ったし、いい機会でもあったからね」
「……ん。…………んん?」
「なんとなく、こう、〝始祖〟のこととか、あと、現代で不死の魔法使いっていわれてる人たちがどんな存在なのかって、ちょっとでも見えてくるかな? まぁ、つまり、今はちょっとアレなんだけどね? かつては不死の魔法使いっていうと、〝創造神〟といわれていた存在の高みに近づいたものとして、かなり敬われていたって言うか……」
「ん、あ…… えっと……」
「現代じゃそこまでの扱いは受けないかもしれないけど、でも本来の不死の魔法使いがどんなものかって知ると、いつのまにか不死の魔法使いになってたっていうサクラにちょっとプレッシャーっていうか、余計な戸惑いを覚えるかもしれないけど、別にそこは一切何も気にする必要はないからね!」
「あ、うん。いや、あの……?」
「あ、やっぱりちょっと一気に説明しすぎた……? 大丈夫?」
「ん、んー、まぁ、ちょっとなんか、寝起きの頭で聞く話じゃなかったかもしれない、と言うか、横になったまま聞く話でもなかったかもしれない、と言うか…… まぁ、そこは、そういうものなんだなーって思えなくはないんだけれど…… ……えと、怒らないで欲しいんだけれど……それって、本当のお話なの? ……その、神話とか創作が織り交ぜられてるようなお話じゃなくて、実際にあったこと、と言うか?」
「うん、そうだよ。……まぁ、実際に当時から生きてる人なんていないし、多少の脚色はあるかもしれないけど、〝始祖〟様は実在して、この話も基本的には全部実話って言われてるよ」
ちょっとした昔話、なんて軽い感じで話し始められたけれど、なんだか結構すごい話で、わたしは困惑していた。
この世界には魔法があるし、そもそもわたし自身、死んだと思ったらこの全く違う世界に来ていた、なんてとんでもない不思議体験をしているのだから、〝創造の伝承〟っていうお話が実話っていうのも、まぁそうなのかな、とは思える。
でも、いかんせん前世の常識と違いすぎて、うまく飲み込みきれていない感じになっていた。
マリューの口振り的に、創造伝承はあって当然、みたいな感じもあるし……?
「……んと、そもそも、人って〝始祖〟様が作り出したものなの……?」
「そう。……まぁ、自分たちが誰によって作られたのかって、サクラの故郷の伝承とは違って戸惑うのは分かるけど、サクラはサクラだし、自分が誰に作られたのかなんて、あんまり深く考えなくても大丈夫だからね?」
「あ、うん。……ん、んん? いやぁ、誰に作られたのか、なんて気にしたことなかった…… と言うか、そもそも前の世界では、人って誰かに作られたわけじゃなかったし……?」
「……え?」
「え?」
一瞬、完全に会話が止まった。
暗闇の中にぼんやり見えるマリューは、何を言っているのかよく分からない、とでも言いそうな怪訝な表情をしているように思う。
「……人が作られたものじゃない? え、じゃあ、サクラの故郷の創造伝承ってどんなのだったの?」
「あー、うん。いや、創造伝承と言うかね──」
わたしは分かる範囲で、マリューにその辺りのこと──つまり、進化論とか──を説明してあげた。
わたしもあんまり詳しくはないから、ちょっと間違ったり曖昧だったりはしていたかもしれないけれど、この世界の伝承とは全く違う、ということが伝わればいいかな、というスタンスだったけれど、マリューはその説明を聞いて、ちょっと困惑しているようだった。
「お、おぉう…… ぜ、全然違うと言うかなんと言うか…… いや、まぁ、なんにせよ、サクラが必要以上に戸惑ったりしないなら良いんだけどね…… と、とりあえず、この世界ではそんな話になってるから、適当に覚えてもらえればいいかな、うん……」
どうやらマリューは、わたしがカルチャーショックで落ち込むことを心配してくれていたみたいだけれど、終わってみれば、マリューの方にダメージが入っているような気がする……
「マリュー、大丈夫?」
「あ、うん。いや、そうかー、とちょっとね」
マリューは仰向けのまま腕を組んで、なるほどなー、とか、そうかー、とかうわ言のようにつぶやいていたのだけれど、少しして突然自分の頬をひっぱたいて、よし! と小さく叫んだものだから、びっくりした。
どうやらマリューはそこで思考をリセットしたみたいで、困惑の消えたいつものトーンに戻って、またこちらに顔を向けてきた。
「まぁ、あくまで今の話は予備知識だから、あんまり深く考えずに、そんなものなんだって軽く覚えておいてくれればいいからね。それと、明日はもうちょっと、こう…… 今の生活につながる話というか、そんな感じの話をするつもりだから、そんな心づもりで」
「うん」
わたしは頷いて、今聞いた話を軽く整理しよう、と思ったのだけれど、寝起きだからか、一気に情報を入れすぎたからか、あんまり頭が回らなかった。
とりあえず、〝始祖たる真なる不死の魔法使い〟っていう人が、この世界の人を作ったすごい人なんだってことだけは、覚えておこう、と思った。
「……あぁ、そうだった。明日なんだけど、本来の用事の掘り出されたものの調査のためにちょっと移動しないといけないから、また馬車に乗るからね。覚悟して今のうちに休んどいてね」
「んぁ、うん……」
最後の最後に、そんなちょっとげんなりすることを言われてしまって、仕方ないとは思いつつ、わたしはちょっと呻いてしまった。
あとわたしが呻くのと同時に、マリューとは反対側からも、小さく呻き声が聞こえたような気がしたけれど……
わたしはこちらに背を向けて眠るエイラちゃんの頭を軽く撫でてから、また眠ろうと目を閉じた。
お話が佳境に差し掛かりつつあるタイミングで申し訳ないのですが、ちょっと世界に闇を取り戻しに行かなければならない(+α)ので、しばらく投稿が遅れる&不定期になります。
1ヶ月あけたりするつもりはありませんし、なるべく早めに続きを投稿できるようには頑張りますので、なにとぞ……




