210-51 調査隊のキャンプ
そして一ヶ月が経った。
と簡単にいったけれど、実際のところは結構つらかった。
というのも、ただ馬車に乗っていただけとはいえ、割と激しい揺れが続くと、お尻と腰に結構なダメージが入るのだ。
痛みが出るたびにマリューが治癒魔法で癒してはくれたけれど、痛みは引いても変に痛みを堪えた体力まではなかなか回復しないものだから、旅も終わりが近づくにつれてぐったりとする時間が増えていった。
最初は初めての馬車の旅で楽しそうにしていたエイラちゃんも、旅も半ばを越えたあたりからは、はっきりと顔に疲労の色が浮かび始めていた。
それでも背筋を伸ばして静かに椅子に座り続けようとするエイラちゃんだったけれど、さすがに不憫に思えたから、恐縮するエイラちゃんを説き伏せてたびたび膝の上に寝かせてあげて、体力を消耗しすぎないように気をつけていた。
マリューは慣れているのか終始平気そうな顔をしていたし、わたしも不死の魔法使いの回復力で割と回復できるみたいだったけれど、再誕者とはいえ普通の女の子であるエイラちゃんには無理はさせられないからね。
そして旅も最後の一週間くらいに差し掛かってくると、人里も減ってきて野宿する機会も出てきたから、なおのことつらかった。
この世界は魔法があってファンタジー感のある世界だけれど、モンスターなんていない。
もちろん野犬や熊みたいな危険な動物はいるんだけれども、夜はマリューが一晩中目を光らせて、わたしたちと御者さんと馬を守ってくれていたから、その点では問題はなかった。
ただし、夜に見張りを頑張ってくれた翌日の昼は、当然マリューは仮眠を取ることになる。
それ自体はなんの問題もないのだけれど、魔法の講義の会話がなくなって、疲労の溜まったわたしとエイラちゃんではほとんど会話もできなかったものだから──
荒涼とした高原の入口にある目的地に着くころには、わたしたちの旅は、ずいぶんと静かなものになっていた。
◇
いつの間にか高い木はなくなって、下草とまばらな低木しかないなだらかな丘陵地帯をわたしたちは進んでいる。
マリュー曰く、ここを出れば目的地はすぐ、という最後の人里を離れて三日。
寒さが厳しくなってきたから、わたしとエイラちゃんは防寒着を着込み、軽く《ウォーム》の魔法を掛けて、もたれ合って馬車に揺られていた。
マリューは目の前で寝転がって仮眠中で、会話もなく、やることもないので、わたしもエイラちゃんも、ただただぼーっとしていたのだけれど。
お昼も近づいてきたころになって、不意に馬車が止まった。
そして、なにごとかと考える間もなく、小窓を開けて御者のおにいさんが車内に声を掛けてきた。
「先生方。着きやしたぜ」
「……んぁ」
「…………む?」
わたしのリアクションよりも遅れること数秒。
マリューも気がついて、のそり、と身を起こし、馬車の天井に両手を当てながら、うんと伸びをする。
「着いたか!」
「……そう、みたいだね」
今の今まで目を開けながら寝てしまっていたのかってくらいに、まったく気がついていなかったのだけれど、改めて意識すると、車外からはいくつかの足音や話し声が微かに聞こえている。
とりあえず、わたしとエイラちゃんも、狭い車内で軽く身体を解す。
ぽきぽき、なんて可愛らしい音ではなく、ばきばき、という音が身体の節々から響いた。
「疲れた?」
「…………すごく」
エイラちゃんも肯定のそぶりは見せないけれど、顔にも身のこなしにも疲労がにじみ出ている。
「ははは。でもまぁ、まずは挨拶を済ましちゃおうか。それが済んだら、最低でも一日はしっかり休ませてもらうつもりだから、ひとまずは最後のひと頑張り、よろしくね」
「ふぅ…… ん、よし……!」
「……承知しました……」
気合いを入れて、軽く身構える。
マリューが馬車の扉を開けると、ちょうど目の前に十人くらいの、似たような防寒着を着た男女が並んでいて、マリューが馬車から降りるのに合わせて、真ん中にいた壮年の男性が一歩前に出てきた。
「トタッセン先生、お久しぶりです! それと、御同行の方々、初めまして。私は本調査隊の隊長を務めているコージ・トルベイと申します。この度は遠路はるばるご足労いただき、誠にありがとうございます」
そう言って差し出された右手をマリューも握り返して微笑んだ。
「コージくん久しぶりだね、元気そうで何より! ……一応名乗っておくと、私は王都魔法学院の不死の魔法使いのマリュー・トタッセン。それと後ろのふたりは、黒い方がミフロの不死の魔法使いのサクラ・ノノカと、白い方がサクラの従者のエイラ・クライウェイ。先んじて連絡はあったと思うけど、今回このふたり──まぁ、主にサクラは勉強のために連れて来させてもらったよ。……よろしくね!」
「サクラ・ノノカです。一応…… 不死の魔法使いです。よろしくお願いします」
「……サクラ様に使えております、エイラと申します。……お世話になります」
「ええ、ええ。ノノカ様のお話は伺っております。お会いできて光栄ですよ」
わたしとエイラちゃんも簡単に自己紹介をしたあと、わたしもマリューに続いて握手を求められたので応じた。
ちなみに、握手をしたあとに手袋をはめなおすトルベイさんを見て、手袋の存在をすっかり失念していたことに気がついた。わたしは良いのだけれど、エイラちゃんにはあとで手先を中心に《ウォーム》を掛けなおしてあげよう、と思う。
「では、まず、先生方に泊まっていただくテントに荷物を運び込ませます。ちなみに、生憎、テントの数には限りがありまして、個室は用意できずにおふたりも使用人も同じテントで寝ていただくことになるのですが……」
「あぁ、まぁそれは仕方ないよ。サクラもエイラちゃんも大丈夫だよね?」
「え、あ。わたしはいいけれど、エイラちゃんは──」
「問題ありません。お気遣い無用です」
「あ、うん。大丈夫です」
食い気味にまっすぐこちらを見つめながら断言されたので、問題ないみたい。
わたしたちの了承を聞いたトルベイさんは髭に囲まれた口をにかっと歪めていた。
「いやぁ助かります。では、荷物を運び込んだらさっそくで悪いのですが、現状の説明をさせていただきたいんですが──」
「あぁ、それは私だけで聞くよ。サクラとエイラちゃんは、慣れない長旅でかなり疲れてるから、今日はもうこのまま休ませてやりたいんだけど問題ないかな?」
「む。あぁ、そうですね、こちらとしては別に構いませんよ。トタッセン先生がそう仰るならそうしていただければ」
「よし。じゃあそういうことだから、サクラとエイラちゃんは先にテントに行って休んでていいよ。時間はあるし、もろもろの説明とかはまた明日にでもゆっくりするから気にしないでさ」
もう挨拶は済んだ、ということか、マリューがそう言って気を使ってくれたので、わたしは素直にその言葉に甘えることにする。
トルベイさんのお話を聞いておいた方がいい気もするのだけれど、今の疲れた頭では、正直、ちょっとでも難しい話が出てきたら、もうついて行けそうにない。
まぁ、頭がすっきりしていてもついて行けない気もするけれど。
なんにせよ、すぐにでも休めるというのなら、ありがたい限りだった。
「なら、そうさせてもらうね……」
「あいよ。じゃああとでね」
ひらひら、と手を振りながら、マリューはトルベイさんと一緒に大きなテントの方へと歩いて行った。
「では、ご案内しますね。お荷物も、お預かりします」
マリューを見送るとすぐに、そばで話を聞いていた調査隊のお姉さんがやってきて、御者のおじさんが降ろしてくれていたわたしたちの荷物に手を掛けた。
それを見ていたエイラちゃんが、数秒遅れて、はっとしていた。
「……あっ。……サクラ様の荷物は、わたくしが持ちますので……」
「え…… いやいや、エイラちゃん。エイラちゃんもかなり疲れてるんだから、ここはお任せしとこう、ね?」
わたしと自分の荷物を受け取ろう、と前に出かけたエイラちゃんの肩を後ろから軽く捕まえて、こちらに向かせる。
エイラちゃんは気配りができて何事も飲み込みが早いし、とても優秀なのだけれど、ちょっと仕事熱心が過ぎるところがある、と思う。
まじめなのはエイラちゃんのいいところなんだけれど、それで体を壊しちゃいけないし、壊させてもいけない。
エイラちゃんは少しだけ不服そうな顔をしていたけれど、それでも意地になったりはせずに、荷物のことは大人しくお姉さんに任せてくれた。
そしてそのお姉さんに案内されて、わたしたちは少しの間お世話になるテントへと向かった。
もうちょっと文章を、ぎゅっ、としたいな、とも思いつつ、でもこれくらいがちょうどいいかな、とも思ったり……




