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209-51 道中

 翌々日に出発する、とは言っても、その日はもう夜で、出発の日も朝から出発することになるから、実際のところの準備時間は丸一日ちょっとしかなくて、翌日はかなり忙しく動き回ることになってしまった。

 でも、気に掛けていたハルベイさんへのお願いは、マリューも口添えしてくれたからか特段眉をひそめられたりすることもなく、遠出のことも監査の先延ばしのことも、結構あっさり認めてもらえたのでそこは一安心だった。

 あとは、ハルベイさんへのお願いのついでに、役場で準備中の収税官さんにお願いして税金を早めに納めさせてもらったり、クライアさんにも取り急ぎ事情を説明して、今回もまた自宅の様子をたまに見てもらえないか、と相談をしにいったり、帰ってきてからは、マリューと一緒に空っぽの調薬棟へ薬やら器材やらを運び込んで、ひたすらその整理をしたりしていた。

 ちなみに、自宅に置いてあったちょっと高価な品物とか、旅先には持っていかないエイラちゃんの私物もあらかた調薬棟に運び込んでいる。

 というのも、何を隠そうこの調薬棟は施錠ができるのだ。

 ミフロに盗みを働く不届者がいるとは思わないけれど、家族が増えてものも増えたし、なにより調薬を本格的に始めて割と価値のある素材なんかのストックもそれなりにあるので、長期間空ける以上気をつけておいて損はないだろう。

 整理はマリューの監修のもと、素材や薬品を区分しながら棚へ並べたり戸棚や倉庫へしまったり、器材や小道具を配置したり。

 日持ちのしないものなんかはハルベイさんに引き取ってもらったりして、長期間放置しても大丈夫なように一日掛けて調薬棟を整えた。

 ちなみに、自宅の方と旅支度については、大変だろうとは思いつつ、エイラちゃんに全部任せていた。

 自宅については、日持ちのしないものの処分だとか全体的な片付けを。

 旅支度については、持って行くものの選別・梱包と、入用なものの買い出しをしてもらった。

 ちなみに買い出しはマリューの助言を受けて、とりあえず運ぶのに苦にならない程度の保存食と、防寒着をお願いしておいた。

 特に防寒着については、手に入る一番防寒性の高いものを、わたしとエイラちゃんの分で二着ずつ以上は確保するように、とのマリューの助言だった。

 というのも、目的地がものすごく寒いらしい。

 北に行く、とは聞いていたけれど、目的地はここよりもずっと北にある内陸の高地だそうで、夏でも凍えるくらい寒いところとのこと。

 なんでまたそんなに寒いところに行くことになったのか、なんて細かいことは、道中の話のネタがなくなるからまだ内緒、と教えてもらえなかったけれど……

 とにもかくにも、わたしたちは丸一日掛けて長旅の準備をした。

 さすがに時間が足りなくて、先月分の帳簿をまとめたりとか、畑の始末をしたりとかはできなかった。

 もう帳簿は持ち出して道中で計算しようとは思うけれど、畑は帰って来るころには荒れ果てていることを覚悟しておこう……


 そんなこんな、準備万端とは言えないけれど、できる限りの用意をして、翌日。

 早朝からクライアさんのところに行って、改めて出発する旨を報告する。


「まぁ、家のことは心配しなさんな! ちゃんと面倒見といてやるから、サクラは何も心配せずに勉強してきな」

「んふぁ、はい、ありがとうございます。行ってきます」


 割と強い力で頭を撫でられて、変な声が出つつも挨拶を済ませる。


「エイラちゃんもね。あんまり気張りすぎちゃダメだよ?」

「ん…… ……はい。お気遣いありがとうございます。行って参ります」


 エイラちゃんも同じように撫でられて、挨拶を済ませた。


「それじゃあしばらくサクラたちは借りていきますので、あとはお願いしますね!」

「はい、トタッセン先生。お気をつけて」


 そしてマリューに連れられて村の玄関口まで向かい、用意されていた馬車に乗り込んでミフロを出発した。



 今回の馬車の旅は、だいたい一ヶ月も掛かる。

 王都までが十日くらいだったから、その三倍近い時間が必要なくらい、今回の旅の目的地は遠いところらしい。

 前回、初めてミフロを出て王都に向かった時は、突発的だったこともあって、馬車はせいぜい一日毎に新しく捕まえて、乗り換えながらの旅だった。

 実は今回も、目的地の手前までは一日一、二回は馬車を乗り換えての旅になるらしいのだけれど、今回は連続して乗せてくれる御者さんが確保できないからではなくて、速い馬を次々に変えて旅程を短縮するためらしい。

 このあたりはもう全て予定が組まれているらしくて……

 ……出発を待ってもらった分、道中の皆さんも待たせていたのなら本当にごめんなさい、と思った。

 あえてそのあたりは詳しくは確認しなかったけれど……

 ちなみに、馬が速い分乗り心地がそれなりに悪くなってしまっていて、マリューの酔い止め魔法のおかげで乗り物酔いにこそならないものの、道中でまとめようと思っていた帳簿は、とても馬車の中では手をつけられたものではなかった。

 基本的には毎晩宿に泊まる予定らしいから、その時にでも少しずつ進めていくことにして、馬車の中で書き物や計算は諦めよう。

 それに、なにより、物心がついて以来は初めて馬車に乗った、というエイラちゃんが、表情にこそあんまり出さないけれど、そわそわと落ち着きなく、とても興味深そうにあちこち見ていたのがすごく可愛かったから、結局帳簿には手はつけられなかっただろうし、ね。


 ……ところで。


「ねぇ、マリュー。それで、結局わたしたちは──と言うか、マリューはどこに何をしに行くの?」

「あぁ、うん、そうね。そろそろちゃんと説明しようか」


 そう言ってわたしたちの対面に座るマリューが軽く居住まいを正した。

 エイラちゃんも同じように座り直してマリューの方に向き直ったけれど、半ば以上意識が窓の外を流れる景色に向いているようで、微妙に首が傾いていて微笑ましい。


「……うーん、まぁ、まず私たちが向かってるのは、北の方北の方って言ってたけど、ずっと北にある〝レド高原〟って言うところね。言っても分かんないと思うけど」

「あぁ…… うん」

「まぁ、何にもないただの荒涼とした高原なんだけどね。ただ、知ってる人もあまり多くはないと思うけど、実はレド高原って昔戦場になったことがあってね」

「戦場?」

「……それは──」

「おっとエイラちゃん。戦場云々について詳しくはまた着いたら説明したいから、今はまだ黙っててもらえると嬉しいかなー?」

「……あ、承知しました」

「……ん、ん?」


 何か思い当たることがあったらしいエイラちゃんの言葉をマリューが止めてしまって、わたしの頭に疑問符がぽろぽろと湧いて出てくる。

 まぁマリューにも考えあってのことだろうから、納得のいかないことでもないし、大人しく今は訊かないでおくけれど……


「まぁややこしい話は後にして、その古戦場に私が呼ばれた理由なんだけど、実はレド高原の古戦場では今発掘調査をしててね。その調査中にちょっと厄介なのが掘り出されたから、その確認と対応を仰せつかったのよ」

「厄介なものって…… 危ないの?」

「うーん、そうね。扱い方を間違えると危ないね。だから専門家である私が呼ばれたのさ」


 専門家、と言うけれど、マリューの専門は確か、魔法と医学と薬学とか、そういうのだった気がする。

 その手の専門家が呼ばれる危ないものって……?


「……何が掘り出されたの?」

「それは見てのお楽しみ……と言うか、それを直に見た上で、サクラにも色々ときちんと知ってほしいっていうのが今回サクラを連れ出した理由だからね。ずっとちゃんと説明する機会に悩んでたんだけど、ちょうど〝遺物〟が見つかったから、まぁ、いい機会かなって思ったのよ」

「そ、そう……」


 結局、本格的なお話はレド高原というところに着いてから、らしい。

 なんだかすごくもやもやするけれど、マリューがそういうならその方が良いのだろうし、なにより多分食い下がっても意地になって教えてはくれない気がするから、今のところは引き下がろう……

 そしてマリューはマリューで、この話は終わった、とばかりに話題を変えてきた。


「ところで、昨日ちらっとサクラから聞いたんだけど、エイラちゃんってやっぱり魔法が得意なの?」

「え……いえ、得意と言えるようなものではありません……」


 突然話を振られたエイラちゃんは、ちょっと恐縮気味になっていた。

 そういえば昨日、調薬棟で荷物の整理をしていたときに、会話の中でエイラちゃんの魔法のセンスが良い、という話をした気がする。

 それと、確かエイラちゃんみたいな〝再誕者〟というものの説明をしていたときに、魔法が上手い人が多いって言っていたなぁ、とマリューの「やっぱり」という言葉を聞きながらわたしは思い返していた。


「でもサクラは、エイラちゃんはすごく飲み込みが良くてセンスが良いって言ってたよ? ねぇ、魔法は勉強したことあるの?」

「……サクラ様から直接教えていただいた他は、サクラ様がお持ちの〝魔法入門書〟でしたら、一通り頭に入れたのですが……」

「「えぇっ!?」」


 わたしとマリューの驚きの声が被った。


「……なんでサクラまで驚いてるの?」

「んぇ、あ、いや。エイラちゃんが魔法入門書をたまに読んでるのは知ってたけれど、まさか全部覚えてたとは知らなくて……」


 エイラちゃんは読み書きができるから、わたしの持っている数少ない本を読むことは、微力ながらエイラちゃんのためにもなるだろう、と推奨はしていた。

 でもまさか、魔法入門書に載っている魔法を全部覚えてるとは思わなかった。

 二、三十種類とかだったと思うけれど、わたしでもまだ全部は理解できていないのに…… とエイラちゃんの素質に驚愕していたら、ちょっと慌てたようにエイラちゃんが否定の声を上げた。


「い、いえ。あの、載っていた全ての魔法が使えるようになったわけではなく…… あくまで、書かれていたことを大まかに覚えただけでして、実際に使える魔法は、サクラ様から直接教えていただいた少しの魔法だけですので……」

「ほほう」


 それを聞いたマリューがにやっとした。

 そして、エイラちゃんの顔をぐいと覗き込む。


「ねぇ、エイラちゃん。せっかくこれから一ヶ月近く一緒にいるんだから、魔法の勉強してみない? サクラと一緒にさ。サクラの言うセンスの良さと、本の記述をあらかた覚えられる地頭の良さがあれば、あっという間にサクラも追い抜けるくらい魔法も上達すると思うよ」

「え……あ、いえ、わたくしがサクラ様に追いつくなど……」

「んー、エイラちゃんなら、わたしくらい本当にすぐに追い抜けると思うけれどね……」


 エイラちゃんなら、本物の不死の魔法使いならまだしも、わたしみたいなもどきなんて一瞬で追い抜ける、と断言できる。


「……しかし、わたくしの一存では──」

「いいと思うよ。わたしも久しぶりにマリューから色々と教わりたいし、一緒に教わろう?」


 一ヶ月何もしないでただ馬車に揺られているだけ、というのもかなりつらいし、ね。


「……サクラ様がそう仰ってくださるのでしたら……」

「よしよし、じゃあこれから一ヶ月、ふたりには特別講義をしてあげよう!」

「「よろしくお願いします」」


 色々気になることは、ひとまず置いておいて。

 わたしたちはマリューから魔法の講義を受けながら、一ヶ月の間、馬車に揺られ続けた。



もっとサクサクお話を進めたい…

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