208-53 邂逅と暴露
マリューを伴って小山を登りきり、広場に出たところで。
「うん? なにあれ。前はあんなのなかったよね?」
「ん、あぁ。新しくね、調薬専用の建物を建てたんだよ」
「ほー、いいね! いやぁ、案外サクラってしっかりしてるよね。後で見てみてもいい?」
「案外…… うん、見ても良いけれど、まだ完成したところでなにも運び込んでないから、空っぽだよ?」
「完成したてか。いいね!」
新しい調薬棟を前にして、なんだか自分のことのように嬉しそうなマリュー。
薬学の専門でもあるマリューに見てもらえるなら、何か不備があっても教えてもらえるかも、なんて考えながら、改めて我が家の方に向き直ったところでマリューが真顔になってぼそりと。
「で、家の方は建て直さないの?」
「……あ、ん、うん。お金が貯まったらね……」
まぁ、誰が見ても自宅の方はぼろぼろだし、なまじ比較対象ができちゃったものだから、わたしも早く建て直したい、とは思ってるんだけれど、ね。
とりあえず、それはそれとしてマリューをそのぼろぼろの自宅に招き入れる。
「はい、どうぞー」
「お邪魔しま……うん?」
我が家に立ち入るなり、マリューは見慣れない人影に気がついて、少し驚いたようにそちらに目を留めた。
一方で見つめられた方のエイラちゃんは、突然の訪問客にも驚いた様子はなく、いつも通りの落ち着いた雰囲気のまま、マリューに対して丁寧なお辞儀で迎えてくれている。
「突然ごめんね、エイラちゃん。何度か話題にはしてたけれど、この人が王都の不死の魔法使いのマリューだよ。で、マリューにはまだ言ってなかったけれど、この子は少し前にわたしがメイドさんとして雇うことになった、エイラちゃん」
「……お初にお目にかかります、トタッセン様。サクラ様よりご紹介に預かりました、エイラと申します」
わたしの紹介を受けて、エイラちゃんが改めてお淑やかにお辞儀をする。
お辞儀をするまえにこちらを見つめた真っ赤な瞳と、室内の薄明かりに浮かび上がるような真っ白な髪と肌は、相変わらずエイラちゃんに神秘的な雰囲気を纏わせていて、優雅な所作と合わせて思わず見惚れてしまいそうになる。
マリューも驚いて言葉を失っていたのか、次の言葉が出てくるまでには少しだけ時間があった。
「……おっと、これはご丁寧に。私は王都の魔法学院で教師をしてたりするマリュー・トタッセンです。いやぁ、まさかサクラがメイドを──それもアルビノの子を雇い入れてるとは思わなかったなぁ……」
マリューはそう言いながらエイラちゃんの方に歩いて行って、顔を近づけて興味深そうにまじまじと観察しだした。
顔から始まって、頭やら首やら……
手まで取って、腕や指先まで舐めるように観察するマリュー。
エイラちゃんは首だけマリューに向けたまま、一歩も動かずにされるがままな感じだし、いきなりのことだったから、ついわたしもなにも言えずにいたのだけれど、少しして、さすがにどうかと思い至ってマリューに声を掛けようとしたところで、握っていた手を離したマリューが腰を傾けたまま、エイラちゃんを見つめて話しかけた。
「もしかして、あなた〝再誕者〟?」
「……そのように聞いています」
「……え?」
え? と何の話か分からなくて声を漏らしたのはわたしだけれど、マリューは納得顔で頷いていた。
「なんとまぁ、これはまた稀有な…… 久しぶりに見たよ」
「……えっと、マリュー?」
「うん? なに?」
「え、あぁ、その、〝再誕者〟って、なに?」
なんとなく、だけれど、〝再誕者〟という言葉の雰囲気的に、適当に流していちゃダメな話のような気がしたのだけれど、マリューの態度は別にいつも通りの範疇な気がする。
「あぁ、〝再誕者〟っていうのはね…… まぁ詳しくは省くけど、簡単に言うと一度死んでから魔法で復活した人のことね」
「…………んぇ?」
しれっと凄いことを言われたのでは?
「もうちょっと説明しとくと、再誕者って魔力に馴染みやすくて魔法が上手い人が多くてね──」
説明するマリューはなんてことなさそうだけれど……
「──で、寿命が長くて、普通の人の二、三倍はあるから〝不死の魔法使いの従者〟なんて異名もあるんだよ。……あれ、サクラ?」
「……んぇ、あっ! えあ、そ、そうなんだ……」
あくまでひとつの知識として説明するようなマリュー。それはいいのだけれど、なによりも、わたしが気になったのは、一番最初の言葉だった。
それはつまり──?
「えっと……? さらっと説明されたけれど、なんだかとんでもないことを聞かされたような……? ……じゃ、じゃあ、エイラちゃんって一度死んだことがあるの……?」
「……はい。出産の折に母が亡くなり、わたくしもその時に一度死んだ、と聞いています」
「なるほど」
「え、あ…… ご、ごめんね……?」
「お気になさらず、サクラ様」
自分で訊いておいてなんだけれど、ちょっと重苦しい話題になってしまって、わたしはちょっと落ち着かない気分になってしまった。
でも、当のエイラちゃんはいつも通りの調子を崩さず気にしていない様子だし、マリューも、ふむふむ、と頷いて興味深そうにしているし、なんだかわたしの方が気にしすぎているだけのような気もしてくる……
「再誕者でアルビノってことは、胎児期から乳児期に生命再誕の秘術を受けたってことだからね。……ところで、エイラちゃん? ひとつ教えて欲しいんだけど、その生命再誕の秘術を使った人が誰かは聞いてる?」
「…………はい。わたくしの祖母、アラヘラ・クライウェイです」
「ふむ、アラヘラ・クライウェイ…… アラヘラ・クライウェイ……?」
ちょっと萎縮気味のわたしに構わずにエイラちゃんに質問を続けるマリューだったけれど、アラヘラさんの名前を聞いたところで、何かを思い出そうとするような仕草になった。
エイラちゃんもわたしも、それを邪魔したりはしないから、少しの間無言の時間が流れて…… そしてマリューが何かを思い出したようで、指をパチンと鳴らした。
「アラヘラ・クライウェイ! そうだそうだ、五十年くらい前の教え子にいたわ! めっちゃ優秀だった子!」
「……え、マリューって五十年も前から教師やってたの?」
「あん?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
ちょっと初対面の時のマリューを思い出した。怖い。
目を伏せて口を噤んだわたしのことは置いておいて、マリューはまたエイラちゃんとの会話を再開する。
「そっか、アラヘラの孫だったか…… で、アラヘラ……おばあさんは元気?」
「……いえ。今年の春の終わりに、亡くなりました」
「……あぁ、そっか。ごめんね、エイラちゃん」
少し悲しそうな表情で、マリューがエイラちゃんの頭をくしゃりと撫でた。
エイラちゃんも、一瞬だけほんのり悲しそうな顔をしたけれど、撫でられ始めてからはいつもの無表情に戻った気がする。
エイラちゃんのその様子に気づいたのかは分からないけれど、マリューもにこりと笑って見せた。
「それにしても、あの優秀だったアラヘラの孫に会えるとは光栄だよ」
「……いえ、そんな。……わたくしも、祖母やサクラ様から話を伺っていた、かの有名なトタッセン様にお会いできて光栄です」
そんな風に、笑顔と無表情で頷きあうふたり。
「……ん? あれ、エイラちゃんって、もともとマリューのこと知ってたの?」
マリューにはわたしも大分お世話になっているから、普段の会話の中でも割とよくマリューの話はしていたけれど、もともと知っていた、とは聞いていなかったように思う。
わたしの問いかけに、エイラちゃんはちょっとだけ目を開いた。
「え、あ……はい。トタッセン様はこの国でも特に有名な不死の魔法使い様ですから、わたくしに限らず、多くの方が存じているかと思いますが……」
「んぇ、マリューってそんなに有名人だったの……?」
ちょっと意外…… とまでは言わなかったけれど、そんなこととは露ほども思っていなかったから結構驚いてしまった。
マリューにじとっと見つめられて、慌てて取り繕って微笑んでおいたけれど……
それ以上は機嫌を悪くしなかったマリューは、それから鼻を鳴らして胸を張り、自慢のような丁寧な説明のようなよく分からない調子で言う。
「ふふん。まぁね! 異世界から来た常識知らずのサクラは知らなかったかもしれないけどね!」
「あっ……」
とはわたしだ。
そしてエイラちゃんがぼそり、と。
「……異世界?」
エイラちゃんには、わたしが違う世界から来た、とは言っていなかったのである。




