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208-52 遅かった手紙

 翌日、だいたい夕方。

 わたしはハルベイさんのお店での打ち合わせを終えて、ミフロの村をふらふらとしていた。

 ちなみに、ハルベイさんとの打ち合わせというのは、これからの仕入れのことである。

 調薬棟を新築する、という話が出てからこちら、設計の相談とか、建築のお手伝いとかで忙しかったから、しばらく薬作りは縮小して仕入れも抑えていたし、特にここ数日は、荷物の移動と新しい環境を整えるために薬作りはほぼ完全にお休みすることにしていたので、仕入れもストップしている。

 だから、いつからどれくらいの仕入れを再開するのか、その打ち合わせをしてきたのだ。

 打ち合わせはお昼過ぎから始めたのだけれど、ついでに新しい環境が整ってからの設備監査の予定なんかも相談していたら、もう陽も傾き始めてしまっていた。

 なんとなく立ち止まって、ぼんやりと太陽を見上げる。

 村の西側は山が近いから、もう二時間もすれば太陽は隠れてしまいそうだ。

 もう日没だなぁ、なんて思いながら、ふと、反対側の空を見る。

 そこで、ふたつの月がくっついていることに気がついた。

 上弦よりも少し膨らんだ、手前の大きな〝一の月〟

 その影の部分にめり込むようにして、奥の小さな〝二の月〟

 その大小ふたつの月を眺めていて、ふと思い出す。


「……ん、あぁ、そう言えば今日も重月(ちょうげつ)なんだっけ」


〝重月〟というのは文字のままの意味で、月が重なるという意味だ。

 こちらの世界は月がふたつあるから、一定の間隔で二の月が一の月の陰に入って重なる。重なる周期はひと月の長さとほとんど同じだから、だいたい月に一度、重月がある。

 ちなみに、だけれど、この世界の一年は十二ヶ月なんだけれども、基本的にひと月は二十八日しかなかったりする。

 そして一月は二十七日しかなくて、だいたい三年に一度うるう年がある。そのうるう年に日数が変わるのは前世の世界とおんなじ二月なんだけれど、こちらの世界のうるう年では、二月が一日増えるんじゃなくて、逆に一日減って二十七日になるのだ。

 だから、こちらの世界の一年は三百三十五日か三百三十四日しかない。

 まぁ、これでわたしが不死になっていなかったら、早く年取っちゃうなぁ、なんて思ったかもしれないけれど、今となっては年齢を気にする必要もないし、これといって困ることはないかな。

 あと、重月の間隔はひと月の長さとほとんどおんなじ、といったけれども、より正確には二十七日と半日だそうで、だからだいたい重月は月に一度あるんだけれど、何年かに一度は、同じ月に二度重月が起こることがある。

 そして実は今日、八月二十八日の重月は、八月一日の重月に続いて、八月の二度目の重月なのだ。

 だから、今日のお月様たちはちょっとだけレアな感じのお月様たち。

 ……別に、月に二度目の重月だからって、何か特別なことをしたりするわけではないんだけれど、ね。前世の世界ではなかった、暦の上でのちょっと珍しいだけの日。

 初めて空にふたつの月が並んでいるのを見つけたときは、ありえない光景に本当に、本当にびっくりしたけれど、一年以上が経った今なら、もう慣れたものだし、いろんなことを知っている。

 思い返してみれば、初めてふたつの月を見たあの日──こちらの世界で目を覚ましたあの日の月の近さからすると、ちょうどあの日は重月だったのかもしれない。

 今なら、そんなことだって分かる。わたしもこの世界に慣れてきたんだな、とちょっと嬉しくなって、頬が少し緩んだ。


「ん、そうだ。せっかくだから、帰ったらエイラちゃんと一緒にお月見でもしようかな」


 まだちょっと満月には早いけれど、ふたつの月が重なって、また離れて行く様子も神秘的だし、月を見るにはいい日かな、と思ったのだ。

 そうとするなら、早く家に帰って、お団子代わりの早めの夕ご飯の支度を手伝わなくては。

 わたしはそう思い至って、いそいそと帰路を歩き始めた。



 でも、帰りを急ぎ始めたわたしに声が掛かった。


「おぉ、ミフロの不死の魔法使い様! これはちょうどいい所にいらっしゃった」

「ん、はい?」


 聞いたことがあるような、ないような、男性の声が横から聞こえて振り向くと、そこには割と丸みのある男性が帽子を片手に立っていた。

 その人は結構質の良さそうな綺麗な着物を着ていて、ミフロでは見かけない感じの人だった。でもなんとなく覚えがあるような気がして、考えること数秒──


「……あっ、収税官のおじさん!」

「おぉ、覚えておってくださったとは光栄ですな! いやはやいやはや、おおよそ一年振り、ご無沙汰しております」


 にこにこ顔のそのおじさんは収税官さんだった。

 この辺りを治めているデリーナ伯の下から派遣されてきて、毎年この時期に税金を回収しに来るおじさんで、わたしは去年に続いて二度目の対面ということになる。


「いえいえ。お久し振りですー」

「これはこれはご丁寧に。いやはや、やはり変わらずお美しい。思わず見惚れて声をかけ損ねる所でしたわい!」

「い、いやいやいや、そんな……」


 ちょっと言い過ぎなお世辞とわかっていても、褒められて嬉しくないことはないので顔がちょっと熱くなってしまう。

 ただ、それはそれとして。


「……ところで、わたしに何かご用ですか? あ、もしかして税金が足りなかった、とか……?」

「あぁ、いやいや。税の話はまた後日。不死の魔法使い様を探しておったのは、ちと渡したいものがあってですな…… これです」

「……お手紙?」


 収税官さんから手渡されたのは、一通の封筒だった。

 そこでまた、ひとつの疑問が湧く。


「……なんで収税官さんがお手紙を?」


 ここでひとつ、こちらの世界の郵便のお話。

 こちらの世界には、あまねく全国に手紙を届けてくれるような組織はない。

 じゃあ、手紙を送りたいときはどうするかというと、常に全国を動き回っている商人さんたちが郵便屋さんの代わりをしてくれるのだ。

 宛先の場所の方に行く商人さんに、手紙と手間賃を預けて届けてもらうようにお願いする。だいたいはこういう所に商業系の組合が噛んで、案外きちんと手紙は届くらしい。

 でも、あくまで届けるのは商人さんかその組合の人で、役人である収税官さんが間に挟まることはないはずだった。

 だから、なんでまた収税官さんが手紙なんて持っているんだろう、と思ったのだけれど……


「はい、なんでも国が絡む大切なお手紙のようでしてな、役所を通して回ってきたのですよ。そこで、本来なら役人を誰か走らせて不死の魔法使い様にお届けするべき所だったのでしょうが、ワタシが収税でミフロに来る予定でしたからな、ワタシが持って参ったのですよ」

「な、なるほど、って、国……!?」


 突然出てきた、国の大切なお手紙、という言葉に思わずこわばってしまうわたし。

 びっくりしながらも、封蝋に捺された印璽(いんじ)をまじまじと見つめて、差出人が誰かわからないか、確認しようとする。

 そんな、ちょっと慌てるわたしとは対照的に、収税官さんの方は手紙を届けてもう用事は済んだらしく、にこやかだった。


「それでは、確かにお届け致しましたぞ! それでは、また!」

「……あ、はい、ありがとうございました!」


 満足そうに去っていく収税官さんを見送って、改めて印璽に目を凝らして差出人を確認する。

 知らない印璽だったらだったで、さっさと開封して仕舞えばいいのだけれど、こんな道端で開封するのもなんだし、なによりなんだかその印璽には見覚えがある気がする。

 多分、王都の魔法学院にいた時に見たのだとは思うのだけれど…… なんて考えながら、ふと手紙を裏返してみたら、普通に宛名と差出人の名前が書いてあって拍子抜けしてしまった。

 そこに記されていた差出人は、他でもない──


「マリュー?」

「呼んだ?」

「わぁっは!?」


 突然耳元から声が聞こえて、文字通り飛び上がるほど驚いた!

 心臓が跳ね回る胸を押さえながら振り返ると、なぜかマリューがそこにいて、おまけにどういう訳かうずくまっていた。


「……ま、マリュー? ……どうしたの?」

「……サクラの肩が顎に直撃した……」

「あ、ごめんなさい……」


 そういえば肩に痛みがあったかも、と思いながら、マリューを抱え起こす。

 マリューは涙目で顎を押さえていたけれど、少しすると落ち着いた。


「あぁ、びっくりした」


 とはマリュー。


 ──わたしもすごくびっくりしたけれどね……


「ところで、さっき手紙を持ってきてたのは役所の人?」

「え? まぁ、役所の人といえばそうなのかな。収税官さんだよ」

「え、収税官!?」

「んぇ、なに、どうかしたの?」

「……あぁ、いやね。収税官にしては人の好さそうな感じだったからびっくりしてね……」

「え、人が好いとおかしいの……?」


 突然驚きの声を上げた、と思ったら、なんだか随分と偏見のありそうなことを言うマリュー。

 でもマリューの言うことだし、わたしは他の収税官さんとは会ったことがないから分からないけれど、だいたいそんなものだったりするんだろうか……?


「おかしい、と言うか、収税官ってだいたい厳格な感じの人が多いんだけど…… あぁ、でも、デリーナ伯のところの人だもんなぁ…… デリーナ伯ってかなりルーズらしくて、ウェデルもしょっちゅう愚痴こぼしてるしなぁ……」

「そ、そうなんだ……?」

「うん。ていうかそもそも、その手紙結構前に出したからもう届いてると思ってたのに、今さっき貰ってたよね。推して知るべしだったかもしれない……」

「そ、そう……?」


 わたしには偉い人の話はよく分からないけれど、マリューとしてはあんまり思わしくない話らしい。

 文字通り頭を抱えるマリューに、どう声を掛けたものか分からなくて、言葉もなくしばらくただ見守っていたのだけれど、少しして顔を上げたマリューは頭を振って話を切り替えた。


「それで、よ。そもそも私はサクラに用があって来たのよ。本当は手紙を読んだ上であらかじめ準備しておいて欲しかったんだけど、ね……」


 マリューはそう言って、結局またなんだか疲れたような顔になった。

 言われてみれば、学院もまだ冬休みじゃないだろうに、なぜマリューがここにいるんだろう、と今更ながらに疑問が湧いて来たけれど──


「とりあえず、立ち話もなんだからうちに来る?」


 という話になり、わたしたちは小山の上の我が家に向かうことにした。



とりあえず漢数字を使ってますけど、横書きなんだし算用数字でもよかったのでは…? と思わないでもない…

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