208-51 調薬棟の完成
こちらに来てから、二度目の秋の気配を感じる頃。
わたしたちは突然、割と有無を言わせない感じに連れ出されて、また今年もミフロを離れて遠出をすることになった。
王都よりももっと遠い、はるか北の地へと。
そこでわたしは、この世界のことを、まだまだ全然知らなかったんだな、と思わされることになったんだけれども、わたしの世間知らずは今に始まったことでもなし、まぁそんなものかな、と思ったり思わなかったり。
とにもかくにも、わたしは遠い北の大地で〝不死の魔法使い〟の大変な過去について知ることになったのである。
◇
ハルベイさんたちの主導でミフロ商業組合(暫定)が発足することになり、それに際して、わたしも薬師としてこれからもやっていくために、調薬専用の建物を新築する、という話になってから丸三ヶ月くらいが経った。
大工のフゲール親方さんにお願いして、わたしもちょっとだけ注文を出した調薬棟だけれど、親方さんを始め、お弟子さんたちまで皆がすごく張り切ってくれたおかげで、ものすごい勢いで建築が進み、八月も終わりかけている今日、早くも完成の日となったのである。
自宅として使用している小山の上の小屋の北側、少し離れたところに真新しい建物が建っている。
その建築だけれど、実はわたしも結構手伝った。
主に手伝ったのは、建築予定地の整地から、保存庫のための地下室用の大きな穴を掘ることである。六帖分くらいの範囲を丸々一階層分、シャベル一本で掘り抜いたり、あとはたくさんの資材を乗せた重い荷車を小山の上まで引っ張り上げたり、柱や梁を持ち上げて組み合わせる補助をしたりした。
そんな、あからさまな体力仕事ばかりを中心に手伝ったのだけれど、それもひとえに《ストレングス》の魔法のおかげだった。
ちょっと多めに魔力を込めれば、家の柱でもバットと変わらない感じで振り回せるし、もっと多めに魔力を込めれば、シャベルを突き立てる地面は新雪のように柔らかく感じるし、すくい上げた土砂も綿菓子みたいに軽く感じるのだから、作業はものすごく捗った。
手加減しないと、シャベルの方が折れそうではあったけれどね。
短い割にやたらと暑い時期に、もろに重なってしまっていたから、親方さんやお弟子さんたちの熱中症なんかが少し心配だったけれど、特に大変な力仕事は大体肩代わりできたので良かった、と思う。
そんな調薬棟の完成は、付き合いのある人とか、特に親しい人には今日が完成予定であることは知らせていたのだけれど、ありがたいことに、昼前から皆が続々とお祝いに駆けつけてくれていた。
まぁ、もともと、建築してくれた親方さんたちには、労いとお礼を込めた食事とお酒でも振る舞うお祝いをしようと思っていたのだけれど、まさか皆がお祝いに来てくれるとは思っていなかったから、ちょっと対応が大変になりそうな予感が出てきちゃったけれど。
ちなみに、建築に携わってくれた人たち以外で真っ先に駆けつけてくれたのは、他でもないクライアさんだった。
「いやぁ、こりゃあ立派なものができたね! 完成おめでとう、サクラ。ほら、これ、お祝いにうちのチーズを持ってきたよ」
「わぁ! ありがとうございますクライアさん!」
クライアさんが持ってきてくれたのは、麻ひもで吊るされたまんまる大きなチーズの塊だった。
クライアさんが時折分けてくれるチーズは、いつもどれもすごく美味しいので、この片手には余る大きなチーズも美味しいに違いない。
ほくほくしながらチーズを受け取るわたしを満足そうに見つめるクライアさん。そこからすっとわたしの隣に立つエイラちゃんにも目を向けて、にっこりと微笑んだ。
「エイラちゃんは、サクラに仕えるのには慣れたかい?」
「……はい。サクラ様にはとても良くしていただいております。これもお二人のお気遣いのお陰です。ありがとうございます」
そう言って、エイラちゃんはスカートの裾を持ち上げて優雅に一礼してみせた。
それを聞いたわたしはちょっとむず痒く感じつつも、相変わらずエイラちゃんは物言いがちょっと固いなぁ、なんて思って、わたしとクライアさんで一緒になって笑う。
そんなやり取りをしているうちからも、ちらほら、と見知った顔の人たちがやって来てくれていた。
ハルベイさんや組合の人を始めとして、パン屋のおじさんや医者の先生、織物屋の奥さんや野草に詳しいおばあさん、さらに子供たちとその付き添いらしい教会のミウタさんや、村長さんまで!
なんだか、気が付いたらすごくたくさんの人が集まって、大変なことになっている気がしてきた。
特に、お店を持っている皆さんとか、お仕事は大丈夫なんだろうか……?
おまけに、ほとんどの人がなんらかのお土産を持ってきてくれている。
パンとか干し肉とか野菜とか、あるいは生活用品とか。
おめでとう、とお祝いの言葉と一緒に持ってきてくれたお土産を受け取るわたしとエイラちゃん。
お返しを用意できていなかったことを悔やみつつ、ひとりひとりにお礼の言葉を返して頭を下げる。
そして、当然のように、ハルベイさんもお土産を持って来てくれていた。
「調薬棟の完成、おめでとうございます、ノノカ先生。ささやかですが、こちらはお祝いです」
「あ、ありがとうございま──あっ、これ〝ノレーブ〟じゃないですか! お、お高いのに……」
「ははは。……これからも、どうぞご贔屓に」
「あ、いえ、こちらこそ……!」
ハルベイさんが持って来てくれたのは、ハルベイさんのお店の開店祝い代わりに買わせてもらったのも記憶に新しい、割とお高いワインの〝ノレーブ〟だった。
後日、すごく美味しくて気に入った、と言っていたのをハルベイさんは覚えてくれていたらしい。
恥ずかしいやら、申し訳ないやら、顔がじわりと熱くなるのを感じながら、ありがたくそれも頂戴する。
ひと通りお土産を受け取り終えて見回してみると、全部で二十人くらいが集まっているようだった。
「な、なんだか…… 大事になっちゃったな……」
こんなに集まってもらうつもりなんて全くなかったから、わたしはすっかり気後れしてしまっていた。
でも、こんな想定外の事態にもしっかり者のエイラちゃんは動じないのだ。
何をすればいいやら、分からず立ち尽くしていたわたしの陰から、わたしの頭に麦わら帽子のつばを乗せつつ、エイラちゃんがそっと耳打ちしてくれる。
「サクラ様。……ひとまず、お集まりいただいた皆様に、改めて挨拶をするべきかと。わたくしは、お食事やお飲み物の用意をして来ますので……」
「……ん! そ、そうだね。じゃあ、予定してた量じゃ足りないだろうし、もらった食べ物も合わせてありったけ出しちゃって! あと、あとでテーブルも取りに行くから……」
「承知しました」
話が決まるなり、素早く小屋(母屋)へと向かっていくエイラちゃんの背中は、わたしよりも小さいのに、本当に大きく頼もしく見える。
そしてエイラちゃんを見送ったわたしは、別に悪いことをするわけではないのだけれど、こっそり新築された調薬棟の玄関前の段差の上に立つ。
まぁ案の定、わたしが変な動きをしていることに気づいていた半分くらいの人たちの視線は既にわたしに向いていて、すぐに子供たち以外の残りの人たちもわたしの方に視線を向けてくれていた。
そうして、大体皆の視線が集まったのを見計らって、ひとつ息を吸う。
「──……はい! 今日は皆さまこうしてわざわざ集まっていただいて、ありがとうございます! ……改めての報告になりますけれど、本日、こうして調薬のための建物が完成しました! これも、建築を引き受けてくださったフゲール親方さんとお弟子さんたち、融資をしてくださったハルベイさん方、そして日頃お世話になっている皆さまのおかげです! 本当にありがとうございました!」
ひと息にまくしたてるようになってしまったけれど、とりあえずはこれで、集まってくれた皆には挨拶の報告はできた、とひと安心。
拍手を送ってくれる皆に、何度となく頭を下げて、落ち着いた頃を見計らって、この後のことにも触れておく。
「──えっと、この後は簡単な食べ物や飲み物を用意するつもりですので、お時間のある方は是非食べていってくださいね!」
とだけ言って、玄関前からそそくさと飛び降りた。
そのまま駆け足で小屋(母屋)に行って、《ストレングス》を使ってテーブルを運び出して、エイラちゃんと一緒に、くるくると動き回って食べ物やら飲み物──もちろん〝ノレーブ〟も!──を来てくれた皆に振舞って……
ひとしきり、飲んで食べてお喋りして、ようやくお開きになったのは、もう大分と陽も傾き始めた頃だった。
一応、解散となって、帰る人には重ねてお礼を伝えてから見送ったのだけれど、まだ用事があって帰らない人もいる。
ハルベイさんと、組合の人たちだ。
「本日はありがとうございました。……ところで、お疲れのことかとは存じますが、完成された調薬室の設備の確認をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「あ、はい。もちろん」
髭の立派な組合のおじさまに訊ねられて、すぐに了承して調薬棟の扉を開ける。
もともと、調薬室をきちんと整備するように言ったのは組合の人たちで、言ってみればこれは最初の監査になるのかな?
まぁ、これで何か言われても、すぐに手直しもできるだろうし、気楽なものである。
玄関からは短い廊下に繋がっていて、すぐ横の扉ではなく、正面の扉を開けると、そこがメインの調薬室。
風通しが良いように、両サイドにはたくさんの窓がある。さすがにガラス窓は高価で予算が足りなかったので、明かりがないと締め切っていたら真っ暗だけれど、高い天井には大きな照明も吊るせるし、他にもたくさん照明台は設置してあるし、何より《ライト》の魔法を使えば明かりはバッチリである。
壁の窓以外の部分には、たくさんの薬品や素材や資料を分かりやすく整理できるように目一杯の棚を設置して、足元には戸棚。
大きくて丈夫で傾きのない作業机もあるし、それでもなお通路にはゆとりを持てる広々設計。
そして足元の扉を開けると階段があって、その下のさらに一枚扉を挟んだ部屋は諸々の保管庫になる地下室である。
とまぁ、調薬室の設備は大体こんな感じになっていた。
あとは部屋の片隅には、暖をとってお湯も沸かせるように小さめのかまどもあるし、玄関から入ってすぐ横の扉は、事務作業と寝泊まりができるだけの机とベッドを備え付けた小部屋に繋がっている。
ちなみに、基本的な設計はフゲール親方さんが調べてくれたものに合わせたものなのだけれど、この小部屋はわたしが一番口を出したところだったりする。
エイラちゃんはよくできた子なので、もうそんな素振りは見せないけれども、自分だけが部屋を持って、わたしが大部屋の片隅で寝ているのは、良い子だからこそまだ気にしている、と思う。
でもこれで、一応わたしの個室も確保したし、エイラちゃんも気楽になるんじゃないかな、と思うのだ。
ひと通り説明をして、建物から出る。ふむふむ、と頷き続けていた組合のおじさまと、付き添いの若い女の人だけれど、どうやら一応は満足してもらえたようだった。
「ご案内ありがとうございました。設備に関しましては、問題ないと存じます。ですが、まだ備品等はご用意されておりませんでしたので、後日、ノノカ先生のご用意が整ってからで結構ですから、実際に作業を開始できる状態になった際に、改めてご連絡をいただければ、と存じます。お願いできますでしょうか?」
「はい、分かりました」
「恐れ入ります」
とりあえず、これで建物の方は本当の意味で完成した、と確認できたわけである。
それから少しだけ組合の人と、ハルベイさんともお話をして、陽も落ち始めた頃に、見送った。
わたしはそこで、大きく息を吐いた。
慣れないことで、結構疲労が溜まっているのを感じる。
疲れたー、と少しの間、ぼんやりと空に並んだふたつの月を眺めてから……
「……ん、よし!」
と気合を入れて、先にひとりで片付けをしてくれているエイラちゃんを手伝いに向かったのだった。




