206-54 ミフロ商業組合
真新しい木材の香りが漂う、落ち着いた雰囲気の応接間に通されたわたしは、ハルベイさんに促されるまま奥の椅子に腰掛ける。
エイラちゃんは、座るように促されても最初は遠慮していたのだけれど、話がいつ終わるか見当がつかなかったから、わたしから言って座ってもらった。
しっかりしているのはいいけれど、あんまり気を張りすぎないでほしいな、と思わないでもない。
わたしたちが座ったのを見てから、ハルベイさんも腰を下ろす。
「お時間をいただきありがとうございます、不死の魔法使い様。いやはや、私共といたしましても、不死の魔法使い様には日頃から多分にお世話になっておりますので、近くご挨拶を、とは考えていたのですが、開店当日にいらしていただけるとは誠に恐れ入ります。今までとは商いの方式は大きく変わりますが、今後とも、不死の魔法使い様には当商会をご贔屓にしていただければ、と願っておりますので、もしご意見などありましたら、どうかご遠慮なくお申し付けください」
「いえ、そんな、お世話になっているのはわたしの方ですから…… あ、でも、意見──と言いますか、ひとつだけ気になることがありまして……」
朗らかな笑顔で、ものすごく丁寧な物言いで応対してくれるハルベイさんに恐縮しつつ、わたしはひとつ気になっていたことに触れる。
実はずいぶん前から気になっていたことなのだけれど、ちょっと言う機会を逃していたことがあった。
「はて、何でしょうか? お聞きいたしましょう」
「ええ。その、わたしの呼び方なんですけれど、名前で構いませんよ……? ミフロの皆さん、わたしのことは名前で呼んでますし……」
ハルベイさんはわたしのことをずっと〝不死の魔法使い様〟と呼んでくれている。
それがずっと気になっていた。
そう呼ぶのがハルベイさんなりの敬意だとは分かっているつもりだったのだけれど、恥ずかしかったというかなんというか、そう呼ばれる度になんだか居た堪れないような、そわそわ感があったのだ。
わたし自身が、不死の魔法使い〝もどき〟だから、そう呼ばれることへの違和感だったのだ、と思う。
かといって、名前で呼んでほしい、とも気恥ずかしくて言えないままに時間が経ってしまって、すっかり機会を失っていた。
でも、こうしてハルベイさんがミフロに店を構えてミフロの人になった今なら、皆と同じように、という理由もあるし、またとないチャンスだ、と思ってこの機会にちょっと改めてもらおう、と思ったのだ。
わたしの言葉を聞いたハルベイさんは、一瞬だけ驚いたような顔をして、それからすぐにまたいつもの朗らかな笑顔に戻った。
「……その名を呼ばせていただけるとは、恐縮です。でしたらば…… ノノカ先生、とお呼びしても?」
「せ、先生……!? ……あ。んー、えっと、それで大丈夫です、はい……」
まさかそう来るとは思っていなかったので、びっくりした。
それはそれで小恥ずかしかったのだけれど、じゃあミフロの他の人が呼ぶような様付けにして、とは自分からは言えないし、かといって、普通にさん付けをして、と言っても、礼儀を重んじるハルベイさんは簡単にはそう呼んでくれない気がした。
それに、予想外だったから驚いてしまったけれど、ちょっと落ち着いて考えてみると、〝様〟よりは〝先生〟の方がまだましに思えて、結局は了承することにしたのである。
……なにがどう〝まし〟なのかは置いておくとして。
それでも、なんだか思っていたのとは違う感じに落ち着いてしまって、にわかに気恥ずかしくなってきたから、早めにお話とやらに入ることにする。
──ハルベイさんも忙しいだろうから、あんまりわたしに時間を取らせても悪いしね。
「──えっと、呼び方についてはそれでいいとして…… お話、というのは……?」
「おぉ、そうですね。あまりお時間を取らせてはいけません。……お話、と言いますのは、ずばり、このたび新たに結成する運びとなりました、このミフロの〝商業組合〟に、ノノカ先生にも加入していただきたい、という話なのです──」
そう言って、ハルベイさんは色々と説明をしてくれた。
なんでも、ミフロに商会の支店を構えるにあたって、今までは明確にそういったものがなかったこのミフロにも、組合を結成することになったらしい。
それが暫定的に〝ミフロ商業組合〟という。
ここでいう商業組合というのは、要はこのミフロで商いをする人たちの互助を主な目的とした組織らしくて、そういった組合というのはある程度以上の町ならどこにでも大体あるとのこと。
……そういえば、王都でも、なんとか組合、って何度か見た気がする。
ちなみに、本来は同業者や類似業者ごとに組合を作るものらしいのだけれど、ミフロには商人さんや職人さんがそこまでたくさんはいないから、ひとまずはひとまとめに〝商業組合〟とするのだそうだ。
そしてわたしは、ハルベイさんから組合の意義とか活動方針とかを詳しく説明してもらう。
ただ、正直、意義とかその辺は、ちょっと政治的なこともあるらしくて、難しいから詳しいことはよく分からなかったのだけれど……
まぁ、要はなにをする組織なのか、だけれど、ミフロの商人さんや職人さんが一丸となって、お互いを助けて、利益を守るようなイメージだった。
自由競争的にはどうかと思うのだけれど、商品の価格を安定させたり、流通の面倒を見たり、新しいことを始めようとする組合員や、生活の苦しい組合員への補助金や援助金を出したりもする予定らしいので、そういった点ではすごく頼りになりそうな組織だ、と思う。
でも当然、その恩恵を受けるためには、組合員として果たすべき責任がある。
まずなにより、組合費を払う必要がある。そして、ミフロで生産させる商品の品質を維持・向上させるために、監査や指導を行ったりするらしいので、それにはきちんと応じないといけないし、その他にも、いろいろと届出をしたり、許可をもらったりしないといけないらしい。
その辺だけを聞くと、いきなりいろいろと、一気にしがらみが増えたような気がしてちょっとげんなりする。
商売をするなら、こういった手続きやルールの把握はつきものだ、とは理解しているつもりだったけれど、今までかなり自由になんでもできていたから、その分やたらと難しく思えてしまうのだ。
途中で出されていたお茶に口をつけながら、こっそり、ちょっとだけ溜息をついた。
「駆け足での説明となってしまった上に、いろいろと面倒なことをお願いすることになってしまい、申し訳ありません」
「ん…… あ、いえ、そんな」
「この辺りを治めるデリーナ伯は、かなり……大らかなお方でありましてね。ここが元は開拓地で諸々のルールが曖昧だったこともあり、かなり野放し──あ、いえ、自由な活動ができていたのですが、当商会としても、支店を置き本格的に商いをするとなると、ミフロの方々にも相応の責任を負って貰う必要がありましてね……」
「……な、なるほど」
大変なんだなぁ、と思った。
わたしもそのルールに従うことになるのだから、あんまり他人事ではない、と思うけれど……
「そして、ですね。ここまでは組合としての基本的な説明でしたが、ノノカ先生のような薬師の方に、遵守してもらわねばならないルールもまた、いくつかありまして──」
「んぁ、はい……」
一通り説明が終わったかと思っていたら、ここからが本番だったらしい……
エイラちゃんはノノカの隣で、じっ…… としています。




