206-53 挨拶とおはなし
そんなわたしの声を聞いたエイラちゃんも、びっくりしてこちらに赤い瞳を向ける。
「ど……どうなさいました、サクラ様?」
「あ、いや。だって、エイラちゃんの髪ってすごく綺麗だし、もったいないな、と思っちゃって……」
ついつい大きな声を出してエイラちゃんを驚かせてしまったことを反省しつつ、わたしは席を立った。
わたしよりも少し低い位置にある頭に手指を振れて、その短い髪を梳くようにひと撫ですると、老いによる白髪とは違う、繊細で柔らかくて触り心地の良い純白の髪の絹糸のように艶やかさに、思わず溜息がこぼれそうになる。
こんなに綺麗な髪なのに、ざっくり短く切ってしまうというのはどうにも惜しく思えて仕方がなかった。
「……ねぇ、エイラちゃん。せっかくだから、髪伸ばしてみない? こんなに綺麗なんだし──その方が、きっと似合うんじゃないかなぁ、と思うんだけれど……」
実際、エイラちゃんのこの真っ白な髪を伸ばせば、間違いなく映えると思う。
──それ以上に、わたし自身がそんなエイラちゃんを見てみたい、という思いの方が先にあったことは間違いないけれど。
終始驚いた表情のままだったエイラちゃんは、その白い肌を少し赤らめて、手元に目を戻した。
どうやら昼食はスープとサンドイッチだったようで、エイラちゃんはスープを温めている横で、薄く切ったパンに葉野菜やチーズや少しの肉を乗せながら、ぽつり、と──
「…………そう、ですね。…………サクラ様がそう仰るのでしたら……」
──いつもより少し長めの沈黙を挟みつつ、恥ずかしそうに呟いた。
「やった。じゃあ、いつか伸びてきたら綺麗に整えてあげるね」
「……はい」
わたしはエイラちゃんの答えに嬉しく思いながら、その頭を優しくひとつ撫でてあげて、テーブルを片付け始めた。
そして、エイラちゃんが顔を赤くしながら用意してくれた昼食を一緒に食べてから、結局ハルベイさんのところでなにを買ったものか、特になにも思いつかないままにふたりで山を降りることにした。
家履きのサンダルから外出用の少し丈夫なブーツに履き替えて、服や髪も軽く整えて家を出る。
エイラちゃんも同じように準備をしてから、わたしに続いて家を出てきたのだけれど、なんだかいつもに比べてちょっとした違和感があって、はて、と首を傾げて──スカーフを頭に巻いていないことに気がついた。
「あれ、エイラちゃん、スカーフはいいの?」
家から出るときはいつもスカーフを巻いていたのに、今日のエイラちゃんは頭にはなにもつけていなかった。
だから、てっきり忘れたのかと思って訊ねてみると、エイラちゃんはまた少しだけ顔を赤らめて首を横に振る。
「……そろそろ、暑くなってきましたので」
「あー、確かに昼間は結構暑くなってきたねぇ」
わたしは納得して頷いたけれど、陽に当たって真っ白に輝いたエイラちゃんを見て、ひとつ思い至る。
「あ、でもエイラちゃん、日焼けとか大丈夫? あんまり肌強そうには思えないんだけれど……」
エイラちゃんはアルビノで、全身が真っ白である。
それはつまりメラニン色素がほとんどない、ということだから、紫外線のダメージが直に肌にダメージを与えそうだった。
紫外線は一年中降り注いではいるけれど、特に日差しのきついこの時期に、なんの対策もしないで肌の弱そうなエイラちゃんを外に出すのは好ましくない。
エイラちゃんも日差しで肌を傷めた経験はあったようで、ちょっと困ったように考える仕草をしていた。
わたしは、んんん、と唸る。
……そこで、わたしはいいことを思いついた。
「あ、そうだ。じゃあハルベイさんのところでつばの広い帽子を買おう! エイラちゃんは今後、外に出るときはその帽子をかぶるようにすると良いよ」
「……なるほど、承知いたしました。ありがとうございます、サクラ様」
折良くハルベイさんの新しいお店で買いたいものも決まったところで、わたしたちは笑い合いながら、山を降りて村の方に向かい始めた。
◇
山を降りて、ふと東の空を見上げると、大小ふたつの三日月が並んで浮かんでいるのが見えていた。
ふたつ並んだ月は、こちらに来た最初の頃を思い出させて、過ぎた一年をしみじみと実感させる。
わたしとエイラちゃんは、ミフロの村の中心部、ハルベイさんの新しいお店が建ったと聞いていたところへと連れ立って歩いていた。
こちらに来てから一年が経って、途中、四ヶ月くらい王都に行っていて不在にしていた時期もあるけれど、それでももうミフロのほとんどの人とは顔見知りくらいにはなっていたから、道中出会う人とは皆と挨拶を交わしていく。
もっとも、わたしが〝不死の魔法使い〟であるというそのネームバリュー的な力が大きくて、わたしのことばっかりが凄い勢いで広まっていたみたいだから、あいにく、あちらはわたしのことを知っているけれど、わたしはそちらのことを知らない、ってことがかなり多いのだけれども……
そんな、すっかりミフロの有名人になってしまっていたわたしが、新しくメイドさんを雇った、という話も瞬く間に広まったようで、エイラちゃんの特徴的な外見も相まって、エイラちゃんの顔と名前はわたしの時よりももっとずっと早く、一瞬でミフロの皆に知れ渡ったらしい。
村の人の挨拶にわたしが返して、一歩下がったところを歩くエイラちゃんが会釈をして、というのを何度となく繰り返して、わたしたちは村の中心に近いところに建った、目新しく立派な建物の前に到着した。
看板に書かれた〝メイラス商会〟というのがハルベイさんの属する商会の名前なので、ここで間違いないようだ。
さすがに今日が開店初日ということもあって、出入りする人が多い。
ごった返すというほどではないけれど、それでも昼過ぎで人が落ち着いた頃合いでこれなら、昼前にはミフロでは稀に見る人の密度だったのかもしれない。
わたしたちは店の中に滑り込むと、ひとこと挨拶をしよう、とハルベイさんの姿を探した。
この様子だと間違いなくハルベイさんもすごく忙しいだろうから、もしかすると挨拶もかなわないかもしれないけれど、まぁ、その時はその時かな、と思いながらその姿を探して、店の少し奥まったところを覗き込んだら、ちょうどそこにハルベイさんを見つけることができた。
ハルベイさんはカウンターを挟んで、農具屋の店主さんやパン屋の店主さんと話をしている様子だったので、わたしは、機を見て挨拶をするために、そのそばまで寄って少しの間待機していよう、と思ったのだけれど、こちらの姿にいち早く気づいたハルベイさんの方から声を掛けられた。
「おぉ、これは不死の魔法使い様、ようこそいらっしゃいました」
「あ、あはは、いえ、そんな」
ハルベイさんの言葉で、ハルベイさんと話していた店主さんたちもわたしに気がついて、挨拶を交わす。
図らずもお話の邪魔をしてしまったようで、そのことを謝罪しつつ、とりあえず今回は手短に挨拶だけして店内を見て回ろう、と思ったのだけれど、こちらが言葉を口にするよりも先に、ハルベイさんが、ちょうど良かった、と言葉を続けた。
「不死の魔法使い様に、お話があったのです。突然ではありますが、もし今お時間が許すようでしたら、お付きの方もご一緒で構いませんので、奥で少しお話をさせていただけませんでしょうか?」
そう言って、恭しく一礼をするハルベイさん。
思いっきり店主さんたちとのお話の間に割り込んだ形になってしまったのだけれど、大丈夫なんだろうか──と当の店主さんたちを見れば、にこやかに、構いませんよ、と言ってくれた。
一体何のお話なんだろう、と思いつつも、急ぐ用事もなかったわたしたちは、ハルベイさんに案内されて店の奥の応接間に通されたのだった。
あまり話が進んでいない…




