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111-55 魔法学院に到着

 座席越しに感じる揺れの感覚が変わる。

 そして、馬車の車窓から、不意に空が見えなくなった。

 代わりに見え始めたのは、ひしめき合う家々だ。

 ここまで建物が密に寄り集まっている様子は、初めて見たかもしれない。ミフロの村は言わずもがな、下手をすると、前世の故郷でさえ割と田舎だったものだから、ここまで建物が密集しているところはあまり見た記憶がない。

 だと言うのに、車窓から見える町の景色は、ずーっと変わらずそんな感じだった。

 思わず窓にかぶりついて、外の様子を見る。

 見える範囲に、ずっと建物が続いていた。人通りが完全に途切れることはほとんどなくて、道は石畳できちんと舗装されている。

 ミフロからここまでの道中で立ち寄った、どの町並みとも全然違った。


「わぁー、すごい! 異国に来たみたい!」

「まぁ、異世界に来たんだから、みたい、と言うかその通りなんじゃない?」

「……え? あ、そう、かな……? そうかも……」


 その時は流されたけれど、ミフロを基準に考えていたから、異国ではない、はず。

 それはそれとして、もっとたくさん外の景色を見たくなったわたしは、マリューにお願いした上で、この王都が見えてきたときにしたように、馬車の扉を開けて、さらに半身を乗り出して町並みをぐるりと見回した。

 小さな窓からではなく、直接見る二階建てや三階建ての建物の迫力は、ずっと昔に修学旅行で東京に行ったときのことを思い出させるものだった。

 実際には比べるべくもないくらい別物だとは思うけれど、ね。

 町並み以外にも、馬車が左側通行らしいことにもちょっと驚いたりしながら、ちょうど緩やかなカーブを曲がりきったところで、正面に大きな建物が見えてきた。

 それは、遠目にもすごく立派に見えていた、町の真ん中の大きなお城だった。


「うわぁー……」


 しばらく言葉を失って、その景色に見惚れていた。

 まっすぐ近づいているのに、なかなか近づいてきたと思わせない。

 そんなお城の壮大さに感心していたところで、ふと、思ったことがある。

 馬車がまっすぐにお城の方へ向かっていることが、ちょっと気になったのだ。


「ねぇ、マリュー。わたしたちって、魔法学院に向かってるんだよね? お城に向かってるわけじゃないよね?」

「え? そうだよ。私たちが向かってるのは魔法学院。まぁ、お城も魔法学院も王都の中心部にあるから、方向は大体一緒だけどね」

「中心部……?」


 マリューは当然のようにそう言ったけれど、わたしはちょっとどきりとした。

 こんなに大きな王都の、その中心部に学院がある、ということは、魔法学院って結構すごいところなのでは? と思い至ったから。


「もしかして、魔法学院って、結構すごい所だったりするの……?」

「うーん、まぁ、この国の魔法の最高学府ではあるかなぁ」

「えぇ!?」


 びっくりした。

 学校そのものについて、あまり考えていなかったこともあったけれど、この国で一番の学校だなんて、これっぽっちも考えていなかったのだ。

 ちょっと考えてみれば、中世かそれくらいの社会で、学校というだけでも結構すごいのかもしれなかったけれど、そんなところまで頭は回っていなかった。

 と言うか、それ以上にびっくりしたのは……


「そんな頭の良さそうな学校で先生やってるマリューって、もしかして結構すごい人だったの……?」

「え、なに? 私のこと大したことないって思ってたって?」

「あ、いや、そんなことはないけれど……」


 いたずらっぽく笑って迫るマリューから目を逸らす。

 正直、マリューがそんなにすごい人だと思っていなかったのは本当なのだけれど、それだって考えてみれば、マリューはわたしみたいに知らぬ間に不死の魔法使いになっていたもどき(・・・)ではなくて、自力で不死の魔法使いになった本物(・・)なのだから、すごくない訳がなかった。


 ──わたしは、そんなすごいところに向かってたんだ……


 と今更そんなことに気がついた。

 そして、魔法学院がちょっと怖い所のように思えてきたと同時に、もう到着まであと少し、ということにまで気がついて、急に緊張してきた。

 わたしなんかが来て良かったのかな…… と思ったところで。


「あ、門が見えてきたよ」


 マリューが前方を指した。

 わたしも扉からちょっと顔を覗かせて見れば、いつの間にか現れていた長い塀の向こうに、大きくて立派な門が見えていた。

 わたしは、ただちょっと小さくなって、到着を待つしかなかった。



 馬車は魔法学院の立派な門の前で停車した。

 荷物を降ろして門の方に向き直ると、帯剣した綺麗な身なりの門番さんらしき人がそばに控えていた。

 わたしは自分の格好の見すぼらしさを思い出してしまって、麻袋をぎゅっと抱きしめながら、マリューの陰に隠れるようにして小さくなっていた。


「おかえりなさいませ、トタッセン先生! ……そちらの方は?」


 心の中で、ひぇー、と叫んだ。


「私の友達。冬の間、助手として雇うことにしたから、覚えておいて」

「は、はぁ…… しかし、学院内に立ち入るのでしたら、事前に届け出ていただきませんと……」

「あぁ、あれね。あとでちゃんと出しとくから!」

「いえ、あの……」

「学院長も承知して──いや、させるから。ほら、長旅で疲れてるから今日はもう休ませてよ。届けはちゃんと出しとくからさ!」

「……承知しました。明日には出しておいてくださいよ……?」


 不承不承といった感じだったけれど、マリューが押し切ったことで、門番さんはわたしたちを通用門の方まで案内してくれた。

 いくら先生だからって、ちょっと横暴なんじゃないかな、と思わないでもなかったけれど、何も言うまい。

 そして、通用門を抜けると、目の前の庭園の向こうに、息を呑むほどに立派な学舎が現れた。

 重厚で荘厳な石造り風の学舎は、わたしが今までに間近で見てきたいかなる建物とも違う、隔絶された気高さや優雅さを漂わせていた。手前の方には見上げる高さの時計塔が建っていて、ちょっと威圧感を覚えてしまう。

 凡人では立ち入ることを許されないのでは、と思わせる厳粛な雰囲気にあてられて、胸に抱えた麻袋を抱きしめる腕に力が入る。

 正直、あまりの自分の場違い感に、今すぐにでも逃げ出したい気分になっていた。


「うん? どうしたの? ほら、早く私の家──と言うか、部屋に行ってゆっくりしよう」

「……こ、ここに住んでるの?」

「うん。ちょっと歩くけど、あっちの方に教職員用の寮があるからね。そこに住んでるよ」

「そ、そうなんだ……」


 わたしはおっかなびっくり、前を行くマリューの後ろをアヒルの子のように付いて歩く。

 もう夕方だからか、あるいは冬休みに入っているからか、敷地内の見える範囲に人影は少なくて、教職員寮までのなかなか長い道中でも遠くにいくつか人影を見かけるくらいで、顔を合わせるほど近くで人と出会うことはなかった。

 ようやくたどり着いた教職員寮という三階建ての建物も、かなり立派で趣のある佇まいをしていて、ちょっとひとりで足を踏まれるのは躊躇われそうな感じだった。


「この建物の、向かって右端の三階が私の部屋ね」

「は、はい……」


 わたしはただマリューの背中だけを見て、教職員寮へ入っていった。



続きは月曜日の予定です。

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