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106-53 見知らぬ草はら

「あぁ! はぁ、あぁ……」


 わたしは飛び起きた。

 じっとりとした嫌な汗をかいて、呼吸も鼓動も跳ね回っていた。

 視界には、木々があった。青々とした広葉樹と、手前に少しの低木があった。


 混乱した。

 状況が飲み込めず、視点が中空を泳ぐ。


 とりあえず、悪夢を見た後のような倦怠感が凄かったので、その場でごろんとひっくり返ってみて、休む。

 空が青くて広かった。

 そのまましばらく呼吸と鼓動を落ち着ける。

 落ち着けながら……わたしは不安になってきた。

 落ち着いてから、上体を起こす。わたしがいたのは、森と空に囲まれた草はらだった。

 そして振り返ってみると、ぼろぼろになった一軒の家屋が見えた。

 一瞬、焼け落ちたおばあさんの家かと思って、ひやりとしたけれど、違った。焼けた様子はないし、周りの景色も違う。

 首を回して身体をよじって、ぐるりと一周見渡す。

 木々と、草はらに、廃屋と、草はらが途切れた先に真っ青な空と、遠くに青い山並みがあった。

 また、目が少し泳いだ。


「……ここ、どこ……?」


 まったく知らない風景だった。

 ふと、体に違和感を感じる。

 自分の体を見てみると、見知らぬ洋服を着ていた。少しゴワゴワしている。着替えた覚えは、ない。


 ゆっくり立ち上がると、少しふらつく。

 とりあえず、廃屋の所まで行って、中を覗いてみた。

 木で作られた民家らしき佇まいの建物は、柱や梁はまだしっかりしているようだったけれど、扉は開け放たれ、窓は落ち、屋根は半分崩れて床に散乱していた。

 家具もいくらか残っていたけれど、生活感はまったくない。人が住まなくなってから、年単位で時間が経っているのは間違いなさそうだった。


 ふらっと、薄暗い中に入ってみる。

 何気なく、部屋の奥、枠しか残っていない窓際の机の引き出しを開けてみた。……と、中には真新しい、分厚い一冊の本が仕舞われていた。

 手に取り、開いてみる。しかし、開いたページは真っ白だった。

 パラパラめくって見ても、ずーっと白紙。

 結局、書かれていたのは、一番初めのページに、見たことのない文字で書かれた一文だけ。


『ここから、新しい物語が始まる。』


「…………え、なんで?」


 一瞬、その意味が分からずに、固まった。

 言葉の意味ではない。書かれている言葉の内容は分かる。

 分かることが分からないから、理解できなかった。


 その文字を、言葉を、わたしは知らない。

 見たことがない。

 なのに、分かるのだ。


 それが何と書いてあって、どう言う意味なのか、分かる。声に出して読み上げることすら、できる。

 でも、見たことのない、聞いたことのない言語なのだ。


「なんで、読めるんだろう……?」


 理解が追いつかず、視点が泳ぐ。

 そのまま、視点は窓枠の外に流れていた。

 草はらが途切れた先に、広い広い森を見下ろせた。

 わたしは、しばらくぼーっと、小高い山の上に立つ廃屋の窓から、広大な森林を見下ろしていた。正確には、見ていると言うより、ただそちらに目が向いているだけの時間だった。


 そのまま何分間か時間が過ぎたころ。

 視界の真ん中、さほど遠くもなさそうなところに、森が拓かれて、集落があることに気がついた。ずっと見えていたはずなのに、今の今まで気づかなかった。


 ここで呆然としていても、何も解決しそうにはない。


 それ以上の深い考えなどは特になく、廃屋を出たわたしの足は、その集落の方へと向かっていた。

 今、自分がどんな状況に置かれているのか知りたかった。せめて、ここが何処なのか知りたかった。

 下って行く山道は、家と同じく、もうずっと手入れをされていないようで、思っていたよりもずっと険しく長い道のりだったけれど、黙々と集落に向かって歩き続けた。


 やっと森を抜けると、開けたところの道に出た。

 土を固めただけの農道のようだったけれど、いくらか歩きやすい。歩くペースも少し上がる。

 道沿いには木で組まれた簡単な柵があって、その内側には広い草はらが広がっていて、遠くには畑のようなものも見えていた。そして、ほとんどまっすぐな農道の先には大きな建物があった。

 あの建物まで行けば、誰か話を聞ける人がいるかもしれない。

 しかし、建物が近づいて来るにつれ、わたしの足は鈍り、歩くペースはみるみる落ちていく。

 遠目に見えるその建物の雰囲気は、近所では見たことのないようなものだった。木造のようには見えるけれど、ヨーロッパ風というか、少なくとも、日本式ではない異国情緒のある佇まいだ。


 そこで、初めて思い至る。


 わたしは、まったく知らない、思いもよらないような所にいるのではないか、と。



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