111-54 王都へ
「教会って、旅行者を泊めてくれたんだね。知らなかった」
ミフロの村を発った日。
となり村までやって来たわたしとマリューは、教会にお邪魔して夜を迎えていた。
暖炉で薪が小さく爆ぜる音と、同じように暖炉を囲む幾人かの旅人たちの話し声とが混ざり合っている。
「住んでると、泊まる機会なんてないもんね。それに、ミフロ村は果ての村だし、立ち寄るような旅人もいないだろうしね」
「そうだね……」
わたしはミフロの教会を思い出していた。
これと言って特徴的な外観でもなくて、町内会の集会所、くらいのこぢんまりとした建物だった。
長椅子の並んだ広間があって、あとは事務室的な小部屋があるだけで、いるのも教会主さんと修道女さんの二人だけ。
でもここの教会はミフロと比べると結構立派で、こうして旅人が泊まるのに使える部屋がある。修道女さんも何人かいて、日の落ちてからもたまに暖炉の世話をしてくれている。
暖炉を囲む人たちは、互いに互いが気にならない程度の距離を取って、思い思いに過ごしていた。
わたしとマリューも、暖炉から少し離れたところで、揺らめく炎を眺めていた。
「ほらサクラ、凍死しないようにもっとこっち寄りな」
「あはは。大丈夫だよ」
互いに聞こえるだけの囁き声で言い合って、互いに肩を寄せ合う。
借りた毛布にくるまって、わたしはもう舟を漕いでいた。
ふと寝落ちかけて、カクンとなってまた目を開く。そして寒さに震える。どうやら《ウォーム》の魔法が解けてしまったらしい。
ひとつ震えて、マリューにもっと寄った。
魔法を掛け直したところで、眠りに落ちて意識が途絶えれば、結局魔法は解けてしまう。それなら、魔法が解けていても本当に寒いと思い至る前に寝入ってしまえば良いと思って、わたしは大人しく目を閉じてマリューに寄りかかった。
すると、そこでマリューが小さく笑った。
「そうそう。いい機会だから《キープ》って魔法を教えてあげるよ。実はさっきも使ってたけど、気分悪かっただろうしそれどころじゃなかったでしょ?」
「んー…… うん。《キープ》って言うからには、魔法を長持ちさせるの……?」
「察しがいいね。そう言うこと」
耳打ちするように、《キープ》の魔法についてレクチャーを受ける。
それは今までにわたしが覚えられた魔法とは、また少し方向性の違うもので、正直なところ、寝ぼけ半分の頭ではとても理解できるものではなかったのだけれど。
「とりあえず試しに使ってみな? ただし、ここで堂々と魔法を使うのはちょっとまずいから、周りにバレないように、こっそりと、ね?」
「ん? うん」
《キープ》の魔法は、あくまで本命となる魔法の持続時間を延長する補助的な魔法なので、それ単体では何の意味もなく、他の魔法と合わせて使うもの、とのことだった。
今回なら、本命の《ウォーム》の魔法と組み合わせることで、意識がない間も《ウォーム》の魔法を持続させられるようにできれば成功となる。
ちなみに、持続させる時間は個人の感覚的なイメージの部分が大きいらしいので、一時間とか半日とか指定しても、最初は結構めちゃめちゃになるらしい。
とりあえず、難しくは考えないで、小声で詠唱してみる。
「えっと……『その継続を求めること四半日に掛けて。柔らかなる温もりを、我が身にもたらせ』……《キープクォーターデイウォーム》」
発動はした。
……けれど。
「……ねぇ。勝手に持続してくれるのか確かめたいんだけれど、掛けた魔法を意図的に解かずに維持することだけをやめるのって、難しくない……?」
発動した魔法を維持する集中力を散らせてしまうと、そのまま魔法を解いてしまう気がしたのだ。
「あぁ、確かに慣れないと難しいかもね…… まぁ、そういう時は……」
「そういう時は……?」
「……寝よっか」
「んん……」
致し方ないか、と思った。
「まぁ、ここでうまくできてなかったとしても大丈夫。焦る必要なんてないし、学院に着いたら他にもたくさんいろんなこと、しっかり教えたげるから」
「あはは。ありがとう」
ぽんぽん、と頭を撫でられてくすぐったい。
これから学ぶべきことは、きっと多いだろうし、マリューの存在はとても心強かった。
「……わたしも、今日はできなかったから、明日からはちゃんと、ニホンゴ教えてあげるね……」
「え? あ、あーそうだったね! ふふふ、ありがとう」
結局、魔法がうまく使えたのか、その場では分からなかったけれど、そろそろ疲れも限界になりつつあったわたしはすぐに眠りに落ちた。
そして、夜中に寒さで目が覚めて、魔法がうまくいっていなかったことに気が付かされたのだった。
◇
翌朝は、早くから馬車を捕まえて村を発った。
また一日で行けるところまでの馬車しか用立てられなかったのだけれど、やっぱり急な話では、何日も掛かる足を引き受けてくれるところはほとんどないらしい。
毎日その日だけの馬車を捕まえて、王都までそれを繰り返すことになりそうだ、と聞かされた。
そして、その日の道中の馬車の中。
「──と言う感じで、ニホンゴは助詞がちょっとややこしいかも。でも、だからこそ、綺麗なニホンゴを扱うなら、助詞の使い方が大事になってくると思うの。多少語順は自由だから、簡単な文章なら単語だけでも意味は通じるとは思うけれどね」
わたしは約束の通り、マリューにニホンゴを教えていた。
さすがは王都の学院で先生をしている不死の魔法使いと言ったところで、簡単なところはあっという間に理解してしまうし、気付いたらわたしも、自分でもよく分かっていないややこしいところまでしゃべってしまうほどに、マリューは教えられるのが上手かった。
この調子だと、語彙をある程度貯め込んで、あとは日本語で会話をしばらく続けるだけで簡単に習得してしまいそうだ、と思う。
ますます、ノートは勝手に見られないように気を付けないと……
「ふーむ、なるほど」
「……すごいね、マリュー。どんどん覚えていくから。わたしじゃ、全然こうはいかないよ……」
「うん? いやぁ、そんなことはないと思うよ? それに、こう暗号的な難しさじゃないからさ。これならあとは語彙さえ頭に入ればなんとかなりそうだよね」
「そ、そうかな…… そう、だね……」
あんまり意識していなかったけれど、不死の魔法使いになれるような人は、やっぱり天才なんだな、とむずがゆくなってしまった。
あれは何て言うの? じゃあ、これは? なら、それは?
教えているのだけれど、質問攻めにあっているような感覚。
教えるのは難しいなぁ、なんて思うけれど、マリューはあれやこれやと知識を得るたびに、とても楽しそうに、満足そうな顔をしてくれるものだから、なんだかんだでわたしも満更じゃなかった。
結局、わたしの持てるすべての日本語の知識を吸い取らんばかりのマリューの学習意欲に付き合って、王都までのおよそ十日間、馬車の中でも道中の宿の中でも、わたしたちの会話から日本語が絶えることはなかったのだった。
◇
そして、ミフロを発ってから十日後の夕方。
さすがに、ずっと馬車に揺られ続けていた旅の疲れが色濃くなってきて、ちょっとぼんやりとしていたわたしの肩をマリューが小突いた。
はて、と首を傾げるわたしの目の前で、マリューは動いている馬車の扉を開け放つ。
びっくりしたわたしに、マリューは手招きして言った。
「ほら、前の方。王都の街並みが見えて来たよ!」
「……え!」
マリューに倣って、わたしも開け放たれた扉から頭を出して、前の方を見た。
そう遠くない所、開けた平地の向こうに、いっぱいの建物が集まっていた。
そして、その真ん中あたり、いくつか塔のような建物が立ち並ぶ中に、テレビや写真で見たような、ヨーロッパ風の立派なお城が佇んでいた。
思わず、息を呑む。
「すごい……」
「ふふふ、そうでしょうとも!」
まるで自分のことのように自慢げなマリューの言葉を右耳にとらえつつ、わたしは今更感じる非日常感に高揚しながら、ちょっと頬を緩ませていた。
まぁ、それはそれとしても……
「やっと、落ち着いてゆっくり休めそうだね……」
「……そっち?」
そんなことで笑いあいながら、わたしたちは荷物をまとめて、王都への到着に備え始めた。
道中を書き込みたい気持ちもあったんですが、このあと400年弱先まではなんとなくストーリーラインが思い浮かんでるので、さすがに時間の進み方は早くなっていくだろうとは思いつつ、早く書き進めないと書き終わるまでかなり時間がかかってしまうので……
ちょっと展開の早さ重視で行きたい所存。




