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111-53 旅路


 クライアさんに事情を説明したわたしとマリューは、村を抜けて、川沿いに少し下ったところにある広場までやってきた。

 馬が引く車がいくつか停まっていて、厩舎には馬が幾頭も留められている。

 その厩舎で馬の世話をしていた壮年の男性が、わたしたちの影に気付いたようで、にこやかに歩み寄ってきた。


「これはこれは、おはようございます、不死の魔法使いさま。お出掛けですかな?」

「おはようございます、メリベルさん。お出掛け…… そう、ですね、えっと……」


 メリベルさんは荷馬車のオーナーさんだ。

 荷運びに馬車を貸し出したり、村にやってきた馬車馬を預かって面倒を見てあげたり、あと、村の外への足も用意してくれる……と以前誰かから聞いた覚えがある。

 こちらに来てから少しした頃に挨拶されて、村でも何度か顔を合わせているので、メリベルさんとは顔見知りだった。でも、馬車を使う機会なんてなかったから、村はずれのここまで来たのは、最初の方に村の散策で少し寄った以来だ。

 だから……と言うわけでもないけれど、わたしはここでどのように話を進めればいいのかよく分からなかったので、そもそもここへ向かうと言い出したマリューを見遣った。

 マリューは澄ました微笑みでメリベルさんと挨拶を交わす。


「二人で王都に向かいたいのです。可能であれば王都までの馬車を借りたいのですが、今日中に発ちたいもので、となり村までの馬車でも構いません」

「ふむ…… そうですな。お急ぎということでしたら、申し訳ないですが、となり村まで、となりますな。宜しいですかな?」

「ええ、お願いします」


 その後も、いくつかやり取りをして、話はまとまったらしい。

 最後にマリューが料金をじゃらりと支払ったのだけれど…… その中に、見慣れない輝きがちらりと見えて、わたしはちょっと息を呑んでいた。

 普段目にしているような、青銅貨や銅貨とは違うあれは、もしかして……

 馬車を用意するためにメリベルさんが離れたところで、わたしは恐る恐る、マリューに耳打ちするように訊ねてみる。


「ね、ねぇ、マリュー? さっき支払ってたのって、もしかして…… 銀貨……?」

「ん? あぁ、うん、そうだよ。銀貨二枚だった」

「銀貨が二枚!? え、あ、そ、そんなに高いんだ……!」


 思わず軽く取り乱してしまう。

 こちらの通貨は──わたしが知る限り──硬貨だけで、普段使いなら青銅貨や銅貨、せいぜい真鍮貨くらいまでで、順に四倍の価値がある。

 つまり、青銅貨が四枚で銅貨が一枚。銅貨が四枚で真鍮貨が一枚。

 そして、銀貨というのは真鍮貨の二つ上…… 上真鍮貨を挟んで、真鍮貨の十六倍の価値になる。

 一日のパン代には、銅貨二枚くらいを当てているから……

 銀貨二枚となると、二ヶ月分以上のパン代になるくらいの大金だった。


「わ、わたし、そんなお金…… え、それってとなり村までで、だよね……?」


 とても負担できないし、王都で働かせてもらったからといって、返せるのか不安になったのだ。

 まして、これはとなり村までの料金のはず。王都までは大体十日掛かると聞いていたから、単純にこの十倍掛かる計算になる。多分、おそらくきっと、食費なんかはまた別になる……

 ちょっと血の気が引いていた。


「あぁ…… サクラは払う必要ないよ。私が急かしたからこんなに高くなっちゃってるだけだし、それに私がおいでって言ったんだからね」

「で、でも……」

「どうせ一人も二人も料金変わらないんだから。このためだけに車用意してもらったからね。だから、サクラは旅費のことは気にしない!」


 ぱん! と背中を叩かれた。


「うーん……」


 なんだか納得がいかないものの、かと言っても払えないのは揺るがない事実なので……

 わたしはそれ以上の言葉は飲み込んで、馬車の用意が整うのを待った。



 馬車での旅なんて、生まれて初めてだ。

〝生まれて初めて〟である。こちらの世界では生まれた記憶はないので、前世から通して初めて、ということだ。

 でも、こちらの世界では生まれていない、と言うのは不思議なことな気がする。目が覚めたときには、すでに大人?の姿をしていたけれど、いきなりぽっとこの姿でこの世界に現れたのか、あるいは……

 なんて考えがちょっとわたしの頭を()ぎったけれど、あいにく、そんなことを真面目に考えている余裕はなかった。

 なぜなら……酔ったからだ。


「馬車って、結構……かなり、乗り心地、悪いんだね…… んんん、気持ち悪い……」


 がたがた、結構揺れる。

 舗装なんてされていない道だし、車輪にもタイヤなんてものはないので、揺れが直接お尻に響く。

 あと、窓が小さくて薄暗い。

 一応開けられる窓はあるのだけれど、そんなに大きくないから外の景色は見づらい。さらに言ってしまえば、森の中なので、木しか見えないし景色が近い。

 観覧車のゴンドラのような作りの車内で、わたしはマリューと向かい合う座席に横になった。

 衣類の入った麻袋を枕にして……でも、揺れは容赦なくやってくる。たまに車輪が小石を踏んだ振動が、しっかりそのまま身体に響く。つらい。


「うーん、結構いい車用意してもらったんだけどなー。乗り心地は、まぁ……ね」


 マリューが自分の荷物からブランケットを取り出して掛けてくれた。

ウォーム(加温)》の魔法は掛けっぱなしなので、暖かさにはそれほど違いはないのだけれど、包まれるような感覚で少し安心感を覚えるので嬉しかった。

 とは言え、それですぐに酔いが(おさま)るわけでもなし、わたしは唸って身悶えた。

 そのまま少しの間、ブランケットで体を包み込むような体勢を求めて身動(みじろ)ぎしていたところで、不意にマリューがこんなことを言った


「……ねぇ、良かったら診てあげよっか? 身体の状態を検査する魔法があって、ついでに健康診断とかもできちゃうけど、どうよ?」


 そんな便利な魔法があるのか、と思った。

 あまり深く考えずに──検査だけでは楽にならないのでは、なんてことまでは思い至らずに──即答でお願いする。


「うん…… お願いします……」

「え、いいの!?」

「…………うん」


 元気があったら、いよいよ『また?』と言っていたかもしれないけれど、調子が悪いので流しておいた。

 むしろ、もうこれは気にしないでおこう……と思った。長く付き合えば、謎の誤解も解けるだろうから。

 時間なら、いくらでもある。


「……じゃあ、診断してみるから、〝レジスト〟せずに受け入れてね?」

「……ん? うん」


 よくわからないことを言われた。

〝レジスト〟というと、〝抵抗〟ということなのかな? 拒絶するなと言うことなんだろうけれど、そもそも抵抗できるようなものなのだろうか……

 ぼんやりとそんなことを考えながら、仰向けになる。

 あ、もしかして、と思いついて、《ウォーム(加温)》の魔法も切っておいた。一気に寒くなって身震いする。やっぱり魔法は偉大だなぁ。


「それじゃあ診てみるね」


 そう言ってマリューが私の額とお腹に手を置いた。

 そして、なぜか驚いた。


「(本当に全解除したんだ……)」

「……え?」

「あ、いや、何でもないよ! ……あ、言い忘れてたんだけど、今から使う魔法って、なんていうか、門外不出的な?感じのやつだから、詠唱聞かれるとちょっと困るんだよね。だから悪いんだけど、合図するまで耳ふさいでてくれないかなー、なんて……」

「ん? うん、分かった」


 言われた通りに耳を指でふさぐと、案の定マリューがちょっと驚いたような表情をしたけれど、もう気にしないと決めたので気にしない。


「──、──。……──? ──……?」

「な、なに……? 聞こえてないよ……」


 ちゃんと聞こえていないことを確認しているのか、マリューがなにかしゃべりかけてきた。笑って、よだれを垂らし掛けて、ニヤッとして…… なんでよだれ……?


「──、──!」


 一通りにやついたあと、ようやく何かを詠唱し始めたマリュー。

 口の動きを見ないように一瞬目を逸らして、もう一度マリューの顔を見ると、目を閉じて真剣に何かを思っているみたいだった。

 そして、わたしの身体の方は、内側がなにやらざわざわしていた。

 身体の中に鳥肌が立つと言うか、全身の細胞が震わされると言うか…… 悪く言うと、体内で無数の虫がざわついているような、なんとも言い難い不気味な感覚だった。

 ぞっとしないでもなかったけれど、〝レジスト〟しないで、と言われていたので、無言でじっと耐える。

 そこで不意に顔に息を吹きかけられた。


「ひあ」


 気づかないうちに、目を閉じてしまっていたらしい。

 驚いて目を開けると、マリューが首を縦に振っている。もう耳をふさがなくてもよいのだと判断して、手を離した。


「ごめんごめん。手が離せなくて。いま検査中だからもうちょっと待ってね」

「うん」

「それにしても、サクラって異世界から来たんだよね?」

「……ん? たぶん、そう、かな」

「正直、もしかしたらこの魔法上手く使えないんじゃないかって思ってたんだけど、今のところ問題なさそうで安心したわ。だって身体の構造とか違っててもおかしくないじゃない?」

「あー、確かに……? でも、わたしの身体、前とちょっと違うみたいだし、変わってても分からないかも……」

「あー。でも…… あぁ、そうか、身体変化とか言語習得とか、なんかすごい魔法ましましだったかもしれないんだよね。だったら、認識もいじられてるかもしれないね。実は今の身体は前とは似ても似つかない別物かもしれないけど、それに違和感を感じないようになってる、って可能性もあるか」

「そんな魔法もあるの?」

「うーん…… ないことはない、かなぁ。もしその魔法が完全に作用してたら、前の身体で見てみたら失神ものの化け物の姿になってても、何の違和感もなく過ごせるかもね」

「え…… 何それ、怖い……」


 まぁ、そんなことはないと思うけどね! とマリューが笑って、わたしが微妙な顔でもごもごしていたら、その辺りで検査が終わったとのこと。

 その上で目を閉じて、少しの間マリューは何やら考え込む。

 その間に《ウォーム(加温)》を掛け直しておいた。やっぱりやっぱり、魔法は偉大だなぁ。

 とか思っていたら、マリューの考えがまとまったようで、大きく頷いていた。


「身体の方は健康体ね。で、気持ち悪いのは普通に馬車酔いっぽいから、楽になる魔法を掛けてあげよう」

「んー、ありがとう……」

「『かの魔法を弱化せん。その継続を求めること四半日に掛けて。その身の深きに染みて繋ぎ、思いに向かうその道を妨げよ』《マイルド(軽度)キープ(持続)クォーターデイパララシス(麻痺)》 ……これで、ちょっとしたら少しは楽になると思うよ」

「ありがとう…… あぁ、確かに、ましになってきた気がする……」


 少ししたら楽になると言うのだから、気のせいかもしれないけれど、プラシーボ効果だろうと、とにかく楽になるならありがたかった。

 もぞもぞとブランケットを被り直して、ふとマリューと目が合った。

 さっきの診察で、床に膝をついてこちらに寄ってきた状態のままだったで、座り直さないのかな、と思ったら。


「いやー、やっぱりサクラは可愛いなぁ!」

「えー、なに、なに」


 突然のしかかるように抱き着かれた。


 ──嫌じゃないけれど、苦しいのでちょっとやめてほしいかな……


 わたしはそんなことを思いつつ、馬車の揺れとマリューの圧に挟まれながら、気分がよくなるのを待った。


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