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111-51 ミフロの晩秋

次は冬だといったな。あれは嘘だ!

 一年目の、晩秋。

 ……と言うのは、わたしの個人的な暦感だった。

 月としては、十一月。

 前世でも、暦の上では冬の始まりの月だったけれど、体感としては、まだ冬と言うよりは秋だと思っていた。

 だから、わたしはミフロの十一月を甘く見ていたのだ……



 ある日の朝。

 ……ううん、多分、もう昼だろう。

 わたしはベッドの上で毛布にくるまったまま、ぼーっとしていた。

 身体が石のように重くて、身じろぎひとつも億劫に思う。

 最近は、毎日こんな感じだった。

 短くなった昼が終わって、太陽が沈んだらやることもないのですぐに寝ていると言うのに、目が覚めるのはまた太陽が高く昇ったころ。

 これは身体が冬眠を欲しているのだろうか?

 じゃあ、このまま寝続けていてもいいんじゃないだろうか……

 なんて、考えるでもなく漠然と思ったまま、無為に時間が過ぎていく。


「…………」


 ──はて、ここ最近は、起きたらまず何をしていたんだっけ……?


 ものの見事に頭の中が真っ白で、昨日のこともなかなか思い出せない。

 何をすべきか、何をしたいか、ずいぶんとゆっくりした思考で考えてみて。


「…………あ、寒い……」


 ようやく、そんなことに気が付いた。

 そんなの、考えなくても分かるでしょう? と思われるだろうけれど、本当にあらゆる感覚が鈍っていて、意識しないとそんなことにも気づけなかったのだ。

 とりあえず、寒いので、まずそれをどうにかしよう、と思い至る。

 鈍い身体の感覚とは別に感じる、身体の中のはっきりした感覚を意識する。そして、それを身体全体にいきわたらせて、その〝魔力〟を身体の表面ににじませる。


「『柔らかなる温もりを、我が〝身〟にもたらせ』…… 《ウォーム(加温)》」


 魔法が発動して、ぼんやりと身体の表面が温まるのを感じた。

 この《ウォーム(加温)》の魔法は、本格的な冬が始まる前に、と頑張って練習してなんとか安定して使えるようになった魔法だ。

 魔力の加減を間違えると、加熱しすぎて人体発火! なんてことにならないとも限らなかったので、怖さが勝ってなかなか練習する気になっていなかったのだけれど、マリューを始め、このあたりの冬を知る人たちに、ここの冬は厳しいよ! と散々注意をされたので、重い腰を上げて習得していた。魔力の扱いにも多少慣れてきた感じがあって、幸いにも、今のところ人体発火したりも服を焦がしたりもしていない。

 お陰で、あまり防寒具の充実していない今でも、昼間は比較的快適に過ごせていた。

 なにせ、ここ最近は日中でも外の水瓶に溜まった水に氷が張ることがあるほど寒いので、もはや《ウォーム(加温)》の魔法がなくては、満足に活動することもできない。

 ……まぁ、でも、ある程度は集中していないと魔法の維持ができないし、意識がなければ言わずもがななので、寝ている間は寒いのだけれどね。


 しばらく《ウォーム(加温)》の魔法で身体を温めて、ようやく少し動きやすくなった。

 のそのそとベッドから起きだして着替えるのだけれど、なんとも言い難いほどに、だるい。全身に重りをつけられているかのように、ただ動くだけで疲れてしまう。

 半日以上寝ているだろうにろくに疲れが取れないだなんて、やっぱり、本当に冬眠しかかっているのではないか……

 着替えたら、水桶に湧き水を汲みに行く。

 ちょっと前に、いつもの調子で水桶に水を汲んだまま眠ったら、翌朝凍り付いていて大変な目に遭ったので、最近は寝る前に水は捨てて、毎朝汲みに行っている。

 冬でも凍る様子のない湧水に感謝しつつ水を汲むのは冬の日課になりそうなのだけれど、その往復でさえ体力的につらかった。

 家に帰りついて、しばらくぐったりとテーブルに突っ伏す。

 うっかりしていたら眠ってしまいそうな疲労感を多少癒して、何とか身を起こす。

 このあたりの冬は確かに寒い。

 だから、暖を取るためにも薪が必要になるので、その薪を入手しなければいけない。

 薪は、もちろん買いに行くという手があるのだけれど……

 わたしは、森に入って薪を拾い集めるために、ゆらりと立ち上がる。

 冬になって、わたしの収入はほとんどなくなってしまっていた。

 採集したい薬草がみんな種になって土に埋もれてしまっているのだから、当然と言えば当然で、冬の始まりの早さを思うと、マリューからお金をもらったとは言え、極限まで無駄遣いは省かないと、この冬を乗り越えられないかもしれない。

 幸いにも、この辺りは寒さは厳しいけれど、雪はそれほど降っていない。聞くところによると、降るときは降るらしいけれど、しょっちゅうというわけではないらしい。

 なので、雪の積もっていないうちに集められるだけ薪を集めるのだ。

 そしてそのまま、わたしは日が暮れる直前まで、一日中枯れ木や枯れ枝を拾い集めた。

 昨日も、一昨日もそんな感じだった気がする。

 たまにクライアさんが、わたしのことを心配して食べ物を持って来てくれているらしく、玄関前に袋が置かれているのだけれど、朝は寝ていて、昼は薪集めに家を空けているので、もう結構長いこと顔を合わせられていない。


 ──お礼を、言いに行かないと……


 毎度、薪集めでくたくたになって戻ってきてから気が付いて、翌日にはぼーっとして失念してしまっている。

 二度目か、三度目か、何度目だろう?

 早くしないと、とは思うものの、歩くのも一苦労な疲労感ではなかなかつらく……

 明日こそは、と思いながら、わたしはその日も日の入りと共にベッドに入ったのだった。


 ──あれ、今日、ご飯食べたっけ……?

 ──…………

 ──まぁ、お腹減ってないから、いいか……



 目が覚めたと思ったら、花畑に寝そべっていた。

 上体を起こして見上げる空は抜けるように青く、花々は淡くて優しい色合いをしていた。

 わたしは、この花畑に見覚えがあった。


「あら、いらっしゃい」


 その声に振り返る。

 と、そこにいたのはいつか出会った〝古い魔法使い〟と名乗っていた女性だった。

 カフェのテラス席にありそうな、おしゃれなテーブルと椅子のセットだけがあって、そこで優雅に紅茶を飲んでいる。そして、テーブルの上にはもう一つのティーカップが湯気を立てていた。


「いかが?」


 笑顔で空いた席に招かれる。

 わたしは頷いて、よいしょと身体を持ち上げて、よろよろ歩いて椅子に腰かけた。

 古い魔法使いさまは、ひとくち紅茶を飲んで、わたしと目が合うとにこりと微笑む。そしてわたしの手元にあるティーカップを手で示した。


「あ…… いただきます……」


 ティーカップを手に取り、火傷しないようにそっと口をつける。

 鼻から抜ける紅茶の香りが心地よく、食道を下っていく熱さが身体を温めてくれた。

 飲食物を口に含めたのは久しぶりな気がする……

 一息ついて、なんとなく周りを見回してみる。

 青い空には白い雲が棚引いていて、そのコントラストが美しい。淡い色合いの花々は、見渡す限り延々と地平線の彼方まで広がっていて、他には何もない。

 ずいぶんと寂しいようでいて…… この上なく心が休まるような雰囲気があった。

 ぐるりと周りを見回し終えて、正面を向くと彼女がこちらをまっすぐ見つめて微笑んでいた。


「ど、どうかしましたか……?」


 自分の顔に何かついているのか、とつい頬に手を添えながらそう訊ねると、古い魔法使いさまは少し眉尻を下げて笑った。


「あなた、少し顔色が悪いわ。自分のことは大事になさいね?」

「あ、はい……」


 なんて、会話らしい会話にも満たない言葉を掛け合ったと思ったら、わたしの意識は白に飲まれていた。



 目覚めた視線の先には、見慣れた天井──というか、屋根の裏が見えていた。

 今度は、目が覚めたらお医者さんのお世話になっていた、なんてことにはなっていなさそうだ、とちょっと安心した。

 ただ、その視界の端には……


「おはよう」

「……マリュー?」


 なぜかマリューがいた。

 王都の魔法学院に帰ってから二月ほど。久しぶりなような、そうでもないような…… 学院の方はいいのかな? なんて不思議に思っていると、マリューが溜め息をついた。


「学院が冬休みになったから真っ先に来てみたらさ…… ねぇサクラ、冬の準備は?」


 ちょっと怒っているように見えた。


「……あ、えっと? ちゃんとして──」

「薪、ほとんど無かったけど? お金あげたよね?」

「……あの……お金もったいなくて……」


 あからさまに、マリューの眉間にしわが寄った。


「そもそもこの寒さの中、なんで火を焚くところもないこの部屋で寝続けてるのさ! て言うか、なにこの薄っぺらい毛布? こういうのを買うためのお金だったんだけど? まさかほとんど手を付けてないの?」

「あ、えっと……」

「なに?」

「……付けてもらってた、魔法入門書の代金とか払ったら、結構目減りしちゃったから……」


 マリューの表情が、呆れたような、怒ったようなものになって、その目で睨みつけられたものだから、思わずわたしは毛布の中で縮こまる。

 そこでふと、今日の寝覚めはここのところで一番なことに気が付いた。

 だるさがほとんどないし、身体も暖かい。

 久し振りに、起きた! という感じがしているのだ。


「……それでもさ、薪か毛布くらいは買えるくらいあげたよね?」

「冬になって収入ほとんどなくなっちゃったし、冬がいつまで続くかわからなかったから、節約しなきゃって……」

「……ああぁぁぁぁぁぁ……」


 納得の溜め息と、諦めの嘆息を合わせたような息を吐いて、マリューがベッドの上のわたしにのしかかるように倒れ込んでしまった。

 身を起こして、なだめるようにその背を撫でる。


「心配させちゃった……? でも、ほら、わたし元気だし」


 ガッツポーズみたいに両腕を上げて見せる。

 実際に今日の寝覚めは良かったので、元気なことは間違いないのだ。

 けれど、マリューに睨まれた。


「凍死してた人間が言うことじゃないね?」

「……え?」


 ちょっと何を言っているのか理解できなかった。


「実は私昨日の夕方にこっちに着いたんだけどさ、この家に来てみて、嫌な予感がしてちょっと様子を見てたんだよ。そしたら…… サクラ、朝方に心臓止まってたよ」

「……え? え?」

「そりゃぁそうだよね。このアホみたいに寒いのに、薄っぺらい寝間着と毛布と壁の家で、火も焚いてない部屋で無防備に寝てたら、そりゃぁ凍死するよね」


 心臓が止まっていたという話に軽く混乱してしまう。

 嘘だろうか? そんな嘘をマリューが……言うか言わないかが分かるほど付き合いは長くもないけれど、でも……


「でも、わたし毎日起きてたよ……?」

「日が昇って多少気温が上がって、〝不死者〟の治癒力で毎日蘇生してただけでしょ。なんかおかしいとは思わなかったの?」


 言われて思い返してみれば、確かに最近はずっと身体の調子は悪かった。

 だるいし、疲れるし……

 じゃあ本当に、毎晩死んで、毎日生き返ってたんだろうか……?

 そんな、毎日死んでたと思うと…… 結構ショックだった。

 思いもよらない現実を知らされてうなだれていると、少しして、マリューがぼそりとつぶやいた。


「……ねぇ、ちょっとうちに来てみない?」



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