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109-55 不死の魔法使いとは

 わっ、と驚いて、汚いですから! とトタッセンさんを抱え起こすために席を立つ。

 さっきまで腰が抜けていたので、危うくひっくり返りそうになりながらも、肩を抱いて起こしてあげたのだけれど、起こしてもらう気満々だったトタッセンさんが遠慮なく体重を掛けてきたものだから、わたしの方が尻餅をついて立てなくなってしまって、結局手を引っ張ってもらって、ようやっと二人で立ち上がる。

 なんだかぐだぐだになってしまったな…… と思っていたら、トタッセンさんがわたしの手を握ったまま、なぜかまじまじとこちらを見つめていることに気がついた。

 ただでさえぐだぐだになってしまった事が気恥ずかしかったのに、そんなにじっと見つめられたら随分と恥ずかしい気分になってきて、目を合わせていられない。そうやってもじもじしはじめたわたしを少しの間見つめていたトタッセンさんだったけれど、ふむ、と顎に手を当てて、ぼそりと呟いた。


「魔法だか何だかは別にしても、そんな滅茶苦茶な変化に耐えたあなたも大概なのでは……?」

「……え?」

「あなた、魔法はどの程度使えるの?」


 まぁ、なんとなく分かるけど…… と小さく漏らしたトタッセンさんに、わたしは、魔法なんてほとんど使えない、と正直に答えた。

 やっぱりね、でも、ほとんどと言うからには少しは使えるの? と続いた問いにも、わたしは正直に答える。

 魔法には興味があったので、初心者向けの教本を買って練習して、《ハードニング(硬化)》と言う魔法だけはなんとか使えていると言うことを伝えるとトタッセンさんは、へぇ、と感心したように頷いた。


「魔法のない世界から来て、本を読んだだけで魔法を使えるようになるなんて、やっぱり才能はありそうね……」


 不敵に笑うトタッセンさんに、わたしは少しばかり嫌な予感を覚えた。

 けれど、続いた提案に対する困惑でその気持ちは塗り替えられる。


「ちょっと、今握ってるこの手に、全力で魔力を込めてみて?」

「え?」


 突然なんだろう、と小首を傾げたわたしに、別になんてことはない、と笑うトタッセンさん。


「あなたがどれだけの魔力を持ってるか気になるだけだよ。ほらほら、遠慮せずに」


 と言って握った手を握手のようにぶんぶんと振ってくる。

 でも、わたしはちょっと前のことを思い出して戸惑っていた。

 ちょっと前、初めて《ハードニング(硬化)》の魔法を使おうとしたとき、わたしは身動きどころか呼吸ひとつできないほどに、ガチガチに硬化してしまったのだ。

 あれは硬化することが目的で、加減こそ間違って怖い思いをしたものの、そうイメージして魔法を使ったのだから、当然と言えば当然だし、そのイメージをしなければトタッセンさんが固まるなんてことはないはずだけれど……


「んー? もしかして私があなたの魔力に()てられるんじゃないかとか、心配してくれてるの? でも心外だなぁ。私は王都の学校で魔法を教えてる専門家だよ? ちょっと魔法を使えるくらいの初心者の魔力で、どうこうなるわけないじゃない」


 ちょっといたずらっ気のある笑顔で、にこりと笑うトタッセンさんは自信満々だ。

 そして言われてみれば、わたしみたいなモドキではなく、本物の不死の魔法使いで、さらに魔法を教える立場の人を心配するだなんて、むしろ失礼なことだ、と思い至る。


「ご、ごめんなさい。……じゃあ、やりますよ?」

「どんと来い!」


 ぐっ、と強く握られた手に、わたしも目を閉じて集中する。

 ──まだ魔力を外に放出するのは、難しくてできていないけれど、今回のように、握った手に魔力を込めるくらいならば、何とかできそうだった。

 体内にある灯火のような魔力を意識して、それを引き出す。

 全力で、と言われたので、握ったトタッセンさんの手を、じっくり意識して……


「……ね、ねぇ、サクラちゃん?」


 ちょっと引きつったようなトタッセンさんの声に気づかないほど集中して、わたしは練り上げた魔力を、全力でその手に注ぎ込んだ!



「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

「ひやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!?」



 トタッセンさんの耳をつんざくような絶叫にびっくりして、わたしも思い切り悲鳴を上げてしまった。

 そして何事かと混乱しているわたしの目の前で、トタッセンさんが、がくり、と床に倒れ込んだ。

 わたしに握られていた右手から、煙を立ち昇らせて……


「と、ととと、トタッセンさん!?」

「ちょ……ちょっと、侮ってたわ……」


 煙を上げる右手をかばうように左手を添えながら、ぷるぷる震えるトタッセンさんを、刺激しないように慎重に抱き起す。

 見れば、その右手は派手に日焼けしたように真っ赤になっていた。

 動かさないのか、動かせないのかは分からなかったけれど、指一本動く気配もない。

 自分がやらかしたことが原因なのは明確な分、わたしが混乱したのも致し方ないと思う。


「きゅ、救急車を……! で、電話は!?」

「何言ってんの…… ちょっと落ち着きなさい」


 パニックに陥るわたしをたしなめてから、上体を起こしたトタッセンさんは無事な左手を真っ赤な右手──右腕にかざして、魔法を詠唱する。


「『清らかなる光でその傷を包み、大いなる慈悲でその綻びを癒せ』《ヒール(治癒)》」


 発動した魔法により放たれた柔らかな光が、真っ赤になった右手を包み込む。

 そしてその光に包まれた右手の赤らみは、みるみるうちに引いていき、一分ほどでかざされた左手と変わらない色身にまで落ち着いていた。

 最後に試すように動かされた指先は、少しぎこちないようにも見えたけれど、それでも先ほどまでの茹ったような右手は回復したのだった。


「すごい…… ケガを治す魔法……ですか?」

「何をそんなに驚いてるのよ。世間知らず……って、そりゃぁ、そうだよね。異世界から来たのなら……あっ」

「! ど、どうしました?」


 異世界から来たのだから、この世界のことを知らなくても当然か、と思ったらしいトタッセンさんが、さらに何か別のことにも思い至ったらしい。

 なにか、まずいことでも思い出したのか、と申し訳なさに不安を上塗りしたわたしだったけれど、帰ってきた答えは凶報の類ではなかった。

 まぁ、衝撃を伴うお話ではあったのだけれど……


「もしかしたら、勘違いしてるんじゃないかと思ってね…… 知らずに何かあってからじゃ救われるものも救われないから、この機会に、私が先輩として、大事なことを教えてあげよう!」


 そう言ってトタッセンさんは、何事もなかったかのように先ほどまでウェデルくんが座っていた椅子に座り、わたしにも座るように促して、話をする体勢になった。

 ずいぶん派手そうな負傷をしたのに、もう何とも思っていなさそうにしている様子を見て、さすがは本当の意味での不死の魔法使いだ、と感心と安心をしつつ、わたしは席に着いた。

 そして、トタッセンさんの話に驚いた。


「まず大前提として、〝不死の魔法使い〟は不死じゃない。下手すると死ぬから、注意してね?」

「……え?」


 なんだか今日は、え、とばかり言っている気がする、と思いながら、わたしはトタッセンさんの話を聞いた。


 曰く、〝不死の魔法使い〟とされている者の本質は、簡単に言うと『人が本来持つ自然治癒力を限界以上に高め、かつ常時自分に対する回復魔法を発動させている者』であるらしい。

 簡単と言いつつ、なんだかややこしい…… とは思ったものの、その前提を認識したうえで、わたしに対して〝絶対〟という注意を促してきた。


「〝不死の魔法使い〟なんて最初に言い出したのは、詳しい事情を知らない世間一般の人たちだよ。まぁ、最近じゃ全く理解してない人は少ないけど、それでも普通の人からすれば本当の意味での〝不死〟とそう変わらないから、慣例的に〝不死〟と呼ばれ続けてるし、私たち当事者も自称してる。さっきも言ったように、首を飛ばされても切断面をくっつければ癒合するし、歪みもいずれ正される。たとえ体をばらばらに切り裂かれても、常時回復魔法がかかったような状態だから、余程小さな断片にでもならない限りは腐って朽ちることもなく、元通りくっつけることもできる。身体は若返って、寿命も大幅に伸びるから、〝不死〟と言っても違和感はない。まぁ、寿命に関しては存在するのかどうか、私たち自身も分からないんだけどね。……ただ、何をしても死ななさそうな私たちでも、実際には限界があるの」


 そこまでしゃべったトタッセンさんは、ふぅ、とひとつ息を吐くと、ウェデルくんが手を付けていなかったカップを取って水を飲んだ。

 わたしはトタッセンさんから目を逸らさず、続く言葉を待っていた。


「要は、回復不能な損傷を負ったら死ぬ。最たる例が焼死で、まぁ、表面がこんがり焼けるくらいなら回復するかもしれないけど、身体の芯まで炭になっちゃったら、死ぬ。……少なくとも、そうなって回復した人はいない」


 それを聞いて、わたしは軽く震えた。

ウォーム(加温)》の魔法。加減を間違えて人体発火したら怖いと思って、まだ練習もしていなかったけれど、していなくてよかった……

 冬には有用そうな魔法なので、ぜひ使えるようにはなっておきたいけれど、下手をしたら死ぬということを、知っているか知らないかで練習に臨むのでは全く違う。

 実際に練習に入る前に知れて良かった。充分に注意しよう…… そう思った。


「あとね、絶対に損傷させちゃいけないところがある。……ここね」


 トタッセンさんはそう言って、自分の頭を、とんとん、と指先で小突いた。


「記憶はここ──脳に入ってる。いくら切り刻まれても元に戻ると言っても、磨り潰されたり焼かれたりしたら元には戻らない…… 実は私たち、頭だけなくしてもまた生えてくるんだよ? ……ものすごく時間はかかるけど。でも今ある脳を失ってしまったら、記憶を失うの。身体は死にはしないかもしれない。でもまた頭が生えて目が覚めても、それまでの記憶はなくなって、文字通り生まれたばかりの赤ん坊程度の知識しかなくなってしまう。それはある意味では、死んだも同義。だからあなたには気を付けて欲しい。それはその身体か、人格かに関わらず……死なないでね? 久し振りの、新しい仲間なんだから!」


 トタッセンさんが歓迎するように両手を広げて、にっこりと笑った。

 わたしはトタッセンさんの話してくれた内容を、頭の中で何度か反芻し、うまく呑み込んで…… 笑い返した。

 ちょっと、ぎこちなかったかもしれないけれど。

 広げた後にそのまま差し出された手を取って、互いに両手で固く握手をした。


「ありがとうございます、トタッセンさん。気を付けますね……」

「うん! あぁ、あと、私のことはマリューでいいよ」

「え、でも……」

「マリューで」

「……マリューさ──」

「マリュー」

「……マリュー」

「うむ! よろしくね、サクラ!」


 笑顔と苦笑を交わして、わたしたちは友人に……なったんだ、と思う。

 満足そうに笑っていたマリューは、カップに残っていた水を一気に飲み干して、そしてぐるりと家の中を見渡したかと思ったら、ちょっと心配そうな顔になった。


「ところでサクラ、冬の準備はしてるの? こんなあばら家で……実はさっきこの家の周りを見させてもらったんだけど、薪もほとんどないよね? このあたりの冬は超厳しいよ?」

「あぁ、なんとなくそんな気はしてましたけど、やっぱり厳しいんですね……」


 夏があっという間に終わったことと、この辺りは標高が高そうなことから、なんとなくそんな気はしていたのだ。


「やっぱりその様子じゃ、ろくな準備はしてなさそうだね…… じゃあ、これをあげよう」


 そう言って腰に掛けていた鞄から、袋を取り出した。

 それをテーブルに置いたところ、ジャラリ、と明らかに細かな金属が詰まった音が……

 え? とまた呟いたわたしに、マリューは大きく頷いた。


「そう、お金。これでいろいろ準備するといい」

「そ、そんな、悪いですよ!」

「引っ越し祝いみたいなものだから! ……あ、祝うっていうか、その、引越し見舞い、かな? まぁとにかく受け取ってよ!」


 そのまま袋を拾い上げて、わたしに、ずい! と押し付けてきた。

 わたしとしても、実際のところお金は欲しかった。

 借金もあるし……

 でも、だからと言って、これを受け取るというわけにも……

 と、受け取るのを渋っていたのだけれど。


「受け取れ」

「…………はい」


 ぐっ、と顔を近づけ睨まれて、折れた。

 いつかまた、お返ししなければ、と思う。

 マリューはわたしが袋を両手で受け取ったのに満足そうに笑い、顔を近づけたまま、優しげな表情を作る。


「いつでも頼ってね? 同じ〝不死の魔法使い〟として、ね?」

「……うん」

「よし。じゃあ、今日のところはこれでお暇しようかな。……あ、そういえば、サクラが禁術云々でやたらと怯えるから、ウェデルのやつ怪しんでたね。サクラが何か後ろめたいことでもやってるんじゃないかと思ったんじゃないかな?」


 その言葉でウェデルくんの様子を思い出す。

 言われてみると…… いや、その時はそれどころではなかったので、ウェデルくんの様子まで気にしている余裕はなかったな、と思う。

 実際、うしろめたいこと──と思っていたので、ウェデルくんの警戒は間違いではないのだけれど……

 どうしよう?

 そんなわたしの懸念を察してくれたのか、マリューがひとつ笑った。


「ま、私が誤解は解いておくから。じゃ、また来るね! 急ぎの用事があったら、ウェデルのお母さんに取り次いでもらえるように言っておくから。またね! 冬の準備はするんだよ!」


 そう言って手を振り去っていくマリューを、わたしは表にまで出て見送った。

 こちらに来て、すべての事情を理解してくれる初めての人。

 クライアさんとはまた違う温かさを与えてくれたマリューを見送って、わたしは手にした袋を握りしめたのだった。


 ──まず借金を返そう……


 なんて、思いながら。


これにて初秋は終わり! 次からは冬になります。

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