109-54 ちょっとしたトラウマ
わたしはこのまま、禁術を使った者として捕らえられて、永遠に幽閉されてしまうのだろうか。
クライアさん──お世話になった人に恩返しもできずに、前世の後悔をまた繰り返すことになるのだろうか……
「…………ぅ、うぐ……ひぅ……」
そんな未来を想像してしまって、わたしの目から大粒の涙が溢れた。
さながらダムの決壊のように、ぼろぼろと涙の粒が頬を流れ落ちる。顔は赤らみ鼻水がこぼれ、嗚咽を漏らす。
背後に立つトタッセンさんは、泣き出したわたしの首に手を添えたまま無言でじっとしていたのだけれど、少し経ったところで手を離して、わたしの隣にしゃがみ込み、こちらを見上げて、言った。
「……なんて、ね? 冗談だよ」
「………………え?」
その言葉の意味が分からなくて、わたしはくしゃくしゃになった顔でトタッセンさんを見つめる。
トタッセンさんは、ちょっと困ったような、気まずそうな苦笑いをしていた。
「んー、《ライト》」
ごまかすようにトタッセンさんが魔法を発動させる。
トタッセンさんが指差したテーブルの上、わたしの身長より少し高いところに、小さな光るシャボン玉のような球体が現れて、部屋の中を温白色の明かりで照らしだした。
「え、わっ。サクラちゃん、ものすごく顔色が悪く……って、私のせいね。ごめんね? サクラちゃんがすごく可愛いからついいたずら心──じゃなくて、そこまで本気で怖がるほどに何も知らないとは思ってなくて!」
なにやら必死になって、弁解らしき言葉を連ねるトタッセンだったけれど、わたしはと言えば、混乱して未だに状況が飲み込めていないので、トタッセンさんの話はほとんど聞こえていなかった。
そんなわたしの状態にトタッセンさんも気づいたらしい。
「えっと、ね? 確かに禁術を使った人は処刑されることもあるけど、禁術にもいろいろあるの。で、不死化の魔法も、確かに禁術指定はされてるんだけど、実は不死化の魔法には使用に関しては制限がない──つまり、勝手に不死化したって別に罰せられることはないから、安心して、ね?」
「……え、あ…… そうな……ん、ですか……?」
「うん本当! 大丈夫!」
「う…… うぐふぅぅぅ……」
鼻水をすすりながらそれを聞いたわたしは、全身から力が抜けて…… テーブルに突っ伏してガタンと言わせた。
安心したら、安心したで、また涙が溢れてきて、顔を伏せたまましばらく泣いてしまったんだけれど。
トタッセンさんは、ごめんねー、とわたしの背中に抱きついて、わたしたちはしばらくそうしていた。
やっとわたしが落ち着いて顔を上げると、ぐずぐずになったわたしの顔を、まだちょっと申し訳なさそうな表情をしたトタッセンさんがハンカチで拭ってくれた。自分でできる、と抵抗するような気力はなかったので、されるがままにする。
その後、トタッセンは目に好奇心を滲ませてわたしの手を取った。またわたしのそばにしゃがみこんでいるので、わたしが見下ろす形になっている。
「それにしてもあなた…… 本当につい最近不死になったの? さっきも言ったけど、確かに不死化したら、個人差はあれ身体は若返るから、見た目が若いこと自体は不思議でもない。でも、若返るにも時間が掛かって、落ち着くにはだいたい五年から十年は掛かるはずなのに、数ヶ月って言ってた……? てことは、元からかなり若かったってことだよね? 魔法を究めた魔法使いが何十年も掛けて、やっと一握りの人が使えるようになる不死化の魔法を、そんなに若いうちに? あ、もしかして、もともと見た目を若く保てる魔法が使えた、とか!? いや、むしろそうだよね!?」
そうに違いない! と一人納得したようなことを言いつつも、こちらの説明を求めるように、目線はこちらに向いたままだった。
わたしはどこから、どう説明したものか、と軽く唇を噛んだのだけれど、さっきのトタッセンさんの〝いたずら〟が結構トラウマめいたダメージを残していたので、はぐらかしたり、嘘を言ったりする気にはとてもなれず、半ば思考停止をして、包み隠さず、わたしの知りうることを全部そのまま話すことにした。
こちらに来てから、まだ誰にも言っていなかったこと。
わたしは、たぶん、別の世界の生まれだったこと。
ある夜、おばあさんを助けようとして、死んでしまったこと。
気がついたら、ここにいて、なぜか言葉も理解できたこと。
どうやら、身体も少し変わっているらしいこと。
死んでから、目が覚めるまでに、何かあったのか、何もなかったのかも分からなくて。
自分でそんな魔法を使った覚えはないのに──全く身に覚えのないうちに、〝不死の魔法使い〟と呼ばれる存在になっていたこと。
何をすればいいのか分からなくて、ただ静かに、生きていきたいと思ったことを。
わたしは話した。
トタッセンさんは、そんなわたしの話を、嘘だデタラメだ、なんて言わずに、ただ静かに聞いてくれていた。
そのお陰か、今まで意識して考えないようにしていた節もあることを、ゆっくり声に出して説明をするうちに、ひとつ思い至ったことがある。
「そう言えば、あの時…… おばあさんが危ないと思って、突き飛ばして、喉に、何かが刺さった時、床に模様があって……なにか光に包まれたような……?」
曖昧な記憶ではあるけれど、最期の、意識が消える直前の記憶。
真っ暗になっていく視界の向こうに、青白く、光が溢れていた、気が……
……すこし、気分が悪くなってきた。
「大体話は分かった。異世界人……生まれ変わり? って言うのは、私は聞いたことないし、よく分かんないけど…… でも、あなたが意図せず何らかの魔法に巻き込まれて、たったひとりで見知らぬ場所に放り出されて、すごく大変な思いをしてるってことはよく分かったよ。……大変だったね」
そう言って、トタッセンさんはわたしのことを抱きしめてくれた。
まだちょっとびくびくしていたわたしだけれど、軽く抱き合って、すこし気持ちも落ち着いた。
クライアさんほどの母性──安心感はないな、ってちょっと思ったけれど。
「……何か失礼なこと考えなかった?」
「えっ、いえ……」
「そう? まぁいいけど……」
なかなか鋭いと言うか、トタッセンさんはちょっと不満そうな表情をする。
でもすぐに気を取り直して、再びわたしのそばにしゃがみ直して腕を組み、わたしに聞いた話を反芻して、考え事を始めた。
「それにしても、話を聞く感じではそのお婆さんが何かしたのかな? でも、もしそのお婆さんが魔法を使ったんだとしても…… 不死化の魔法だけじゃなくて、異世界転移──転生? と肉体改変に、言語習得の魔法も、少なくとも掛けてるよね…… 不死化魔法だけでも大魔法なのに、それに準じる魔法をいくつも、更に聞いたこともない想像もできない異世界転移なんて魔法まで、同時に発動させた……? いや、いやいやいや、あり得ないあり得ない…… でもじゃあ、そんなことが偶然起こった? ……そんな馬鹿な、それこそもっとあり得ない…… なら、本当にそのお婆さんがそんな無茶苦茶な魔法を……? …………ねぇ、そのお婆さんって、あなたのいた世界で一番優れた魔法使いだったの? いやむしろ、そうでもないとそんな魔法使えるとは思えないんだけど……」
ぶつぶつ、と次々に出てくる考えをそのまま口に出したようにひとしきり呟いた後、突然わたしに質問が投げ掛けられた。
考え事に没頭して、自分の世界に入ってしまったようなトタッセンの様子を見ていて、なんだか魔法使いらしいなぁ、なんて思っていたわたしは、突然の質問にびっくりする。
「え、あ、えっと…… そもそも、わたしの生まれた世界では、魔法なんて存在しませんでした……」
「……は? 魔法が存在しない……? 嘘、ほんとに? え、じゃあまさか、ほんとにそんな複雑な事象が偶然奇跡的に発生したって言うの……? え、あいや、でもそんな複雑な魔法を使える魔法使いがいると考える方が無理がある? じゃあむしろ、あくまで全ては偶然の産物と考えた方がより自然……!?」
魔法なんて存在しなかった、と聞いたトタッセンさんが、頭を抱えて目を白黒させる。
予備知識のないわたしは、いまいち事が重大なのかどうかなんて分からなかったけれど、軽いパニックを起こしたようなトタッセンさんを見てちょっと不安になってきた。
「えっと、大丈夫ですか……?」
「……ん……んんん! ……んんあぁぁぁ!! 分からん! 保留! 一旦保留! 情報不足で埒があかんわ!」
そう叫んだトタッセンさんが、全身を床に投げ出して、ドターン! とひっくり返った。
いつもより気持ちしっかりプロットを書いたら、話の流れ重点で節ごとの区切りを無視した感じになっているので、切りどころが難しい。あ、続きは月曜日の予定です。




