109-53 はじめての不死の魔法使い
「私はマリュー・トタッセンだよ! やっぱり初めましてだよね! 知らない不死者と出会うのは久しぶりだよー! あなた名前は? どこの出身?」
マリュー・トタッセンと名乗った妙齢の女性は、家に入ってわたしを見とめるなり駆け寄ってきて、嬉しそうに興奮して質問をまくし立ててくる。
わたしはと言えば、もうこれ以上ないほどの、確信とも言える嫌な予感で目の前が暗くなりそうなのを、かろうじて耐えているような感じになっていた。
「先生、落ち着いてください…… ノノカさま、こちらが先程お話ししました、我が恩師であり、不死の魔法使いさまであられるマリュー・トタッセン先生です」
「は……ひ……」
逃げたかった。
けれど、腰が抜けてしまったみたいで、足が全く動かなくなっていた。両の手のひらはテーブルに乗ったまま、張り付いたように動かせなかったし、背骨には鉄の棒を通されたみたいに、全身が強張って身じろぎひとつできないでいた。
せいぜい逃げられたのは視線くらいのものだったけれど…… 目を逸らせられたくらいで、何の慰みになるはずもなく。
「なんでそんなにガチガチに緊張してるの?」
「それは先生、いきなり先輩の不死の魔法使いさまが現れれば驚きもなさるのでは…… なにより、ノノカさまはつい数ヶ月前に不死の魔法使いさまになられたばかりとのことですから」
終わった…… と思った。
涙目になりながらウェデルくんを見つめたところで、もはやどうしようもない。
わたしがつい最近、禁術である不死化の魔法を──自分で使ったわけではないけれど──使ったことは、これでもうトタッセンさんにはバレてしまった。
いや、まだ明言はしていないし、意図的ではなかった、そもそもわたしはそんな魔法は使えない、と言い訳して見逃してもらえるかな…… なんて現実逃避を始める。
でも、ウェデルくんの話を聞いたトタッセンさんは、まず目を丸くして驚いていた。
「え!? 数ヶ月って……えぇ!? ちょっとあなた見た目若すぎない!? 不死化したら見た目はある程度若返りはするけど、それでも変化に数年は掛かるよ!? なのに、数ヶ月でウェデルくんと大して変わらないような見た目って…… え、じゃあ元からそんなに若かったの!? そんなに若くして不死化の魔法を使えるだなんて…………ねぇ、顔色悪いよ?」
驚愕の表情でなにやら騒いでいたと思ったら、一転して心配そうな表情になって、わたしの顔を覗き込んできた。忙しい人である。
でも、わたしはそれどころではない。
なんとかして、この場から逃げ出せないか、とまだ諦められずに、血の気の引いた頭で必死に考えていた。
とは言っても、体は未だに硬直したまま動かせないから、目だけが慌ただしく逃げ道を見つけられないか、と上下左右に動き回るだけだ。
そんなわたしの様子は、はたから見ていたら、さぞおかしなものに見えたのだろう。ちらちらと視界に入るウェデルくんの表情が、だんだん不思議そうなものになって、ついには怪訝そうなものになっていく。
わたしは、そんなウェデルくんの様子を気にしている余裕なんて、もちろんなかったのだけれど、気がついていたら、次に続くウェデルくんの言葉に、多少の心構えはできていただろうか。
「…………そう言えば先程、ノノカさまに禁術について訊ねられたのですよ。私には分かりかねるので、とちょうど先生のお話をしていたところだったのですよ」
心臓を鷲掴みにされたような思いだった。
過呼吸気味だった呼吸が、むしろ止まりそうになる。逆に、鼓動は今にも弾けてしまいそうなくらい、大きく聞こえていた。
「禁術ぅ?」
「はい。禁術を使用すると、どのような罰があるのか、ということをお話ししていたところでした」
「……………………あ」
何かに気づいたような、トタッセンさんの「あ」で、わたしはもう逃げられないことを悟った。
そして、そう思い至ってしまえば、少し、ほんの少しだけ、気が楽になったような気もした。
「……ウェデルくん。もうサクラちゃんとの挨拶は済んだかな? 悪いんだけど、サクラちゃん調子が悪いみたいだから、あとのことは先生に任せて、お母さんのところに帰ってな?」
トタッセンさんが人払いに掛かる。
わたしは半ば以上に思考が麻痺状態に陥っていて、これからなにが起こるのだろうか、など考える余裕もない。
「そう、ですね。私にできることはありませんから、あとはお願いいたします」
微笑みながら、トタッセンさんの方に向かってウェデルくんは一礼をした。続いてわたしの方に向かってもひとつ礼をして、そのままいそいそと家を出て行ってしまった。
わたしの隣にいて、ウェデルくんを見送ったトタッセンさんが小さく笑う声がする。
「あの子もなかなか強かな性格してるなぁ。ま、貴族としては、そうでないよりよっぽど良いね」
トタッセンさんはそんなことをつぶやいてから、横からゆっくりとわたしの顔を覗き込んで、なぜだかとても楽しそうに、にやり、と笑った。
「それでぇ…… 禁術の使用者について、だっけぇ……?」
「ひ……」
ねっとりと、一言一言をしっかり聞かせるような喋り方。
視界の端に捉えられたトタッセンさんの笑顔は怖かった。
「そもそも、禁術っていうのはね……? 端的に言うと、誰の視点からかは別にしても、〝使われると困る魔法や魔術〟が大半なの」
言いながら、トタッセンさんはわたしの背後に回り込んでしまって姿が見えなくなる。
そして背後から、そっと両の肩に手を置かれて、わたしはびくりと肩を跳ねさせた。
呼吸がまた早くなって、目の焦点が揺らぐ。
トタッセンさんは、変わらずゆっくりと言葉を続けていく。
「そんな禁術を使った人がどうなるのか…… 禁術──つまり魔法や知識って、一度知識として知ってしまったら、ただ口約束で禁止すれば良いって訳じゃなくなるのは、分かるよね……?」
右耳を、トタッセンさんの吐息が撫でた。
「二度と、禁術を使わせないためにはどうするか? ……その人の魔力を封印することもできるけど、より完璧に近い封印を施せるひとは限られるし、絶対とは言えないから、ダメ。記憶を消す魔法もあるけど、それこそ禁術に準じる危険な魔法として使用は制限されてるし、難易度も高いうえに、魔法が成功したかどうかを知る術がないの。『もう禁術のことは忘れましたね?』『はい、忘れました!』で済む話じゃないから、これも、ダメ。じゃあ、二度と禁術を使わせないためには、どうすればいいと思う……?」
すすす、とトタッセンさんの両手が肩を撫でるように動いて、そのままその指先が、わたしの首を優しく撫でた。
抜けた腰が、また抜けるかと思うような感覚が背骨を走って、わたしは声も出せず、目線も正面から外せず、涙目で震える呼吸を繰り返す。
「それはね……?」
囁くトタッセンさんの右手が、わたしの首の前に回り込んだ。
そのまま顎を少し持ち上げて、そして左から右へ、その指先が、つーっとわたしの首をなぞった。
全身の血が引いて、どこかへ消えてしまったかのような感覚に襲われる。
トタッセンさんは、喜色を含んだ声色で、続けた。
「首を絞めたり……刎ねたりして、もう二度と、魔法を使えなくなってもらうしか、ないよね……? ふふ」
殺されてしまう、と思った。
視界が涙で歪む。
ごめんなさい、と叫んで縋りたかった。
でも、首に添えられた手が、まるで突きつけられた刃物であるように、わたしの体は強張って全く動かない。
そして最後に続いたトタッセンさんの言葉に、わたしの心は折れた。
「……でも、私達不死者って、首を絞められたって死なないし、刎ねられたって、くっつけたらまた目を覚ますでしょう? じゃあ、どうするのかなぁ? どうすると思う……? ずっと吊るし続ける……? 何度も何度も刎ね続ける……? あるいは…… 例え禁術を使ったとしても、誰にも迷惑を掛けないように、掛けられないように、真っ暗で……何もない……永久に誰も来ることがないところに、ずっと、ずっと、その身が朽ちて無くなるまで、閉じ込め続けておくのかな……? ふふふ……」
「…………ぅ、うぐ……ひぅ……」
想像してしまった。
地下奥深く、灯りひとつない牢獄に、ひとり閉じ込められて、誰にも出会えず、話もできず、それでも死ねずに、永遠に闇の中に閉じ込められる未来を。
何の言い訳もさせてもらえないで、ここから強引に連れ出されてしまう未来を。
あんなによくしてもらったクライアさんに、何の恩返しも、説明もできないまま、お別れする未来を。
──わたしは、前世の後悔を、また繰り返すことになるのかな……
大粒の涙が、止めどなく溢れ出した。
文字数なんかの都合でどきどきする切り方になってしまった…
続きは金曜日の予定です。




