109-52 ウェデルくん
ウェデルくんのお母さまは、他でもない、こちらに来てからお世話になりっぱなしのクライアさんだと言う。
そしてウェデルくんは、男爵位を持つ、このミフロ村を治める立場にある貴族である。
その貴族であるウェデルくんのお母さまがクライアさんと言うことは……?
いやいや、わざわざ順を追って、ひとつひとつ確認するまでもない!
「クライアさんって、貴族、の奥さまだったの……!?」
驚いた。それはもう、驚いた。
こんなことを言っては失礼なのだけれど…… クライアさんから、貴族的な高貴さとか、気品というものを感じたことはなかったから。
もっとも前世からこの方、そう言った存在とは全く縁がなかったので、わたしのセンサーが未熟なだけだったのかもしれないけれど……
でも、お高いはずの専門書を何冊も持っていたことも、それで少し納得できた。
それでも、わたしにすごく良くしてくれている理由はよく分からない。貴族だったと聞くと、貴族なりに──あくまで一般論的に──尊敬される対象らしい不死の魔法使いに取り入ろうという下心があったりしたんだろうか…… だけど、そうは思いたくないし、なにより、とてもそんな下心があったとは思えない。クライアさんの優しさは本物だった、とは間違いなく信じられた。
「やはり、母は何もご説明していなかったのですね。驚かせてしまい、申し訳ありません。平民出身のためか、貴族として扱われることを、母はあまり好まないようでして……」
「いえそんな、謝られる必要なんてこれっぽっちも……! それに、クライアさん──お母さまには、わたしはいろいろとお世話になりっぱなしで…… 本当に、感謝しかありません」
まぁ、でも、ちょっとずるいな、とは思ったけれど。
だって、自分はわたしのことを不死の魔法使いさまって言って謙ろうとしたのに、わたしには自分のことを貴族の奥さまって言って謙らせてくれなかったのだから。
……なんて、ちょっと苦笑いが漏れた。
「感謝したいのは、私の方です。私は母の勧めもあり、今はこのミフロから離れて王都の学園で学ばせていただいています。ただ、あの母に限ってそんなことはないと思いつつ、それでも母をひとりこの村に残して、寂しい思いをさせていないか、と常々気掛かりで心配で…… しかし、ノノカさまが越して来てくださって、母もすごく嬉しそうにしていたのです。だから、本当にありがとうございます」
「そんなそんな、わたし、まだお返しも何もできていません。ご迷惑を掛けてしかいませんし、喜んでもらえることだなんて……」
いつか、そう遠くないうちに、必ず。とは思っていても、まだ自分のことすら覚束ない中で、与えられるばかりで、返せたものなんてまだ何もないのに…… とわたしは萎縮してしまう。
ウェデルくんは、そんな小さくなるわたしを見て、ほんの少し苦笑いを浮かべて、それからすっと天井の方を見上げた。
天井、つまり屋根の裏。玄関の上の穴の跡。薄暗いながら、覆い被せた板が明るい色なので、周りの暗い色の板からははっきりと浮いていて、ちぐはぐ感は拭えない。
わたしはウェデルくんの目線を追って、少し恥ずかしく思いながら、でもなんでそんなところを見ているのだろう、と思ったのだけれど。
「……あの穴、塞がれたんですね。あんなところに穴が空いていては、さぞご不便だったでしょう。……申し訳ありませんでした」
「……え? どうしてウェデルくんが謝るんですか……?」
突然の謝罪に、理由がよく分からないわたしは、きょとんとしてウェデルくんを見つめた。
目の前のウェデルくんは、ちょっと寂しそうな、悲しそうな顔をして言葉を続ける。
「実は、あの穴は昔、私の姉が開けてしまったものなのです」
「あれ、お姉さん、いらっしゃったんですか……?」
「えぇ、いました」
あっ、とわたしは言葉を詰まらせた。
クライアさんからお子さんの話を聞いたとき、何人いる、とは聞いていなかったけれど、二人以上いるようには聞こえていなかったから、もしや、とは思ったのだ。
「……ごめんなさい」
「いえ。……流行病でした。よくあることです。父も姉も、あまり体は強くない方だったようですから、私の幼いときに、一緒に旅立ってしまいました」
そうだったんですね…… と呟くわたしに、気に病む必要はありませんよ、とウェデルくんは笑い掛ける。
寂しそうではあるけれど、気持ちの整理はとうについているといった様子だった。詳しくは知らないわたしが、暗い気持ちで居続けてはいけない、と気持ちを切り替えていく。
再び顔を上げたわたしを見て、ウェデルくんはひとつ頷いた。
「姉はわたしよりも少し年上でした。……そう、見た目で言えば、今頃はノノカさまくらいになっていたのかもしれません」
あぁ、そういうことだったのか、とわたしはそこで得心がいった。
まるで娘のようで…… とクライアさんが言っていたけれど、つまりそういうことだったのか、と。
実年齢は別にしても、今のわたしは結構若く見える……らしい。少なくとも、クライアさんにはそう見られていた。
生きていれば、ちょうどこれくらいだったのだろうか、と思わせる娘が、何も分からずに困っていたら。
わたしに、とても良くしてくれる理由が、分かった。
「このようなことを申し上げるのは、失礼であることは承知しています。ですが……いえ、決して、私の亡き姉の代わりになってほしい、というわけではございません。ただ…… ただ、私はまだしばらくは、母の元に居続けることはかないません。なので、どうか…… 母のことをよろしくお願いいたします」
ウェデルくんが立ち上がり、頭を下げる。
びっくりしてわたしも反射的に立ち上がったけれど、返す言葉はもちろん決まっていた。
今はもう、絶対に会うことができない母の姿を思い出したから。
「はい、もちろんです。……ご迷惑をお掛けすることばかりになりそうですけれど」
ちょっと苦笑いをしながら、わたしも腰を折って頭を下げた。
互いに顔を上げて、笑い合って、改めて座り直す。
暗い話をした上に失礼なお願いをして申し訳有りませんでした、とウェデルくんは謝ったけれど、責めることなどあるわけもない。気に掛かっていたことが晴れた気分です、と微笑んだ。
それから少し、ウェデルくんのこの村での昔の思い出話に花が咲く。
少しずつ、人が増え、新しい家も増えている。
自然と聞き手になってその話を聞いていたのだけれど、まぁ、わたしにも、ここに来る以前の話題が振られるのは、自然な流れだった。
「ところで、ノノカさまはこちらにいらっしゃる以前は、どちらにおいでだったんですか?」
「ここに来る前、ですか? えーっと……」
わたしは答えに困ってしまう。
わたしは(多分)別の世界からやってきたのではないか、と思っているのだけれど、確証はないし、おかしなことを言いだす危ない人、と思われるのも良くない。
「……失礼。仰りにくいのでしたら──」
「あ、いや、そういうわけではなく…… その、最近まで実家に、いたんですけど、突然戻れなくなったと言うか、気が付いたらここにいて、不死の魔法使いになっていたと言うか……」
我ながら、ひどく曖昧な説明になってしまう。もはや説明とも言えないけれど、別世界云々の情報を抜いたら、わたし自身でも、分かっていることってほとんどないんだよね……
そんな、自分でもよくわからないふわふわした説明で納得してくれるはずもないしなぁ、なんて思いながらウェデルくんの顔を窺ってみると…… 案の定、怪訝そうな顔になっていた。
──それは、そうなるよね……
迂闊なことは言うべきじゃなかったかな、とも思っていると。
「最近……不死の魔法使いになられたのですか? その、失礼でなければ、それは大体何年ほど前のお話で……?」
「え? 何年……でもなく、えっと、三か月くらい前……でしょうか」
「三か月?」
ウェデルくんが驚きの表情になっていた。
「あれ、何かおかしなこと言いました……?」
いや、変なことを言っている自覚はあるのだけれど、そういう意味ではなく。
「いえ、その…… 不死化の魔法は〝禁術〟指定されて久しいものですから、つい最近不死化されたと仰るので驚いてしまいまして……」
「……〝禁術〟?」
「? はい」
〝禁術〟って、禁じられた術、という認識で合っているのだろうか?
不死化の魔法は、禁止されている……?
禁止されたものを使う……使っていた、ということは……
許されることなのだろうか?
背筋に冷たいものが走った気がした。
もしかして、バレたらまずいことになるのでは、という予感。
「あのー…… ちょっと、あくまで一般論、一般論をお訊ねしたいんですけど…… 〝禁術〟って、許可なく使ったりしたら、どうなるんですかね……?」
「え? 一般論、ですか? ……そうですね、一般的に禁術指定された魔法を許可なく用いれば、罰を受けますね」
「……罰、と言うと……?」
「む。あまり、私もその辺りに詳しくはないのですが…… 魔法とは知識であり、禁術という知識を得てしまったのであれば…… 漏らさせる訳にはいかない以上、死罪、となるのでしょうか? 申し訳ありません、はっきりとしたことは分かりかねますね……」
「ひ、いえ、だ、だだ、大丈夫ですよ! あは、はは!」
「……?」
冷や汗が溢れてきた。
死罪? 死罪って言った? と目が回るような気分になる。
色々な考えが、頭の中で生まれては弾けて流れていく。
死罪って、絞首刑とか斬首刑とか……?
でも、死なないなら、どうなるの……?
許されるのかな……?
それとも…… 何度も、何度も……
「あぁ、そうだ」
「ひゃい!?」
ウェデルくんの声に、心臓が止まるかと思うほどびっくりしてしまって、ウェデルくんも肩を跳ねさせていた。
血の気が引いていて、全然頭が回っていない。
「どうなさいました……? あぁ、いえ。その禁術関係のことでしたら、私の先生が詳しいかと思いますよ」
「…………先生?」
「はい。私が王都でお世話になっている先生で、魔法の専門家です。そして、ノノカさまと同じ、彼女も〝不死の魔法使い〟なのですよ」
「へ、へぇぇ…… あ、えと、うん。い、いつか、お会い、してみたい……ですね。あはは、は……」
これ以上、何を言っても墓穴を掘りそうで、とにかく早く逃げ出したくなっていた。
引いた血の気が帰ってこない。脂汗が流れて、吐き気がしている。
ひとまず、とにかく、この場をやり過ごしたい、との考えだけが溢れてきたところで。
「それでしたら、直ぐにでも。実は、地元に新しく不死の魔法使いさまがやって来た、とお伝えしたところ、是非お会いしたい、と仰いまして、今回の帰省に先生が付いてきていらっしゃるんですよ。まずは村を見て回って、母に挨拶をしてからこちらに向かうと仰っていたので、そろそろいらっしゃると思うのですが……」
その時、意識を失わなかったことを、褒めて欲しい気もするけれど、いっそ意識を失ってしまいたかった、とも思えた瞬間だった。
「お邪魔しまーす! サクラ・ノノカさんはいらっしゃいますかー!?」
そして、彼女はやってきた。
お話を間延びにしようとするのが悪い癖。
私は私のお話の続きを早く読みたいのに、私がなかなか続きを書かない上に、外堀から埋めるような遠回りで間延びした書き方をするのは治さないといけない……




