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109-51 〝デリーナ〟のミフロ村

ここからしばらく説明と展開のターン

 少し前まで夏だと思っていたら、朝夕は寒さを覚えるようになってきた秋の口。

 未だ不安定なお金の問題はあったけれど、ある程度生活の基盤も整ってきて、だんだんと落ち着いた生活ができるようになってきた頃。

 その人たちは、突然の嵐のようにやって来たのだった。



 朝の空気に震えながら、表に出て畑の様子を見て回る。

 雑草を抜いたり、植えた薬草に水を撒いてあげたり、朝食前にひと通りの世話を済ませてしまうのが、ここのところのわたしの日課になっていた。


「それにしても、急に秋だなぁ」


 ほんの数週間前まで、夏だなぁ、と思っていたのに、あれよあれよと朝夕の気温は下がり始めて、最近はすっかり冷え込むようになってしまった。昼間とて、じっとしていると肌寒さを覚えることも増えてきている。


 ──早めに防寒具を用意しないと。あと、せっかく魔法があるんだから、《ウォーム(加温)》の魔法も練習しようかな……


 加減を間違えて人体発火を起こしてしまうのではないかと心配してから、未だに試せていない《ウォーム(加温)》の魔法。

 眠っている間は駄目だろうけれど、うまく使えれば、起きている間は寒さを気にせず外を歩きまわれるかもしれない。本格的な寒さが来る前に、服と家が燃えないよう、水浴び場の辺りで練習をしておきたいな、なんて考えながらわたしは畑の世話をする。


 畑の世話を終えたら家に戻って、パンとチーズに、少し野草を添えたいつもの朝食を済ませて、気温が上がる昼までは、採ってきた薬草の加工をして過ごす。

 薬草の加工と言っても、別に難しいことは何もない。葉や茎や根など、それぞれの薬草の必要とされている部分を選り分けたり、細かく刻んでおいたりするくらいのことだ。

 もちろん、この程度の下処理では、買取価格に少し色をつけてもらえるくらいにしかならないのだけれど、資源の限りもあることだし、何もしないよりは、やっておいた方がいいだろうと毎日黙々と作業に打ち込んでいた。

 今はまだ難しいけれど、薬効成分を抽出したり、用途に応じて調合したりということも、いつかは挑戦してみたいな、と思う。


「……ん、さむ……」


 薄暗く、しんとした家の中で身じろぎをひとつ。

 薪になる枯れ枝を集めるのも一苦労なので、相変わらず火を焚くのは夜だけだった。でも、今でこれだけ寒いとなると、本格的な冬が思い遣られる。火を焚く時間を増やしたいけれど、薪の供給が間に合うだろうか? それに、この辺りはどの程度雪が降るのだろう、あまり積もるようなら、薪を取りに出かけるのも大変かもしれない……

 そんな、冬の心配をして作業の手が止まっていたとき。


 ──……。…………。


「……ん?」


 微かに、草を踏みしめるような音がする気がした。

 風が草を撫でているだけかとも思ったのだけれど、じっと耳を澄ましていると、どうも気のせいではなさそうだ。

 その足音は少しずつ近づいてきて、家のそばまでやってきた気配がある。こんなところに来るなんて、村の人がクライアさんくらいしか思いつかないので、誰だろう、と扉をあけてみたところ……

 思っていたより近づいていた人影に、危うく扉をぶつけかけてしまった。


「おっと!」

「あ、ごめんなさい! ……あれ?」


 そこにいたのは、会ったことのない少年……と青年の間くらいの年恰好をした男の子だった。

 薄い色の肌と赤毛に、整った顔立ち、暗い色のローブをまとっていて、村では見かけたことのない雰囲気がある。


「えーっと……?」

「あ、申し遅れました、私の名はウェデル・テウ・デリーナと申します。……不死の魔法使い、サクラ・ノノカさまでいらっしゃいますか?」


 名乗った彼は、優雅に一礼をしてみせた。

 商人のハルベイさんの立ち居振る舞いも、村の人たちとは一味違う雰囲気を持ったものだったけれど、彼の一礼はまたそれとは一線を画す、それだけで気品を感じられる所作だった。元々かしこまったような雰囲気が苦手なわたしとしては、ちょっと萎縮した気分になってしまう。


「あ、はい、そうですけれど。……デリーナ、さん? あれ、どこかで聞いたような……?」


 ふと、その名前が気に掛かった。

〝デリーナ〟という言葉には聞き覚えがある。確か、クライアさんと初めて会ったとき、この村の名前を〝デリーナのミフロ村〟と言っていたはずなのだけれど。

 そんなわたしの呟きへの、続く彼の回答に、わたしはぞわっとするような驚きを覚えたのだ。


「はい。私はこのデリーナ領を治めるデリーナ伯爵が次男、今は亡きウェスデン・テウ・デリーナの息子で、形の上ではありますが、このミフロの村を治める男爵位を継がせていただいております。遅くなってしまいましたが、この度は、このミフロの村に初めていらっしゃった不死の魔法使い、ノノカさまにご挨拶をしたく参りました」

「……え? 男爵……? って、え、つまり貴族……さま? が、ご挨拶……!?」

「いえ、まぁ、確かに貴族の端くれではありますが、私など未熟な若輩者にすぎません。家も、本家からは分かたれた分家ですし、父も早くに亡くなってしまいましたので、不死の魔法使いたるノノカさまに比べれば、取るに足らない地方貴族です」

「えぇ、い、いや、そ、そうは言いましても……!」


 いいところの出でありそうな雰囲気はあったが、まさか貴族さまがこんな地味に不便な山の上の我が家に、自らやって来るだなんて。

 そう言葉で考えてみて、改めてことの重大さに驚きが募る。色々仰っていたけれど、要は彼はこのミフロ村を治める一番偉い立場の人なのだろう。


 ──わざわざいらっしゃらなくても、いつでもわたしが出向いたのに……


「……ノノカさま?」

「あ、いあ、いえ、すみません!」


 もう寒さなんて気にならないくらい、心臓の鼓動が高鳴っていた。

 ここで粗相なんてしたら、せっかく落ち着いてきたここでの暮らしが続けられなくなってしまうのではないか、なんて考えまで湧いてきてしまう。

 とにかく失礼がないようにしないと…… と思って、彼を玄関先に立たせたまま立ち話をしている状況に気がついて、わたしは小さく息を飲んだ。


「あ、あ、あの、もしよろしければ、家の中へ……」

「あぁ、申し訳ない。お邪魔します」



 慌てて彼を家に招き入れてから、掛けてもらおうと思ったテーブルの上に、薬草を広げっぱなしだったことに気がついた。

 大慌てでテーブルの上の薬草を適当に桶に放り込むわたしを見て、彼は苦笑い気味に笑う。


「すす、すみません!」

「いえいえ、お仕事のお邪魔をしてしまったのは、こちらですので」

「そんなことは、ないです!」


 なんとかゆっくり座れる状態になって、掛けてもらったはいいものの、そこに来てわたしは、彼をうちに招いたことを後悔し始めていた。

 持て成そうにも、お茶菓子が無いどころか、そもそもお茶すらうちにはない!

 かと言って、何も出さないというわけにもいかず、びくびくしながら、今朝汲んできた湧き水を木のカップに注いで出すことにした。


「あ、あの、お茶すら用意できませんで、森で汲んできた湧き水ですが、その、よろしければ……」

「あぁ、お気遣いなく。ありがとうございます。光栄です」

「な、何を仰います。あはは……」


 不死の魔法使いという存在への敬意なのだろうか、彼は自分が貴族だというのに、何処の馬の骨ともしれないわたしにもかしこまっている様子があって、ただちょっと死なないだけのわたしとしては、罪悪感が凄かった。

 わたしがほとんど魔法も使えない素人だと知られたら…… と思うと、背筋に嫌な汗が伝う。

 早いところお話を済ませて、早々にお引き取り願えないだろうか、などと失礼なことを考えながら、わたしは口を開いた。


「と、ところで、本日はどのようなご用向きで……?」

「あぁ、これは失礼いたしました。……改めまして、私の名はウェデル・テウ・デリーナ。このミフロの村を治める男爵位を戴いております。どうぞウェデルとお呼びください。まず、この度は、このような辺境の村に居を構えていただけたこと、感謝いたします」

「いえ! いえ、そんな……」


 軽く頭を下げる彼──ウェデルくんの対面で、わたしはテーブルをがたがた言わせながら机上に額を擦り付けていた。

 住み始めただけで、貴族が礼を述べるなんて、となお心臓が縮こまる気分だ。

 わたしとしては、突然見知らぬ世界にやって来て、どこか遠くへ行こうだなんて思わなかったから、ここにいるだけなのだけれど……

 そんなわたしの事情を知る由もないウェデルくんは、額をテーブルに当てて頭を上げているわたしを戸惑ったように制した。


「そして、我が母のことも。我が母はノノカさまに非常にお世話になっているとのことで、息子である私からも、重ねて感謝いたします」


 そう言ってウェデルくんは、今度はさっきよりも深々と、テーブルに着きそうなくらいに頭を下げる。


「……お母さま?」

「はい。我が母、クライア・テウ・デリーナが、いつもノノカさまにはお世話になっております」

「…………えぇえええええええええええ!?」


 わたしは驚きの絶叫をした。

週1投稿は物足りないと思いつつ、でも増やすのはちょっときついとも思いつつ……

思い切って週2投稿にするか、1回当たりの文章量を増やすか……

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