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107-55 木材の使い道

 次の日。

 雲ひとつない快晴の下、まだ登りきっていない太陽の陰になっているうちに、わたしは屋根の修理に取り掛かった。


 ……のだけれど、はしごが必要なことをすっかり失念していたので、まずはクライアさんのところにはしごを借りに行く。


「クライアさん、おはようございますー」

「おや、サクラちゃん、おはよう! こんな朝早くからどうしたんだい?」

「あの、屋根の修理をしようと思いまして、お持ちだったら、はしごを借りれないかな、と……」

「ああ、あの屋根の穴かい? ちょっと待ってな、すぐ持ってくるからね」


 家の横にある納屋から、クライアさんはすぐにはしごを持ってきてくれた。


「これでいいかい?」

「はい、ありがとうございます! 夕方までには返しに来ますね」


 何度となくクライアさんに頭を下げながら、また下りてきた道を登って、改めて屋根の修理に取り掛かる。

 そして、まずは一度屋根に登ってみて、穴の状態の確認と、どうやって直すかの検討をする。


 間近に屋根を見た感じ、全体として、ちょっと朽ちて傷みつつあるようだけれど、他に穴が空いたりしている様子はなかった。ただ玄関の上の部分の屋根だけ、朽ちて崩落したというよりは、ぶち抜かれたように穴が空いていた。


「何か重いものでも乗ったのかな……?」


 取り敢えず、棟木や垂木は無事なように思えたので、ひとつ安心して、周りに倣って、下から段々に板を重ねるように屋根板を適当に釘で打ち付けていく。

 何度か地上と屋根を往復して屋根板を重ねていき、最後の一枚は、無事な元からある屋根板の隙間に、下から差し込むようにして、ちょっと無理やり突っ込んで、留めた。


「……仮だから、仮、うん……」


 一度下りて、少し離れて屋根を見てみる。


「おー、なかなか不恰好……」


 元の黒っぽい屋根の真ん中に、屋根用でもない、明るい色のただの木材が張り付いていて、なんともちぐはぐな感じになっていた。


「まぁ、たくさんの人に見られるわけでもないし……」


 この家は麓の村のかなり広い範囲から見えているけれど、幸い穴が空いていたのは村とは反対の山側の方なので、直接訪ねに登ってきでもしない限りは、下からの遠目には分からない。

 取り繕うような体裁もないので、訪ねてきた人には素直に幻滅してもらおう……


「それにしても、木材もらいすぎちゃったな……」


 荷車いっぱいに貰ってきた木材が、ほとんどそのまま家の前に積み上げられていた。

 貰う時にも貰い過ぎかとはちらっと思ったのだけれど、屋根の修理にどれだけ必要になるかよく分からなかったし、見えているところ以外の修理にも使うかもしれない、と思って、くれると言うだけ貰ってきてしまったのだ。

 結局、屋根の穴以外にすぐにでも直すべきところもなさそうだし、かと言って、燃料にするには切り整えられた木材はもったいなさすぎるし……


「何に使おうかな。………………ふぅ。暑い」


 気温が少しずつ上がってきて、ちょっと汗ばんできた首元を拭う。額に張り付き始めた前髪も適当に払いながら、ふと思いついた。


「お風呂欲しいなぁ」


 こちらに来てから、一度もお湯に浸かっていない。

 家に湯船──それ以前に浴室がないし、麓の村にも公衆浴場のようなものも見かけたことがない。そもそもお湯に浸かる習慣があるのか知らなかった。


「お風呂作れないかな……」


 わたしは積み上げられた木材を見つめながら、頭の中で、お風呂を作るなら何をどう使うべきかを考えてみる。

 考えてみて。

 断念した。


「一部屋作るには足りないし、水漏れしないように湯船作れる自信ないし、木しかないから火で焚けないし、焚けても薪の余裕がないし、水源の近くに作っても、大量の水を運ぶのも大変だし……」


 解決すべき問題が多すぎる。

 いろいろと余裕のない今やるべきでないことは確実だった。


「でも、せめてもうちょっと気軽に水浴びがしたい……」


 今は百メートルくらい離れた水源まで水を汲みに往復して、薄暗い家の中で身体を拭いている。

 その水の運搬が何より大変なので、水源の近くに水浴び用の囲いがあるだけでも、かなり水浴びがしやすくなるように思えた。木材も、目隠しに三方を囲む衝立を作れるくらいには余っているので、囲いを作るだけなら、多分簡単に作れるだろう。


「うん、よし。どうせなら今日使いたい! 作ろう!」


 そう言うわけで、水源のある森の近くに水浴び用の囲いを作ることにした。



 地面にあるだけ板を並べて、適当に三等分くらいずつ角材に打ち付けて大きな三枚の衝立にした。

 次に森の近くの良さげなところに見当をつけて、角材を四本埋める。あとは角材の柱に衝立を打ち付けて、足元に余った板を敷いて、即席の水浴び場が完成した。

 衝立の板の長さがみんな少しずつ違うので、揃えられていない上側はかなり凸凹しているけれど、これはこれで味があって良い……と思う。


 そんなこんなをしていたら、太陽もかなり西の山際に近づいてきていた。道具を仕舞って、桶を抱えて、明るいうちにさっそく水浴び場を使ってみる。


 桶に水を汲んで来て、服を脱ぎさる。木々で隠れているとは言え、森の側は全開放なのでちょっと恥ずかしい。いずれカーテンを付けたいな。


「ふぅー。辺りに跳ねるのを気にせずに水をかぶれるのは気楽だー」


 家の中だと、辺りを水浸しにしないように気を使わないといけなかったので、ちょっと肩身がせまい気がしていたので、久しぶりにのびのびできる。


「……うーん、ちょっと足元に水が溜まる…… 排水路掘ったほうがいいかなぁ」


 実際に使わないと分からないことも多い。それは少しずつ改めていこう。時間はたくさんあるはずだから。


 ちょっと肌寒いながらも、動き回って火照った体には冷たい水も気持ちいい。気兼ねなく頭から水を被り、手拭いでこすりこすり汚れを落とす。

 流れ落ちた水は地面に落ちて泥に混ざるし、手拭いももともとそれほど綺麗なものではないので、目に見える形で汚れが落ちてはないのだけれど、気分的にはすっかり汚れが落ちてスッキリした気分になれていた。

 自分の身体を見てみれば、ここ数年で一番じゃないかと言うほどに、肌が綺麗になっている気がする。

 汚れが落ちたからか、肌は白いし、水は玉になって滴るほどに張りもいい。薬草や土ぼこりに塗れていた手もすっかり綺麗になって、長く続けてきた農作業でできてしまった豆なんかも、すっかり目立たなくなって──


「──いや、おかしい。こんなに綺麗じゃなかったよね!?」


 さすがに何かおかしかった。

 二十代も後半に差し掛かって、アラサーなんて呼ばれる歳になってからこちら、だんだん肌の衰えなんかも感じ始めていた。本格的な農作業をしなくなったのもこちらにきてからで、二月も経っていないのに、豆ってそんなに簡単に目立たなくなるものだっけ?

 まじまじと見れば見るほど、自分の身体はやたらと綺麗だった。それこそ高校生の頃を思い返すくらいに若々しく見える。

 こちらに来てから今まで、服を脱ぐのは薄暗い家の中だけだったので、気づかなかった。


「…………もしかして、この身体変わってる?」


 そして、その可能性に思い至った。

 考えてみれば、一度死んで生まれ変わったのかも知れないなら、死ぬ前の姿そのままというのもおかしな気がしてきた。


 ──となると、まさか、顔も変わってる……?


 ガラスすらほとんど見かけないこの村で、鏡など見かけるべくもなく、こちらに来てから、自分の顔を確認したことは一度もない。もちろん村の人はみんな初対面なので、前と変わったね? なんて言う人がいるわけもない。


「んんん……?」


 髪を押さえながら、桶に張った水面をじっと覗き込む。

 陽は森に遮られて陰っているので見づらかった。でもじっと見つめて観察してみると……少し、違うような……? かと言って、そんなに大きな違和感もないし…… むしろ、ちょっと可愛くなった気がするのは、よく見えていないから……?

 なんて、しげしげと桶を覗き込んでいたのだけれど。


 ふと、視界の端に誰かの足が見えた。


「わっひゃあぁぁ!?」

「うわわ!」


 ものすごく驚いて、慌てて胸を隠しながら飛び退いて顔を上げてみると、そこにいたのはクライアさんだった。


「あぁ、クライアさん! びっくりしたぁ、知らない人に見られたかと……」

「ああ、いやごめんごめん。サクラちゃんの身体があんまり綺麗だったもんで、すっかり見とれちまって声を掛けそびれてたよ、ははは!」


 小恥ずかしいことを言われて、わたしは口をもごもごさせて少し目を伏せた。


「そうそう、それで、なかなか降りてこないから、今朝渡しそびれたものを先に渡しておこうかと思ったんだよ」

「え? あ、そうだ、はしごまだ返してませんでしたね、すみません…… でも、渡しそびれたもの?」

「そうそう」


 そう言って、クライアさんは手に持った本を見せてくれる。


「生薬に関する本なんだけどね」

「……生薬?」


 わたしは、素っ裸のまま首を傾げた。

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