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107-54 安全第一

「んじゃぁ、恐縮ですが、俺が言う通りにしてくだすったらありがてぇです。すんませんな、先日足を痛めちまいまして、口出しすることしかできねぇんですが……」

「いえ、そんな。無理はしないでくださいね。……もちろん、座ってくださいね……?」

「気遣ってもらって申し訳ねぇ…… おい、ロビク! 失礼のねぇように、率先して動けよ!」

「へ、へーい……」


 仕事を手伝う代わりに、建物の解体で出た木材なんかを少しいただく約束をしてもらえたわたしは、さっそく建物の解体作業を手伝い始めた。

 麻のチュニックにズボンという普段着のままだけれど、作業着なんて持っていないので致し方ない。それより、足元がサンダルだったことに気づいて、どうしようかと思ったのだけれど、特になにも言われないし、一応紐で固定してあるので、大丈夫だ、と思いたい。


 手拭いを借りて、ロビクと呼ばれていたお弟子さんに倣ってバンダナのように巻いた。ヘルメットとかはないらしかった。


「んじゃぁ、まずは屋根板をひっぺがしてってもれぇますか? ロビク、手本見せな!」

「へーい。えっと、ノノカ様。これ使うんす」


 と言ってロビクさんから渡されたのは、バールのような、先の折れ曲がった鉄の棒だった。

 ロビクさんが、はしごでひょいひょいと屋根に登っていく。

 わたしも続いて登ったのだけれど、実際に登ってみると、屋根は下から見て思っていた以上の傾斜になっていた。油断するとすぐ滑ってしまいそうで、思わず腰が引けてしまう。

 でも、変に腰が引けていたら、それこそ不安定で危なっかしい。ふん、と気合を入れて、一歩一歩を意識しながら慎重に歩く。慣れるまでは作業効率が悪いだろうけれど、ここで落ちて怪我でもしたら親方さんに申し訳ない。安全第一。


「だ、大丈夫っすかね? ……えっとっすね、ここに鉤を引っ掛けて……こう、べりっと。剥がした板は下に落として貰えばいいっす。あとで片付けるんで」

「……分かりました!」


 言われた通りに、見よう見まねで屋根板をバールで剥がしにかかる。

 それほど難しい作業でもないので、剥がすこと自体には数分で慣れられた。でも、結構全身を使って力を入れないとうまく剥がれてくれないので、滑り落ちないように気を使いながらだと、思っていたよりかなり体力的につらい。


「大丈夫ですかい!? ちょくちょく休んでもらって構わねぇんで、無理せんでくださいね、不死の魔法使いさま!」

「あ、ありがとうございます…… でも、あの、恥ずかしいので……『不死の魔法使いさま』って、大声で呼ぶの、控えてもらえると嬉しいです……」


 なんだか、遠くから視線を感じる気がしてきた。恥ずかしいので、わざわざ探したりはしないけれど……


 そんな、どこからともなく向かってくる気がする好奇の視線を意識から振り払うように、屋根板剥がしに集中して数時間。そろそろお昼時になろうかというところで、ようやく全ての屋根板を剥がして、下地の木材が露わになった。

 わたしとロビクさんは屋根から降りて、剥がして落とした屋根材を一箇所にかき集める。また後日回収するらしい。


 貰うなら、やっぱり屋根材を貰ったほうがいいのかな、なんて考えていると。


「ノノカ様、昼飯にしますか」

「あっ、そうですね。……何か買ってこないと」


 あいにく、今持っているのは、今朝買ったパンだけだ。今から山の上の家に食べに帰るのも地味に遠いので、この辺りの商店で買ったほうがいいかな。


「いえいえ、ノノカ様、昼飯ならこっちで用意しますよ。ね、親方!」

「おうおう、勿論ですぜ! いかんせん安っぽい食いもんで心苦しいんですが…… ロビク、ひとっ走り取ってきな!」

「へーい」

「え、いや、そんな、悪いですよ」

「いいんすいいんす。どうせバカが一人来てなくて余ってるんで」


 そう言ってロビクさんはいずこかにお昼ご飯を取りに行って、数分でパンやチーズと、水の入った皮袋を持ってきてくれた。


「パンなら自分のがあったので、わざわざ持ってきてくれなくても良かったのに……」

「まあそう言わず」

「……ありがとうございます」


 日は高く登って、もう大分と夏の日差しを思わせていた。

 三人で骨組みと屋根の下板だけになった建物の陰に入って、いただいたご飯で腹ごしらえをする。


「……それにしても、やっぱり魔法を使える人ってのは何でも卒なくこなせちゃうんすねぇ。オイラてっきり、魔法使いの方って力仕事はからっきしだと思ってたっす」

「ばっきゃろう! 〝不死の魔法使いさま〟だぞ! なんでもできるに決まってるだろ!」

「い、いやいや…… 元々力仕事はしてましたし、家の修理とかで、ほんのちょっと道具の使い方にも覚えがあっただけですよ。それに、むしろ魔法をほとんど使えないので……」

「またまたぁ。そう言えば、さっきも言ってたっすね、家の修理って。……なんなら、うちに言ってくれれば引き受けるっすよ。ね、おやっさん?」


 流されてしまったけれど、重要なのはそこではないんだけれどな…… と思っても、必死に否定するのも悪い気がしてしまって、口をもごもごするしかできなかった。


「勿論でさぁ! ご入用でしたら、いつでも声掛けくだせぇ!」 

「はい…… ありがとうございます。でも、今はちょっとお金がないので、また今度お世話になりますね……」

「おや。不死の魔法使いさまの為とありゃぁ、なんでしたらお代なんてなしに……」

「そ、それはダメです! 仕事には見合った対価を! そこはきっちりしませんと!」

「おお、これは無礼なことを申しました…… へへ、不死の魔法使いさまってぇのは、しっかりしておられる」


 親方さんは、そう言ってなんだか嬉しそうにしたけれど、わたしはと言えば、どうにも不安を覚えて苦笑いになっていたと思う。

 冗談半分とは思うけれど、家の修理さえ無償でやってもいいと言われてしまう〝不死の魔法使いさま〟の位置付けがやっぱりよく分からなかった。そしてそれが分からない以上に、わたしはそんな存在として扱われていていいのか、ととにかく不安になって仕方がなかった。


 ──何か、お返しできることを見つけないとなぁ……


 村の人からただただ良くされる度、皆を騙している気がして心苦しかったのだ。


「それじゃ、一休みしたら再開するっすかね」

「……あ、はい。分かりました」


 わたしは皮袋から水を一口飲み込んだ。



「じゃあ、これ使って屋根の下板の部分を切り落としてってくださいっす」

「了解です」


 渡された鋸を携えてはしごを登る。

 下板の部分はちょっと薄くて踏むわけにはいかない以上、細い棟木の上を歩かないといけないので、先ほどよりも一気に危険度が上がった感じになっていた。

 特に屋根の端に行けば、遮るものなく数メートル下まで見通せる。命綱なんてないものだから、高所恐怖症のつもりはなくても、なかなか怖い。


「一気に切り落としていくっす」


 そういうロビクさんが一気に豪快に下板を切り落としていくので、わたしもそれに倣って鋸を引いた。

 下板は薄い分、けっこうさくさく断ち切れた。でも調子に乗って勢いづいて落ちないように、自分の立ち位置には細心の注意を払うことを忘れない。


 とは言え、なかなかテンポは良かった。

 切って、へし折って、落として、と下板は小一時間ほどで片付いたので、いよいよ建物は骨組みだけになった。


「じゃあ、一番上の垂木を切り落としちまいますっす。それが終わったら、あとははしごで梁を適当に切って柱倒して、最後は地べたで適当に柱を小分けに切り刻むだけなんで、もう終わったと同然っすよ。ふわぁ……」

「おいこら、あくびしてんじゃねぇ! 気ぃ抜くな!」


 下から親方さんの怒声が飛んできて、ロビクさんの肩がびくんと跳ねる。それを見て、わたしは思わず笑ってしまった。

 親方さんのいう通り、気を抜いてはいけない。もう少しというところでこそミスが出がちなのは分かりきっているのだ。

 ……とは言え、慣れないことをして疲れたのも間違いない。わたしは棟木に跨ったまま、ひとつ軽く伸びをした。そしてまたひとつ深呼吸をして、ふん、と気合いを入れ直す。


「垂木は……とりあえず、端から切っていいのかな。よいしょ、と…… あ」


 思い出すと、乾いた笑いしか出てこないのだけれど、棟木の上に立ち上がろうとした時、わたしは、失敗のお手本のように足を踏み外したのだ。


 ゆっくり反転していく景色に、やたらとびっくりして、頭上に地面があることを認識して、自分が落ちたことに気がついた。


「……! 《ハードニンぐ(硬化)》べぇ!」

「ノ、ノノカ様!?」

「不死の魔法使いさま!」


 はたから見ていれば、綺麗に頭から地面に突っ込んでいたのだと思う。

 頭から落ちたことには、自分でも落ちながら気づいていたので、無事の主張のために、わたしはすぐに飛び起きた。


「ああ! びっくりした!」


ハードニング(硬化)》の魔法のおかげで、わたしは全くの無傷だった。飛び降りて、かたや足を引きずって、慌てて駆け寄ってきてくれたロビクさんと親方さんに、わたしは速やかに頭を下げる。


「すみません! 大丈夫です! 怪我はないです! 心配おかけしました! ごめんなさい!」

「お、おおう、さすがはノノカ様……」

「心臓が止まるかと思いましたが…… ほんとに怪我はねぇんですか?」

「はい! 驚かしてすみません…… 魔法が間に合ったので、本当に全然大丈夫です」


 実はちょっとくらくらしていたのだけれど、それは秘密。


「いやはや、さすがは〝不死の魔法使いさま〟だ。……んだが、今日はここまでにしときますかね?」

「いえ、あと少しですから、やっちゃいましょう! ね?」

「あ、ああ、そっすね……」


 その後は、垂木と梁を切り落として、柱を引き倒して、終わりとなった。

 わたしの不注意で、とにかくびっくりさせてしまったであろう二人には、何度も何度も謝って、あと身体を動かして無事アピールをさせてもらった。

 主に精神的に、結構なダメージを与えてしまった気がしたので、一瞬、木材をもらうという話はなかったことにさせてもらおうか、なんてことも考えたのだけれど。


「『仕事には見合った対価を』でしょ?」


 と言われてしまっては、受け取らないわけにはいかなかった。


 そして、帰り道。

 最初に思っていたより、結構もらってしまった木材を、借りた荷車で山の上の家まで運びながら、わたしは猛省しながら、準備と注意の大切さを噛み締めていた。



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