106-67 街の医院
目を開けたら、天井があった。
包まれるような感覚が、ベッドのお陰だと気付くまでに、時間はかからなかった。
ちょっとの怠さを感じながら、視線をベッドの横に向けたところで、ちょうど、クライアさんと目が合った。
「ああ! 気が付いたんだね!? 先生! 先生!!」
体を震わせるようなクライアさんの声量が、ちょっと頭に響いた。
「うん。大丈夫なようだね」
医者と思しきおじさま先生に、いくつかの簡単な検査をされて、そう言われた。
詳しい状況は分からないけれど、あの時、毒草を食べたあと、多分お世話になったんだろうということは察されたので、ご迷惑をお掛けしました、と頭を下げる。
そして、大丈夫、との言葉を聞いて、当人よりもよほど安心した様子のクライアさんにも、深々と頭を下げた。
「クライアさん、ごめんなさい。倒れてからどうなったかは、覚えてないんですけれど、すごく、心配をかけてしまったようで…… それと、ありがとうございます」
「あぁ、いや、でも、目が覚めて本当に、本当に良かったよ! サクラちゃん、週末に行商さんに会うって言ってたと思ったのに、さっぱり下りてこなかったもんだから、心配になって様子を見に行ってみたら、どうだい。ボロボロの家の中で、倒れて冷たくなってるんだもの! 傍には毒草が落ちてるし、肝が冷えたなんてもんじゃなかったさ」
「……本当に、ごめんなさい」
廃屋の中で、人が倒れて冷たくなっているだなんて、想像するだに恐ろしい。ましてやそれが知り合いだったとなると、特に、良くしてくれているクライアさんの心中は察して余りある。
本当に、とんでもない心配をかけてしまったと、自分の不注意を呪った。
「いやぁ、ダマシユラクサを食べてしまったようだ、と貴女が担ぎ込まれて来た時は驚きました。貴女が不死の魔法使いさまと聞かなければ、そのまま教会へご案内するところでしたよ」
……先生のそれは、ジョークなのだろうか?
反応に困る……
「え、と……。もう、毒草は食べないように、重々に、重々に気をつけます…… ごめんなさい……」
改めて、先生と、クライアさんに、ベットの上からではあるが、深く頭を下げた。
「あたしも、気をつけるべき野草をきちんと教えてあげるべきだったよ。ごめんね、サクラちゃん。この辺りには、いくつか危ない野草も生えててね……」
「いえいえ、そんな! クライアさんは、何も謝ることはありません! ひとえに、わたしの不注意が悪いのです…… あ、でも、その危ない野草については、ちょっとお聞かせ願えると、とてもとても助かります……」
「あぁ、勿論、任せとくれ!」
その後、クライアさんは、農園の仕事があるだろうに、その日は陽が傾くまで、この辺りで気をつけるべき植物や、役に立つ植物、食べられる植物について、丁寧に教えてくれた。
そしてその日は、念のため、と一晩そのまま先生のところでお世話になった。
ベッドでぐっすり眠って、翌朝。
わざわざクライアさんが迎えに来てくれたので、お世話になった先生に、今できる精一杯のお礼を言ってから、一緒に帰る。
ちなみに、治療費とか診療費については、クライアさんが支払うとか言い出してしまう前に、先生に頼み込んで、つけてもらうことができた。
不死の魔法使いさまの頼みなら、と言われてしまって、騙したような後ろめたさも少しあったけれど。
帰り道、こちらに来てから初めて見るたくさんの建物と、たくさんの人(と言っても、見える範囲に十人と少し)に目が奪われがちでいたところ、隣を歩いていたクライアさんに声を掛けられた。
「気を悪くしないで欲しいんだが……」
と、ちょっと言いづらそうに、一拍置いた。
「サクラちゃんの、山の上の家なんだが、あそこまでボロボロになっていたとは知らなくてね…… その、あそこだと、いろいろ不便じゃないかい? サクラちゃんさえ良ければ、この辺りで部屋とかを紹介することもできるんだが……」
「あぁ……」
少し、周囲の建物を観察してみる。
どの建物も綺麗なものだ。漆喰の壁と板葺きの屋根だけの、とてもシンプルな作りではあるけれど、山の上の家とは比べるべくもない。
確かにあの家は、まだ人が住めるような状態ではないかもしれないけれど……
「……いいえ、大丈夫です。わたしは、あの山の上の家で、暮らしていこうと思います」
「そうかい…… ま、気が向いたら、またあたしんとこに来な! おいしいもんも用意して、待ってるからね!」
「はい!」
具体的な理由も、いくつもあったことには間違いないんだけれど、結局のところ、ただなんとなく、あの山の上の家で暮らしたいと思ったのだ。
遠くの山の上に、小さく我が家が見えている。
談笑しながら、わたしたちはゆっくりと、帰路を歩いた。
帰宅すると、帰り道で少し説明されていた通りに、家は片付いていた。
軒先に散乱していたはずの野草も、いくつかは紐で縛って、吊るして干してあった。
そして家の中は、ただ片付いていただけではない。なんと寝室には、新しく藁が込められた、穴の空いていない亜麻布のシーツが張られたベッドが整えられていたのだ!
本当に、本当に、クライアさんには頭が上がらない。
どうして、ここまで良くしてくれるんだろう。
それは、まだ分からなかったけれど、いつか必ず、この恩は返さなければ。そう遠くないうちに。二度と返せなくなる前に。
──それに、しても……
あの時ひっくり返った床を見て、なんだか変な笑いが溢れた。
「本当に、わたし、不死、なんだなぁ……」
この期に及んで、まだ実感は薄いのだけれど、もう疑いようもなく、自分が不死……か、それに準ずるものなのは、はっきりした。
不思議な感覚だった。
「そう言えば、あれは、なんだったのかな」
意識がなかった間に見た、夢のような光景。
古い魔法使いと言った、あの女性。
夢のようだったけれど、夢だったとは思い難い、あの時間。
「…………分からない、よね」
考えてみたって、分かりそうにないこと、それだけは分かる。
今はそれより、ここでの生活の安定を目指さないと!
改めて気合を入れて、病院でクライアさんから教わった、役に立つ植物を集める準備をする。
その途中、ふと、あの女性から、何かプレゼントを貰ったことを思い出した。
念のために、ちょっとポケットなどを検めてみたりしたのだけれど。
「……?」
結局、何も見当たらなかったので、そのプレゼントのことは頭の片隅に置いたまま、売れる植物や、食べられる植物採集に躍起になって奔走していくうちに、プレゼントのことは、すっかり忘れてしまったのだった。




