106-65 採集とお酒
目が覚めて、さっそく森に入る支度をする。
とは言え、装備的にも、あまり森の奥までは行けなさそうなので、大それた準備はしない。
そもそも、準備しておきたいものはたくさんあるけれど、とにかく何もないので、あるもので工夫するなり代用するなりしてどうにかしていくから、色々と限界がある。
とりあえず、近場を回って、目に付いた〝それっぽい野草〟は片っ端から集めてくるつもりなので、桶を用意する。まだ知識もないので、とりあえず持ち帰ってきてから、図鑑を見て種類を同定するつもりなのだ。さすがに、高価であろう借り物の本を森の中へは持っていけない。
ただ、桶を持つと両手がふさがってしまうので、昨日みたいに熊鈴代わりに音を鳴らしながら歩くことができない。
……そもそも、熊鈴には効果がないとかいう話も聞いたことがあるし、仮に効果があっても、こちらでも通用するのかは分からないので、そこまで気にする必要はないのかもしれないけれど。
少し悩んで、結局、護身用の鉈と、余った釘を紐でたくさん吊るしたものを腰に下げていくことにした。
解体したベッドの亜麻布を解いて、糸を取り出し、一本一本釘を結わえていく。そして、何十本かを吊るしてまとめたものを、腰にくくりつける。
腰を振ると、シャリ、シャリ、と控えめな音がした。
「気休めでも、もう、絶対に死にたくないからね」
〝不死の魔法使い〟なんて言われて、実際に、一週間飲み食いしなくても生きていられたけれど、だからと言って、本当に不死かなんて分からない。もう何かをやり残したまま死ぬのは絶対に嫌だから、充分に注意していく。
釘束以外にも、幾らか亜麻糸を撚り合わせて、鉈も腰に吊るす。
そうして、ひとまず最低限の支度は整えられた。
深呼吸をして、軽く気合を入れて、家を出て。
まぁ、まずは草はらの探索からだけれど。
◇
改めて、まじまじと足下の草を観察してみると、どうも見慣れた草はらとは雰囲気が違っているように見えた。
まぁ、この辺りは山の上だし、気候的に見慣れていないだけかもしれない。実際、植物自体は、種類こそわからないけれど、基本的な構造なんかは同じようだった。
種々入り交じる草はらの植物を丁寧に選り分けて、図鑑で見たような気がした植物は全部集めていく。
やることは、それだけ。
ただ黙々と野草を摘んで、桶が一杯になったら、一旦家に戻る。そして軒先に種類ごとに下ろして、また摘みに戻る。
草はらの真ん中である程度の量が取れたら、次は森の際で、森の際でも量が取れたら、少し森に入ったところで、少しずつ場所を移動しながら、ひたすら野草を摘み続けた。
そうして何回か往復して、太陽がだいたい真上に登った頃。
「とりあえず、これくらいでいいかな?」
軒先がいっぱいになるくらいに、色々な種類の野草が集まった。
一種類あたり、稲束ひとつ分くらい。それが、十二種類。
ちなみに、そのうち三種類は野草じゃなくて、何かの実だ。熟れているようには見えなかったのだけれど、種類を知れればと思って、少し手折ってきた。
あと、森に入ったところには、少しだけれどキノコもあったので取っておいた。
ひとまず今日はこれくらいにしておいて、あとはゆっくり、図鑑と照らし合わせて、それぞれがどんな野草なのか勉強しようと思う。
一応、売れる野草を見つけるのが目的だけれど、食べられる野草もあれば、自立にも一歩近づくのでありがたい。
あいにく、山菜とかにはあまり詳しくなかったし、こちらの野草を見てもピンとくるものは少ないけれど、ちょっと、ヨモギっぽいものとか、ツクシっぽいものがあったので、天ぷらなんかにしたら美味しいかもしれない。
いくつかあった木の実は、熟れたら甘くなったりするのかな。
あぁ、キノコも、炭火で焼いて醤油なんかかけたら美味しいんだろうなぁ、醤油なんてないと思うけれど。
お腹減ったな……
「……お昼ご飯、食べよう」
というわけで、お昼休憩にする。
いつものように、硬いパン、少しの干し肉としょっぱいチーズをもぐもぐとよく噛んで食べる。
ちなみに、かまどの火は、起きた時にはもちろん消えてしまっていたので、相変わらず常温のままだ。薪ももったいないので、お昼ご飯のためだけにわざわざ再点火はしない。
ただ、ここのところ定番になった冷めた食事を黙々と摂っていると、ちょっとばかり、思うところがある。
「贅沢は言えないけれど、もう少し、他のものも食べたいなぁ……」
もちろん、パンも干し肉もチーズも美味しいのだけれど、保存性重視のものを、それも、ずっと同じものを食べているので、さすがにちょっと、飽きてきた感じがある。
少しでいいので、なまものが食べたい。
そして、できれば、温かいものが食べたい。
なまものに関しては、採ってきた野草を食べてみたくなるけれど、まだどれが食べられるものかも分からないので、下手に手は出せない。
適当に食べてみて、食中毒にでもなったら目も当てられないので、ここは我慢。
温かい食べ物に関しても、今はまだ、夜の暖をとるために燃料を置いておきたいので、薪なんかの安定供給ができるようになるまでは、夕ご飯の時だけで我慢しておきたいところ。
味なんかに変化が欲しくても、あともう少しの間は、手持ちのものを消費するしかない。
「……あ、そう言えば、クライアさんにもらった食べ物の袋、底の方までは見てなかったっけ」
行き場を失った唾を飲み込みながら、ふと、もらったまま、袋の中身を、きちんと検めていなかったことを思い出した。
あのときは、まだ窓を塞いでいなくて、荷解きできるような状況ではなかったので、すっかり機を逃していた。
ちょっとガタの来ているテーブルの上に、中身を順番に出してみる。
パン、パン、チーズ、チーズ、干し肉、パン……
ほとんどは、この三種類だった。
「……あ、何か布で包んである。……花瓶?」
例外は、亜麻布でぐるぐる巻きにされた何か。
形は花瓶のようで、布を剥がすと焼き物が出てきた。ますます花瓶のように見えてきたけれど、その口はコルクで栓がされていた。
栓抜きはないので、噛み付いて力任せに引っ張ってみる。と、案外栓は簡単に抜けて、危うくテーブルに叩きつけ掛ける。
栓の抜けた口からは、ちょっと甘い香りがした。
木のマグを持ってきて、少し注ぐ。
そして、どんなものかと、匂いを嗅いでみる。
「うーん…… お酒だ!」
ほんのり、アルコールの香りがした。
思わず声が大きくなってしまったくらい、それは嬉しい発見だった。
何を隠そう、わたしはお酒が大好きなのだ。
「お酒、お酒かぁ、お酒……」
ただ、マグを見つめて、腕を組んで、しばらく悩む。
それは、このばたばたしている時に、昼間からお酒を飲んでも良いものか、という自制心と、罪悪感があったからなのだけれど。
「……飲んでも、いいよね?」
結局、ほとんど即断だった。
そっとマグを持ち上げて、口へ運ぶ。
まずは試し、と少しだけ口に含んでみると、甘い葡萄の香りが鼻へと抜けて行った。ちょっと雑味も多くて、少しアルコールの入った葡萄のジュースと言った具合だけれど、これはこういうものとすれば、充分に──
「美味しい!」
甘味を感じるのも久し振りだったし、ましてやここ最近は、勉強の為にお酒も飲んでいなかったので、薄めとはいえ、しばらく振りのお酒はことさら美味しかった。
最初に注いだ分は一口だったので、改めてマグに半分くらい注ぐ。
「あぁ、美味しい。ふふ」
一応、遠慮がちに、ちびちびと舐めるように飲んでいく。それにしても、久々の甘いもの、かつ、お酒の美味しさは衝撃的だった。
ちょっぴりチーズもかじったりなんかしたら、ちょっとしょっぱいのもあいまって、思わず笑ってしまうくらいに、美味しい。
「あぁ、久々のお酒、最高……」
あっと言う間にマグは空になって、少し逡巡するけれど、結局また注いでしまう。
ここのところの過大なストレスもあって、あまり自制するという意志も働かず、もう少し、もう少し、とマグに葡萄酒を注ぐ手は止まらない。
「……あれ、あ、全部飲んじゃった!?」
気付いたら、焼き物のボトルは空になってしまっていた。
焼き物のボトルはそれ自体も結構重かったので、残量をすっかり見誤っていたらしい。肴にしていたチーズも、なんとなく、これで一食分、と思っていた量を食べてしまっていた。
「……まぁ、いっか」
それでも、最近溜まっていた諸々を、一時的にとは言え晴らせるくらいには気分も高揚していたので、満足だった。
あっさり全部飲んでしまったのは、ちょっともったいなかったけれど、二度と手に入らないものでもなかろうし、自分でまた買えるように頑張ろうとさえ思えるくらいには、気分がいい。
「やっぱりお酒は良いなぁ。ふふふ。よし、じゃあ頑張りましょうか!」
すっかりやる気がみなぎって、本草図鑑を引っ掴むと、意気揚々と表に出て、次のお勉強を始めることにした。




