英雄譚の裏側 ~英雄を裏切った幼馴染のその後~
読んで頂きありがとうございます。
読み専が、何を思ったか書き上げてしまった、初投稿作品です。
ありがちな話かもしれませんが、そこは初投稿だから仕方ネーナというフィルターをかけてみていただけるとありがたいです。
(追記)
2018年9月末に投稿して、いまだに読んで下さる方がおられる事に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
トントン、私はドアをノックする。
「夜分すみません。ノエルおば様、ソフィアです。」
鍵を開ける音がし、開いた扉から現れた老女、ノエルおば様。私の祖母マリアの親友で、とても綺麗なのになぜか独身。私を孫のように可愛がって下さり、祖母が亡くなってからもいろんな相談に乗ってもらっています。
「おや、ソフィ。こんな時間にどうしたの?まあ立ち話もなんだしお入りなさい。・・・そこに座って待っててね、いまお茶を入れるから。」
台所から戻ってきたおば様が私と自分のティーカップを置き、私の対面の椅子に座ります。
「で、何があったの?こんな時間に私を訪ねて来るって事は、親には相談しにくい事なんでしょ?話してごらんなさい。」
私、ソフィアは農家の娘で、16歳になりました。今は町の食堂で給仕として働いています。幼馴染で1つ年上のマルコは道具屋の次男で、家業を継げない彼は、手先の器用さを生かして彫金師になるため、都会の工房に3年前から修行に行っています。
マルコが修行に出立する前日、彼が私に言ってくれました。
「修行を終えたら、必ず帰ってくる。その時に俺の作れる最高の指輪を持って帰るから、結婚してくれ。」
私は即座に了承し、その足で両親に報告、晴れて婚約者となりました。
ところがマルコの修行もあと2年余りとなった今年、領主様の交代があってから問題が発生したのです。
新しい領主様の嫡男バーツ様が、領地を巡回していた際に私を見初め、私に言い寄るようになってきたのです。最初は断っていたのですが、優しい言葉で口説かれ、「玉の輿」「もったいない」という周りの声や、そんな声に負けて受け取ってしまった珍しいお菓子や高価なアクセサリーに心が揺れ始めていることに気づき、マルコのいない2年余りを乗り越える自信がなくなったため相談に来たことをおば様に話しました。そして、話を聞き終えたおば様は言いました。
「私からどうしろとは言えない。それはソフィが決めることだからね。でもせっかくだからこのお婆さんの昔話につきあってちょうだい。」
私がうなずくと、おば様はお茶を一口飲んで話し始めます。
「私にも結婚を約束した幼馴染がいたの。名前はアレン。そう、後の英雄アレンそのひとよ。まあその頃はただの農家の次男だったんだけどね・・・」
おば様の話では、彼は騎士団に入るのが夢で、まずは従士になるために都会に出立、その前日に結婚の申し込みがあり、それを了承した。それから2年、魔王が復活して世の中が荒れ始め、「聖剣に選ばれし勇者」ガルフォード一行が各地を巡回して魔獣討伐を行っていた。そしてこの領地の魔獣を討伐するために、この町を拠点にした勇者ガルフォードは、世話係の手伝いに来ていたおば様を見初めた。最初は断っていたが、甘い言葉で口説かれ、贈り物や周りの声に流され、ガルフォードに徐々に心を許してしまい・・・アレンを裏切った。
町の人達もアレンとの事は知っていたが、この町から勇者の妻が出れば名誉なことだとでも思ったのか、魔獣討伐の終わったガルフォードが「自分の妻にする」と公表したところ、町長は大喜びで、歓迎する人も多かった。ただアレンとおば様の周囲の者は戸惑い、マリアは激怒して、おば様と絶交した。アレンに対する裏切りが許せなかったのだ。家にいられなくなったおば様は、勇者が魔獣に引き寄せられた魔物の駆逐が終わるまでの一月ほどを、勇者の宿舎になっている町長の家で過ごした。そして勇者の王都帰還直前、マリアから連絡を受けてあわてて帰ってきたアレンが勇者の横で微笑むおば様を見て、勇者に決闘を挑み負けた。アレンはそのまま行方不明、おば様は帰還する勇者とともに王都に移り住んだ。
私は何も言えなかった。私と同じ経験をしていたとは思いもしなかった。おば様は続きを語ります。
「ここから先はソフィも知っている英雄譚の通りよ・・・」
各地を巡って転移魔法陣の手掛かりを得て魔王城へ乗り込み、魔王を倒した勇者は、王都の大聖堂で結婚式を挙げた。勇者は貴族同様に一夫多妻を認められており、この時新婦は五人いた。余談だが、最初に見初められたおば様がその事を知ったのは王都に移り住んでからだったと苦笑いしながら話してくれた。
式の途中で魔王が乱入してくる。勇者が倒した魔王は実は分体で、お祭りムードに浮かれて警備の緩んだタイミングで勇者と王族を抹殺してこの国を支配し、魔王軍人界侵攻の前線基地とする作戦だった。勇者は聖剣で応戦するもあっけなく敗北。おば様は死を覚悟したそうだが、そこにドラゴンに乗ったアレン様と従者様が乱入、魔王とその配下を撃退した。ちなみにアレン様の従者は「大賢者」ハイエルフのルーナ様、「大魔導士」兎人族のエリナ様、「騎竜にして重戦士」竜人族のハンナ様で、先ほどのドラゴンが竜化したハンナ様であることは言うまでもないだろう。
魔王撃退後、アレン様は英雄と呼ばれ各地に残る魔王軍の残党を殲滅して世界を平和にし、三人の従者と結婚して幸せな一生をおくる。魔王にあっさり負けた勇者は偽勇者と罵られ、聖剣を国に返納してどこかへ去って行き、物語は終わる。
改めて物語を思い出していて、ふと私はあることに気づきました。そもそもアレン様はどうして魔王襲撃がわかったんだろう?偽物呼ばわりされたガルフォードも聖剣に選ばれた本物の勇者だったはずなのになんであっさり負けたんだろう?またおば様を含む五人の花嫁はその後どうなったんだろう?視点が少し変わったためか、今まで疑問に思わなかったことがいろいろ出てきたので、おば様に訊ねてみました。
「少し後の話になるのだけれど、ルーナ様達は、この一件の全容を推測したことがあるのよ。」
おば様は、ルーナ様から聞いた、アレン様一行の行動に、勇者一行や花嫁達から聞き取りしたこと、捕虜の魔族を尋問して得られた情報に当時の様々な状況などを加味してたてられた推測を話してくれました。
本来であれば、勇者ガルフォードが古代遺跡に隠された魔王城への転移魔法陣に記された手掛かりを元に、まずはエルフの里の結界を越えて従者様方と出会い導かれ、魔王軍の四天王と呼ばれる魔王の眷属を倒し、その中で鍛えられ、魔王に対抗する力を得て魔王城に乗り込み魔王を撃破となるはずだった。しかしそこにアレン様というイレギュラーが現れる。あてもなくさまよっていたアレン様はなぜか結界を超えてルーナ様と出会ってしまい、勇者の代わりに四天王抹殺コースに乗ってしまう。それも本来であれば助言を与えて鍛え、次に進むべき道を指し示したらお別れするはずのルーナ様、エリナ様、ハンナ様がアレン様に付いていくというおまけ付きで。どうも皆さま失恋して時々寂しそうな表情を見せるアレン様を放っておけなかったらしい。そうしてアレン様は力を付けつつ四天王を倒してゆく。しかしなぜアレン様が結界を越えることができたのかは、いまだに不明のようだ。
同じ頃、魔王城では女好きが元で魔王軍のスパイの監視に引っかかった勇者ガルフォードの動向を捉えていたが、別の場所で四天王が次々に撃破される事件が発生しており、今監視しているのはおとりではないかと危惧した魔王は、本物の勇者を少しでも弱いうちに倒しておこうと分体を城に残し、自ら側近を率いて調査に赴いていた。ちなみにこの時アレン様と魔王は遭遇しなかったらしい。
そうこうするうち勇者ガルフォードはようやく古代遺跡に辿り着き、攻略を開始する。これも魔王城で捉えられていたが、一度目は手掛かりを得れば転移魔法陣を起動させるために引き返すのはわかっていた事と、おとりと思われていた事からスルーされていた。
そうして勇者ガルフォードは転移魔法陣に辿り着き、調査していた時に悲劇(喜劇?)は起こる。アレン様が四天王をすべて撃破し、転移魔法陣が起動してしまったのだ。そして転移魔法陣の上には、転移される資格を持つ勇者の一行が。かくして勇者一行は図らずも魔王城に奇襲をかけることに成功し、魔王が気づいて戻る前に、本体の1/3程度の力を持つといわれる分体(勇者は魔王だと勘違いしている)を撃破して帰還した。
はっきり言ってこんなことあるの?という気もしますが、英雄とか勇者になるような人であればそういう運みたいなものを持っていても不思議がないような気もします。それにこの推測が正しいとすると、勇者ガルフォードがあっさり負けたのも単なる実力不足として説明がついてしまうのです。
「アレンが結婚式に乱入してきたのも偶然の積み重ねだったそうよ。」
そもそもアレン様達が王都に来ていたこと自体、勇者の結婚式でお祭り騒ぎになっていたので、四天王との戦闘や鍛錬で忙しかった従者様達の慰労のために人族のお祭りを見物に来たもので、見物がてらおば様に自分が今幸せであることを伝える方法を考えていた所に大聖堂での騒動を聞きつけ、魔王の撃退を口実におば様に接触できると考えたようだ。この時おば様は「私を助けに来てくれたのね!」などと言ってしまい、真実をきいてものすごく恥ずかしい思いをしたそうだ。ついでで出てきた話ではあるが、アレン様は魔王撃退の功績で爵位を与えられるも拒否し、「名誉騎士団長」の称号のみを受け取っていた。これは騎士になる夢をかなえるためだったとされているが実は余計な義務を負いたくないという思いかららしい。
私は物語に語られる事のない話に、相談に来ていることも忘れてワクワクしながら話に聞き入ってしまいました。そうして楽しそうに話をしていたおば様が、急に目を伏せて黙り込んでしまいました。私が何も言えずにいると、おば様は絞り出すように再び話し始めました。
「私は・・・勇者がいなくなった後、行き場をなくしてしまった。王様の計らいで結婚は無効になり、見舞金が出て、私以外の花嫁達は故郷に帰っていった。でも・・・私はアレンを、英雄アレンを裏切っていた。それが知れ渡っている町になんて帰れるわけもない。でも王都に居場所はない。もらったお金で今回の騒動の知れていない辺境の町へ行こうかと考えているとき、アレンが声をかけてくれたの。
「俺も一緒に頼んでやるからさ、とりあえず俺達の町に帰ろうぜ」
罵られてもしかたのない私を気遣ってくれた・・・・嬉しいのに悲しくて涙が止まらなかった・・・・・アレンを裏切った自分が許せなかった・・・・・」
アレン様と共に町に帰って来たおば様は、アレン様の口添えもあり、また町で暮らせる事になりました。それを誰よりも喜んでくれたのはマリアだったそうです。おば様がアレン様を裏切った自分への処罰として、生涯独身でいることを課したのもこの時だそうです。その後、その件については誰も触れなくなり、時間とともに風化して現在に至ります。
おば様の話は終わり、私は自分の事を考えていましたが、迷いは消えません。それが表情に出ていたのでしょう。
「ねえソフィ、私達はガルフォードが勇者でいられなくなった時に捨てられてしまった。今となっては考えても仕方ないのだけれどガルフォードにとって私達は愛人程度の認識だったのかもしれないわね。一夫多妻の権利がなくなっても一人は連れていけたのに、誰も連れて行かなかったのだから。
じゃあマルコとバーツ様は、もし逆境に陥った時に「それでも一緒にいたい」とあなたに言ってくれるかしら?そしてあなたはどちらと一緒に苦労したいと思えるかしら?先の事なんて分からない。順調な時だけでなく、逆境に陥った時でもあなたを大切にしてくれる、あなたが大切にしたいと思える人はどっちか考えてみて?」
私の脳裏に浮かんだ顔は一つだけでした。それが表情に出ていたのでしょう。
「気持ちは整理できたみたいね。ずいぶん遅くなって、お母さんも心配しているでしょうから今日はもう帰りなさい。近所とは言え気を付けて帰るのよ。じゃあお休み。」
おば様にお礼と挨拶を言って、夜道を帰ります。明日、やるべきことを考えながら・・・
さて、ソフィアはこの翌日に二通の手紙を書きます。
一通はマルコ宛で、昨日までの経緯とこれからどうしたいのかという事。
もう一通はバーツ宛で、これまでのお礼とこれからどうしたいのかという事。
ソフィアの脳裏に浮かんだのはどちらだったのか、読者の想像にお任せしたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
もしよろしければ、感想をいただければと思います。
基本、豆腐メンタルなので、あまり厳しすぎるとつぶれるかもしれませんが・・・
よろしくお願いいたします。