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15-35 出発

 雲間に瞬く星たちは今日もか細く頼りなげだ。月が見えなくてジュウゴは右手に首を回し、ぐるりと一周する。新月か、と気付き、いつかの最後尾の車両を思い出す。


「何しとんが?」


 ヤマカガシに呼ばれて声の方に振り返った。狭い視界にジュウゴはさらに足の向きも変える。イシガメとクサガメが三輪の整備をしてくれている。その光景の中にヤマカガシの顔が入り込んできた。


「新月だなと思って」


 ジュウゴに言われてヤマカガシも空を仰いだ。


「自分、運、悪いのう。でも今日逃したら今度はいつ晴れるかわからんしの」


 ジュウゴも空を見つめながら同意する。ここのところ昼夜問わずずっと悪天候が続いていた。いつ以来か数え切れないほど久しぶりに吹雪の止んだ今を逃したら、今度はいつ晴れるかわからない。万全とは言えなくとも、せっかく訪れた機会を使いたいとジュウゴはイシガメたちに願い出た。


「ジュウゴ」


 ヤマカガシに呼ばれる。腰を屈めて最後の診察を受ける。包帯を少しだけずり上げて、ヤマカガシは目を凝らして義眼の調子を確認した。右目をぐっと凝らすが、ジュウゴからはヤマカガシが何をしているのか見えない。触られていることは感覚でわかるのだが。


「順調やわ」


 言ってヤマカガシが包帯を戻した。「あとひと月ほど経ったら(ほど)いていいぜ。手入れの仕方も覚えたのう。充電器の扱いは大丈夫け?」


 立て続けにまくしたてられる一つ一つの指導と確認と気遣いにジュウゴはついていけず、とりあえず最初に抱いた疑問について尋ねる。


「『あとひと、月』ってどんな月?」


 ヤマカガシは奇妙に眉毛をひん曲げてから、がっくりと脱力して項垂れ、それから目力強く顔を上げるとずいっとジュウゴに詰め寄った。


「自分、新月言うたろう? 次の次の新月の日にその包帯外され。わかるけ?」


「次の次の新月」


 言いながらジュウゴは頷く。


「充電器は? 持った? あるが?」


 怒ったように尋ねてくるヤマカガシに若干上体を逸らしながらジュウゴは小刻みに頷き、ずぼんの隠しの中から言われた物を取り出した。


「君たちが電気を持っているなんて知らなかったよ」


 言って隠しの中から充電器を取り出した。


「そら使おう」とヤマカガシ。「電気無いところでどうやって生きてくが?」、


「回せばいいんだね?」ジュウゴが確認した。


「回し過ぎは?」


「『発火する』」


 ヤマカガシに何度も繰り返された問答を、ジュウゴは自信を持って答えた。


「充電しとる時は?」


「『電源を切る』」


「何の?」


「えっと…」


 義眼か? 充電器か? どっちだ? ジュウゴは側頭部を掻きながら考え、


「義眼?」と間を置いてから答えた。


「なんや心配やのう」


 ヤマカガシが眉尻を下げた。


「おい、行けるぞ」


 クサガメが手袋を脱ぎながら声を掛けてきた。ジュウゴとヤマカガシは原付に歩み寄る。


「うまく行けば線路までもつだろ」クサガメが原付の車体を撫でながら言った。


「いいけ? まっすぐやぞ!」ヤマカガシが念を押す。「とにかく傾斜あれば登る! 右や左や関係無しにとにかく登っていけばだらでもジュウゴでも線路にぶつかろう」


「単に西に行けじゃ駄目なのかよ」


 クサガメが呆れ顔でヤマカガシを見下ろす。


「なーん。こいつには駄目なが」とヤマカガシ。「クサはこいつのことよう知らんとそんなこと言っとられるんやちゃ」


「よかった。まだおった」


 揃って振り返るとシマヘビとトカゲが重たそうな袋を手に提げて上がってきたところだった。それに続いてヤモリとワンも改札から出てくる。すかさずクサガメがトカゲに駆け寄り、代わりに持とうかと提案したが、「きのどくな」と言って押し付けたのはシマヘビだった。


「どんだけ入ってんだよ」


 相当重たかったのだろう。クサガメが踏ん張りながら袋を持ち上げ、やっとのことで三輪の荷台に載せた。


「合わせて十本、三ヶ月分。節約すればもう少しもつやろ」


 シマヘビが腰に手を当てて答える。袋の中身の瓶詰をジュウゴは見下ろした。


「シマヘビ、」


 シマヘビを呼ぶ。顔を上げたシマヘビと目が合うと、互いに気まずくてシマヘビは俯き、ジュウゴは目を泳がせて頭を掻いた。


「あの、…ありがとう」


 瓶詰を分けてくれたことと、これまでのことと。そしてあれほど怒らせて泣かせてしまったことも詫びねばいけなかったのに、ジュウゴはなかなか次の言葉を口に出せなくてひたすら後頭部をかきむしる。


「ええよ、別に。当然やにか」


 シマヘビがぶっきらぼうに応じた。当然なのかな、とジュウゴは考える。


「まあまあまあまあ」


 ヤマカガシが場違いな明るさで分け入ってくる。「お若いお二方、青春はそれくらいにせられ」


「『せいしゅん』って何?」ジュウゴがすかさず質問する。


「出た! 十八番!」とヤマカガシ。クサガメが鼻で笑ってシマヘビも破顔した。その笑顔を見てジュウゴは胸を撫で下ろす。


「やっぱり笑ってた方がいいよ」


 言ったジュウゴをシマヘビが見上げ、「変態!」と怒鳴って、また笑った。


「これも必要だべ?」


 いつの間にか姿を消していたイシガメが改札から怒鳴った。両手が塞がり、足で扉を閉めようと奮闘する兄にクサガメが駆け寄る。「おぉ…」とヤマカガシが感嘆の息を漏らす。


「イシガメ、これ…」 


 カメの兄弟が荷台に載せたのは小銃二丁と銃弾の山だった。


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっつうっしょ」とイシガメ。


「でもこれは…」


「必要だろ」


 クサガメに言われてジュウゴは俯き、肯いた。


「こっちはお前が持ってたやつで、こっちがうちの複製品」イシガメが小銃を手にしながら説明する。


「見た目はほぼ変わんないけどこっちの方が飛距離伸びたし抱えやすくなってっから」


 言われるままに小銃を持たされ、比較させられる。確かに複製品の方が脇にはまる。


「リクの仕事」


 イシガメの言葉に全員が顔を上げた。


「あいつ変なところ凝り性でさ、その反り出すのに俺、何回駄目出しされたか」


「わかる! とにかくうるせえんだよな」


 イシガメの不満にクサガメが同調した。


「そう言えばスーちゃんも似たようなこと言っとったわ」


 シマヘビも言った。

 ジュウゴは自分の頭頂部に手を置いた。あの、掴まれて前後左右に揺さぶられる感覚を再現しようとしてみたが、遠く及ばない。


「リクだったら絶対両方持たせると思って」イシガメが続ける。「んで、お前に俺らの技術褒めさせてにやにやしてんの」


「なんま想像できる」とクサガメ。


「ジュウゴは気に入られとったしの」ヤマカガシも言った。


「お前は一番弟子だったからな」イシガメが言ってジュウゴの背中を叩いた。


「違うよ」ジュウゴは即座に否定する。「『でし』改め『げぼく』って言われたんだ」


 イシガメとクサガメが同じ顔で振り返る。ヤマカガシが、「自分、それ、降格されとろう」と呟いた。

 イシガメが大口を開けて笑い出した。喉の奥までさらけ出しながらジュウゴの背中を何度も叩く。


「痛いって」


「なんだ、そっか。したら俺ら『リクガメ班下僕衆』だな」


「だっせぇ名前!」とクサガメ。


「でも嫌いじゃなかろう?」ヤマカガシがにやにや言う。


「どういう意味?」とジュウゴが尋ねて、


「仲間だっつってんだよ」とイシガメが笑った。


「下僕ってそれ、嬉しがるところけ?」シマヘビが呆れる。


「三バカが四バカになっただけだ」トカゲがシマヘビに向かって言った。


 じゃれ合う男たちに分け入ってヤモリがジュウゴのずぼんを引く。ジュウゴはイシガメの手を払い、屈んでヤモリを導いた。ヤモリは嬉しそうに笑うと慣れた動きでジュウゴの肩の上に跨がった。


「ヤモリのそれも最後やね」シマヘビが言う。ヤモリが寂しそうな顔をした。ジュウゴは首を捻りながらヤモリを見上げ、


「また乗ればいいよ。『そこ』は君の場所だろう?」と言った。ヤモリは目を輝かせてジュウゴの頭に抱きつく。


「本っ当、子どもに慕われるよなぁ、お前」


 クサガメが感心したその後ろで、トカゲが微かに口角を上げた。

 ワンがジュウゴの脚に纏わり付いてきた。ヤモリと遊びたいのだろう。ジュウゴは屈んでヤモリを地面に下ろす。ジュウゴに向き合ったヤモリと同じ目線の高さになって、


「ワンと仲良くしてやってくれ。悪い奴じゃないから」


 ワンを見遣ってからヤモリに託した。ヤモリはワンに振りかえると、不思議そうな顔をジュウゴに向けた。

 首を回し、肩を擦りながら腰を伸ばすした。トカゲと目が合う。あの頃のような刺々しさはそこにはない。トカゲはおもむろに腰に手を回すと、鞘に収まった短刀を腰帯ごとジュウゴに手渡した。


「いろいろ使えると思う」


「くれるの?」ジュウゴは短刀とトカゲを交互に見る。


「リクガメならきっとそうした」とトカゲ。


 ジュウゴは短刀を見下ろし、そして握りしめた。


「ありがとう」


 すごく嬉しかった。感謝の言葉だけでは足りなかった。何か気の利いたことを言おうとして、でも礼も謝罪も散々したしと戸惑い、頭に手を伸ばした時に、あ! と思いついた。


「今度会ったら、君も僕に跨がらせてあげるよ」


 顔を上げて喜々として、子どもたちの誰もが喜んでくれた言葉を言った。言ったのだが、その場にいた全員が口を開けて固まった。一瞬、全員突然死んだのかと本気で訝る。

 最初に動いたのはクサガメだ。ジュウゴの正面に回り、肩に手を掛けると反対の拳で腹をえぐるような突きを繰り出した。ジュウゴは短く呻いて膝をつく。


「すごいぜ…」ヤマカガシが呆れを通り越して感心しきる。


「最っっっ低!!」とシマヘビ。


 イシガメだけが大声で腹を抱えて笑い、涙を拭きながらトカゲに向かって言った。


「よかったな、お前! 女扱いされてんぞ!」


「おい、イシ!」と怒鳴ったクサガメの背後でくすりと小さく息が漏れる音がした。男たちは揃って振り返る。失笑したトカゲが笑みを湛えたまま、


「馬鹿だな、お前」


 と言った。


「雪が降る…」


 イシガメが震える声で呟いた。「雹が降る!」


「いや、槍や! 槍が降る!」ヤマカガシも同調する。


 口をあんぐりと開けて硬直するクサガメの横で、イシガメとヤマカガシが怯えて騒ぎ立て、わたわたとジュウゴを囲んだ。


「急げ、ジュウゴ。前途多難だ」


「槍も鎌も降ってくるぜ」


「どういう意味?」と両腕を掴まれたジュウゴは左右を交互に見比べるが、「あいつの笑った顔なんて死刑宣告だべや!」と余計にわからないことを返された。


「失礼やねぇ。トカゲだって笑うわ。のう?」


 シマヘビがトカゲに同意を求める。トカゲの代わりにヤモリが大きく頷く。


「不吉なんだよ! 滅多にないことすんな、バカ!」


 ジュウゴを三輪に座らせながらイシガメが唾を飛ばした。


「馬鹿に馬鹿と言われても何も響かない」トカゲがいつもの調子で言う。


「バカって言う方がバカなんだよ! バーカ!」イシガメがバカっぽく唇を突き出し、


「その顔はやめれま」ヤマカガシが呆れて注意した。


「これがこうするんだよね?」


 起動された原動機の震動の中で、ジュウゴはイシガメに最終確認をする。


「なーん、こっちこっち! 自分、本ッ当に大丈夫け?」


 ヤマカガシが情けない顔を向けてきた。


「大丈夫、大丈夫。こいつ、運だけは強いから」


 イシガメが強引にヤマカガシを遮ると、ジュウゴの首に腕を回しかけた。


「何かあったらすぐに戻って来い。俺が絶ッ対助けてやるからな」


 真剣な眼差しを受け取って、ジュウゴは頷く。


「何もなくてもまた会おう」


 ジュウゴが言うとイシガメは目を見張り、それから満面の笑みで背中を叩いてきた。


「当たり前だべや!」


「今度は別の技やるし、覚悟としられ」ヤマカガシも言う。ジュウゴは頷き、操縦梱を握った。


「じゃあの!」


「気いつけられ!」


「生きろよ!」


 ヤマカガシ、シマヘビ、そしてイシガメの声を受け取ってジュウゴは三輪を走らせた。

 ワンがヤモリの傍らをすり抜けて走り出す。後足で踏み込むとそのまま荷台に飛び乗った。震動に声を上げて振りかえったジュウゴはワンを見て驚き、だが慣れない運転に集中するために前を見据えた。



* * * *



 遠ざかっていく後ろ姿を見つめていた。耳障りな轟音と砂埃を従えて三輪は地平線の彼方に隠れていく。


「行ったな」


「行っちゃったのう」


「賭けるけ?」


「生きてる方に瓶詰、三日分」


「俺も」


「あたしも」


「賭けになってないべや」


「お前、三日間、飯抜きな」


「はあ? 俺、何も言ってねえし!」


 空元気な声をあげて騒ぐ一団に背を向けて、トカゲは改札に戻ろうとした。


「行ったのう」


 シュウダだった。改札に続く洞穴の暗がりの中からこちらを見ていた。


「いたのか」


 トカゲは少し驚く。


「一応大事な客や。お見送りもせんなんやろ」


「あいつらにとってはすでに客ではないみたいだけどな」


 言ってトカゲはまだ騒いでいる元気な影たちを見遣る。


「自分にとっては?」


 シュウダの質問にトカゲは振り返る。と、髪の毛を乱すようにシュウダの手の平が頭の上で揺れた。


「行きたきゃ行かれ。それもありやぜ」


「何の話だ」


 シュウダの手を払ってトカゲは眉間に皺を寄せる。


「自分の将来に決まっとろう」


 目を細めるシュウダから顔を背けてトカゲは息を吐く。


「リクガメが欠けた。カメはこれから混乱するしヘビも被害は免れないだろう。戦力は一つでも多いに越したことはないんじゃないのか?」


「そこまでうちのことを考えてくれとるとは思わんだわ。頼もしい限りやちゃ」


 シュウダが驚いたふりをしてから笑った。トカゲは面白くない。


「別に。事実を述べただけだ」


「せやの」


 シュウダは頷く。


「でものうトカゲ、」シュウダは目を細めてイシガメたちを見遣る。「幸せになってほしいいうがも親心いうもんなんやぜ?」


「いつからお前が親になった」


「自分拾った時からやにか」


 声を上げて笑うシュウダをトカゲは面倒臭そうに睨みつける。

 ヤモリがトカゲを追いかけてやって来た。母の左手を握りしめて笑顔で見上げて来る。


「お前、ワンを行かせて良かったのか? あんなに気が合ってただろう」


 ヤモリは真顔に戻ると後ろを見遣り、それからトカゲを見上げた。トカゲは自分なりに娘の言わんとすることを解釈する。


「ワンが言ったのか?」


 ヤモリが頷く。


「ヤモリはそれで良かったのか」


 再び頷く。


「そうか」


 ヤモリがそう言うならば、それ以上トカゲが言えることはない。しかし、


「本当によかったのか? 寂しいんじゃないのか?」


 シュウダが噴き出した。


「何だ」


 トカゲが不機嫌そうに睨み上げる。


「別に?」


 シュウダがにやにやしながらヤモリの頭を撫で下ろした。

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