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14-13 襲撃

 走りつかれて息苦しい。脹脛が張っているし背筋を伸ばして歩くのさえ辛い。姿勢悪く息を切らせながら、僕は先を行くジュウゴとネズミたちをじっとりと見つめた。


 ジュウゴがハツカネズミや皆と一緒に戻ってきた時、ハヤブサたちはいなかった。

 何があったかシュセキに尋ねたけれども、シュセキもよく状況を理解していなかったらしい。曖昧な返事にといただしていたら、呆然とするナナを支えながら歩くサンが「もういいの。早く行きましょう」と僕の質問を遮って、また疑問だけが残っている。


 ジュウゴが嬉しそうだ。ハツカネズミの横にぴたりとくっついて歩いている。ハツカネズミも同じ顔をしている。ジャコウネズミは不貞腐れたように唇をとがらせて、ジュウゴたちの斜め後ろを四輪駆動車で並走する。


「これからどうする?」


 僕はジュウゴには届かないよう気を使いながらシュセキに耳打ちした。


「このままネズミについていくのか?」


 シュセキはちらりと目だけで僕を見た後、前を向いたまま答える。


「今この状況からネズミと別行動をとれると思うか」


「それは無理だ。僕たちは徒歩だが彼らは自動二輪と四輪駆動車がある。走ったところで追いつかれるのは目に見えている」


 一呼吸置いてから僕は横を向いた。


「でもこのままネズミになるつもりではないだろう?」


「彼らは間違いなく夜汽車に行く。教室にいる他の皆を回収するために」


 シュセキは断言した。


「絶対そうだと言えるのか?」


 僕は彼やジュウゴほどネズミの言動を信用できない。


「僕もネズミを信用したわけではない」


 シュセキは僕の気持ちに答えた。


「だったら…」


「だが彼らの夜汽車を入手せんとする行動には一貫性がある。現に約束通り僕たちをこうして待っていただろう。ならば教室の皆も回収するはずだ」


 僕はシュセキの胸元を見た。電池の切れた端末の形に膨らんでいる。


「君では解錠できないか」


「ネズミの火力の方が可能性は高い」


 僕は夜汽車が急停車させられた瞬間を思い出して、僕はげんなりする。


「教室の皆に事情を説明しなければと思うと気が滅入るよ。ジュウニとか絶対ねちねちと怒りそうだ」


 教室にいる皆が怒って責め立てて来る様子が目に浮かんた。


「事物の説明と場の鎮静化は君の得意分野だろう。大いに期待している」


「そんな期待いらないよ」


 シュセキの我関せずといった物言いに、僕はため息で返した。


 いくつもの原動機の音が近づいて来て、僕たちに対峙するように止まった。残りのネズミたちだ。ヤチネズミが自動二輪から飛び降りてハツカネズミに駆け寄る。


「ハツ、それ……」


「ごめん、ヤチ」

 

 ハツカネズミは肩を竦めて右手で後頭部を掻いた。


「四輪一台、壊しちゃった」


「ばっ…!」


 ヤチネズミは唇を震わせ、そしてやにわにハツカネズミに掴みかかった。


「ばか野郎! んなもんどうでもいいだろ! 

 それよりお前、何だよその手! しかもこんなに撃たれて……」


 ヤチネズミはハツカネズミを揺さぶってから彼の両手を広げさせ、その全身をまじまじと見定めるようにして首を上下左右に動かす。ハツカネズミは申し訳なさげに肩を竦めて、ヤチネズミにされるがままに立ち尽くしていたが、


「……ハツ、これ、」


「挟んじゃってさ、抜けなくって切っちゃった。でももう生えて来てるじゃん? だから全然…」


「指、増えてんじゃね?」


「え?」


 カヤネズミがジュウゴを押し退けてヤチネズミに並んだ。他のネズミたちもハツカネズミの周りに集合して、僕たちははじき出されるように距離を置く。


「ほんとだ! 六本ですよ、ハツさん!」


「ええっ?」


 ハツカネズミは自らの右手を持ち上げて、表と裏を何度も翻して観察した。


「あ、あるね」


 僕は自分の両手を見下ろした。左右どちらも五本ずつしかない。


「指って増えるものなのか?」


「僕自身は経験がない」


 シュセキが答えた。 


「僕だってないよ」


 ジュウイチが加わる。


「普通は無いんじゃない?」


 サンも言った。


「でも夜汽車の外では普通じゃないことがいっぱいあるじゃないか」


 ジュウゴが言って皆押し黙った。 


「彼の損傷って痛みがないのかしら」


 久しぶりにナナが口を開く。言われてみれば、ハツカネズミは小銃の銃弾を全身に浴びていた。外套は数え切れないほど穴が開いていて、僕は自分の左腕を見下ろした。


「慣れとかじゃないかな」


 ジュウゴが閃いた顔で言った。


「何度もぶつけているうちにあんまり痛くなくなることとかあるだろう?」


「痛いものは痛いよ」 


 僕は言う。


「君は慣れていなかったから」


 ジュウゴがさらに言う。まるで僕が大仰だったとでも言いたいように。


「きっと痛いと思う」


 サンがジュウゴを否定したから僕は少し驚いた。


「痛かったと思う、すごく」


「痛いのね」


 そう呟くとナナはサンの手を払い、ひょこひょことハツカネズミに近づいていった。ハツカネズミを取り囲んでいたネズミたちが怪訝そうに、戸惑いながらもナナに場所を譲る。ナナはハツカネズミの前まで行くと、ただ真っ直ぐにハツカネズミの右手を見つめた。


「なに? どうしたの?」


 ハツカネズミの問いかけにも答えずに、その手を両手で包んだ。


「また接触……」


 ジュウイチが批判じみて言う。君もその少女とすでに何度もしているだろう? と僕は声に出さずに思う。


「何すか? 何なんすか??」


 ジャコウネズミが気味悪がってナナと僕たちを見比べた。僕だってわからない。


「きっともう少ししたら、」


 ナナが小さな声で言った。


「きっと修復できるはずだから。痛みだって弱くなるはずだから」


「何言ってんだ? この女」


 タネジネズミが呆れる。


「おい女! ハツさんはなあ、そんなもんな…!」


 周囲のネズミたちを制止して、ハツカネズミは腰を屈めた。ナナの目線になって優しげに微笑む。


「ありがと。でももう大丈夫だよ。痛くないから」


「修復されたの?」


 ハツカネズミは黙って笑うとナナの手をほどき、そのままナナの頭を掴むように撫でた。


「いい子たちだね、夜汽車」


 ハツカネズミは腰を伸ばすとジュウゴを見た。


「お前の言うとおり、女も関係ないね」


「ハツ?」


 ヤチネズミが眉毛をひん曲げる。ハツカネズミはにっこりと笑って答える。 


「やっぱりこいつらみんなまとめて連れて行こうよ。ね?」


「女もってことすか?」


 ジャコウネズミの質問にハツカネズミは頷く。ジャコウネズミは他のネズミたちに向き直り、何やら歓喜の声を上げた。俄かにネズミたちが盛り上がる。ヤチネズミとカヤネズミを除いて。


「なあ、夜汽車ってあとどんくらい女いるの?」


「教室にってこと?」


 ジュウゴが斜め上を見上げて少し間を置き、


「残りの女子は、シイとロクと、ハチは『はいおく』にいるから…」


「まだいんだな? こいつら以外に」


「十分じゅうぶん!」


「よりどりみどり!」


 なんだかよくわからないがとても嬉しそうにはしゃぐネズミたちに、「だから培地じゃないって」とハツカネズミはたしなめる。だがすぐに破顔してそれ以上は何も言わなかった。


「絶対問題起こすって」


 カヤネズミがぼそりと言った。「女が使えるわけないだろ」


「そっちじゃないんじゃね?」


 ヤチネズミが答える。


「本気かよ、ハツ」


「本気だよ」


 ハツカネズミが自信たっぷりに言った。


「いい子たちだよ、仲間思いだし。本当に全員無事に戻ってきたし見込みあるよ。むしろ性別で分ける方が反発されるかもだしっていうかもうされたし、だったらまとめた方が早いじゃん?」


「でもさあ…」


「数は多いに越したことないって言ったのってカヤじゃん」


 カヤネズミとヤチネズミは無言で顔を見合わせた。


「君の読みは正しそうだ」


 ネズミたちのやり取りを眺めながら僕はシュセキに伝える。


「彼らなら他の皆と合流させてくれる。夜汽車の修復はその後でも間に合うだろう」


 話の内容はやっぱりさっぱりわからないが、ハツカネズミの柔和な微笑みが僕にそう思わせた。ハヤブサたちとも違う、僕たちを本当に大切に扱おうとしてくれている雰囲気がアイに通じると思った。


―ナナを探しているのですね? ナナの元に行きましょう―


………アイとはゆっくり時間をかけて話したい。


「太陽が昇る前に戻らないといけないんだろう?」


 ジュウイチが顔を寄せてきた。


「だったら急ごう、今すぐ行こう!」


「彼女はどうするの?」


 ジュウイチのずぼんにしがみ付く少女を見下ろして、僕は尋ねた。少女は僕と目が合うと、泣き腫らした顔をジュウイチの陰に隠した。ジュウイチは体を捻ってその子の肩に手を置く。


「彼女くらいなら増えても平気だろう?」


「夜汽車に乗せるつもり!?」


 サンが突然顔を突き出して来たものだから、僕は半身を捻ってかわす。


「だめ?」


 ジュウイチがサンに尋ねる。


「一部屋くらい空いてるだろう? アイだって拒否はしないよ」


 ジュウイチのごり押しに、サンは少女を見下ろした。


「でも彼女は地下の…」


「空き部屋はあるだろう」


 言い淀んだサンを隠すようにシュセキが言った。


「アイに依頼すれば新たに夜汽車に加えてくれる可能性もあるとは僕も思う」


「そうだよね!」


 ジュウイチはぱっと顔を上げ、それから少女に向かって「良かったね」と言った。


「何故君はそれほどまでに彼女を丁寧に扱うんだ?」


 僕は素朴な疑問を投げかけた。


 だって妙じゃないか。僕でさえある程度ならば許容しかけている接触を、ジュウイチはいまだにあれほどまでに拒絶するくせに、その少女にだけは先から何度も接触している。それとも混乱し過ぎて接触したことに気づいていないだけか?


「だって預けられたんだ」


 ジュウイチは困った顔のまま答えた。それから少女を見下ろして、


「それにずっと泣いていて。嫌がっているのにセッカには捨てられるしで、かわいそうだろう?」


「それはまあ……」


 不憫だとは僕も思ったけれども。


 ジュウイチは屈みこみ、首まで曲げてハツカネズミのように少女と同じ目線になった。


「君も一緒に夜汽車に乗ろう? あんな所よりも安全だし快適だよ。ゴウたちもきっと遊んでくれるよ」


「おにいちゃんといっしょ?」


 ジュウイチはさらに困った顔をした後で、


「う、うん。そう。オニイチャン? と一緒?」


 それまで常に泣いているか泣き出しそうな顔をしていた少女がその時初めて歯を見せて笑った。

 両手を広げてジュウイチの首に巻きつけ体を密着させる。ジュウイチは悲鳴を上げるも、振り払おうとすらしなかった。


「おい、お前ら」


 ヤチネズミに声をかけられた。


「仲間回収に行くぞ。早く乗れ」


 『なかま』。ようやく覚えた未習熟単語の一つだ。おそらく行動を共にする者という意味だろう。では僕たちはネズミの『なかま』になるのだろうか。


「このまま線路を上ってっか」


 カヤネズミが自動二輪に跨って言った。ハツカネズミが頷く。


「ここからは近いの?」


 僕が尋ねると、「すぐそこだよ」とヤマネが答えてくれた。しかし、


「待って」


 ナナだった。


「ハチは? ハチはどこにいるの?」


 すっかり忘れていた。夜汽車に戻ることばかり考えていた。


「ハチは『はいおく』だよ」


 ジュウゴが答える。


「すっかり寝入ってしまっていたから、そのまま寝かせておいたんだ。でもそろそろ起きているかもね」


 ハツカネズミが喉の奥で声を漏らして口を噤んだ。ヤチネズミが面倒臭そうに息を吐く。


「ハツ、まずはハチのところに行ってよ。ハチのところの方が夜汽車よりも近かっただろう?」


「あんなあ夜汽車ぁ、ちょっと話が……」


 カヤネズミが自動二輪に跨ったまま、両足の爪先を交互に地面につきながらこちらに近づいてきた。


「あの女はなぁ、」


「ハツさん!」


 突然ジャコウネズミが声を上げた。四輪駆動車の運転席に立ちあがって双眼鏡を覗いている。


「電車です! 五? いや、六両編成。何かいっぱい乗ってこっち来ます!」


「『でんしゃ』?」


 次から次へと新出単語だ。今度は何がどうやって向かって来るというのだ…


「早く乗れお前ら!」


 ヤチネズミが怒鳴って僕たちを手で足で四輪駆動車の荷台に押しこんだ。せめて座席のある方に乗せてほしかったが、言える雰囲気ではない。原動機がそこここで唸り声を上げ始める。


「ハツ!」


「線路離脱! すぐに! 早く!」


 ハツカネズミが、僕たちとは別の四輪駆動車の荷台に飛び乗って叫んだ。


「夜汽車は?」


 ジュウイチが叫ぶ。


「線路から離脱って、夜汽車からまた離れてしまうじゃないか!」


「ハチは!?」


 ナナがきょろきょろしながら尋ねる。


「ハチを迎えに行くと言ったじゃない…」


「いいからとにかく今は逃げんだよ!」


 カワネズミが自動二輪に跨って叫んだ。


「逃げるって何から?」


 サンが叫びかえす。


「ワシ!」と誰か。


「ワシ?」


 僕はシュセキを見た。


「ワシってさっき、ハヤブサたちの…」


「ワシの大将だ!」


 カヤネズミが怒鳴った。


「さっきの餓鬼共と違ってこっちはまじでやばいんだって!」


 対象? 対称? 何のことだ? ワシとはハヤブサたちのことではないのか。そう呼ばれていたはずだ。彼らがまた向かってきたと言うのか? だが方向が真逆だ。それにハヤブサたちとハツカネズミならば、ハツカネズミが話し合いを制してきんじゃないのか? 何にそんなに慌てているんだ。


「ハツさん潜って!」


 ジャコウネズミが運転席の上から叫んだ。


「気づかれた! 間に合わ…」


 話している最中だったのに、ジャコウネズミが突然背後に向かって跳んだ。加速もつけずによくもあそこまで跳躍を。


「「ジャコウッ!!」」


 ネズミたちが叫んでハツカネズミが荷台から飛び出した。ジャコウネズミに駆け寄ると、体を持ち上げて何度も何度も呼びかけている。


「ハツ乗れ!」


 カヤネズミが自動二輪から叫んだ。「ジャコウ連れて早く!」


「ジャ…」


「お前ら乗ってろ!!」


「ハツッ!」


 ハツカネズミは返事をしない。ジャコウネズミを抱えたまま無言で固まっていた。 


「は……」


 ジュウゴがハツカネズミを呼びかけて止まった。僕も、僕たちは全員揃って息を呑む。


 誰だ? 何だその顔は。そんな種類の表情を僕は知らない。というかあれは先と同じ男なのか?


「ごみが」


 呟くとハツカネズミはジャコウネズミの肩から小銃を掴み取り、傍らの四輪駆動車に飛び乗って線路に沿って走りだした。ジャコウネズミが双眼鏡で見つめていた方、夜汽車の待つ方向に向かって。


「ハツ!!」


 遅れてジャコウネズミに駆け寄ったヤチネズミが、走り去っていく四輪駆動車に向かって叫んだ。だがその声は恐らく届いていない。


「俺が行く」


 カヤネズミが自動二輪でヤチネズミの傍まで来て言った。 


「お前は子ネズミと夜汽車だ」 


「俺が!」 


「負傷者もいる! お前の仕事だろ」


「俺がハツの同室だ! 俺が一番…!」


「堪えろヤチぃッ!!」


 カヤネズミが怒鳴った。


「絶対連れ戻すって! 夜汽車も増えたんだ、絶対に減らすなって!」


 ヤチネズミはジャコウネズミを抱えたままハツカネズミの去った方を見つめていたが、


「……ハツを頼む」


 観念したように歯噛みした。


「任せろって」


 言ってカヤネズミが片頬を持ち上げる。


「本線」


「中?」 


「外」


「わかった。すぐ行く」


 短いやり取りの後でカヤネズミは自動二輪で走り去った。ヤチネズミは背を向けたまま今度は僕たちに怒鳴る。 


「お前ら手伝え!」 


 何を? 僕は考える。会話を聞いていても内容が入って来ない。状況もよくわからないままだし何をすべきなのか頼まれたのかさえ見当がつかない。 


 しかしジュウゴは違ったようだ。固まる僕たちを尻目に四輪駆動車を飛び下りるとヤチネズミたちに駆け寄った。


「どうすればいい?」


「ジャコウを運ぶ」


「じゃ…」


 ジャコウネズミを見下ろしたジュウゴが後ろに飛び退いた。


「か、彼…!! どうなっているの!?」 


「いいから早く!」


「痛くないの? ハチは撃たれた後ですごく痛がっていたんだ!」


 ジュウゴとの短い会話の後で、ヤチネズミが目元に手を当てた。肩を震わせている。ジュウゴはまた怒鳴られるのではないだろうか。


 だが僕の予想は外れてヤチネズミは無言のままジャコウネズミの上半身を持ち上げた。ジュウゴが慌ててジャコウネズミの脚を持つ。ジュウゴたちに運ばれてきたジャコウネズミは僕たちの座る荷台の上に寝転がった。 


 僕は固まる。ジュウイチが悲鳴をあげ、サンが退いて二の腕を握りしめる。


 ジャコウネズミは顔が、顔だった場所がハチみたいになっていた。


 ヤチネズミが僕たちの乗る四輪駆動車の運転席に座った。僕は驚いて二度見する。泣いていた。初めて見た時から常に不機嫌そうで、彼はそれ以外の表情なんて持ち合わせていないと勝手に思っていた。


「線路離脱! 本線目指す。ハツとカヤは追って合流する!」


 ヤチネズミが怒鳴った。僕たちに言っているのかネズミたちに言っているのか。僕はどうしたものかと皆の顔を見た。ジュウイチが不安そうな視線を寄こす。僕はわからないと首を振る。


 見るとヤマネも泣いていた。カワネズミがヤマネを怒鳴りつけているが、そのカワネズミだって目が赤い。彼らだけじゃない。ネズミたちは全員、歯噛みしたり、大きく口を開けて肩で呼吸したり、ただならぬ雰囲気が立ちこめている。


「事故るぞ! ちゃんと前見ろ!」


 ヤチネズミが怒鳴りながら四輪駆動車を発車させた。運転が荒い。僕は荷台の縁にしがみ付いて両足を踏ん張った。どこにも掴まっていないジャコウネズミが、ごろんと一回転して血液が軌跡を描く。


 ジュウイチが悲鳴を上げて顔を背ける。ジャコウネズミは何も言わない。痛いはずなのに声も出さずにいられるとは、やはりジュウゴの言うように慣れの問題なのかもしれない。


 ナナが荷台の縁から手を離してジャコウネズミに近寄った。立っていられなかったようで膝から座りこむ。手で這ってジャコウネズミの傍に寄ると両手でその顔を覆った。


「ナナ!?」


 サンが恫喝とも悲鳴ともつかない声で叫ぶ。


「そんなものから離れて!」


 ナナは車体の振動を全身で受け止めながらサンを見上げ、しかし返事をせずにジャコウネズミを見下ろした。僕もこの時ばかりはサンに同意した。


「ナナ、どこかに掴まった方がいいと思う!」


「ナナ!」


「痛そうじゃない!!」


 サンを見ないでナナが叫んだ。それから白い息を吐き、小声でジャコウネズミに呼びかけた。


「大丈夫。すぐに修復できるから」


 ナナの言葉に僕は首を傾げた。


「お前ら伏せろ!」


 ヤチネズミが突然怒鳴って僕たちは反対に顔を上げた。ヤチネズミから一番近くにいた僕は、伸びてきたその腕に頭を抑えこまれる。


「ヤチさッ!」


 誰かの叫び声が聞こえた。直後、車体に硬質な何かが当たる音がした。まただ。またあの音。また小銃! また撃っている!! 僕は荷台に伏せたまま目をつぶる。


「ネズミが増えた」


 ジュウゴが言った。ちらりと顔を上げて見ると、ジュウゴは頭を上げて線路の方を見つめていた。


「伏せろって言われただろう!? 当たると痛いんだ、聞けよジュウゴ!」


「だってネズミ同士で…」


「ワシだ!」


 ヤチネズミが運転席から怒鳴った。


「電車からこっちに向かって来るのは全部ワシだ! あいつらにまで二輪卸しやがった!」


 恐ろしい、と言いたかったのだろうか。


「お前らばらけろ!」


 ヤチネズミがひと際大きな声で怒鳴った。


「本線だ! いいな」


 どこに向かって同意を求めたのか。僕たちじゃないことは確かだろう。


「ジッちゃんいい、行け! ワタセ後ろおッ!」


 ヤチネズミは叫び続ける。銃声が鳴り続けている。スズメの少女が大声で泣いて、ジュウゴが疑問と不満の声を上げて、僕は、僕も、アイ……!


「おい!」


 ヤチネズミの声が間近に響いた。 


「一番運動神経いい奴は?」


 僕たちは伏せたままで全員がジュウイチを見た。しかしジュウイチは少女を腹の下に隠すように抱えたまま動かない。


「ジュウイチ…」 


「二番目でもいいか」


 ジュウゴの呼びかけを遮ってシュセキが腰を上げた。


「この状況を脱するための行為ならば協力する」 


「運転変われ!」


 言ってヤチネズミは助手席にあった小銃を両手で掴んで線路の方を向いた。操縦者を失った四輪駆動車は揺れる。飛び跳ねる。がたがたと振動が臀部に響く。


 シュセキが立ち上がって操縦梱に飛びついた。腹で座席を跨いで下半身が辛そうだ。片足が浮いて操縦梱から手が離れる。車体が再び揺れる。ジャコウネズが転がってナナが巻き添えを食らう。ジュウゴが手を伸ばし、ナナの足首を掴む。ナナが叫ぶ。皆、叫んでいる。


「ジュウシ逃げて!」


 サンの声に僕は顔を上げた。見ると顔が四輪駆動車の横に浮いている。違う。自動二輪が並走している。ヤチネズミが至近距離で小銃を撃つが当たらない。


 当たらないものなのか? 当たる方が少ないのか? それとも当たらないように動く技術が彼らにはあって…


「サンッ!」 


 ジュウゴが叫んだ。反対側にも別の自動二輪が並走していた。そこから腕が伸びて来てサンを掴む。


 サンが全身で抵抗している。何か無いか。僕は辺りを見回した。何か彼らを追い払えるもの。


 うろたえる僕の横をシュセキの脚が過った。

 『蹴った』したらしい。操縦梱を掴んだまま左足だけでサンを掴みかけた男を追い払った。凄いことをする。僕が感心してシュセキに振り返った時、追い払ったと思われた男が再び近づいて来てシュセキの脚を切った。


 切った。切れた。切れ……、え?


「「シュセキッ!??」」


 ジュウゴと同時に叫んでいた。シュセキが操縦梱から手を離す。足の切断部分付近に両手を伸ばして蹲ったまま転がる。

 車体が揺れる。並走者が少し離れる。サンが泣き叫びながらシュセキにしがみ付き、ジュウゴが叫び、少女が泣き、並走者がまた近づいてきて僕たちに向けて小銃を構えた。

 ナナが何か言う。ジュウゴが答えている。銃口の先はシュセキとサンで、サンは避けようともしなくて、僕は、


 気が付くと僕は立ち上がり、銃口に向かって突っ込んでいた。

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