2-3話
「後ろ?」
将吾と彩乃はレナの指に釣られるように振り返って、思わず仰け反った。
背後には見知らぬ少女がいた。
白い肌のせいで眼下の濃い隈がハッキリと浮かび、細見の身体とじっとりと睨むような半目は、まるでこちらに呪いをかけるかのようだった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
「……ッ!」
将吾は驚きのあまり大声をあげて、彩乃は声も出さずに受け身無しで後方に倒れた。
その光景を見た少女は、
「……ご、ごめんなさい……!」
右手に着けたクマのハンドパペットを盾にするように顔を隠した。
その反応を見て、将吾もハッと我に返る。
「あ、いや……こっちこそ悪い……。まさかこんな真後ろに人がいるとは思わなくて。……で、何か用か?」
「……」
少女はクマで顔を隠したまま黙り込んでしまう。
「なにか、人に聞かれると困ることなんですか?」
いつの間にか起きあがっていた彩乃が訊ねてもやっぱり反応がない。
と、
「アアン!? お前らが瑠璃のこと探してたんだろうが! 食うぞコラ!」
いきなり、だみ声で怒鳴られて将吾はビクッと身体を震わせる。
「ヴ、ヴラッド……ダメだよ……先輩に失礼だよ……」
今度は鈴を鳴らしたような声が聞こえてくる。
その声に反応したのかクマはブルブルと身体を揺らす。
「お前がもっとシャキッと声をかければこんなことにはならなかったんだよ! ずっとこいつら尾行して、ストーカーかお前は!」
「ご、ごめんなさい……」
少女はシュンと声を小さくしていく。
「おお! すごいよショーゴ! クマさんが喋ってるよ!」
将吾がポカンとしていると、レナが将吾の袖を引っ張って目をキラキラさせながら興奮していた。
レナの言葉にクマはパチパチと手を叩いて見せた。
「お! お嬢ちゃん、なかなか飲み込みが早えじゃねえか。ご褒美として、頭を撫でる権利をやろう。嬉しいだろ?」
「嬉しいよ! 撫でるよ」
レナはクマのハンドパペットの頭を撫でると、クマは甘えるようにレナの頬にすり寄っていき、しばらくじゃれあっていた。
そこでようやく将吾も事態を把握した。
「ああ……そっか、腹話術か。声が違いすぎて何が起きてるのかと」
「すごいですね、あんなに口が閉じてるのにクマさんは饒舌ですよ」
二人は称賛の声を投げた、つもりだったがクマはレナとじゃれるのをやめると、ずいっと二人の方に顔を近づけた。
「誰が腹話術だ! オレ様はオレ様の意志で喋ってるんだ。あとオレ様の名前はクマじゃねえ! ヴラディミール・ボリソヴィッチ・ガラノフ大佐だ。オレ様を呼ぶときはヴラッドか、ガラノフ大佐と呼べ! 分かったか!」
ヴラッドは短い手を伸ばしてぺしぺしと将吾の腹を叩いた。
「はぁ……すいません」
「っと、肝心なこと忘れてた。オレ様の後ろにいるのが邪答院瑠璃だ。お前ら、こいつを探してたんだろ? お前らが教室訊ねたときから後ろにベッタリくっついてたのに、気づかないなんてホント呆れるくらい存在感が薄いやつだぜ!」
(……これは自虐ととっていいのか?)
「それで、どうしてすぐに声をかけなかったんだ?」
将吾が訊ねると、瑠璃は身体をビクッと震わせてヴラッドの後ろに隠れた。
「ご、ごめんなさい……。あの……ひょっとしたら、目つきが悪いって理由で私を苛めに来た人たちかもしれないし、変な商品を売りつけられるかもしれないから……」
「いや、俺も目つきは人のこと言えないしな。何の文句もないのに、相手が凄く気を遣てってきたりするのは日常茶飯事だし」
「あ! わ、私も……それあります」
「……お前も苦労してるみたいだな」
将吾が同乗していると、瑠璃はヴラッドを横にずらして伏し目がちになりながら、おずおずと喋りはじめた。
「あ、あの……ひょっとしたら、ですけど……わ、私も……ボランティア部に、は、入ってもいいんですか……?」
その問いには彩乃が答えた。
「うん。って言っても悪いイメージとか誤解を解くのが本当の目的なんだけど、大丈夫?」
「は、はい……わ、私も……暗くて、地味で、見た目で人に怖がられる、どうしようもないゴミクズみたいな自分を変えたいんです。……無理なのは分かってるんです、どうせ私なんか……根暗で笑顔も気持ち悪いゲロ豚みたいな最低最悪の家畜以下で汚物以下の存在ですから……うう……ごめんなさいぃ……」
「自分から言い始めて泣くなよ……」
「大丈夫だよー! ルリは絶対に変れるよ! 絶対絶対よ」
下を向いて目に涙を溜めている瑠璃に向かって、レナは手を取って声をかける。
「ほ、ホント……ですか?」
レナの言葉に瑠璃は少しだけ表情を明るくするが、
「そうよ! ゲロ豚汚物の最低最悪の根暗気持ち悪い家畜野郎でもよ!」
「ふええぇぇ……! ごめんなさいぃ……!」
今度は完全に泣き出してしまった。
将吾は呆れたようにため息をつく。
「励ますか貶すかどっちかにしろよ」
「いや、貶しちゃダメだと思いますよ?」
彩乃にツッコまれていると、瑠璃はオドオドしながら訊ねてきた。
「で、でも……いいんですか? 私みたいな暗いのがいたら……迷惑じゃないですか?」
「俺らが迷惑じゃないって言っても不安だろ? なら、自分がやってることが正しいか、占ってみるか?」
将吾はそう言ってタロットカードをポケットから出した。
「ほら、一枚引いて」
将吾がタロットを前に出すと、瑠璃はヴラッドを使ってカードを一枚引いた。
カードには輪のようなイラストが描かれていた。
カードを受け取りながら、将吾はそのカードの意味を読み解いていく。
「運命の輪だな……今、瑠璃は自分の抱えている問題に対して新しい展開を見せようとしている。事態の好転、変化の時が来た……って感じかな? 要するに、瑠璃が入部することは吉と出てるってことだ」
「ま、納得するには十分な理由だな、これでコイツも余計なことを考えずに済むだろうぜ。ありがとよ」
ヴラッドは手を合わせてお辞儀のようなポーズをとった。
「あ、あの……よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。……さて、これで二人目だな。次は誰だ?」
将吾が訊ねると彩乃は紙を広げた。
「ええっと……あ、次で最後ですね。ココ・ブラッドウォーターちゃん……私たちと同じ二年生です。なんでも、すっごい美人なんですけどお家がお金持ちなのを自慢して、なんでもお金で解決しようするって話です。その傲慢な態度とお金をばら撒くところから〝黄金の魔女〟って言われてるみたいです」
「……この学校の連中はあだ名作るの好きだな」
「でもきっと悪い奴じゃないと思うよー。レナの勘がそう言ってるよ」
「で、でも……。もし噂通りの人だったら……? お金の力で私たち全員、海に沈められたり、連れ去られて見知らぬ場所で殺し合いをさせられたり……」
「怖いこと言うな! 見ろ、彩乃の口から血が漏れ出したじゃねえか!」
将吾が指差した先には、そこだけ地震が発生するように揺れて笑顔のまま口から血を流している彩乃がいた。
「だ、だぶっ……! 大丈夫ですよ、げふっ……噂は所詮噂でふ!」
「喋りながら血を撒くな!」
彩乃はハンカチで口元を押さえると、ハンカチの色を白から赤に染めたところでようやく体調が回復した。
「げふ……。それじゃあ、昼休みも終わりそうですからひとまず部室に案内しましょうか。刃降さんはその後ということで」
「まさか、瑠璃の言ったこと信じて怖くなったんじゃないだろうな?」
「そ、そんだぶっ……! そんなわけないじゃないでふか……!」
「ああああああああ! 分かった! 俺が悪かったから血を吐くな! 部室に行こう! な?」
将吾は落ち着かせるように彩乃の背後に回って肩に手を置くと、そのまま小走りで部室へと戻っていった。




