2-2話
将吾たちが一年の廊下を歩くと一年生たちは悲鳴とどよめきを上げながら教室へと入っていった。
「すっかり噂が広まってるみたいですね」
「ジェイソンかフレディにでもなった気分だ……。んで? その瑠璃って子はどんな風に噂されてるんだ?」
「ええっと〝呪い人形〟だったかな? その子に睨まれたり声を聴いたりすると呪われるんだって」
「バカバカしい。呪いなんてあるわけないだろ」
「でも、将吾くん占いは信じてるんですよね?」
「占いと呪いは完全に別物だ。レタスとキャベツくらい違う」
将吾は言いながら二組の教室のドアをノックした。
その音でこちらを振り返った生徒たちの顔が、一瞬にして青ざめた。
「あー……邪答院って子を探してるんだけど……今いるか?」
生徒たちは全員そろって首を横に振った。
「空振りか……どうする?」
「いないならしょうがないですよ。他の人を先に探しましょう」
彩乃が紙を広げると、将吾も後ろから文字を見つめる。
瑠璃の下には、〝獅子王レナ〟と書かれていた。
学年は一年三組。
「誰か、獅子王って子のことは知りませんか?」
「そ、その子なら……昼休みが終わるまでグラウンドにいます」
生徒の一人が声を震わせながら返答してくれる。
「教えてくれてありがとうございます。行こう将吾くん」
「ああ。……お邪魔しました」
将吾はそれだけ言い残すと彩乃の背中を追うようにしてグラウンドに向かった。
昼休みということもあり、グラウンドでは昼食を終えた生徒たちがサッカーをやっていた。
が、その中や周囲を見ても女子らしい姿は見当たらなかった。
「……ここにいないと校舎裏かもしれないな。……もう入れ違いで校舎の中にいるかもしれないけど」
「レナちゃんは昼休みが終わるまでグラウンドにいるって言ってたじゃないですか。もうちょっと探しましょう」
「それはいいけど、そのレナって子はどんな感じのヤツなんだ?」
「ええっと……〝銀獅子〟って呼ばれてるみたい。お父さんが銀夜叉っていう凄く強い格闘家だったみたいで、白熊や象も素手で倒したことがあるとか。あ、これは実際に映像があってユーチューブにもアップされてるみたいですよ」
「マジか……」
それがやらせじゃなければ、その父親の子供というだけで噂がたつのも仕方がない。下手をすれば実際に目茶苦茶に強いということだってある。
「そんな顔しないでください。お父さんの話が事実でもレナちゃんもそうだとは限らないじゃないですか」
「そ、そうだな……。実際に会ってみないと分からないし、とっとと探すとするか」
将吾がとりあえず歩き出そうとすると、
「レナになんか用かよー?」
のんびりした少女の大声が聞こえてきた。
将吾は、あり得ないと思いながらも上を見上げた。
声がしたのは上の方だが、そこには建物はおろか木すら生えていない場所なのだ。
あるのは、校旗を上げる旗ポールだけ。無論、人が足をかけるようなものはなく、登れるはずもない。
が、そのポールの天辺には、人がいた。
逆光でシルエットしか見えなかったが、その人物は犬のおすわりのようなポーズでこちらを見おろしているようだった。
「あの、私たち獅子王レナって子に用があるんですけど」
「だから、レナが獅子王レナだよー」
彩乃の問いに答えると、レナと名乗った少女は不意に立ち上がり――ぴょんと、ポールから飛び降りた。
「なっ!?」
将吾は思わず声を上げる。
旗ポールの高さはゆうに十メートル以上はある。下手な着地をすれば大怪我になりかねない。
彩乃はビックリしすぎて息を呑んで、血を吐いた。
地上が軽いパニックに陥るが、少女はそんなことはお構いなしにまるで猫のように身体をくるんと一回転させると、スタッと華麗に着地した。
まず、将吾の眼に飛び込んできたのは太陽の光を跳ね返すように輝く銀色の髪だった。
彩乃も髪は長い方だが、彼女の髪は腰どころか膝に届きそうなほど長く量もかなり多く見えた。
肌は地肌なのか、健康的な褐色の肌をしていた。眼は海のように抜けた青さがあり、見ていると吸い込まれてしまいそうになる。
「それで、レナになんか用かよー?」
どこか変な言葉遣いの少女は、将吾の前に立つと、その背の小ささが余計に際立つ。小学生と言い切ってしまえば騙しきれそうなほどだ。
「ええっと、獅子王……で、いいんだよな?」
「うん、そうだよ」
レナはニパッと花が咲くような笑顔を見せてきた。
その笑顔に将吾も、血を吐いていた彩乃も自然と心を和らげていた。
将吾は彩乃の脇腹を肘でつつきながら耳打ちをした。
「おいおい、これが〝銀獅子〟か? よくて〝銀猫〟だろ」
「でも、悪い噂が流れてるのは事実ですし、嘘をつく意味もないですよ」
と、彩乃に言われてしまえば確かにその通りで、将吾もこの無警戒に笑顔を向けてくる少女を〝銀獅子〟と認めざるを得ない。
「あー……俺は将吾でこっちは彩乃だ。とりあえず、よろしく」
「ショーゴにアヤノ……覚えたよー。 レナのことはレナでいいよ」
「それじゃあ、レナ。俺たちはレナに部活に入って欲しくて探してたんだ。ボランティアに興味ないか?」
「ボランティア、ってなに?」
「簡単に言うと、人助けをする部活です」
彩乃が簡潔に言うと、レナは丸い眼を突然輝かせて鼻息を荒げた。
「おお! 人助け! レナ人助け好きだよ! 学校でも毎日やってるよ!」
「へえ……例えば、どんなことしてるんだ?」
「えーっと……」
将吾が訊ねると、レナは自分が今日までしたことを指で計算しながら喋りはじめた。
「ええっと、女の子に絡んでるヤツをブッ飛ばしてー、ゴミをポイ捨てしたヤツをブッ飛ばしてー、先生の話を聞かないヤツをブッ飛ばしてー、授業サボろうとしたヤツをブッ飛ばして―……」
「ストップ」
将吾は手を前に出してレナを静止させた。
「なんか、ことあるごとに物騒な単語が飛び出してるんだけど?」
「悪い奴はブッ飛ばすよー。これも立派な人助けだよ」
「で、でもね? もっと他に穏便な方法が?」
「ウォンビン? そんな人知らないよ。パパもママも言ってたよ、難しいことは相手をブッ飛ばしてから考えるよ、力は困ってる人のために使うよ、って」
将吾と彩乃は眉尻を下げながら互いの顔を見合わせた。
「……どうも、噂はただの噂ってわけじゃなさそうだな」
「ですね。でも、やりすぎなだけで考え方は立派だと思います。私たちがしっかりと正しいやり方を教えてあげれば、レナちゃんのイメージもアップアップですよ」
「なんでちょっと苦しんでる風に言うんだよ……。で、レナは部活に入ってくれるのか?」
「もちろん入るよ。これで百害あって一利なしだよー」
「何が言いたいのか知らないけど、それは使い方間違ってるからな」
「そんなことより、気になることがあるよー」
「なんですか? 私たちが答えられることならなんでも聞いてください」
彩乃がニコニコしながら言うと、レナは指で正面を指すと、
「後ろの奴は誰よ?」
そんなことを言ってきた。




