1-3話
噂というのは広がるとなったらあっという間に広がるものである。
将吾はそのことをよく知っていた。
「おい、あいつが九頭竜将吾か?」
「そうそう、気に入らない奴に死神のカード渡して殺害予告するっていう……」
そんな噂を耳にして将吾はその場でうずくまって頭を抱えそうになった。
(噂捻じ曲がりすぎだろ! どこの殺し屋だよ!)
放課後に一人、将吾は胃の痛みを堪えながら教室に残っていた。
基本的に将吾は最後の一人になるまで教室に残る。偶然、四番目や十三番目に教室を出るのを避けるためだ。
「はあ……帰ろ」
深いため息をつきながら将吾は大きな肩を落として、教室を出る。
もう放課後になってからだいぶ経ったせいで、校舎に人の気配はない。少し物悲しい感じもするが、変な噂を耳にするよりかはずっとマシだった。
ふと、階段の踊り場の窓からグラウンドを見つめる。
外にはまだサッカー部や野球部などが部活を続けており、集団で練習をする姿があった。
何十メートルも離れているが、楽しそうなことだけは将吾にもハッキリと分かった。
窓に手をつきながらその光景を眺めていると、将吾の眼には自然と涙が溜まっていく。
(……ダメだダメだ! 弱気になってもロクなことはないんだ。さっさと帰って、また作戦を練ろう)
将吾は何とか気持ちを奮い起こして、階段を降りる。
誰もいない静かな校舎はただ、将吾の足音を響かせるだけ――ではなかった。
「う……うう……」
声が聞こえて将吾はピタリと足を止める。
階段を下りた先、廊下を曲がったところから声を聞こえる。
女の呻き声だ。
「な、なんだよ……幽霊か?」
将吾は青白い顔をした女を想起させて、巨体を震わせた。
何がいるにしても、下駄箱はその呻き声が聞こえる廊下を通らないといけない。
将吾は気づかれないように忍び足で階段を降りると、壁を背にして曲がり角を覗き込み、
「……お」
短く声を上げた。
視線の先には、今朝会った彩乃の姿があった。
だが、明らかに様子がおかしい。
将吾からだと背中しか見えないが、背を丸め、壁に手をついて今にも倒れそうになっている。
「お、おい……大丈夫か?」
声をかけながら正面に回り込むと、将吾の顔は強張った。
彩乃の顔は血が通っていないのではと思ってしまうほど真っ青になっていたのだ。
そして口元を抑える指の間からは――微かに血が滴っていた。
だが、彩乃は、
「大丈夫です……いつものことなんで……」
と言ってそのまま下駄箱の方へと向かおうとした。
「いやいや! そんな状態の奴を放っておけるか!」
将吾はオロオロしながら彩乃の前で背中を見せながらしゃがみこんだ。
「ほら、おぶってやるから、とりあえず保健室行こう!」
「でも……」
「いいから!」
将吾が言うと、彩乃はフラフラと将吾の背中に身体を預ける。将吾は彩乃の脚を腕で固定して立ち上がる。
「軽っ!? ほ、本当に大丈夫かお前?」
「大丈夫です……ごめんなさい。お手数おかけします」
「っと、そうだった。今連れて行くからな」
急いで保健室に向かおうとするが、将吾の足がピタッと止まる。
(これ……見られたらまた噂されるんじゃないか? 誘拐したとか、無理やり保健室に連れ込んだとか……)
そう思うと気分が重くなるが将吾はかぶりを振った。
(いや! たとえそうなっても、こんな状態の子放っておけないだろ)
将吾は足に力を込め、大急ぎで保健室へと駆けだしていった。




