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鹿羽高校 暴乱帝阿部  作者: 松雲
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エピローグ

 将吾が訝しげにその紙を見ていると彩乃が口を切った。

「昔、ある男の子からもらったんです。その子の顔は知らないんですけど、もし……また会えるときがあれば、その時のお礼と恩返しがしたかったんです」

 視線を紙から彩乃に向けると、彩乃は一つ息をついてから話を続けた。

「その子は……私にとってのヒーローでした。見知らぬ私を命がけで助けてくれて……それでも私が怪我をしたのを知って手紙をくれたんです。その子の名前はその手紙で知っただけで、その後どうなったかは知らなかったんです。お医者さんの話だと顔の傷は私の傷同様に跡が残るって聞いてたからすごく気になってたんです」

「……」

 将吾は黙ったままだった。正確に言えば、声が出なくなっていた。

「それからしばらくして顔に傷のある男の人が同じ学校にいるのを入学してすぐに知りました。手紙の名前は漢字じゃなかったけど、読みは同じだったからきっとあの子だと思ったんです。でも……声はかけられませんでした」

「……なんでだ?」

「怖くなったんです……。ひょっとしたら、あの時私を助けたことで顔に消えない傷が出来たことを後悔したり、恨んだりしてるんじゃないかって……。そう思ったら……そう思われてたらどうしようって。でも……余計な心配だったんです。その人は、困っていた私を出会ってすぐに助けてくれましたから」

 彩乃は将吾を見ながら目を細めて柔らかく微笑んだ。

 将吾はテーブルに置かれた紙を開いてみる。

 一言だけ書かれたヘタクソな字の文面を見て、思わず笑ってしまう。


 『ちゃんとまもってあげられなくて、ごめん』


 あの時から、今にかけて自分が思い続けていたことがそこには書かれていた。

 助けたのに怪我をさせてしまった事実は心の一部を鉛のように重くしていた。

 それが、今は少し軽くなった。

 こうやって、あの時助けた子が笑ってくれるなら、少しは救われた気がする。

「保健室まで運んでもらった時に、学校で聞いた噂が全部嘘だと思って……。この誤解を解くのが私の恩返しになると思ったんです。……それまでは、このことは黙っておきたかったんです。……隠しててごめんなさい」

「いいよ。俺もあの時の子が今も元気だって分かって嬉しいしな。……まさか、その傷のせいで血を吐いてるんじゃ……」

「あ、それは元々そうですから気にしないでください。傷は跡になってますけど、ちゃんと治ってますから。ほら」

 彩乃はそう言って制服の上着をつまむとスッとたくし上げて見せた。

 傷は横っ腹から胸の下辺りまで斜めになって跡になっていたが、将吾は目に飛び込んだ肌色と、当人が気づいていない下着の端のピンク色のせいで顔面を爆発寸前のように紅潮させた。

 分かったから、制服戻せ。と将吾が言おうと口を開き、彩乃の手を取ろうと前のめりになった瞬間、

「よーし! 今日も部活頑張るよー!」

「せっかく部室も家具も新しくしたし、気持ちも一新しないとね」

「きょ、今日もよろしくおねがいします……」

 廊下から賑やかな声が聞こえるのと同時に部室のドアが開け放たれる。

 部室側も廊下側も一時停止。

 廊下側のココたちから見れば、今まさに将吾が彩乃にいかがわしいことをしようとしているようにしか見えなかった。

 そして将吾もそれをすぐさま感じ取り、体の向きをココたちの方に向けると、

「お邪魔しました」

 ココはレナと瑠璃の目元に手を添えると、足でドアを閉めた。

 将吾はソファに足を引っかけて転びそうになりながら部室を飛び出してココに追いすがった。

「待て待て待て待て! 今のは違う! そういうあれじゃない!」

「ううん。ごめんなさいちっともそんな雰囲気気づかなかったから。みんなで使うスペースなんだからノックくらいの配慮があって然るべきですものね」

「よそよそしくなるな! そんなんじゃないって言ってるだろ?」

「しょ、将吾先輩……あの、そういうことはもっと人が入らない場所でやった方が……」

「だから違うっての! 顔を赤くするな!」

「交尾? ショーゴ、交尾しようとしたのかよ?」

「人の話を聞けーッ!」

 将吾は鬼のような形相で吼えた。ようやく周りの誤解が解けだしたのに身内に誤解されていたら世話無い。

 肩で息をする将吾に彩乃が顔を真っ赤にしながら助け船を出すが、

「あ、あの! さっきのは本当に違うんです! ただちょっと私の古傷……ごふっ!?」

 船は将吾を助ける前に船頭が吐血して沈没した。

「うん。まあ、そういうことじゃないのは分かってるんだけどね。将吾にそんな甲斐性があるとは思えないし」

「お前……」

 ケロっと言い放つココに毒気を抜かれたようにうなだれて二の句が継げなくなった。

「そんなことより、将吾。君にお客さんだよ」

「客……」

「どちら様ですか?」

 口元の血を拭いながら彩乃が訊ねると、ココは廊下の脇に立って後ろに立っていた人物に道を譲った。

「先日は、どうもお世話になりました」

 そこには礼儀正しくぴしっとした角度でお辞儀をする銀子の姿があった。

「おお、蓼丸。もう身体は大丈夫なのか?」

「おかげさまでもうなんともありません。あなたが助けた子供とそのご両親もあなたに大変感謝をしていました。その子からお礼の手紙を受け取っていますので、まずはそちらの用を先に済ませましょう」

 銀子はポケットから手紙を出すと将吾に手渡した。

 人助けをしても基本的に礼を言われるどころか誤解されていた将吾にとってお礼の手紙をもらうということ事態初めてで思わず頬が緩んだ。

「読んでもいいか?」

「ええ、その後で本題に入らせていただけるなら」

 了承を得て、将吾はニコニコと笑顔で手紙を読み始めるが、一瞬にして表情が凍り付いた。

『おにいちゃんへ。たすけてくれて、ありがとう』

 手紙には短くそう書かれていたが、問題なのは下のイラストだった。

 火事の時に将吾が助けてくれたシーンを描いているようだ。うっすらと意識があって、それを頼りに描いたのだろう。

 だからと言って――将吾は口から飛び出すような牙も生えていないし、天井に突き刺さりそうな角も存在しない。

 だが、おそらく将吾であろうその人物の口と頭にはしっかりとそれが生えており、その子と銀子を炎の中で小脇に抱えているのだ。どう見たって助けてる絵というよりは地獄で鬼が人を食うワンシーンにしか見えない。

 横からのぞき込んでいた四人はそれを見て大笑いを始めた。正確に言えば彩乃と瑠璃は身体を震わせて声を押し殺しているが、ココとレナは腹を抱えて哄笑した。

「お兄ちゃんはなまはげなの? と質問されたのですが、どう答えるべきでしたか?」

 真顔で訊ねる銀子の言葉にココとレナはさらに声を大きくして笑った。将吾は辟易した顔で、

「じゃあ、なまはげってことでいいよ……」

 ため息混じりにそう言った。

「そうですか。では、次に会ったときはそのように返答させていただきます。それで、ここからが本題なのですが。一つ、マズい噂を耳にしました」

「噂?」

「ええ、一部での噂だったのですが、九頭竜将吾が自分の女たちを使って生徒会長に恩を売り、生徒会を牛耳ってハーレムを建設しようとしている……とのことです」

「噂に尾ひれがってレベルじゃねえぞそれ! ジェットエンジン積んでるじゃねえか!」

「どうも私を助けたことに裏があると思った人間と、九頭竜将吾の周りは常に女性がいることからこのような噂が流布したものと考えられます」

「冷静に分析するな! ええっと……それじゃあまずはどうすれば……」

 将吾が頭を抱えていると、彩乃が一歩前に出た。

「そんなの決まってるじゃないですか。ボランティアですよ、ボランティア。生徒会との繋がりは行事を手伝うための活動だってみんなに知ってもらえればいいんです」

「なるほど、それは妙案かもしれません。私は蛇払彩乃の提案に賛同します。反対の者はいますか?」

 銀子が訊ねても異を唱える者はいなかった。

「それじゃあ、今から行事の手伝いとか色々相談しましょうか」

「それなら生徒会室でしましょう。あそこなら資料もありますから」

 話はあっという間にまとまって、全員が歩き始める。

 将吾は全員の後ろ姿を見つめた。

 また悪い噂が立とうとしているのに、全員の気持ちはもう前に向いている。それはきっと、昔の一人だった自分では出来なかったことだろう。

「将吾、なにしてるの? 女子のお尻眺めるのは悪趣味じゃない?」

「しょ、将吾先輩……エッチなことはいけないと思います……」

「セクハラは立派な犯罪です」

 一人人数が増えたことで罵倒の数も増えた。

「ただぼおっとしてただけだろ! 今行くって」

 将吾は足を進めながら小さく笑みを浮かべる。

 この面子なら、なにが起きても乗り越えられる。

 将吾はそんな確信を胸に最後尾を歩いていった。

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