4-5話
生徒会室に金を預けて、ひとまず一階でこれからどこに行くか相談していた将吾たちも爆音と火災報知器の音を聞いていた。
「な、なんだ……?」
「おっきい音、上の階から聞こえたよー」
「ま、まさか……テロ、ですか?」
「んなわけねえだろ! 何目的のテロだよ!」
自分で言って顔を青くしている瑠璃にヴラッドが短い手で殴りかかる。
「とりあえず、上に行ってみようよ」
彩乃の言葉に将吾は頷き、階段を上ろうとすると、
「ゲッ!?」
すぐ上の方で声が聞こえて、将吾は一階と二階の間にある踊り場を見ると、見覚えのある顔が恐怖に震えるように顔を強ばらせてこっちを見ていた。
「あ! コンビニにいた悪人五人だよー!」
「ああ、あの時の……」
将吾は警察に厄介になった時のことまで思い出して憂鬱になった。
「いいからそこどけよ!」
五人は押しのけるようにして将吾たちの間を割るように走り去っていく。
「なんだか、すごく慌ててるみたいでしたね」
「上でなにかあったのか?」
「ひょ、ひょっとしたら……学園祭を狙った通り魔が上で暴れて、火を放って他人を巻き込みながら自殺したんじゃ……」
「ああ、学園祭あるあるだよね」
「ねえよ! とりあえず、上行ってみるか」
将吾は階段を上っていくと慌てて下に降りていく人たちと何人もすれ違った。その全員が必死な形相を浮かべており、イベントを楽しんでいるという雰囲気は感じられない。
とりあえず、部室のある階まで上っていくと――そこで将吾は絶句した。
廊下の一部が火の海と化し、もうもうと煙が立ちこめているのだ。
それを見た瑠璃がひっ、と短い悲鳴を上げて将吾の背中に隠れた。
「や、やや、やっぱり……通り魔の放火魔が……」
「いやいや、そんな馬鹿な……」
まさか妄想がそのまま現実になっているとは思わず将吾も思わず棒立ちになってしまう。
まず、この非現実的な空間で動き出したのは、レナだった。
「火を付けた奴がいるなら、心当たりがあるよー! 今から捕まえてくるよ!」
「あ、おい!」
そう言ってレナはくるっと踵を返すと階段を一っ飛びで降りていき、あっという間に見えなくなってしまう。
とにかくどうするべきかと将吾が炎を見つめていると、視線に炎の前でオロオロとうろたえている女性が目に付いた。
「あの、すみません。ここで何があったのか分かりますか?」
将吾が訊ねると、女性は顔面蒼白で震えながら話し始めた。
「こ、この手前の教室に子供が……それを、メガネをかけた女の子が……炎の中に飛び込んで……」
そこまで聞いて、将吾の頭の中では炎に飛び込んで子供を助けようとする銀子の姿がはっきりと想像できた。
「え? あの中に子供いるの?」
「うっそ、それってヤバくない?」
背後からは危機感の無い生徒や部外者が写メを撮り始めている。そんなことをしている場合かと怒鳴りつけたいところだが、今は全員を避難させることが先決だ。
「……あいつらも追っ払いたい。って顔してるね」
そう言ってくるココの表情はいつもの笑みを浮かべている。
「それなら、いい方法があるよ」
ココの手招きに応じて、将吾が頭をココの顔の近くに持っていく。
耳打ちされたココの案を聞いて将吾は渋い顔をした。
「……本当にやらないとダメか?」
「他にいい方法があればそれでもいいけど。……あとは避難誘導だよね」
「あ、そ、それなら……私、火事になったらどうしようと思って……避難経路とかは覚えてるんですけど……」
「そうか。……じゃあ、彩乃たちはこの人とあそこにいる奴らを頼む」
将吾はそう言って腹を括るように野次馬どもをキッと睨みつけると、その長身をさらに大きく見せるようにゆっくりと歩いていき、
「てめえらァ! いつまでウダウダ残ってるつもりだ! さっさと逃げねえと火事で死ぬ前に俺がぶっ殺すぞ!」
獣が吼えたのかと錯覚しかねないほどの雄叫びが廊下に轟き、野次馬たちは一斉に顔を見上げる。
傷だらけの顔が歪んだ口元のせいで不気味に歪み、睨み据える双眸は悪鬼のようだった。そんな男が炎を背に立っている。
さっきまで妙なテンションで浮かれていた野次馬もこれには意気消沈したように顔を青くさせて将吾を見つめるしかなかった。
「があああああああああああああああああああああッッ!」
さらに一声、獣じみた叫びを上げると、野次馬たちは一斉に走り出し、それと同時に瑠璃とココが動いた。
「あ、あの……! 皆さん、こ、避難経路はこっちです!」
「ほらほら、早く逃げないとあの火にゆっくりと焼かれて自分の悲鳴を聞くことになるよ」
瑠璃が率先して先頭に立ち、ココが後ろから不吉な言葉で追い立てると、野次馬たちは牧場犬に追われる羊のように同じ方向へと逃げ出していった。
「これでよし。次は……」
将吾は逃げ出した人たちを見送るとトイレの外に設置してある手荒い場に向かって走ると水を全開に出して蛇口を天井に向けるとその水を前進から浴び始めた。
「しょ、将吾くん、何をしてるの?」
「さっきの人は向こうに子供がいるって言ってたからな。助けに行く。彩乃は下に言って先生か消防隊にこのことを説明してくれ」
下着まで水浸しになった将吾はそれだけ言うと、炎に向かって全速力で突っ込んでいった。
「将吾くん!」
背中から聞こえる彩乃の声が周囲の焼ける音に負けて小さくなっていく。残した彩乃のことも心配ではあったが、今助けるべきはこの先にいる子供だ。
火事による一番の死因は周囲の煙を吸い込むことだ。
ふと、そんな知識が頭をよぎり、将吾はできるだけ大きな背を屈めながら教室に飛び込んだ。




