4-4話
五人がいなくなって数分がたち、部室のドアがゆっくりと開かれる。開けたのはボランティア部の人間ではなかった。
「あいつら戻ってこないだろうな?」
「大丈夫だって、こっちのやることもすぐに終わる」
喧噪に紛れるようにヒソヒソと会話をしているのは五人の男子生徒。
そう、先日レナがコンビニで注意した五人組だ。
「でもよぉ……本当にやるのか? バレたりしないだろうな?」
「大丈夫だって。どうせ、全員あいつらがやったって信じ込むさ」
ニヤリと口元を歪める男子生徒の手にはビニール袋が握られていた。それを逆さにひっくり返すと中からタバコの吸い殻と花火が出てきた。
「ボランティア部、打ち上げと称して喫煙と室内花火。……これが公になったら、あいつら顔真っ青にするぜ? 俺たちに偉そうに説教くれやがったんだ。当然の報いだぜ」
男子の一人が言うと他の四人も同調するようにヘラヘラと笑みを浮かべる。
「でもよお。あの時はボランティア部のポスターに落書きした報復かと思ったぜ」
「ホントだよな。九頭竜がいるって知ってたら暴乱帝亜部、なんて書かねえよ」
「喋ってないで始めるぞ。おい、あれ持ってきたか?」
「ああ、ちゃんと盗んできたよ」
促されるように男子生徒がポケットから出したのは化学室備品と書かれたマッチだった。
「なあ、なんでマッチなんだ? ライターでもいいじゃねえか」
「馬鹿だなお前は。マッチの燃えカスならそこにあっても俺たちの指紋が残らないだろ? ライターは学校で捨てるには怪しすぎるだろ」
この言葉に四人はおお~と感嘆の声を上げると、言った男子生徒は得意げな顔で花火の前にしゃがみ込んだ。
「よし、それじゃあ始めるぞ。いいか? 花火に火をつけたら俺たちは一度ここから出る。で、この辺をブラブラしてるフリをして、この部屋の不審火に気づく。その後は教師共に任せればあいつらはまとめて退学さ」
どうせあんな連中がいなくなったって誰にも迷惑がかからない。
問題児を追い払うのだから正義はこちらにある。
そんな心境を五人は共有しており、誰もそれを止める人間はいなかった。
一人がマッチを擦り、火を灯す。そしてそれを花火へと近づけるが、
「……なんだ? つかねえぞ?」
花火の先端は火で炙られているが一向に着火する様子がない。
そもそも、まだ時期的にも花火がそこらで売っているわけもなく、この花火は去年の物を持ってきているのだ。
保存状態が悪かったのかいくら炙っても変化がない。
と、
「アチッ!」
長時間持ちすぎたことと持ち方の悪さが相まって指に火が当たり、男子生徒はそのままマッチを下に落とした。
通常の教室でならなんてことないことだっただろう。
が、ここでは、下に絨毯が敷いてあるここでは話が違ってくる。
落としたマッチの火は瞬く間に絨毯へと燃え移り、火を大きくしていく。
ちょっとでいいのだ。ちょっと花火に火を点けて、煙が出てボヤになればそれでいいのだ。しかし、このままでは本当の火事になりかねない。
「やっべ……! おい! お前らも手伝え! 火を消すぞ!」
男子生徒たちはワイシャツを脱ぐと急いで絨毯を叩いて消化しようとするが風に酸素を送られたことで火はますます強くなっていく。
そしてその火はココが用意していたパンフレットや彩乃たちが準備した部屋の飾りに引火していき今にも部屋全体を火で飲み込まんとしていた。
叩けば叩くほど何かの燃えカスが舞い、生徒たちの肌や服に引っ付くだけで火が消える気配はない。
この状況を見て、男子たちもワイシャツで叩くのを止めてただ呆然とするしかなかった。
「ど、どうするんだよ……!」
「お……俺は知らねえぞ! 元々俺は反対だったんだ!」
そう言って、一番入り口から近かった男子の一人が逃げ出すと、後は総崩れだった。
「俺もだ! ここでバレたら俺たちが退学になっちまう!」
「ま、待ってくれよ! 俺だけ置いてくなよ!」
口々に叫びながら男子たちが一人、また一人と逃げていくと火をつけた男子も顔を青ざめさせながら逃げ出した。
当然、誰一人ドアを閉めることなど考えてはいなかった。
部室は瞬く間に火の海と化し、その火は――ガスコンロに使用していたガスまで飲み込んだ。
表面が徐々に炎の熱で溶けだし、ガスが漏れた瞬間だった。
突如、部室でけたたましい音が響くと部室の入り口はまるで火を吐く獣のように炎を噴出させ、廊下まで飲み込み始めた。
一瞬にして廊下の飾りが引火していくのと悲鳴が上がるのはほぼ同時のことだった。
誰かが火災報知器を鳴らし、部室棟は一転して修羅場と化した。
「ど、どうすんだよ! あんなことになって!」
「知るかよ! そもそも俺たちを注意したあいつらのせいだろ!」
互いに責任を擦り付けあいながら五人が走っていると、
「そこの五人、廊下を走ることは校則で禁止されています。止まりなさい」
一階下の生徒開室から上ってきた銀子とはち合わせた。
が、五人は止まらない。
「うるせえ! 今はそれどころじゃねえんだよ!」
先頭にいた男子が銀子を突き飛ばし、急いで階段を駆け下りる。
壁に肩をぶつけて痛みに眉根を寄せながらも銀子の視線は五人の顔から外れることはなく、全校生徒の中から照合を始めた。
「……三年生にもなってあの落ち着きのなさ。加えて小さい子供のいる現在の校内での思慮のなさは今後の進路に少なからず影響するでしょう」
名前と学年が把握できた時点で今は追いかける必要が無いと判断し、銀子は上階を目指す。そもそも生徒会室から出てきたのは大きな悲鳴と爆音の調査のためだ。
そして、その原因は天井に立ちこめる黒い煙から容易に想像することが出来た。
銀子は急いで階段を駆け上ると、突き当たりの部室から炎が燃え盛り、廊下と隣の部室まで浸食し始めていた。
しかし、銀子の表情は変わらない。
彼女は逃げる人々をかき分けると火災用の緊急ボタンを押した。すぐさまけたたましいベルの音が鳴り響く。
「う……」
火災報知器の近くまで煙が充満し、喉を焼くような不快感に銀子も眉根を寄せた。
肺に進入した煙を吐き出すように大きくせき込みながら銀子は逃げる人たちと共に一階を目指そうとするが、銀子の目にオロオロと不審な挙動を繰り返す女性の姿が目に留まった。
「ここは危険です。一緒に避難しましょう」
銀子が声をかけると、女性はすがるように銀子の肩を掴んだ。
「子供が! 子供が! あの教室にいるはずなんです!」
そう言って指し示したのは、出火元の隣の部室だった。すでに入り口まで炎が浸食しており、もうもうと煙が立ちこめている。
「……あなたは避難してください。私が行ってきます」
そう言うと、銀子は女性が制止する前に口をハンカチで押さえながら煙の中に飛び込んでいった。
「あ……!」
女性は何かを言おうとしたが、その前に銀子の姿は煙と炎の中に消えてしまった。




