4-3話
「盛況みたいですね」
次のパスタを茹でようとしていた将吾の手が聞き慣れぬ声を聞いてピタッと止まり、料理を中断してそちらを振り返ると、そこには銀子がいた。
「おかげさまでね。食べてくか?」
「いえ、今は学校全体の見回りをしているだけなので遠慮させていただきます」
と、銀子が相変わらず機械のように表情を変えずに言うと。
ぐぎゅるるるぅぅぅ~~~~……。
中々派手な腹の虫が銀子の腹から聞こえてきた。
時間を見ればそろそろ十二時に達しようとしている。昼時ならなおのこと腹は空くだろう。しかし銀子の表情は動かない。
「お前……」
「今のは空腹からくるものではありません。腸内のガスが爆発した音です」
「素直に腹減ったって言った方がマシじゃないか? いいからこれ食べろって」
将吾はそう言って持ち帰り用のナポリタンと割り箸を銀子によこした。
「申し訳ございません。今は持ち合わせがありませんので」
「いいよタダで。腹減ってる奴をそのまま帰せねえよ」
将吾が押しつけるように銀子にパックを渡すと、
「それでは……いただきます」
銀子はパックのフタを開けてナポリタンを口に運ぶ。
「どうだ?」
「……中々美味しいと思います」
いつものように素っ気なく銀子は答えるが、将吾はその微かな変化を見逃さなかった。
「あれ? お前笑ってないか?」
緩んだように見えた口元を指摘した途端、銀子はぎゅっと口を結んだ。
「笑っていません。頬の筋肉が痙攣しただけです」
「それはもう笑ったことを白状した方がよくないか?」
「……そんなことより、表のポスターなのですが」
銀子は視線を逸らしながら訊ねてくる。
「料理の他に占いもやっている。と書かれているのですが、事実ですか?」
「あ?」
将吾は露骨に眉根を寄せて怪訝そうな顔をする。今にも胸ぐらを掴んで怒鳴りつけそうな表情だが、心情的には理解不能という感情しかなかった。
ふと、ココと目が合った。
ココは意味ありげにウインクをして見せ、将吾はその文言を誰が書き足したのかすぐに理解した。
「……まあ、占いは出来るけど。興味あるのか?」
「はい。なんの根拠もないのに他人の未来を予測するという行為は中々興味深いです」
「予測ってほど大それたもんじゃないけどな。……とりあえずやってみるか」
将吾はポケットから大アルカナのカードだけを取り出すとシャッフルして銀子に表を見せないように差し出した。
「それじゃあ、カードを一枚引いてくれ」
言った瞬間、銀子は即座に一枚引いて将吾に渡してきた。
将吾はそのカードを受け取り、ぴくっと眉を動かした。
銀子が引いたのは塔が描かれたカードだった。
塔のカードはある意味では死神よりもずっと嫌なカードなのだ。死神には再生などの意味も込められているが、塔のカードは基本的にひたすら悪いことしか暗示されいない。
将吾は塔のカードをジッと見つめながらカードの意味を読み取る。
「……近いうちに大きなトラブルに遭うって出てるな。しばらくの間は大きな行動を控えて、身の回りに注意した方がいい」
「近いうち……というのはどれくらいの期間ですか?」
「最大でも一ヶ月……ってところかな? 早ければ今日かも知れないし。まあ、なんにしても注意が必要って感じだな」
「なるほど……では、特に警戒せずに一ヶ月過ごして、怪我やトラブルに見舞われるか検証してみましょう」
銀子はしれっと言ってみせる。
彼女にとっては占いの内容より、その予想が的中するかしないのかが重要らしい。将吾が露骨に顔をしかめてもお構いなしといった様子である。
「お前……それ間違ってもプロの人とかに言うなよ」
将吾がタロットをポケットに戻すと、
「将吾くん! オーダー入りました!」
「ショーゴー! こっちもだよー! 早く作るよー!」
彩乃とレナにせっつかれて将吾はびくっと背筋を伸ばした。
「とにかく、大きな怪我とかには気をつけろよ!」
「了解しました。トラブルを未然に防げても、占いの的中と判断させていただきます」
銀子はぺこりと頭を下げて部室を出ていく。
当人はそこまで占いの結果を気にしていない様子だったが、占った将吾は違った。
なにか、嫌な予感がする。
それは占い師の勘か、それとも占いやジンクスを気にしすぎるいつものやつなのかは定かではなかったが、しばらくの間、その嫌な予感はぐるぐると将吾の頭を駆けめぐっていた。
***
「いひひ……い~っひっひっひ!」
ボランティア部の部室で、魔女の高笑いが響く。
「ボロい! なんてボロい商売なんだ学園祭! 真面目に働くのがバカバカしくなるような稼ぎじゃないか!」
ココは金の入ったバッグを持って嬉しそうにくるくる回り、その近くで真似するようにレナも回っている。
その表情は本当に嬉しそうで、将吾は初めて人を食ったような笑みではないココの笑顔を見た気がした。もっとも、笑顔になっている理由がだいぶゲスいが。
「喜んでるところ悪いけど、その金は俺たちのところには入ってこないからな?」
将吾が言うと、ココは回るのを止めた。
「……え?」
「金は全部寄付されるんだよ。で、その額で順位が決まるわけだ」
「金額を下げてお客さんを呼んでも順位が上がるわけじゃないし、金額を上げすぎるとお客さんがそもそも来なくなる。よくできたルールですよね」
「……」
将吾と彩乃に言われてココの顔から急速に笑みが消えていくと、そのバッグをレナに渡した。
「私の物にならないなら、いらない」
「もういっそ清々しいなお前。それに、お前が用意したパンフレット、結構な数持っていかれたんじゃないのか?」
将吾はテーブルに設置された小さなラックに目をやった。
ここにあるテーブルや椅子は全てココの両親が売り出す予定の家具であり、家具の足には大きなタグがついているし、ラックには家具のパンフレットが設置されている。最初はパンパンだったのに、今はどのテーブルもほぼスカスカ状態だった。
「こういうパンフレットって、途中で半分は捨てられるんだよね」
ココはいじけたようにヘッ、と笑って見せた。
「まあまあ。とにかく、一度生徒会室にこれを渡してきましょう。お金はそこで管理してるはずですから」
彩乃が取りなすように声をかけていると、おずおずと瑠璃が前に出てきた。
「こ、これで一位になれるんでしょうか……? は、廃部は絶対に嫌です……!」
目の隈のせいで余計に深刻な表情に見える瑠璃を前にしても、彩乃は笑顔のままだった。
「大丈夫! ここまで頑張ったんですから絶対になんとかなりますよ! 今はとりあえず、このお金を預けにいきましょう?」
「そ、そうですね……ここでうっかりなくしたら……盗んだんだってあらぬ疑いをかけられて、部活どころか学校にもいられなくなるかも……」
自分から言い出しておいて瑠璃は青白い顔をますます白くしていった。
「なにもしてないと確かに不安だよな。……どうせ終わるまで暇になったし、他のクラスの出し物とか見ていくか……ぐえっ!?」
将吾が言葉を言い終わるのと同時にさっきまで回転していたレナが矢のように飛んできて首に腕を回してきた。その小学生のような体格のどこから力を出しているのか知らないが、将吾の首は万力にかけられるようにギリギリと締まり、血流を止めていく。
「遊んでいいのかよ? ならいっぱい遊ぶよ! 早くお金持って行くよ!」
「分かった……! 分かったから離れろ……死ぬ……!」
視界を真っ黒に染めながら将吾は必死にタップすると、締まってた気道が確保され、なんとか一命を取り留める。
「じゃあ、お金を預けたらそのまま遊びに行きましょうか」
「敵に塩を送る格好になるけど、仕方ないね。ほら、将吾もその顔のメイクさっさと取っちゃいなよ」
「顔の傷は自前だよ! くだらないこと言ってないでさっさと行くぞ」
将吾はフランケンのヅラをテーブルに置くとさっさと部室から出ていき、四人も後に続いていった。
――全員が部室からいなくなるのを狙っている人間がいるとも知らずに。




