4-2話
怪物喫茶の出だしは良好と言えた。
父兄や他校の生徒が校内に入ってきてしばらくしてから客が途切れることなく来店してきた。
大概はまず料理をしている将吾の風貌に驚いたあと、よくできていると関心の声に変わる。
将吾を知る学校の生徒たちの反応も同様だった。
「マジかよ……あの屍の龍がコスプレしてるぜ……」
「しかもこのナポリタンくそうめぇ……九頭竜ってこういうイベントにちゃんと参加するんだな。サボると思ってたのに」
将吾の耳に今まで聞いたことのない好感触な感想が入り込む。
今まさに、自分の評価は上がっている。
そう思うと自然と笑みがこぼれて自分の料理をホメてくれた奴の顔を見たくて料理に向いていた顔を上げる。
ネジが突き刺さった頭、顔の傷が歪むほどの満面の笑みを向けられて、
「ひっ……」
入れ替わるように生徒たちは顔を下に向けて黙々とナポリタンを食べ始める。
(まあ、いいさ。俺が学校の行事に楽しく参加する奴なんだと思ってもらえて、メシもホメられればそれでいいんだ)
落胆もせずに将吾は再びナポリタン作成のために手を動かし始める。今日で完全に誤解が解けるなんて思ってはいない。今日は誤解が解けるきっかけになりさえすればいいのだ。
今の生徒の反応を聞いて将吾自身の不安は拭えたが、不安は他にも色々ある。
例えば、他の怪物たちの接客能力だ。
将吾はレナの方を見る。
「いらっしゃいませよー! 席が空いてるからここで食べるといいよー!」
言葉遣いに問題しかないが、所詮は学祭だからと客も大目に見てくれているが将吾からすれば気が気ではない。
「注文取るよー。ナポリタンでいいかよー?」
「え、いや……せめてメニューを……」
「じゃあ水でいいかよー?」
「あ、じゃあとりあえず水で……」
「かこしまりましたよー。ショーゴー! ナポリタン一つ作るよー!」
「誰かあぁぁ! ちょっと通訳の人呼んでええぇぇ!」
客が吼えると彩乃がフォローのために飛んできた。
「申し訳ございませんお客様!」
彩乃は深々と何度も頭を下げると、客もようやく話が通じる人間が来たとため息をつく。
「君に文句を言っても仕方ないんだろうけどねぇ……あんな言葉遣いじゃこの先社会に出てやっていけないよ? 分かってる?」
「申し訳ございません……」
「そもそもに……ん?」
説教を続ける客は彩乃の顔を注視する。その顔は血の気が引いて真っ青になっており、口を押さえる指の隙間から血が漏れ出していた。
「も……ぼうしわけ……げぶっ! ありませ……ごふっ!?」
喋ると血のあぶくが指の隙間から出てきて客は手を前に出すと慌てて制止した。
「ああああああ! ごめん! 僕が言い過ぎた! 学祭なんて楽しければいいからね! そんな気にしないで! ホントごめんなさい!」
「お心遣いいただき恐縮です……」
吐血が止まった彩乃は口を血塗れにしながら笑みを返す。その姿はまさに吸血鬼そのもので、周りの客もそれがただのメイクだと信じ込んでいる。
……と将吾は心から願っていた。
問題はあの二人ばかりではない。
将吾はちらりと視線を瑠璃に向けた。
「ねえねえ、ここの料理って美味しいの?」
「あ、は、はい……賞味期限が切れていたり、異物が混入したりしない限りは美味しいと思います……」
「いや、そういうことじゃなくて・……え? 変な物が入ってたりするの?」
「入ってないと思います……多分、おそらく、きっと……入ってないといいんですけど……」
「いやいやいや、ちょっと怖いって……なんでそんなに自信なさげなの?」
瑠璃は質問される度に汗を飛ばしながら俯いてしまう。接客に向いた性格とは言えないから仕方ないは仕方ないのかもしれないが。
将吾が手を止めて助けに入ろうと教壇を動いたその時、
「お客様、その料理は当店のシェフが腕によりかけて作った自慢のナポリタンです。味にご納得いただけなければお代は結構ですので、ぜひご賞味ください」
颯爽と現れたココはお客の前で恭しく頭を下げてみせる。さすが口から先に生まれた女、こういう時は本当によく舌が回るものだ。
「あ、そう? それなら食べるけど……」
「……? 私の顔になにか?」
「いや、そっちの子もだけど君も可愛いなぁと思って」
瑠璃は急に容姿をホメられて驚いたのか頭の蛇を逆撫でさせると慌ててココの後ろに隠れた。
一方のココは動じる素振りが全くない。
「あはは、よく言われます」
「だろうね。ねえ、よかったらさ今度どっか遊びにいかない? アドレス教えてよ」
今度は料理そっちのけでココを口説き始めた。
これには将吾も少し表情をむっとさせる。ココが言い寄られてることが気に入らないんじゃない。自分が作った料理をナンパのダシに使われたようで気分が悪いのだ。
ココは何かを考えるように天井に視線を向け、唇に指を添えているかと思えば、それをやめてニコニコ笑みを浮かべながら将吾に近づいてきた。
「ねえ、ダーリン。私なんだかあの人に言い寄られてるみたい」
そう言って腕に抱きついてくるココは言い寄ってきた客を指さした。
将吾と客の視線が自然と交差する。
教壇とは、基本的に教室を見渡すために高く作られている。従ってそこに上っている巨大なフランケンシュタインこと将吾の背はいっそう高く見える。
巨大な影が客を覆い、鋭すぎる眼光が身体に突き刺さる。
客はみるみるうちに小さく萎縮していくと、将吾は安心させるように、にいっと白い歯を見せた。
顔の傷を大きく歪ませ、こちらをジッと見てくる大男に客は急いで視線をはずすと飲み込むようにナポリタンを口に突っ込み、震える手で金をテーブルに置いた。
「お釣りいりません!」
簡潔にただそれだけ言い残すと客はあっという間に退転していった。
「怖かったわ私のスーパーマン。震えが止まらないの……ぎゅっと抱きしめて」
「今の俺はフランケンだ。いつまでもふざけてないで仕事しろ」
冗談と分かっている言葉にいちいちまともに付き合うつもりはない。将吾は払うようにココの腕をどかすとさっさと自分の定位置に戻り、ココと瑠璃も他の客の相手をし始めた。




