4-1話
出し物、料理、内装、これが決まってからのココのフットワークはとにかく軽かった。
まずは今ある内装はカーペット以外全て空き教室に移動させると、そこに上品な白い丸テーブルと椅子がセットされ、教壇の近くには簡易的な台所が設置された。将吾の身長にあわせており腰を痛めないようにとの配慮までされた仕事の細かさである。もちろん、その全てに会社のタグと電話番号がでかでかと記載されている。宣伝する気満々だ。
そんなわけで将吾たちはココの全面指揮の元、部屋の内装を整えていき、気がつけば文化祭当日になっていた。
「なあ……」
「ん? どしたの?」
不満げな顔をぶら下げる将吾にココはからかうような口調で訊ね返した。
「俺、ポスター作るなんて話全然聞いてなかったんだけど」
「そうだろうね。私が言わないように皆に言ったし」
「なんで?」
「だって、言ったら将吾怒るだろうし」
なにも悪びれる様子もなく答えるので、思わずため息が漏れた。
まあ、文化祭でポスターを作らずにどうやって客を呼ぶんだという話ではあるし、誰かが気づいてやってくれただけありがたいのだろうけど……。
将吾はちらりとポスターを見つめる。
そこには、傷だらけでこめかみに巨大なネジが突き刺さっている男が不気味な笑みを浮かべており、その上にはこれまたおどろおどろしい字体でこう書かれていた。
『怪物喫茶 フラン軒』
「よかったね、このお店の主役は将吾だよ」
ココはウィンクしてきた。
「一向に嬉しくねえよ! てか、他の奴らは?」
「もう来るよ。あの三人の衣装は準備に時間がかかるから」
「お前はいいのか?」
「ああ、私はいいの。準備は簡単だから」
そういえば、まだ誰がどんな衣装を着るのか聞いてないな。と将吾が考えていると、
「お待たせしましたー」
彩乃が部屋に入ってきて、将吾は振り返り思わず目を丸くした。
黒の意匠に身を包み、マントを揺らしながら彩乃は向かってくる。その目はいつもの黒色から血のような赤色に変わり、犬歯は一目で分かるくらいに伸びていた。
これは明らかに吸血鬼、
「しょ、将吾くん……そんなにジッと見られると恥ずかし……げふっ!」
否、吐血鬼のようだ。
「どうですか……? 似合ってますか?」
吐血鬼の彩乃はもじもじと俯きながら上目遣いでこっちを見てくる。
「おう、似合ってるな」
それだけ返すのが精一杯だった。
黒いマントに包まれて、黒のニーソックスとプリーツスカートの間から覗く太ももはいっそう白く映えて見えるし、非日常的な赤い虹彩で見つめられると妙にどぎまぎしてしまう。
と、
「ショーゴ! レナもホメてー!」
「ぐっ!?」
急に首もとに抱きつかれた衝撃で首がもげそうになりながら将吾は必死で踏ん張って、首に絡まった腕を掴んで気道を確保する。
「レナ、近すぎて見えない……」
「あ、そうだったよ」
レナはぴょんと将吾の身体から離れる。
まず、将吾の目に留まったのは頭に乗っかった犬の耳だった。
次いで腰の付け根あたりから太くてふさふさした尻尾が左右に振られているのが見えた。
「ガオー! レナは狼人間だよー! コワい?」
「いや……うん、似合ってはいるな。うん」
いよいよ愛玩動物のような状態になったレナの頭を撫でると、どういう仕組みなのか尻尾が嬉しそうにパタパタと左右に揺れた。
「ふ、二人とも……気に入ってくれたみたいでよかったです……怒られたらどうしようかと……」
レナと彩乃の後ろから瑠璃の心配そうな声が聞こえて、将吾はそちらを見ると、
「うおっ!?」
思わず後ずさりした。
瑠璃の頭には無数の蛇が乗っていたのだ。もちろん偽物だろうがゆらゆら揺れ動く蛇の眼は血のように赤く、こちらをたまに睨みつけているように感じた。
瑠璃は顔にかかっった蛇をのれんを分けるようにすると心配そうな表情で将吾を見つめた。
「あ、あの……メデューサ、なんですけど……どうですか?」
「おう……ビックリした。よくできてるなその蛇」
「……頑張りました」
瑠璃は薄く笑みを浮かべると恥ずかしそうに蛇で顔を隠してしまった。
「……で? 俺とココの衣装はどうなったんだ?」
「私たちのは簡単だもん。瑠璃、お願い」
「はい。……これがお二人の衣装です」
将吾とココに渡されたのはこめかみに巨大なネジが刺さっているカツラと大きなとんがり帽子と真っ黒なローブだった。
ココはそれを受け取るとローブを頭から着込み、頭に帽子を乗せると指揮棒のようなものを手にとって軽く振るって見せた。黒一色の格好に長いブロンドの髪がいっそう輝いて見えて、いたずらっぽく微笑む姿はまさに魔女のようだった。
「そーれ将吾、フランケンシュタインになーれ」
言いながら指揮棒で将吾の額をつついた。
「うるさいよ。そんな魔法使われなくてもかぶるって」
将吾は言いながらヅラを頭に乗せた。それで終わりと言うべきか、たったそれだけヅラと顔の傷がマッチしてフランケンシュタインのクオリティーが上がっていると受け取るべきなのかは疑問の残るところではあるが、ともかく将吾は見事にフランケンシュタインになってしまった。
「将吾くん、似合ってますよ」
「……ありがとよ」
手放しでホメられているのは分かる。が、将吾としてはそれはそれで複雑な思いを抱かずにはいられない。
「しょ、将吾先輩は料理担当だから、衣装は最低限のものにとどめておきました……料理中に服が燃えて皮膚がただれ落ちたりしたら大変ですから……」
「なんでわざわざ怖い想像を口にするんだよ。まあ、確かに衣装着ながら料理するのは色々気を使うけどな。で、なんでココの衣装まで簡単になってるんだ?」
「将吾は引き算の美ってものが分かってないね。素材を活かすならこれくらいシンプルな方がいいの」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしながら髪を掻きあげると、黒のローブにかかるそれは黄金で紡がれているように輝いて見えた。
なるほど、確かに派手に着飾っていればこういう風には映らないだろう。素材を活かすとは上手い例えだ。
「それじゃあ、そろそろ開店の準備を始めましょうか。将吾くんはお持ち帰り用の料理を準備してください」
彩乃に促されて将吾は教壇の前に設置されたキッチンに立つ。キッチンと言っても他の教室で邪魔になっていた教卓をいくつか並べただけのものだったが包丁とコンロが使える場所があれば事足りる。
将吾は三人前くらいを一気に茹でていき、それをフライパンでナポリタンにしていく。多少なり時間はかかるが作り置きを増やしていけば十分にカバー出来る。
透明なパックにナポリタンが詰められていく。パックに一人前が丸々入るわけもなく、半人前が一パックになる。
「ふふ。半分の量で一人前の値段を取れるなんて、お祭り様々だね。そのうえ水道水で金も取れる。ただのカルキ水が黄金に見える……ふふふふ」
出来上がる料理とコップに注いだ水を見つめながらココは楽しそうに笑みを浮かべる。その表情は衣装も手伝って子供をさらって食べる魔女のようだった。




