3-15話
モヤモヤしたものが晴れないでいると、レナガ突然飛びついてきて将吾の背中をよじ登ると肩車の状態から将吾の顔をのぞき込んだ。
「おー、ショーゴの顔、あちこち傷だらけだよー。目の傷がおっきいから気づかなかったよー。どーしてショーゴは顔が傷だらけなのかよ?」
「あ、それは私も気になる。どうして? 彼女との別れ際にこじれたの?」
「そんなややこしい恋愛したことねえよ! ……昔、色々あって大怪我したんだよ」
「色々ってなによ?」
「……別に、聞いても面白い話じゃねえぞ」
将吾が言葉を濁すと、肩に乗っているレナが髪を掴んで暴れ始めた。
「きーかーせてーよー! きーにーなーるーよー!」
「いだだだだ!? 抜ける抜ける! 話から! 引っ張るのを止めろ!」
レナは大人しく引っ張るのをやめると将吾からスルスルと降りて、体育座りで話を聞く体制に入った。
他の三人も視線もこちらに向いており、将吾はため息をついた。
「言っておくけど、大した話じゃねえぞ。昔、空からガラスが降ってきたんだよ。ビルの工事で持ち上げてたガラスが落ちたんだろうな。雷かと思って上見たら、重機にぶつかって粉々になったガラスが雨みたいに降ってきたんだよ。あの時は……大人たちが一斉に騒ぎ出して、走って逃げ出したんだよ。たぶん、三十秒も無かったろうけど、走馬燈みたいな感じって言えばいいのか、その時は時間がすげえ長く感じたんだよ」
語っていくうちに将吾は記憶の源泉を両手ですくい上げるように、ゆっくりと思い出していった。
自分も逃げ出さないと、そう思って大人に混じって逃げ出そうとした。
けど、その時、あるものが目に留まった。
女の子だ。
自分と同じか、年下くらいの女の子。
大人たちのパニックが怖かったのか、その場でうずくまって泣いてたんだ。
それで、俺は……大人たちの流れに逆らって、その子の近くまで走ったんだ。
助けなきゃとか、危ないとか考える前に身体は勝手に動いててた。
きっと、昨日読んでたマンガのヒーローごっこのつもりだったんだろうな。
その子の傍まで走っていったら、俺はその子を背にして……。
「そっから記憶がないんだよな。次に目が覚めた時は顔中包帯を巻かれてベッドの上に寝てたんだ。横にいた母親は大泣きしてて、とりあえず夢じゃなかったことだけはわかったけど」
そこまで言い終えて、将吾は乱暴に頭を掻いた。
「あああ! 自分で話しててすげえ恥ずかしい! なんでガキの頃にカッコつけた話をしなきゃいけねえんだよ!」
「いやいや、十分カッコいいよ。将吾はその子のヒーローだね」
「やめろって! おまえ、わざとやってるだろ!?」
将吾は顔を真っ赤にしてココを睨みつけるが、ココは薄い笑みを浮かべて羞恥心を煽るように拍手まで送ってきた。
「そ、それで……その、女の子は……どうなったんですか?」
「そうよ! まだ話終わってないよ! その後どうなったよ!」
いつの間にか身を乗り出す人数が増えており、将吾は余計に恥ずかしくなった。
「結局、怪我はしたみたいなんだよな。同じ病院に入院はしてたみたいだけど、俺は集中治療室だったから顔は見てないんだよな。ただ……一回だけ、手紙はやりとりしたけど」
「おお、ラブレターですかな?」
「……お前、あんまりからかうと話すのやめるぞ?」
将吾は冷ややかな視線を送ると、ココは自分の唇を摘んで見せた。
「お礼の書かれた手紙だよ。今度、困った時があったら、私が絶対に助けます。みたいな内容だったな。で、俺も返事を書いて、それっきりだ」
「どうしてよ?」
「その子、その後すぐに引っ越したらしんだよ。俺も退院したら親の都合で引っ越したし、助けた時も背中向けてたから、どんな子だったか知らないんだよな。……な、大した話じゃないだろ?」
「そ、そうですね……。ガラスが降ってきたとき、顔中の皮膚がズタズタに切れたとか右目の大きな傷を作ったガラスに自分の皮がへばりついてたとか……色々怖い想像してたんですけど、そこまでは怖くなかったです」
「いや、別に怖い話をしたつもりはないんだけど。で、またそういう話すると彩乃が血ぃ吐くから。大丈夫か?」
そういえば、話してる最中に彩乃はなにも言わなかったな。
彩乃に声をかけながら 将吾はそんなことを思いつつ視線をそちらに向けると、
「……」
彩乃は、なにやら深刻そうな顔をしてどこともつかない床の一点を見つめていた。
「……彩乃? 大丈夫か?」
「……ふぇっ!? あ、ああ、だ、大丈夫です、はい」
「ホントか? なんか、顔色悪いぞ?」
「すみません、ちょっと……考え事をしてまして」
「考え事?」
将吾がオウム返しに訪ねると、彩乃は黙って頷き、しばらく沈黙のうちにゆっくりと口を開いた。
「将吾くんは……その子を助けたこと、後悔してませんか?」
「ん?」
「だって、そんなことがなかったら、こんなに怖がられなかったかもしれませんし……」
「ああ……」
将吾は、ようやく質問の意図を理解したのか慎重に答えを紡ぐように喋り始める。
「もう終わったことだし、その子も無事だったから俺は別になんとも思ってないな。むしろ、あそこで動かなくて、その子が大怪我をしたところを想像すると今でも嫌な気持ちになる。……だから俺は後悔してない。間違いなく正しいことをしたって信じてるよ」
将吾は右目の傷を指でなぞりながらニイっと歯を見せて笑った。
「それに死ぬ気はしなかったしな。その日の俺の星座も血液型も一位だったし。人助けが吉。って言ってたしな」
それを聞いて、彩乃も暗い表情をやめて少しだけ笑顔を見せる。
「ていうか、後悔もなにもないよね。傷が無くても将吾の顔は怖いし」
「ほっとけ!」
将吾が大口を開けて吼えるとココたちまで笑い出して将吾はバツが悪そうに頭を掻いた。
それを楽しそうに彩乃は見つめつつ、ふと時計に目をやってハッとした。
「あ! そろそろ家の人が帰ってくるかも」
「おお、もうそんな時間か。じゃあ、衣装は次の放課後ってことでいいな?」
「うんうん。それまでに皆の衣装も色々考えておこうか」
「それじゃあ、今日は解散ということで。お疲れさまです」
彩乃が頭を下げると、四人はぞろぞろと玄関に向かって歩いていく。
「あ、あの……将吾くん」
列の最後尾を歩く将吾に彩乃が声をかけた。
「ん? どうした?」
将吾は彩乃の方へ身体ごと向き直り、彩乃の言葉を待った。が、彩乃は俯いてもじもじと身体を揺するだけでなかなか喋ろうとしない。
「なんか、言いづらいことなのか?」
「そ、そういうことじゃないんだけど、その……。そう! お見送りしますね?」
「……? あ、ああ……」
わざわざ呼び止めて言うことかと思いながらも将吾は振り返って再び玄関を目指す。
外はすっかり日も落ちてしまい門までの長いストロークに設置された外灯が庭を照らしていた。
彩乃に見送られながら将吾たちは門を出て、
「ショーゴ! 見てよ! 星が出てるよ!」
レナが飛び跳ねながら空を指さす。そこには確かに燦々と輝くような大粒の星が瞬いていた。四人は空を見上げながら駅の方へと歩いていく。
「き、綺麗ですね。名前が分かればもっといいんですけど」
「あれはパスカっていう星だよ。春の時期に一番強く輝く一等星で昔の人はあの星の光の強さで明日の吉兆を占ったんだよ」
「おー! ココは物知りだよー」
「うん、まあ嘘だけどね」
レナは口をあんぐりと開けて呆然とするようにココを見つめた。どうしたらあんな風に本当のような嘘をすぐに思いつくのだろうか。
将吾は再び空を見上げる。
まあ、あれがなんて星なのかは知らないけれど綺麗なことに間違いはない。
こうやって空の星を見上げていると、将吾はふと考え込む。
あの時助けたあの子は同じように星を見ているだろうか。
俺は今日のことを思い返せば、思わず笑ってしまうだろう。あの子も今日のことを振り返って笑っていられるようなら、こんなに嬉しいことはない。
(どうか、あの子がそんな風に暮らせていますように)
将吾は顔も知らない少女の幸せを星に願い、それは電柱に激突するまで続いた。




