3-12話
学校を出て、しばらく歩いた場所にある住宅街にその家はあった。
一軒家が四つは建ちそうな巨大な敷地を高い塀が囲っていて中の様子は何も見えない。唯一の出入り口になっている門は重量感のある漆塗りの木造門。その門の前に建てば将吾さえも小さく感じられる。
仁勇会。
家の表札よりもでかく書かれたその字は門の上に堂々と掲げられていた。
「将吾を家にしたって風情ね」
ココがポツリと感想を漏らす。よく分からないが失礼なことを言われたのだけは理解した。
「それじゃあ今開けるから」
彩乃は門の前に立つ。目の前の門と彩乃の体格はどう考えたって釣り合っていない。下手にこれを押そうものなら彩乃がまた血を吐くんじゃないかと将吾は心配になった。
彩乃は門に親指をグッと押しつけると、その横の板がスライドしてナンバーキーが現れた。彩乃は手慣れた様子でそれを押すと、重厚な門は地鳴りのような音と共にゆっくりと開門しだした。
「指紋認証に暗証番号。かなり厳重だね」
「うん。お父さんも自慢してました」
ニコニコしながら彩乃は答えるが、それはそこまで強固な守りを固めなければいけない何かが中にあることを示唆させ、将吾はさらに顔色が悪くなるが、
「おお……」
門が開いた先の景色を見て将吾は少しだけよくなった。
目の前に広がるのは趣深い日本庭園。石畳のストロークの先にはこれまた古風な日本家屋が建てられている。
そこはまさに日本の屋敷を絵に描いたような場所だった。
「よ、よかったです……怖い人たちの出迎えとかあったらどうしようって……ずっと怖かったんです」
瑠璃がホッとため息をついて、将吾はようやく気づいた。
屋敷から人の気配が感じられないのだ。その静けさがさらに目の前の景色を絵のように錯覚させてしまう。
「なあ、両親とかは留守なのか?」
「お父さんは夜中まで帰ってこないですから心配ないですよ」
そう言って、彩乃はイタズラっぽく笑みを浮かべて将吾の顔を見上げた。
「な、なんだよ……」
「怖い人たちがいるんじゃないかって不安だったんじゃないですか?」
ズバリ図星を指されて何も言い返せなくなると彩乃は明るい調子で笑った。
「将吾くんは思ってることが顔に出やすいんですね。考えてることが全部お見通しですよ」
彩乃は、いいですか? と言いながら話を続けた。
「そもそも組の人は滅多に家に来ないですよ。社長の家で直接働くわけないじゃないですか」
そこまで言われて将吾もようやく思い至る。
まったくもってその通りだ。仕事をするのに社長の家を使っている会社なんて聞いたことがない。誰だって事務所や会社に行くものだ。ココはその辺のことが分かっていたから無警戒で呑気にここまで来たのだ。レナは本当に何も考えてなさそうだが殺し屋くらいなら倒せそうだから問題はないだろう。
「ふふふ、将吾そんな心配してたの? 可愛い~」
「悪い奴が殺しに来てもレナがぶっ飛ばすから大丈夫よ、ショーゴ」
「あ~、レナだけはいい子だな、偉いぞ」
「えへ~」
頭を撫でられてレナはだらしなく表情を緩ませて笑顔を浮かべると、彩乃が手を叩いて皆の注目を集めた。
「はいはい、それじゃあ皆で食材を運んでから料理を始めましょう。将吾くんは味見担当でお願いします」
「え? いや、俺も作るけど……」
「いいんですよ、料理は女子の仕事ですから。将吾くんは座って待っててください」
「審査役が料理作ったら審査が偏るでしょ。まあ、楽しみにしててよ」
「わ、私……! い、一生懸命作りますから!」
「レナも頑張るよー」
女子四人の圧に負けて将吾は、おう、と短く返事をして客間に向かった。
客間はまるで料亭の宴会場のような広さを誇っており、畳も新品のように綺麗だし長いテーブルは顔が映り込むほどピカピカだった。
遠くからは鹿威しの音が聞こえるだけで、一人待たされる将吾はさっきからそわそわと身体を揺すったり腰を少し浮かせたりしていた。
そんな時間が四十分ほど続いた後、
「ごめんなさい、思ったよりも手間取っちゃった」
ふすまを開けて制服から割烹着を着た彩乃がお盆を持ちながらやってきた。
続いてココと瑠璃が同じく割烹着を着てやってくる。
「……レナは?」
「それが、料理してる最中に抜け出しちゃったんですよ。お手洗いか……家を探検してるのかもしれませんね」
「心配しなくてもレナなら大丈夫でしょ。それより、今は料理だよ」
「す、凄く頑張りました! ……気に入ってくれるといいんですけど……」
「ああ、何もしてないのが申し訳ないけど、きっちり審査させてもらうよ」
将吾が背筋を伸ばして座り直すと、まず彩乃が作った料理が将吾の前に出された。
「チャーハンを作ってみました。召し上がれ」
出されたチャーハンは綺麗なドーム型に整えられており、米は玉子で黄金色に輝き、そこからエビや細切れのチャーシューが覗いていた。
将吾は思わず唾を呑んだ。
「いただきます」
彩乃の笑顔に応えるように将吾は手を合わせてチャーハンにスプーンを入れると一口放り込んで数回顎を動かすと、
「……?」
思わず眉根を寄せてしまう。
決してマズいわけではない。かといって絶賛するほど美味いわけでもない。
――というか、そもそもなんの味もしない。
いったいどういう製法で作られればこれだけ食材の味を消すことができるのか。米の味も風味も舌が全く感知しない。出された水道水の方がなにがしかの味があるように思えた。
「……あの、これ……」
「美味しいですか? 隠し味を入れてみたんですけど」
(隠し味って料理の味を消す技法のことだったか?)
と、問いかけそうになってしまうが、笑顔で美味しいかどうか問いかけてくる彩乃にそんな質問は出来ず、将吾は曖昧な笑みを見せて頷くしかなかった。
「うん……塩分控えめだな」
とりあえず出た感想がそれだった。




