3-8話
「本日、朝から不穏な噂を耳にしました。ですので真意を確かめるためにあなたたちにはこうして集まっていただいた次第です」
銀子はメガネをクイっと押し上げて、何かが書かれているメモを開いて読み始めた。
「先日の放課後、九頭竜将吾が同校の男子生徒とコンビニで口論になった末に暴行、隠蔽の為に路地裏のポリバケツに生徒たちを収納しようとした。訂正があればどうぞ」
「その前に、質問いいですか?」
「なんでしょうか、蛇払さん」
「自慢じゃないけど、私たち全員色んな噂をされてるんですけど……どうして今回は呼び出されてるんですか?」
「答えは単純です。今日までの噂は荒唐無稽すぎて信じるに値しない情報と判断したからです。蛇払さんのご両親が反社会的な仕事をしていることは存じていますが、それだけで組織の力を使えるものではないでしょう。また、この法治国家で極道組織の人間であろうと百人も殺せば逮捕されます。……ですが、今回に関してはその例から漏れていると判断しました?」
「理由は?」
今度はココが訊ねた。
「理由は二つ。まず今までの噂と違い明確な場所、時間が示されていること。もう一つは被害を訴える男子生徒がいたことです。その生徒の証言によれば、九頭竜将吾が目にも留まらぬ速さで秘孔を突いたとか。……事実ですか?」
「どこの世紀末救世主だ! さっきは荒唐無稽な話は信じないって」
「ですが男子生徒には何かを突かれたようなアザがありました」
「それは将吾じゃないよ。やったのはこの子だ、ほら起きてレナ」
ココはレナを揺するが幸せそうに眠っているレナはまるで起きる気配がない。
爆睡しているレナを見て、銀子は表情を変えぬまま再びメガネを押し上げる。
「なるほど、つまり暴行は事実だったということですね」
「あ、で、でもですね! そもそもあの人たちがレナちゃんを路地裏に引っ張っていったのが原因で……」
「暴行はあくまでも獅子王さんが乱暴をされそうになったための正当防衛であると」
「そうです! だからレナちゃんも将吾くんも悪くないんです」
彩乃はイスから立ち上がってメガネに鼻先が当たりそうなほど接近した。将吾は二人の顔をハラハラしながら見守る。一触即発の気配にビビっているのではない、興奮しすぎた彩乃が血を吐かないか心配しているのだ。
だが銀子はそんなことはつゆ知らず、この接近にも眉一つ動かさずにいた。
「確かに、彼らはそうなった経緯を訊ねたら一部言いよどむ箇所がありました。今の説明とも辻褄が合います」
「それじゃあ……」
「ですが、今回の噂が事実無根なものでない以上、あなた方にも相応の処分をしなければなりません」
「おうおう! ちょっと待てよ姉ちゃん、耳にクソが詰まってんのか? オレ様たちは被害者だぜ? どうして処分されなきゃいけねえんだよ!」
突然、ハンドパペットが反論してきても銀子は構わず反論を開始した。
「どういう経緯であなた方の悪評が広まったかは知りません。が、事実の有無に関わらずあなた方の行動は構内の秩序を乱しています。処分というのは噂の沈静化を図るための処置でもあります。ちなみに私は定期的に耳の掃除を行っているので耳垢は詰まっていません」
「いや、そこまで言わなくていいです」
将吾は諭すような口調で語りかけながら少し安堵していた。
来たときはどうなるのかと思ったが、銀子は自分たちの噂を大人しくさせるために処分を下そうと言うのだ。これは望んでいた形ではないにしても良い結果を生んでくれるだろう。
生徒会が悪い噂の立つ生徒に罰則を与え、その結果自分たちがボランティア部で活動をすれば噂は良い方向に向かってくれるはずだ。
みんなも納得したのか反論する者はいなかった。
「質問は以上のようですので、処分を言い渡します」
銀子は事務的な口調でノートに書いた処分の内容に目を落とす。将吾たちは座を正し、期待を込めた目で銀子を見つめる。
だが、将吾たちの淡い期待は、
「――ボランティア部を廃部とし以後校内での自主的な活動への参加を禁ずる」
まるで金属のように冷たい言葉が一瞬のうちに打ち砕いてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうしてそうなるんだ!? 廃部と謹慎って・……それじゃあ何もするなっていうのと一緒だろ!」
「その通りです。これが一番波風が立たない最善策です」
キッパリと言い切られて二の句が継げなくなっていると、代わりにココが反論した。
「随分と乱暴な意見だね。どうしてこれが最善策と言えるのかな?」
「あなた方がどういう経緯で部活を創設したのかは存じませんが、創設から数日も経たぬうちに悪い噂が流れるような部活を看過するわけにはいきません。それに、行動に移すことが常に最善とは限りません。何もせず、堪え忍ぶことが良い場合もあります」
将吾はその言葉に思わず立ち上がっていた。
「堪え忍ぶ……? そんなことはとっくの昔にやってるんだよ! それでも解決しないから俺たちは行動を起こしたんだぞ!」
声は震えて自然と大きくなる。将吾の頭の中は怒りの熱で真っ赤になっていた。
それでも銀子の声は冷徹に続けた。
「以上が処分についての報告です。ご質問があればどうぞ」
話を一方的に打ち切られる。
それに対してまず第一声を放ったのは、
「お断りします」
他でもない、彩乃だった。
叫ぶでもなく、懇願するわけでもないその声は生徒会室に凛として響き、時間の流れが一瞬止まったようにも感じられた。
将吾は彩乃の横顔を見やる。その表情に怒りの感情は見受けられなかったが、その目には決意にも似た炎が宿っているように見えた。
「私たちは部活を解散させるつもりはありません。そもそもこちらに非が無いのにその処分は不当と言えるのではないのですか?」
「ですが、あなた方が動けば少なからず生徒たちは不安がります。これはそのための処置です」
「その誤解を解く意味も含めての部活動なのにあなたはその権利まで奪うつもりですか? 私たちも生徒の一員のはずです」
両者互いに一歩も譲らず、静かに見つめ合い、視線がぶつかる合間には青白い火花が散っているように見えた。
「おいおい、これ止めた方がいいんじゃねえのか?」
ヴラッドが双方の顔を見やってから将吾の袖を引っ張る。もちろん将吾だってこの状態をなんとかしたいと思ってはいるが、この重たい沈黙を破る方法が将吾には思いつかなかった。
二人が静かににらみ合いを続けていると、その静寂を破るようにパン! と手のひらを打ち鳴らす音が鳴り響いた。
音を出したのは、ココだった。
「はいはい、にらめっこしてても時間がもったいないよ。ここは一つ勝負で決着を着けるのはどうかな?」
緊張した雰囲気に似つかわしくない笑顔を浮かべながらココは銀子を見つめた。




