1-1話
最初の打開策を思いついたのは学校の校門前だった。
それは自分の趣味や得意なことで相手との距離を縮めれば誤解が解ける。というものだった。
そんな閃きが頭を過った瞬間、することも同じく決まった。
彼は占いが好きで、ジンクスを非常に気にする癖がある。
さっきの歩道橋も十三階段という理由で上りきるのをやめたほどだ。
どうしても上らないといけない用事や上っている最中の四段目と十三段目は一段飛ばしで上るという徹底ぶりである。
それだけ彼はジンクスと占いに敏感なのだ。
そして、将吾は少々ではあるが占いの心得がある。
今もカバンにタロットカードを忍ばせている。別に昼飯までタロットで決めているということではないが、お守り代わりにいつも身につけているのだ。
(これをきっかけに、誤解を解こう。問題はタイミングだな」
将吾は頭の中でプランを練る。将吾は昨日のクラスメートのやりとりを頭に残しており、それを頼りに計画を立て始めた。
昨日、占い特集がテレビでやっていた。その話をクラスの男子がしているのを偶然耳にしたのだ。もし、教室でその話をしていたら偶然を装って会話に入りこみ、強引にでもこっちのペースに乗せてしまう。
かなり強引な作戦だったが、今の将吾にはこれ以外の打開策はこれくらいしか思いつかなかった。
(これで友達でも出来ればいいけどな……)
将吾は淡い期待を抱きながらギラリと輝く白い歯をのぞかせながら口の端を歪めた。友達を痛めつける想像をしているわけではない。純粋に笑っているのだ。
と、緩んだ頬を引き締めると背後からざわざわと声が聞こえてきた。
人に顔のことを言われたりするのは慣れていたが、どうもそれとは様子が違っていた。
気になってさっき通った校門の方を見て、白目の面積が多い双眸をくわっと見開いて見せた。怒ってるのではない、ビックリしたのだ。
いつも、自分の周囲二、三メートルに人が入ってくることはまずないのだが、今将吾の目の前には自分めがけて走ってくる生徒の姿が映っていた。
その数七人ほど。
いよいよ神が自分の境遇を哀れんで奇跡を起こしたか。
色々と頭の中で可能性が浮かんでは消えるが、もう将吾はそんなことどうでもよくなっていた。
大事なのは、自分の方に人が走ってきてくれているという事実だ。
まずは笑顔で挨拶と、何気ない会話を。
将吾は色々と妄想しながらついに走ってくる集団が禁断の制空権一メートルに侵入してきた。
金縛りにあったように将吾は緊張しながら、なんとか片手を上げて笑顔を作る。その顔は肉食獣が自分の陣地に飛び込んできた草食動物を見つめる表情を想起させる。
そして、将吾はかすれたような声で挨拶をした。
「やあ、おはよう……」
その声に、走ってきた集団が全員将吾の顔を見つめて――一様に表情を凍らせると、
「ごめんなさいッ!」
「すみませんッ!」
「キャアアアアアアッ!?」
謝罪なのか命乞いなのか分からない言葉と悲鳴が聞こえると、集団は蜘蛛の子を散らすようにその場でバラバラになり、将吾の横をすり抜けていった。
将吾の笑顔が痙攣するようにひきつった。
(……悲鳴は普通に傷つくぞ)
だが、仕方がない。そう簡単に奇跡が起きれば最初から苦労はしていない。この世に神も仏もいないのだ。
うなだれそうになりながら、将吾は校門の方を見た。自分に向かって走ってきたのではないなら、原因は走り出した方角にあると思ったのだ。
見れば校門を囲うようにして、まばらながら人だかりが出来ていた。
その正面を一人、歩く影があった。
歩いているのは、女の子だ。
切り揃った前髪が特徴的な腰まで伸びる長くて艶のある黒髪、パッチリとした瞳、雪みたいに白い肌。
カバンを両手で前に持ちながら陽光に照らされながらしずしずと歩くその姿は、まさに〝お嬢様〟といった雰囲気を醸し出していた。
そんな彼女を周囲は近づかないように遠巻きから見つめている。
彼女の雰囲気に近寄りがたさを感じているのかと将吾は一瞬思ったが、その考えはすぐに改められた。
周囲の目は自分を見ている時と同じ目をしているのだ。
その視線の根幹にあるものは恐怖だとすぐに理解できた。
危険だけど、気になるから安全圏からは見ておきたい。そんな動物園でライオンでも見るような好奇に満ちた視線だ。
しかし、それでも将吾には理解できない。
(なんで彼女をそんな風に見る? どっから見ても普通の子じゃないか)
この疑問に答えてくれたのは、近くにいた生徒の会話だった。
「あれが蛇払彩乃?」
「そうそう、関東仁勇会っていうヤクザの組長の娘だってよ」
「でも、かなり可愛くね? 俺、ちょっと声かけてみようかな」
「馬鹿! あの子に話しかけると、近くで見張ってるヤクザが出てきて半殺しにされるって話だぞ」
「え? 見張ってるのは殺し屋じゃねえの? なんか、血まみれにされた生徒がいるって話だぜ?」
「そうそう、んでついたあだ名が〝紅血姫〟だ」
なんとも根拠のなさそうな話が耳に届いて、将吾はようやく納得した。なるほど。あの子はあの子で大変らしい……まあ、人の心配してる場合じゃないんだけど。
なんて考えている間にも彩乃と呼ばれた少女は真っ直ぐに――将吾のいる方へと歩いてくる。
進行方向に将吾がいることに気づいて、周りの生徒もざわつき始めた。
「おいおい、あれ九頭竜将吾じゃねえか……」
「ええ!? あのヤクザ百人殺しかよ! 蛇払なんかと会ったら……」
「紅血姫と屍の龍か……こりゃあ、因縁浅からぬ感じだな」
(初対面だよ)
周りの声に心の中で毒づきながら将吾は真っ直ぐ向かってくる少女を相手に生唾を飲んだ。
自分の周りを飛び交っている噂は間違いなく根も葉もない噂だ。
だが、目の前の少女もそうかと言われれば、違うという確信が無い。
加えて、向こうが自分の噂を信じていたらどうなるか……。
(あれ? 俺、殺されるんじゃないか?)
ふと、そんな疑問が頭を過った瞬間、血が凍りつくのをハッキリと感じた。
将吾も周りと同じように道を譲りたかったが、さっきの噂が恐怖となって足が動かない。
「さすが九頭竜だぜ。一歩も引かないでメンチ切ってやがる」
「へへ……なんか俺、震えが止まらねえよ」
(俺が一番震えてんだよ!)
周りから見れば学校の黒い噂の二大巨頭が対峙しているように見えているが、その実態はビビッて動けない図体のデカい男がヤクザの娘の道を邪魔しているだけだ。
やがて彩乃はゆっくりと将吾の制空権へと入っていき、顔を見上げると、
「おはようございます」
笑顔で一礼して、そのまま横を通り過ぎていった。
「あ……おはようございます」
通り過ぎ際に、将吾も遅れながら挨拶をした。
(気づかれずに刺されてた……なんてないよな)
将吾はペタペタと自分の身体を触るが、とくに外傷は無かった。
「なんだ、何も起きねえじゃねえか」
「ま、目立った場所じゃ問題になるしな」
期待外れだと言わんばかりのため息が周りから漏れて、白けた雰囲気になるとギャラリーは散っていった。
見逃してもらったのか、それともヤクザだヒットマンだのという話は噂だったのだろうか。
将吾は遠くなっていく彩乃の背中を見つめていると予鈴が鳴り始める。
真相がどうであれ、とにかく教室に向かわなければ遅刻してしまう。
将吾は少し早足で下駄箱まで向かう。
遅刻すまいと同じように走る生徒たちは将吾の前を走らないように気を遣い、うち数人が遅刻したが、そのことを将吾は知らない




