ゲームに巻き込まれる前の話。
「……え?」
なんとも間抜けなこの声は、紛れもなく自分の声であった。
「これ、仕事内容」
なぜこんな「当たり前だ」とでも言うような顔で言われなければならないのだろうか。
最初に聞いていたものと、まるで話が違う。
「あ、あの、テスター業務というのは……」
「君はうちの会社のテスター業務の面接に来てくれたんだったな。だが、こっちの方が適任だと思う。どうかね?」
目の前に差し出されている書類には、《オペレーター業務》の文字が。
「じゃ、明日からよろしくね!佐々木さん!」
「は、はぁ……」
佐々木 奈穂、21歳。高卒フリーターを続けたのち、ゲームのテスター業務やオペレーター業務を行っているこの会社へ辿り着いた。
面接の時、私はテスター業務を希望していた。
その面接には受かり、無事採用。
それがなぜか、テスターよりオペレーターの方が合うと言われ、直前で配属先が変わってしまった。
「……ま、ゲーム関係には変わりないか……」
私は元々、ゲームが好きだった。
特にRPGが好きで、休日は家に籠ってずっとコントローラーを握っていた。
ファンタジーの世界が、いつしか私の癒しにもなっていた。
そうした日常の中で、私は時々ゲーム内のバグを見つけていた。
キャラクターがあるタイミングでTポーズのまま固定されてしまったり、コリジョン判定に失敗したのか、宿屋のカウンター内に操作キャラクターがハマってしまったり……。
たまに出てくるバグを見つけていくうちに、私はゲームのテスター……デバッガーに興味を持つようになっていた。
自分で見つけたバグが直る。
その直ったバグで、どれほどのユーザーの不満分子をゲーム発売前に潰せるか……!
あぁ、もう、考えただけで楽しい。素敵。私はこれからデバッ……
「じゃなくて、オペレーターか、私は……」
昂った気持ちを抑え、現実を受け入れる。
まぁ、いい。同じ職場にデバッガーさんも居ることになる。
これから先、テスター部門に異動のチャンスを狙って、まずは自分に適任だと言ってもらえたオペレーター業務をこなしていこう。
小さな夢だったデバッガーに想いを馳せ、その日は真っ直ぐ家路についた。
* * *
「────はぁ、帰ったらゲームしよ」
オペレーター業務、初日。
午前中の研修を終え、今はお昼休憩。
新しい仕事。新しい環境。
大好きなゲームに関われるというだけで充分に楽しいと思えてはいるものの、慣れないことをしているおかげで、研修というのはどうにも疲れる。
自分のデスクの椅子に力無くぐったりと体重を預けながら、帰宅後の癒しを呟いたところで、あることに気付く。
────お昼休憩ということは、休憩室に行けばこの会社のデバッガーさんにも会えるのではないだろうか。
「……距離を縮めるだけならタダ、か……」
我ながらやや意味不明な言葉を発した後、私はお弁当を持って休憩室へと向かおうと席を立った。
「────ん? 何、今の」
自分のデスクの上で、何かが一瞬光った気がした。
だが、私のデスクの上に光を発するものは、何も無い。
強いて言うならメモを取る時に使っていたボールペン……といっても、これは光るのではなく、単にオフィスの蛍光灯の光を少し反射しているだけ……
「(気のせい……か)」
他に特別気になることも無かったため、私はそのまま休憩室へと急いだ。
* * *
「あ、ねぇ聞いた? この間、課長がね……」
社内の休憩室。私は一人、窓辺の席に座って外を眺めていた。
ここはビルの5階。窓からの景色もそこそこ良く、休憩室自体も広くて開放的だった。
お昼休憩ということもあり、昼食をとっている社内のスタッフさんが多かった。
その中に、お目当てのデバッグスタッフさんも何人か居るようだった。
「(うわぁ、なんか……派手……)」
金髪、カラコン、中にはコスプレ用のカツラだろうか。ピンクのツインテールの女性も居た。
彼らの首には、デバッガーであることを示す赤い紐の名札が掛けられていた。
そしてその名札を扉に備え付けてある機械にかざし、別室へと入っていく。その手には、お弁当や缶コーヒーが握られていた。
どうやらデバッガー専用の休憩室が別にあり、そこにはカードキー式の扉が付いていて、他の部門のスタッフが入れないような仕組みになっていた。
先程のピンクのツインテールの女性が他のデバッガーと会話をしながら入っていったが、デバッガー専用の休憩室には防音も施されているのか、話し声は漏れてこなかった。
守秘義務、というやつだろうか。
デバッガーは、発売前のゲームを扱うことが多い。
その頭の中には、ネタバレや重要な情報が沢山詰まっている。
一歩間違えれば、情報漏洩に繋がるため、どのゲームのどんな作業をしているのかは、他言無用であった。
そのため、いくら同じ社内の人間であっても、部門が違えばその業務内容は知られてはいけないのだろう。
休憩室が同じ空間にあっても、デバッガーのみ隔離されているのはきっとそういう意味だ。
「……戻ろ」
私はオペレーター。発売後のゲームの問い合わせ対応。発売前のゲームの情報など、知る必要は無い。
ちょうどお弁当も食べ終わり、お昼休憩も終わる頃となっていたため、私は休憩室を出ることにした。
当初の目的であったデバッガーさんとお近づきになるという小さな夢が絶たれ、少ししょぼくれながら廊下を歩く。
「────?」
廊下に、何か落ちている……?
見たところ、誰かの落し物かもしれない。拾おうとしゃがみ、それが名札であることに気付く。
赤い紐がついていたため、デバッガーさんの名札であることがわかった。
「……石づ────ん?」
名札を届けるため、書いてある名前を確認しようとした時、視界の隅で何かが揺れた気がした。
視線を上げ、周囲を見渡すが、揺れそうなものや人影は見つからない。
気のせいかと思った、その時。
「────っ何!?」
また、あの光。休憩室に来る前、自分のデスクで見たのと同じもの。
まばたきをするような一瞬で、決して強くはない、白い光。
見逃してしまってもおかしくはない光だったのに、どうして2回も……。
その時、急に激しい耳鳴りに襲われ、視界が眩んだ。
『助けて……!!』
頭の中に響くような声が聞こえたその瞬間、視界がぐるりと回り、意識が遠のいていった。