前編です。
タイトルが決まらないときは、モノローグ風ナレーションにしとけって、ばっちゃが言ってた。
目を疑いました。
結婚を間近に控えた彼氏が、見知らぬ女と腕を組んで歩いていたのです。
雑多な人混みなんて関係ありません。
私の高性能な目のズームアップ機能で、はっきりくっきり捉えます。
照れくさそうに、そして嬉しそうに笑っ――いえ、やに下がっている彼氏の表情を。
その彼の腕にぶら下がるようにしている美人を。
美人!
わなわなと震えました。
そりゃ私の容姿は平凡ですよ?
でも久しぶりのデートの予定だったから、少しでも底上げしようと張り切ってたんです。
数日かけて服を選んで、全身をお手入れして、髪だって気合を入れてセットして……。
なのに直前で連絡が来た。
仕事で急用ができたからデートは中止しよう、って。
承知しましたよ、不承不承!
仕事じゃね、仕方ないですよね!!
ほうほう……。
美女と腕を組んでラブラブするのが貴様の職務か……。
しかも、なんだ、その気合を入れた礼装は……?
ふてえ度胸じゃねえか……!!
私の感情に呼応するかのように突風がぎゅんぎゅんと渦を巻きます。
ばちばちと静電気がスパークします。
人混みが、ざあっと割れていきました。
「で、出たぞーっ!」
「なんだ、どうした!?」
「アレだ!!」
「アレかっ!!!」
なんだか騒がしくなったけど視界は開けました。
きっ、と睨んだ先には彼氏と、女。
「き、君っ、どうしてここにっ!?」
「いちゃ悪いですか……? お邪魔でしたか……?」
ずんっと踏み込み。
あちこちで喚声が湧きます。
一目散に遠ざかってゆく人々。そして遠巻きに見守る人々。
でも、そんなことはどうでもいい。どうだって、いいんです!
「私というものがありながら……っ!」
「ち、ちがっ! 誤解、誤解だって!!」
「言い訳なら、あとで聞いてあげます……ゆっくり、たっぷり、ね……?」
口の端を吊り上げます。
一歩一歩、確実に近づいて。
この距離なら――もう逃さない。
最後の一歩で肉薄。
はっと構えようとする彼氏――だが、傍らの女が邪魔でしょう!
「天っ誅――!!」
真面で、ぐっと膝を沈ませる。
正拳突きを喰らえぁああぁ――!!!
がしっ!
「なん、ですって!?」
「ふっ、この程度か」
私の渾身の拳を、手首を横合いから掴むことよって止めたのは美女でした。
互いに手を振り払うようにバックステップ。
こいつ……強い!
「貴女、なにもの!?」
「くくっ。なにと聞かれては仕方ない。私はな――そう、勇者よ!」
「なんですってぇええ!!!?」
なぜ? 女勇者が私の彼氏と腕を組んで歩いているなんて!?
私の脳は混乱の状態異常に陥りました。
勇者というのは、女神に加護を与えられたスペシャルレア職です。
当選確率は国にひとりいるか、いないか。
今の時代となっては懐古的な職業ですが、珍しさから厚遇はされます。
そして、この王国で勇者を引き当てたという話は聞いたことがありません。
彼氏が、はっと我に返って言い寄ってきました。
「き、聞いてくれっ! 違う、違うんだよ、王命だったんだ!」
「王命ですって?」
「そうさ! ほら、隣国から勇者が来たから接待しなさいって。国賓だって。パパンに言われたら仕方ないじゃん?」
「こん……っの、バカ王子がっぁああああ!!」
「なんでさぁああぁ!?」
言語道断の言い訳を繰り出した彼氏に向け、今度こそ拳を振り抜きます。
ずぱぁあああん!!
人体が立ててはいけない音を立てて彼はぶっ飛んでいきました。
あ、空中でワイバーンにぱくっと銜えられて……王都の上空から飛び去って行きます。
なんてこと!
美女がにやりと口許を歪めました。
「おやおや、婚約者に向けて非道なものだな。さすが――魔王の娘」
「貴女には関係ありません!」
きっ、と睨みます。
早く回収に行かなくては!
ワイバーンなら対面だったら従わせるのは簡単なんです。
でもちょっと距離を開けられちゃいましたね……。
我が父――魔王であれば、遠隔でも戻って来いと強制できるでしょうに。
私もまだまだ精進しなければ。
去っていったワイバーンの大まかな個体魔紋を記憶に刻み込みます。
たぶん巣にお持ち帰りされてますね。
あんまり時間が経ったら、魔力の航跡が薄れたり紛れたりして追尾できなくなってしまう……急がないと!
彼は無事でしょうけど。
実はあの打撃、肉体ダメージはゼロなのです。効果音に反して。
定点移動と高速化の魔法をかけ合わせ、拳にまとわせて他者に付与する支援技能。私オリジナルです。
移動中は高速ですが、着地点に近づくと制動するので安心安全。
でも横から掻っ攫われるとは……早急な改良が必要です。猛省。
「では失礼しますね!」
「まあ待て。関係なくはないのさ。私も名乗り出ようかと思っているのでね」
「な、なんの話です?」
「くくく、とぼけなさんなよ。決まっているだろう? 王子の胤の争奪戦に、だよ」
「まあっ」
あけすけな言い方に頬が熱くなります。
「あ、貴女のような下品な人に彼は渡しませんっ!」
「ふっ、それはどうかな? 決めるのは彼自身だろう?」
自信ありげに女勇者が悩ましげなポーズをとって挑発してきました。
確かにその美貌、あでやかな姿態、彼氏と釣り合いの取れる身長まで、どれをとっても私の負けです。
周囲の建物の陰や窓から覗いていたギャラリーも、うんうんと頷いています。
でも、でも!
私にあって、彼女にはないものがあります。
「それは――彼の私への愛っ!! それがあるかぎり私は負けません!」
「大した自信だ。いいさ、どこまで強がりが言えるか楽しみにしているよ」
と、憎たらしく宣言した女勇者は、ふぁさっと長い髪をなびかせつつモデルターン。
しかも高笑いをしながら去っていきました。
なんだか悪役度でも負けた気分です……。
いえ、魔物=悪というのは人間の勝手な偏見ですけれど。
「っと、いけない! 早くあの人を――」
背の竜翼を広げ、王都から飛び立ちました。
これ、人間仕様の脆弱な服でやると破いちゃうんですけどね。
デート中止の報を受けて憤りのあまり普段着で出奔してきたのは、物怪の幸いでした。
この格好であれば飛行する翼も、制御する尻尾も、いっさい妨げられませんから。
そして無事、岩窟マンションの一角にて、ワイバーンと雛に懐かれて涎まみれになっている彼氏を発見。
これぞ彼の異能――対魔物限定の魅了の効果。
そう、彼氏は人間でありながら魔物に好かれる特異体質なのです。
この異能を持って生まれる確率は世界じゅうで十年にひとり、いるかいないか。
そんなウルトラレア。
だから、いくら婚約を結んでいるといっても気が気ではありません。
魔物のなかで知能が高い種族を魔族と呼びます。
そして人間と子をなせるのが魔人族で、私もそれに該当します。
だからこそ婚約も結べたのですが……。
他の魔人族の女性も猛烈にアタックを仕掛けてくるんですよ!
魔族といっても、やっぱり魔物は魔物。
どうしても直情的っていうか暴力的な女性が多いんです。困りものですよね。排除するのも一苦労です。
そして人間はといえば、彼の魅了が効かないくせに珍しい血を欲しがって近づいてきます。
レア誘発因子は遺伝しますからね。子にもレアが発現する確率が高まるんです。微々たるものですが。
それに彼氏は人間基準では美形ですし。しかも王子ですし。
ほんと倍率が高くて困っちゃいます。
でも!
「貴方をいちばん愛しているのは、この私っ!」
「うん。それで、どうして僕は飛ばされたのかな?」
岩窟マンションのロビーです。
ワイバーンをひと睨みして奪還してきました。
「どうしてって、あの女勇者に……む、胸を押しつけられて、いやらしい顔してたからです!」
「ちょ、それは仕方ないじゃん!? 男なら誰でもっ……!」
「問答無用――!!」
涎まみれの彼氏に、じゃばじゃばと召喚した水をかけてやります。
水魔法はちょっと苦手なんですよね。調節が。
「待って、待って! 悪かった! ほら、デートしよデート!」
「でも仕事なんじゃ?」
「いいよ、もう。案内するように言われただけだし。さ、行こ」
「……はいっ!」
その前に火と風を微召喚して、ほわほわ乾かしました。
これなら得意ですからね!
どやっと笑ってみせたら、手を伸ばした彼氏に頭なでなでされました。
せっかくのセットが……!
……すでに乱れたあとでしたね。はい。全速力で飛んできましたから。
「じゃ、つかまってくださいね!」
「ううーん……」
ばばっと両腕を広げると、ものすごく微妙な顔をされました。
仕方ないじゃないですか。
岩窟マンションのロビーは空中に張り出した青空テラスですから。地上百階建ての中腹にありますから。
王都まで飛んで帰るしかありませんからね!
「さあさ、遠慮なく!」
「いや、なんというかね……こう、もうちょっと恥じらいが欲しいというかさ……」
「そんな恥ずかしがらなくっても」
「いや、僕じゃなくて君に……まあ、いいや」
というわけで王都までとんぼ返りしました。
まだお昼前ですからね。デートには充分です!
悪役(魔王)の令嬢が、婚約している王子との仲を、物語の主役(ヒロイン)に邪魔される。
流行りのセオリーのはずだったんや。




